表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

8/10

8・無神経なことを言ってしまいまして……


「ねぇエリナ、魔力がないってどんな感じ?」


 どんな感じ……難しい質問だ。


「うーん、そうですねぇ。言ってしまうと、この世界ではとっても不便ですね」

「不便?」

「この世界は魔力を持っていることが当たり前でしょう? だから魔力があること前提の仕組みや道具がとっても多いんです」


 この世界において量の差はあれど、魔力を持っていることは当たり前。だから生活魔法はほぼ必須科目だし、生活道具の魔術式が刻まれた魔道具が一般的だ。

 たとえば火をつける時は火魔法を使うし、荷車には重さ軽減の魔術式が刻まれている。

 魔力なしの私はマッチか火打ち石で火をつけないといけないし、魔道具は魔力を流すことで効果を発揮するので、基本的に私には使用不可だ。


「私は異世界から来たので、不便だなー、元の世界の道具があればなーって感じる程度ですけど。この世界で生まれた魔力なしの人は、本当に生きづらくて苦しくて、辛いだろうなって思います」


 当たり前が当たり前じゃない。それを生まれた時からずっと感じていたら、それはきっと、とても生きづらくて、とっても苦しい。


「そう、だね……うん、とっても生きづらいし、とっても苦しいこと、だね」


 殿下が笑う。穏やかに、柔らかに、切なげに。それは決して子供が浮かべるべきじゃない、大人の笑み。

 生活魔法は少しの魔力があれば問題ないけれど、大きな魔法を使うには相応の魔力が必要らしい。だから、強大な魔法を行使できる人はほとんどいない。

 そして殿下は、その強大な魔法を使うことが出来る、とても希有な素質持ちの一人だ。

 そんな殿下は、日常で魔法を絶対に使わない。

 魔法の先生に話を聞いたら、小さな生活魔法くらいなら使用しても問題ないと言っていた。でも私は、殿下が魔法どころか些細な生活魔法さえ使ったところを見たことがない。


 ぼくは魔力のせいぎょができるまで、ぜったいに魔法は使わないって、決めているんだ。ぼうそうしてしまうと、大変だから。


 そう教えてくれた殿下の顔は、今と同じだった。

 ……ああ、失敗した。ちょっと考えれば分かることじゃないか。私はなんて心のないことを言ってしてしまったんだろう。


「……ごめんなさい、無神経なことを言いました。お詫びにもなりませんけど、昼食のデザートを献上します」

「あやまらないで。質問をしたのは僕で、エリナは本心を教えてくれただけ。こちらこそ、真剣に答えてくれてありがとう。デザートはいらないよ。午後のあいだ、ずっとかなしい顔をされるのはいやだし」

「そんな顔はしません。私、殿下よりは大人ですもの!」

「今日のデザートはフルーツタルトだよ」


 フルーツタルト! 大好物なので食べたい……。王宮のフルーツタルト、絶品に違いない……でも武士に二言は……。


「……ねぇ、おわびをしてくれるなら、エリナの手作りおかしがほしいな」

「え、そんなのでいいんですか?」

「うん。この前のクッキーがとてもおいしかったから、また食べたいなって」


 この前の休日、私は暇つぶしにクッキーを作った。そして作りすぎた。それこそお店を開くつもりかってくらい、本当に大量生産してしまったのだ。

 無心で何かを作ってると、つい作りすぎちゃうんだよね。日本でも同じことをしてお母さんによく呆れられた。

 そうして出来上がった、大量すぎる手作りクッキー。手作り故、あまり日持ちしない。しかし大量の食材を使ってしまったのに、駄目にしてしまうなんて絶対に許されない。

 そんなこんなで、王宮にもクッキーを持ち込んで、顔見知りになった使用人さんたちに配ったり、グウェンさん経由で各騎士団にも届けてもらって、クッキーの消費を手伝ってもらったのだ。


 その流れで不敬かなと思いつつ、殿下にもクッキーを献上した。ダメならダメと突っ返されるだろうし、何事も挑戦だ。

 殿下は喜んでクッキーを受け取ってくれて、お茶の時間に一緒に食べた。

 殿下は美味しい美味しいと天使の笑顔でいっぱい誉めてくれて、私の顔はゆるみっぱなしでしたとも。殿下は本当にかわいい。天使か天使だまじ天使。

 ……ちなみに、陛下と王妃さまにも渡した。ダメもとで渡したらお二人は毒味もさせず、その場ですぐに食べてくれた。

 陛下も王妃さまも美味しいって誉めてくれて、その時は素直に喜んだものの。お二人の執務室から出て冷静になって、いや良くないよねって真顔になってしまった。


 ……後日、それを知ったグウェンさんに、お二人には毒味をしてから食べるよう、お前からきちんと言えって怒られた。ちょっと理不尽。

 でもお菓子を渡したことに対するお叱りは一切なかったんだよね。得体の知れない異国人の手作りお菓子を国王夫妻に渡すのはいいの?

 疑問に思ったけどその場では聞けなかった。あとで聞くリストに追加しておいた。

 お詫びにお菓子をと言うことは、どうやら殿下は私の作ったクッキーがお気に召したようだ。それは純粋に嬉しいんだけど……。


「私、お菓子づくりが得意なわけじゃなくて。クッキーでお分かりかと思いますけど、無難な味の無難なお菓子しか作れませんよ?」

「うん、いいよ。ぼくはエリナの作ったおかしが食べたいんだ」


 くぅっ、可愛いこと言ってくれるじゃないか。これは腕によりをかけてお菓子を作らなくては!

 ……はい、前回調子に乗った結果があれなので、今回はきちんと自重します。しますとも。


「じゃあ、なにを作りましょうかね? 何かリクエストあります?」

「クッキー以外だとエリナは何がつくれるの?」

「うーん、そうですねぇ……」


 クッキー以外だと、混ぜて焼くだけ簡単定番のパウンドケーキにブラウニーくらい……? ああ、でもブラウニーは厳しいな。

 実はこの世界、チョコレートがそこそこお高いのだ。ここは地球と同じ名前、同じ物が多く存在する、なんとも都合の良い異世界であるのだが、しかしまあ、流通の差がとても激しくて。

 ちょっと考えれば、車や飛行機なんてなく流通の要は馬車や船なのだから、当たり前なんだけど。

 だから日本だとありふれた物が、とんでもなく貴重というパターンも多い。チョコレートもそのひとつだ。ああ、久々にチョコ食べたいなぁ。


「チョコ? チョコレートのこと?」


 はっ、心の声が漏れてましたね今? いけない、いけない。


「あーっと、実は私の国だとチョコレートは簡単に手に入る、身近なお菓子のひとつでして。だから私が作れるお菓子だと、チョコを使うレシピが多いんですよね」

「へぇ、エリナの世界ってやっぱりすごいね。あ、そうだ。チョコレートならこの前、けんじょうひんの中にあったはず。父上と母上におねがいしてみるね」

「えっ! いやそんな恐れ多いこと……」

「ぼく、チョコレートのおかしが食べたいんだ。だから気にしないで?」


 ああ、本当にいい子だ……可愛いなぁ……天使か天使だ知ってた。


「……じゃあ、お願いしてもいいですか?」

「うん! またいっしょに、お茶しながら食べようね」


 笑顔が眩しい。目がつぶれそう。

 よっし、おねーさん気合い入れて作っちゃいますよ! 大量生産できるブラウニーを! あ、はい量に関しては自重しますしますともしますってば。


 後日、グウェンさんのお屋敷に届けられたチョコレートの総量、およそ十キロ。多い多い多い! 加減ってものがあるでしょう陛下!

 突然送られてきた大量のチョコに、いったい何事だと、当たり前にグウェンさんに問いつめられた。

 怒られること覚悟で事情を説明したら、グウェンさんは何故か難しい顔になって。そして無言で私の頭を撫でた。

 これは上げて落とすパターン。撫でてると思ったら唐突に拳骨が落ちるに違いない。

 そう思って身構えていたのに、本当に撫でただけで終わった。いったい何だったのか。


 そうしてチョコを手に入れた私は、約束を果たすため、早速ブラウニーを作ることにした。

 そしてお店を開けるほどたくさんのブラウニーを量産して、再び知り合いに配りまくることになるのであった。ええ、お約束ですね……。

 ちなみにブラウニーはクッキーとは比べものにならないくらい喜ばれましたよ。チョコ、貴重品だもんね……。

 もちろんチョコ提供者の国王夫妻にはたくさん献上したし、殿下とはお茶の時間に一緒に食べました。

 殿下は天使の笑顔でとっても美味しいと誉めてくれて、私はまたデレデレになったのは言うまでもない。



****


 これは、お菓子を作り始める前の話。

 初めて見るこの世界のチョコレートはどんなものなのか気になって、お菓子に使う前に少しだけ食べてみた。

 日本のチョコと比べてなめらかさは劣るものの、まさしくそれはチョコレートだった。ちょっとビターなチョコレート。私の知っている、カカオと砂糖とミルクの混じった味。

 気付けば私は泣いていて、これがホームシックかぁと冷静に思った。もう帰れないんだろうなって、なんとなく察していて。だから日本を思い出すものには、触れないようにしていたのに。

 帰りたいと口に出すことはしない。困らせるだけだから。だけど、懐かしいと思う気持ちだけは消せなくて。

 お父さんとお母さんに会いたいなぁ。そして親不孝な娘でごめんって謝りたい。育ててくれてありがとうって伝えたい。でも、もう、叶わない。

 私は涙を乱暴に拭うと、チョコを湯煎すべく細かく刻み始めた。無心で始めた刻み作業は、気付いたら一キロ分を刻み尽くすまでやってしまった。深く反省。

 

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ