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2・お人好し騎士さんに保護されまして!

 

「ぉぃ……き……」

「うぅん……」

「ぉき……じょぅ……ん」


 誰……? 気持ちよく寝てるのに起こすとか、鬼か。鬼だな。お母さんか? いやお母さんだったら問答無用で布団をはぎとるから、お母さんではないな。じゃあ、誰だ?

 最初は優しく揺すられていたけど、徐々に力が強くなっていく。もはや首ががっくんがっくんと激しく揺れているのですけど。筋を違えたらどうするんだ。

 安眠妨害してくる声と振動にうっすら目を開けると、強面のおじさんが私を覗き込んでいた。


「うわぁっ!」

「やっと起きたか……」


 呆れ顔でおじさんが呟く。どうやら私を激しく揺さぶっていたのは、このおじさんのようだ。

 ええっと私はどうしてこんなところに……ああそうだそうでした、私異世界転移したんでしたね、もしくは遠距離テレポート。

 周囲を見れば夜は完全に明けていた。ぜんぜん気付かなかった。

 私が寝床に選んだのは大きな木の根本。ちょうど陰になっていて、光が当たらず薄暗い。そのせいで夜が明けたことに気付けなかったらしい。

 ……どうですか、この察しの良さ。寝汚いけど寝起きはいいのですよ私!


「おはようございます、いい天気ですね!」

「……のんきなお嬢さんだな。おはよう」


 呆れ返りながらも返事をしてくれる貴方はお人好しですね、おじさん。


「それで、お嬢さんはどうしてこんなところで寝てたんだ?」

「あ、えっとですね。実は私、異世界転移しまして。気付いたらこの森に立っていたんですよ。それで夜が明けたら周囲を探索しようと思って、ここに隠れて休んでいたのです!」

「……、とりあえずお嬢さんが普通じゃないのは分かった」

「ありがとうございます!」


 物わかりのいい人ですねおじさん!

 にこにこと笑いながら、溜息を吐くおじさんをこっそりと観察する。

 右頬に大きな傷跡がある、白い鎧を着た、強面だけど整った顔立ちのおじさんだ。ダンディなイケオジである。

 清潔感のある濃いめの茶短髪に、傷だらけだけど丁寧に手入れされているのが素人目にも分かる、実用的な白の鎧。夜盗や自警団にしては身なりがいいから、たぶん騎士かそれに相当する職の人かな。ラノベ的予測だけど。

 うん、つまり異世界転移で確定。帯剣しているし、少なくとも剣のあるファンタジー的世界なんですね、理解。

 と、おじさんがまじまじと私の顔を見ていることに気付いた。なに、そんなに私美人です?


「……髪が黒いのは時々いるが、目も真っ黒なんだな」


 言われて、おじさんの目が群青色なことに気付く。日本ではそう見ない色だ。

 それに気付いた私は、鎧や剣よりもおじさんの目の色に、ここは異世界なんだなぁと強く実感した。

 ちなみに私の目は日本でも珍しい、黒に違い紫色。おじさんの言うとおり、ぱっと見は黒に見えるほど濃い紫だ。

 明るいところで見れば紫だとかろうじて分かるんだけどね。光の加減で青みがかったり緑がかったりと色が変わる、ひときわ変わった目でもある。

 これはすべてが平々凡々な私にとって、唯一にして最大の特徴である。お母さんが言うには、母方のひいおばあちゃんが外国の人で、その先祖返りじゃないかって話。

 確かにこの真っ黒な目は珍しいけど、今黒髪も珍しいって言ったよね?


「あのおじさん。質問があります」

「おじさんじゃない、グウェンだ」

「グウェンさん、質問があります」

「なんだ?」

「ここはどういう世界なんでしょうか?」


 私のおおざっぱすぎる質問に、グウェンさんは訝しげに見つめてくる。その目、まさしく不審者を見るそれであった。


「さっきも言ったけど、私は異世界人なんです。この世界の人間じゃないんです。服もこんなんですし」


 体に巻き付けたままだったストールを取って制服を見せると、グウェンさんは顔を険しくさせる。子供だったら泣いてしまいそうな迫力だ。


「あー、やっぱり若い娘が足を出すのは破廉恥ですか」

「はれんち、がどういう意味かは知らんが、なんとなく予想はついた。そんな、はしたない格好で、よく夜盗に襲われなかったな」

「黒髪で黒のストールを被って大きな木の下にいたら、陰と同化して見えますからね。夜なら特に。いやー、運が良かったですねー」

「他人事みたいに言うな。調子の狂うやつだな……」

「ははは。ともかく、信じてもらえました?」


 グウェンさんはやれやれといった感じで頷いた。


「頭の狂ったお嬢さん、という線も捨てきれないがな。狂人にしては正常に会話できているし、ひとまずそういうことにしておく」

「ありがとうございます! で、さっきの質問なんですけど、黒目黒髪が珍しいってどういうことです?」


 面倒くさいなぁと顔にでかでかと出しつつも、グウェンさんは丁寧に教えてくれた。

 いわく、この世界では持っている魔力の属性や質、保有量によって髪や目、肌などの色味が変わるらしい。

 たとえば赤目赤髪は火の魔力持ち、青目水色髪は氷の魔力持ち。見た目だけで、どの属性のどの程度の魔力持ちか、ある程度は判別可能とのこと。面白い。


「へえー、じゃあ黒ってなんです? 闇属性?」

「闇の魔力だったら輝きを内包した黒になる。お前のようなただの黒い髪は魔力が少ない証だが……目と合わせて見るに、魔力なしだろうな」

「まりょくなし」

「ああ、魔法が使えない希有な存在だ。ついでに言うと、この国じゃ生きづらい」

「そっかー、魔力なしかー」


 そっかそうだよね異世界人だもんねーと納得する反面、せっかく魔法と剣の世界に来たのに魔法が使えないとか、すごく残念。

 それにしても、さっきの話だと日本人全員アウトでは? あ、でも私みたいな黒目は日本人でも見たことがないし、私が特殊なだけという線も。どっちなんだろう? でもまあ、それよりも聞き捨てならないことを言いましたよねグウェンさん?


「この国では生きづらいなら、他の国だと生きやすい?」

「いや。生きやすくはないだろうが、普通に暮らせるだろう、という意味だ。この国では魔力の多さと強さが特に重視される。魔力なしは蔑みの対象になりやすい。十中八九馬鹿にされるし、突っかかってくる輩も多い」


 なるほどー。確かに生きづらいねぇ、それは。


「お前が武力方面で優れてない限りは、他国で暮らした方が平和に過ごせるだろうな」


 武力、腕力……うん、駄目だと思います。体育の成績は平凡中の平凡です、万年平均値女とは私のことだ! 体を動かすのは嫌いじゃないけどね。


「さて、そろそろ無駄話を終わりにしていいか?」

「世界に無駄なことなんてありませんよ。有意義なお話ありがとうございました!」

「……ああもう、本当に調子の狂うやつだな……」


 グウェンさんはとても疲れた顔でぼやいた。なんかごめんなさいね?


「それで、お前は夜盗に襲われたわけじゃないんだな?」

「はい。そういえばグウェンさんは朝も早くからどうして森に?」

「昨夜、この近辺で夜盗狩りをした。今はその残党と、被害者の生き残りを捜索中だ」


 夜盗狩り、犠牲になった人がいる、と。昨夜下手に歩き回っていたら、残党と遭遇して死んでいたかも。本当、サバイバル読本様ありがとうございます。


「とりあえずお前は、夜盗にさらわれた異国の娘として保護するぞ」

「よろしくおねがいしまーす」

「その軽い態度もだが、何もかもが本当に調子が狂う……下手すれば死んでいたかもしれないんだぞ」

「そうですねぇ。でも生きてますし、そもそも一回死んだも同然なので」


 トラックにぺしゃんこにされて終わるはずだった人生が、どうしてか異世界に来て続いている。変に後ろを向くくらいなら、底抜けに前を向いていた方がいいって、私は知っているから。


「あとは……私の世界っていうか、私の住んでいた国はとっても平和なんです。戦争なんてもうずっとしていない、とぉっても平穏な国でして。盗賊みたいな存在もいないし、みんな平和にのどかに、当たり前のように生きて暮らしている国なんです。だから実感がないんでしょうね」


 日本では死と隣合わせな生活なんて想像することしか出来ない。そしてその想像さえも、ぼんやりとしたリアリティに欠けるもので。

 平和ボケした国の、平和ボケした子供。それが今この世界における私だ。


「……いい国から来たんだな、お前」

「はい! もう帰れないかもしれませんけどね!」

「明るく言うな」


 暗く言うよりはマシかと思う。

 グウェンさんは同情の混じった目で私を見ていたけれど、やがて私に背を向けて歩き出した。


「ついてこい、野営地に案内する」

「はい!」

 

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