4・チート能力が発覚しまして!
「おかえりなさいグウェンさん! あのですね、私は異世界から来たわけですし、チート能力があってもおかしくないと思うんですよ! だからそれを使って働こうかと思うんです!」
「また訳の分からんことを……」
お勤めを終えてお城から帰ってきたグウェンさんに挨拶もそこそこ、私は力いっぱい力説する。グウェンさんは呆れた視線を向けてくるけれど気にしない。いつものことなので。
あの日近衛騎士団に保護された私は、現在グウェンさんのお屋敷に、保護の名目で居候させてもらっている。
夜盗騒ぎが王都に近かったのと同様に、私が発見された森も王都に程近い位置にあった。後から聞いた話、普通なら自警団や通常の騎士団に任される夜盗討伐に近衛騎士団が派遣されたのは、なんと王様の判断だったそうだ。
なんでも予感がしたとかなんとか。なんの予感かは知りませんが、王様、その判断は私にとって実にかなりグッジョブでした。ありがとうございます。
残党狩りを終えたグウェンさんと共に王城に連れて行かれた私は、すぐさまグウェンさん宅に居候が決定した。
得体の知れない者を王城に置いておけないこと。しかし言葉が話せない異国の娘を放り出せないこと。そして私がグウェンさんに懐いていることが理由だった。
肝が据わっていると評判の私も、さすがに王様の前に立つのは緊張する。思わずグウェンさんの背中に隠れるように動いてしまったことも、たぶん原因のひとつだろう。
王様の判断にグウェンさんは文句言いたげだったけれど、何も言わずにその王命を受けてくれた。ありがとう、グウェンさん。
近衛騎士団長のグウェンさんは、王宮近くの貴族居住区にある、とても大きな豪邸に住んでいた。私もさすがに、未婚の男性のお家に若い娘が居候は……と思ったけど、グウェンさん既婚者でした。うん、定番のラブロマンスが始まらなくて本当に良かった。
グウェンさんの奥さん、ラフェスさんは夜盗討伐に行ったグウェンさんが死んだ目をして、しかも私を伴い帰宅したことにとても驚いていた。当たり前だね。
グウェンさんが私のことを、夜盗にさらわれてきた異国の娘で、王命でこの屋敷で預かることになったと説明。それを聞いたラフェスさんは、私にとても同情してくれた。
最初は黒髪黒目の私を不安そうに見ていたけれど、事情を説明されると目に涙を溜めて、自分の家だと思って遠慮しなくていいからね、と言ってくれたのだ。
……何か勘違いされた気がするけれど、邪険にされなくて本当に良かった。むしろ数日後にはあまっあまに甘やかしてくるようになったので、今は逆に心配になっているところである。
後で詳しく話を聞いたところ、グウェンさんとラフェスさんの子供たちはすでに独り立ち済みで、さらに息子ばかりの三人兄弟とのこと。
……グウェンさんはともかく、とっても若々しいラフェスさんは成人済の子供が三人もいるようには見えない。美魔女というやつか。
そんなラフェスさんは娘が欲しかったらしく、私のことが娘のようで、とても可愛いのだと言ってくれた。
私もラフェスさんみたいな綺麗で優しい人がお母さんがだったら嬉しいです。そう伝えたらぎゅーっと抱きしめられた。ラフェスさんはとても可愛い人です。強面グウェンさんとは美女と野じゅ何でもないです。
ちなみにグウェンさんのお屋敷には、グウェンさんとラフェスさん、それから住み込み家政婦のおばあさんが一人住んでいた。そこに私も加わって四人になり、部屋は有り余っているからと日当たりの良い大きな部屋をもらってしまった。いいのだろうか、居候なのに。
立派なお屋敷に恐縮する私に、褒美としてもらった邸なのでここに住んでいるけれど、本当はもっと小さなおうちで慎ましく暮らしたいのだと、ラフェスさんは教えてくれた。掃除も大変ですもんねと言ったら、ラフェスさんと家政婦さんが力強く同意した。ですよね。
そんなこんなでグウェンさんのお屋敷でご厄介になり始めて一週間。
ここでの生活にも少しずつ慣れてきた私は、職を見つけるべくグウェンさんに相談することにしたのだった。今は国から援助金が出ているけど、ずっともらえるわけじゃないと聞いていたから。
「異国出身の身元不明な黒目黒髪の魔力なしが、この国で普通に働けると思っているのか?」
働きたいと言った私に対する、グウェンさんの的確な一言。だからチート能力を使おうと思いまして。
「なんだ、そのちーと? 能力っていうのは」
「異世界から来た者には特別な力が授けられるという、ラノベの定番設定です!」
「らのべ……? ……お前の様子から察するに、特殊能力が自分にもあると言いたいわけか」
さすがの物わかりの良さ、私、感動です。
「で、魔力皆無のお嬢さんになにが出来るって?」
「あ、それなんですけどね」
黒目黒髪の私には魔力が欠片もない。保護されてすぐ魔力鑑定士さんに視てもらった結果、そんな夢も希望もない診断を戴いた。悔しいが仕方ないね! だって異世界人だもの!
魔力がなければ魔法は使えない。だれどその代わりに、私はとんでもない能力を与えられていたのだ。
それに気付いたのは数日前のこと、気付いた時は私自身も驚いたよ。そんな予想外のチート能力とは!
「私、剣の達人かもしれません!」
「………………、はぁ?」
たっぷり間を取って、グウェンさんは呆れかえった目で私を睨んだ。予想通りの反応、ありがとうございます。
「お前、剣をもった経験はないって言っていたよな? それどころか体術も全然できないって言っていたよな?」
「剣はおろか武器に触ったこと自体ありません! 体術ももちろん、何の武術も出来ません!」
日本で本物の剣を持つ機会なんてあるわけなく、せいぜいおみやげ物の木刀を振り回したことがあるくらいだ。体術も体育の授業で、ちょっと柔道をやったことがあるくらい。
「それなのに、なんで剣の達人なんて言葉が出てくるんだ?」
「それはですねぇ」
私はこっそり隠し持っていた練習用の木剣を取り出すと、グウェンさんから距離を取った。
勝手に木剣を持ち出すなとグウェンさんが言う前に。私は剣を構えると、片手で上から下へと振り下ろした。
木剣はものすごい速さでひゅんっと空気を切り裂き、一瞬遅れてぶわり、風が巻き起こる。思い切り振りきると床まで斬ってしまうので、手加減は忘れない。
これにはグウェンさんも予想外だったらしく、険しい顔で私を凝視している。そんなに美人ですかねぇ、私ってば。
「ほら、魔法が使えないなら武術の心得がないとこの国はきついって言ってたじゃないですか。だから護身も兼ねて剣術のひとつも出来るようになっておきたいなーって試しに振ってみたら、これですよ」
軽く横凪ぎに木剣を振る。ひゅん、ぶわぁ。空気を切り裂く音、その後に巻き起こる強い風。もちろん手加減しているので周囲には被害なしだ。
「たぶん、私がもらったチート能力は剣です。木剣と一緒にあった木槍も振ってみたんですけど、重くて振れなかったので」
ついでに木こり用の斧もあったので持ってみたけれど、重くて持ち上げるのが精一杯だった。だけど剣は違う。剣に分類されるものは全て羽のように軽く、体の一部のように思うがまま、自由に操ることが出来た。
達人がよくやるような、思い切り振り下ろしからの寸止めも出来た時に確信した。私のチート能力はこれなのだと。
「剣の愛し子だと……」
ぶんぶんと軽々木剣を振り回す私を見て、グウェンさんは信じられないものを見る顔で呟いた。
剣の愛し子。そうだよね、なんの努力もなく達人を名乗ったらいけないよね、反省します。では改めまして。
「剣の愛し子、英里奈ちゃんです! 剣に愛されているなら私も剣を愛してあげないといけません! ギブアンドテイク! 持ちつ持たれつ! 剣はともだち!」
「……お前が剣の愛し子とか、どんな悪夢だ?」
「ひどいなぁ、グウェンさん。こんな将来有望な女剣士を前にして」
グウェンさんはとっても疲れた顔をしながら、私から木剣を取り上げる。それを真剣な顔でまじまじと観察して、やがて深くて重い溜息を吐いた。
「木剣に細工でもしてあるのかと思ったが、普通の木剣だな。……なんの因果なんだ、これは」
「この国一番の剣の使い手の前に、剣の愛し子が現れる。運命ですよ運命!」
「嫌な運命だな、おい」
心底嫌そうな顔をして、木剣を私に返すグウェンさん。それから溜息混じりに解説を始める。
「愛し子というのは、精霊の愛し子のことを指す。精霊というのは、まあ万物に宿った精神体のようなものだ。この場合、お前は剣の聖霊……剣聖に愛され加護を受けているようだ。だから剣の愛し子ということになる」
「先生、今なんだかせいれいのニュアンス? みたいなものが違う気がしたんですけど!」
「誰が先生だ。……精霊には二種類あって、自然の中で発生し人を必要としないものを精霊、人がいなければ発生しえないものを聖なる霊、聖霊として区別している」
つまり剣は人がいないと生み出されないから、剣の聖霊で剣聖ってわけですね。納得。
「この国では精霊の愛し子が見つかった場合、まずは国王に報告することになっている。そして武に秀でた加護を持つ愛し子は、王城所属の騎士になることがほとんどだ。……だがお前は異国の人間で、なおかつ女。女性が武の加護を持ったという報告がなく、騎士になった前例もない。だから騎士になれるかは陛下の判断次第だな」
「武の加護持ちが女性にいないってところは気になりますけど、まあ武力による戦いは男の人の専売特許というのが、この世界の考え方ですしね。女がいては足手まとい、と判断されても仕方ないことです」
どんなに努力したところで、ほとんどの女は男に武力や腕力では敵わない。それは覆すことが難しい、普遍の事実。
おそらく武の加護を持っていたとしても、女性だったらそれを隠すのが通例なのだろう。理にかなっているとも言う。
「でもこのまま居候の穀潰しっていうのも嫌ですし、手に職は基本ですからね。まずはなるようになれって感じでいこうと思います」
「……騎士とは男社会だ。女のお前には絶対に辛くてきつい場所だぞ?」
「でしょうねぇ。でもきっと大丈夫ですよ! だって私は剣の愛し子で、この国最強騎士のかわいい弟子ですから!」
明るく言い切った私に、グウェンさんはすごく嫌な顔を浮かべた。もの言いたげな顔だけど、私の発言を否定はしない。
「……まずはラフェスも交えて相談だ。いいな?」
「はい師匠!」
ノリで返事をしたらすっごい険しい顔で睨まれたけど、私は気にしない! お手柔らかにお願いします、師匠!