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7・殿下と仲良くなりまして


 初対面ではおびえた様子を見せたウィスタリア殿下。頑張って信頼を得るぞと意気込んだのもつかの間、すぐに懐いて打ち解けてくれたのはうれしい誤算でした。

 今では王妃様が、殿下がエリナの話しかしなくてちょっと寂しい、なんてぼやくくらいだ。それはもう、とってもとっても慕ってくれている。

 私も私で、こんなに可愛い弟が本当にいたならよかったのにと本気で思うくらいには、殿下が好きになっていた。だって可愛いんだもの。とぉっても可愛いんだもの、ウィスタリア殿下。


 今日も今日とて私のお仕事は殿下の護衛なので、登城したらすぐに殿下の部屋へ向かう。しかし部屋には殿下も、朝当番の騎士もいなかった。殿下そんな時、十中八九書庫で読書中だ。急ぎ足でそちらへ向かう。

 書庫の前には近衛騎士が二人立っていて、私の読みが当たったことを示していた。


「おはよ、ござい、ますっ!」


 片言な言葉で元気な挨拶をするも、騎士様二人は軽く頭を下げるのみ。当たり前だけど特例で近衛騎士になった上、いきなり殿下の護衛騎士になった私への風当たりは、もちろんのことよろしくない。

 無視されることもざらだったりするから、こうして会釈を返してくれるだけでも好意的なほうだ。

 私は笑顔を浮かべたまま、静かに書庫の中へ入った。ぱっと見渡しても人影はない。ということは。


「おはようございます、殿下」


 予想通り、書庫の一番奥にある、小さな休憩室に殿下はいた。この小部屋は殿下お気に入りの隠れ家なのだ。

 読書に集中していた殿下に声をかけると、ぱっと顔を上げて私を見、満面笑顔でにっこり笑ってくれる。今日も絶好調にかわいいですね殿下!


「おはよう、エリナ。今日もよろしくね」

「はい。今日も誠心誠意、殿下をお守りいたします!」


 私が護衛騎士になってから、殿下は王宮内を出歩くことが多くなった。

 最初は私がいても部屋から出ることを躊躇っていたけれど、気にしすぎですと若干強引に散歩へ連れ出すこと十数回。殿下のお部屋の近くに来ることが許された人たちは魔力が比較的少なめで、かつ誰であろうと一切態度を変えないプロフェッショナルばかりだ。

 出歩いても誰も過度に気にせず、普通に接してもらえる。それを学習した殿下は、私がいなくても自室の近くを散歩し始めてくれた。

 その結果、読書が大好きな殿下はこうして、書庫に来て本を持ってすぐに帰るのではなく、この休憩室で読書をすることが多くなったのだ。

 うんうん、良い傾向です。確かに注意はするべきだけど、神経質になることはないのだ。この調子でもっと行動範囲を広げていこうね。


「相席しても?」

「どうぞ」


 一応形式としてお伺いを立てると、殿下は笑顔のまま向かい側の席をすすめてくれた。遠慮せずに座る。


「殿下、今日もお外はいい天気ですよー。洗濯物が乾いて大助かりです!」

「ほんとうだ。空がとっても澄んでいるね」


 明かり取りの小窓から空を見て、そっと目を細める殿下。どうやら長い前髪は正直鬱陶しかったようで、私といる時は前髪を上げてくれるようになった。信頼されている証なので、純粋に嬉しい。


 きらきらと宝石のように光る目で空を見上げるその姿は、まるで絵画のように完成されていた。

 神様が美しさとは何かを体現するために、殿下はこの世に生まれたのではないか。

 冗談抜きでそう思うくらい、殿下の見た目は非常に整っている。言葉で説明するのがとっても難しいのだけれど、何もかもが美しいし可愛いし麗しいし神々しいのだ。


 今はまだ幼いから、性別のない天使のような、神聖さと愛らしさが前面に主張しているけれど。もう少し成長すると、今度は美の女神が嫉妬しそうな、とんでもない美人になるはずだ。間違いない、絶対にそうなる。

 このまま中性的な美貌を保って、性別不明の美しすぎる美の化身になるのか。それとも男性っぽさも出てきて、美しさと色気をあわせもつ今以上に危うい美貌の麗人になるのか。

 将来が楽しみな反面、この可愛らしい弟はいなくなるのだと思うと、なんとも寂しい気持ちになってしまう。子供の成長はとっても嬉しいけれど、複雑な気持ちになるってこういうことなんだなぁ。

 気が早いって? 時の流れは早いものですよ。


「エリナ?」

「はいっ?」


 おっと意識が彼方に飛んでいた。いけないいけない。


「そうだ。殿下、もうちょっとしたら中庭に散歩へ行きましょうね。動かないとお腹がすきませんからね」

「うん」

「今日のお昼はなんでしょうねー。個人的にはお肉希望」

「エリナってお肉大好きだよね。ぼくはお魚がいいなぁ」

「お魚もいいですねぇ……どっちも出てきたら天国なのに」

「よくばりすぎだよ」


 殿下が楽しそうにくすくすと笑う。天使が笑うと物理的にとても眩しいのだと、私は殿下で初めて知りました。

 さて、殿下の目と意識が読本に戻ってしまったので、私も近くにあった本を手に取り開いてみる。

 ……うん、読めない。

 実は私、声は相互自動翻訳されるけど、文字は一切翻訳されないのだ。神様、ちょっと詰めが甘いです。

 読書好きとしては本が目の前にあるのに、ぜんぜん読めないのは正直とっても悔しい。せっかく近衛騎士になって王宮書庫に入る資格を得たのだ、今度ラフェスさんに教わろうかな。

 とりあえず今は植物図鑑を開いて、挿し絵を楽しみましょうかね。図説が多いから画集だと思えば問題ない。

 ということでお互い無言で読書していると、不意に殿下が私を見つめ始めた。読書に集中していたわけではない私は、不思議に思って本から顔を上げる。


「どうかしました?」

「エリナはとっても不思議な人だよね」

「そりゃあ異世界人ですから」


 殿下には私が異世界人であること、実はぺらぺら話せることを説明済みだ。そしてそのことを周囲には秘密にしてもらっている。

 最初の頃は異世界人ってなんだという顔をしていたけれど、最近は何かあると納得顔をされることが多い。なぜだ。


「異世界人というか、エリナが特別なんだろうね」

「え、そんなことないですよ。私は平凡な典型的日本人ですし」

「ううん。エリナはぜったいに、元の世界でも特別だったと思うよ」


 力強く断言されてしまった。確かにマイペースすぎるとはよく言われたけど、普通の一般人でしたよ私は。


「……魔力や魔法が存在しない世界の、黒目黒髪のひとたちが暮らす、とても平和な国かぁ……」


 呟く殿下の目に浮かぶのは羨望の色。

 彼は自分の強大な魔力に苦しめられているから、それがない世界に憧れるのだろう。

 私が魔力の存在するこの世界で魔法に憧れるのと同じ。要は、ないものねだりだ。隣の芝はとっても青く見えるものである。


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