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3・自分の豪運に感謝しまして

 

 グウェンさんに後について森の中を進んでいく。途中、鉄くさいような、生臭いような、そんな匂いがして。

 そちらを見ると血だまりに沈む、粗末な格好の死体があった。

 人間の無惨な死体を見るのは初めてだけど、不思議とそこまで嫌悪感は沸き上がってこなかった。確かに見ていて気持ちいいものじゃないけどね。

 もっとこうラノベらしく、吐き気とか気持ち悪さとか、そういうものがこみ上げてくるのかと思ったのに。

 あれかな、私はまだ夢心地なのかもしれない。なんだか心がふわふわしているし、冷静であって冷静じゃないんだろう。そうだよね、きっと。


「死体はそこかしこに転がってる。あんまり見るな」

「はーい!」

「元気な返事をするところじゃない」

「……はぁい……」

「小声にしろって意味でもない」


 分かってますって。空元気ですよ、空元気。


「グウェンさん、優しいですね」

「そんなことを言われたのは初めてだな」

「いつもは鬼団長とか言われてそうですもんね」


 無言で睨まれた。なので笑顔を返した。スマイルって大切。

 更に進んでいくと盗賊じゃない死体も見かけるようになっていく。それらはすべて女の人の死体で。

 彼女たちは盗賊とは違い、上から布をかけられていた。それでも隠しきれずに見えている腕や足は傷や痣だらけで、これには流石に私も遅まきながら、少し恐怖を覚えた。


「一歩間違えばお前もこうなっていたはずだ」

「本当、私は運が良かったんですね。グウェンさんが私を見つけてくれたことも含めて」

「……そうだな」


 歯切れの悪い返答に、どうやら私の勘は当たっていたようだと悟る。

 これまたラノベとかでよく見る戦闘後の追い剥ぎや火事場泥棒、女性を手酷く扱ったりとか、なんてこともあるのかもと思ったのだ。

 そしてそれは、グウェンさんの苦い顔が真実だと教えてくれる。


「言っておくが、騎士にそんな奴は基本いない。しかし、今回は即席の寄せ集め集団だからな。騎士以外に傭兵も混ざってるし、なにが起こるか分からん。ちなみに俺の配下にそんな奴いないし、いたら即処断だ」

「分かってますって。グウェンさんは騎士団長さまですか?」

「そうだ」

「へぇー、騎士団長さまって偉い人ですよね? 後始末まで自分でやるって珍しいのでは?」

「拠点でふんぞり返って指示を出しているだけで後始末が早く終わるならそうしている」


 そんな会話をしていると、ざわざわと人の声が聞こえてきた。そろそろ着くのかな。


「そうだ。お前、名前は?」

「結樫英里奈です。結樫が名字で、英里奈が名前」

「じゃあエリナ、お前は黙ってにこにこしておけ。異国の人間が、この国の言葉をべらべら喋ってたら、絶対に面倒なことになる」

「了解です、団長!」

「お前な……いや、もういい」


 そういえば言葉が普通に通じている。私は日本語のつもりだったけれど、どうやらグウェンさんには自国の言葉に変換されて聞こえているようだ。異世界転移につきものの便利能力ですね、分かります。

 おくちにチャックしたところで野営拠点に到着。グウェンさんが帰ってきたと分かると、拠点にいた騎士さんたちが集まってきた。

 みんな白い鎧をつけているけれど、鎧どころか全身が土や血で汚れている。

 次いでそっとグウェンさんを見る。その鎧に汚れはなく、たくさんの傷がうっすら見えるだけだ。グウェンさんすごいな、実力者の風格だ。


「団長、おかえりなさい。どうでしたか?」

「残党は見あたらなかった。見つけた生き残りは一人だけだ」


 グウェンさんの言葉に騎士さんの目が私に向き、彼らは驚いた顔で硬直した。え、私そんなに美人ですか?


「異国の娘らしい。魔力なしだが、特に危険はない」


 んん? 魔力なしが危険ってどういうことだろう? 気になるけど、今は聞ける空気じゃないな、あとで質問しよう。

 とりあえず不躾な視線に笑顔を返すと、騎士は慌てたように目をそらした。その顔に浮かんでいたのは恐怖。なんでや。


「簡単な言葉なら通じるが喋れない。ひとまず俺たちのところで保護する」

「……分かりました」


 あからさまに歓迎されてないオーラである。ひどい、いたいけな無力の少女をそんなに邪険にするなんて!

 ……なんてね、冗談です。お荷物が増えたっていう意味では申し訳ないなぁって思ってるよ。勝手な行動は誓ってしません!


「あの……よろし、く、おねがい、しま、す」


 わざとカタコトで話して頭を下げた。グウェンさんのあきれた視線が突き刺さる。貴方が流暢な自国語を喋るなって言うから、その期待に答えたんですよ!


 こうして私は騎士団に保護された。野営拠点で大人しくしている間、周囲の会話を聞いていて分かったことは三つ。

 ひとつ、グウェンさんたちは近衛騎士団で、グウェンさんはこの国最強の騎士だということ。今回は国民のご機嫌取りもかねて、王都近くで発生していた夜盗騒ぎを鎮圧に来たらしい。

 ふたつ、夜盗の残党や奴らの被害者を含め、私以外の生き残りはいないということ。ちなみに騎士団に怪我人はいないけれど、協力して事に当たった人たちに負傷者がいる。しかし死人は出ていない。

 みっつ、黒目黒髪は本当にとても珍しいらしいこと。特に黒い目が珍しいのか、私と目が合うと露骨に目をそらされる。でも気になるのか、ちらっちらとこちらを見てくるのだ。そんなに見つめられても何も出ないぞ! 全く人を珍獣みたいに!


「珍獣だろう、まさしく」


 私の独り言が聞こえたらしいグウェンさんが言った。

 騎士さんたちに指示を出し終えたグウェンさんは今、私の隣で休憩している。私も便乗してお茶をもらった。紅茶だった、たぶんダージリン的なやつ。おいしい。


「珍獣って私は人間ですよ!」


 私の反論にグウェンさんからの返事はなかった。ただ、うろんな目を向けてくるだけ。

 珍獣扱いはちょっとひどくないですか? ……いやきっと、黒目なことと、私が美人すぎてつい見ちゃうんですよね? そうに違いない。やだなぁもう、照れちゃう。

 不機嫌顔から一転して笑顔でもじもじし始めた私に、グウェンさんは得体の知れないものを見る目を向けた。そして溜息を吐きつつ。


「まあ、元気なのはいいことだ」


 そう疲れ切った声で呟いた。


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