1・異世界に飛ばされまして!
私は結樫英里奈、十七歳。花も恥じらう現役の女子高生。
成績は中の中で、見た目は悪くはないけど良くもない、平凡が取り柄の女の子です。まさにキングオブモブといった、とても地味な人間であります。
そんな平凡な私がまさか、気付いたら別の世界にいました、なんて。古今東西のラノベで使い古された表現を使う羽目になるとは、夢にも思っていませんでしたよ。
その経緯もまた、古今東西よくみるお約束な導入で。
バイト帰りに交差点の横断歩道前で信号待ちをしていたら、暴走トラックが猛スピードで突っ込んできた。まばゆいライトに目をつむって死を覚悟したけど、いくら待っても衝撃はやってこず。
気のせいじゃなく周囲の音が消えたことに気付いて、目を開けたら真っ暗な森の中に一人で立っていたという。
いやはや、本当によくあるお約束展開すぎて、混乱は一瞬で終わった。むしろ逆に冷静になった。ありがとう、今まで読んできたたくさんの小説たち。
異世界以外にも死後の世界という線もあったけれど、花畑も川も川渡しの姿もなく、きちんと足もあり。ついでにお迎えしてくれる神様も天使さまも、そもそも私以外誰もこの場にいなかった。
ならば夢かと言えば、鼻で感じる森の匂いも、頬で感じる風の冷たさも、リアルすぎて夢とは思えなくて。
一応、自分で自分の手をつねってみる。とても痛かったので、これは現実ということで私はひとまず結論づけた。
さてはて、これは異世界トリップなのか、それとも日本の別の場所に転移しただけなのか。
それを確かめるべく、私はさっそく森の奥へと歩き出した……なんてことはしません。
やれやれと思いながら、近くの大きな木の根本に腰を下ろす。夜の森を歩き回るなんて危険きわまりないからね!
明るい内だったら雨風をしのげる場所を探したけれど、今は夜真っ盛りで周囲は真っ暗。遭難中に夜になったら歩き回らずに安全な場所でビバーグ。ありがとう、暇つぶしで読んだサバイバル読本。大変役に立っております。
しかしながらここは何処かも知れぬ森の中、襲ってくる獣やならず者がいてもおかしくない。武器になりそうなものは防犯スプレーくらいか。もしここが異世界だったとしても、防犯スプレーは有効なはず。
あと防犯ブザーも一応すぐに鳴らせるように、手に持っておくことにしよう。よし、今日はここで夜を明かすぞ!
気合いを入れたと同時に、ぐぅとおなかが鳴いた。バイト終わってから何も食べてないもんね……。
鞄に入っている飲食物は、飲みかけのペットボトルのお茶と、個包装のクッキー二枚と、カロリースティックが一箱に、未開封の袋入りのど飴。
ひとまず今夜はクッキーを一枚と飴でやり過ごして、夜が明けたら周囲を散策しつつ、森を抜けることを試みよう。
クッキーを大事に食べながら、教科書をビニール袋に包んでお尻の下に敷いた。地面に直接座ると体温を奪われるって、サバイバル読本にもあったからね。
クッキーを食べ終えて飴を舐めて。食事を終えた私は鞄を抱え込み、黒の大判ストールを広げて、それにくるまった。肌寒い日も増えてきた秋、防寒対策として持ち歩いていて良かった。
そういえば、ここは寒くない。気温で予想するなら春と夏の狭間くらいかな。やっぱり異世界っぽいな。
ともあれ凍死の心配はなさそうだと空を見れば、今まで見たこともないほどの満点の星空が広がっていた。北極星なら見つけられるかもなんて思ったけれど、星が多すぎて断念。
一番あかるい星ですとか言われても、どれも明るくて一番の星が分からない。うん、専門家でもないのに分かるか。そもそも異世界だとしたら星が同じなわけないのだ、断じて私が無知なのではない。
じっと空を眺めていると、ぐぅぐぅとおなかが空腹を訴えてくる。すまんな我がおなか、カロリースティックは明日のご飯として残しておきたいのだ。空腹もあって早く寝てしまおうと思うのに、気が高ぶっているせいか眠気がやってこない。
……そもそも数分前に死にかけたばかりなのに、私のこの落ち着きおかしくない? 普通もっと取り乱さない? 我ながら、変なところが妙に冷静だ。
友達にも変わり者だってよく言われたけど、まさか自分でも自分がこんなに変わり者だと感じるなんて、思わなかったな。
そんなセルフ突っ込みが入れられるくらいには冷静だけど、感傷を感じないわけでもなく。
トラックが突っ込んできた後、私がどうなったのかは分からない。体ごと飛ばされたのか、魂だけ飛ばされたのか。分からないけど、どのみち私は消えたことになる。
帰ってこない私をお母さんとお父さんは心配しているかなぁ……してるよなぁ……。もしくは、トラックにぺちゃんこにされた死体とご対面しているのだろうか。それもそれだなぁ。
じんわりと涙が浮かんでしまう。でもここで泣いても仕方ないし、泣いたところで体力を消耗するだけだ。泣くなら安全な場所にいってから。
そうだ、生き残るためにはまず体力が必要なんだ、泣いている暇なんてあるもんか。
ぎゅっと目を閉じて、防犯スプレーとブザーを握りしめる。目を閉じているだけでも少しは体力は回復するらしいので、耳を澄まし周囲を警戒しながらも、ぎゅぎゅっと目を閉じる。
しかしそこはただの女子高生な私。バイトをこなした疲労モードなこともあり、残念ながらそのまま深く眠ってしまったのだった。