歴史4
ニミッツ提督が日本から去った後なぜ帰っていったのかわからなかったが自分たちでは全くかなわない脅威がなくなったことに日本中の人が心から安堵してた。
しかしいつまたアメリカが来るかわからないので軍備を整える必要があった。
現在の日本軍の内容は軽歩兵師団20万人で 空軍 海軍はほぼ皆無。ここから近代的な軍隊を作るには途方もない労力が必要である。
政府は今まで平和だったこの国が突然大規模な軍隊を作ろうとしても命惜しさに誰も志願してくれないだろうと思っていたが、
国民は「祖国を守るために」「横浜で行われた行為を許してはいけないと」
と叫ばれ、予想外に大量の志願者が集まった。
陸軍
日本では民間でガソリン車が普及していたことに加え、昔から陸軍装備を研究していたため、
戦車,歩兵装備,対戦車装備,装甲車など欧米のもの劣らないものを生産することができ、陸軍は60師団 合計80万人というかなり大規模な編成となった。
配分としては海岸線のある地方に駐屯地をおき合計30師団 主要都市 東京 大阪 横浜 名古屋 長崎 福岡に6師団ずつ配置し有事のときの即応師団として使う。
空軍
航空機の概念はうまれており、研究されていたがアメリカ艦隊が来たときは実用化されたのは複葉機のみだった。
アメリカ空母に乗っていた単葉機が飛んでいるのを見て日本政府は脅威に感じた。
そのため莫大な研究予算をかけ単葉機の研究を行い、5年ほどかけ単葉機の研究を成功し生産を始めたが欧米諸国に一世代ほど遅れてしまっていた。
大量にある予算と石油によって連日厳しい訓練をおこない練度をあげている。
海軍
日本政府がアメリカ軍の中で一番脅威に感じたのは海軍である。
それはそのはず、艦砲射撃によって横浜では大量の民間人が亡くなったので、
海軍を強くするのは日本の使命というばかりに力を入れている。
海軍はアメリカの艦艇を目標にすればいいとわかっていたので、大量の研究費によりすさまじい勢いで研究がすすめられすさまじい勢いで建艦された。
また海軍戦術の研究も大量に行われ、
大艦巨砲主義よりも航空主兵主義の方がこれからの時代に合う戦術だと気づき戦艦以上に空母が多く作られた。
空軍と同じように大量の予算と豊富にある石油によって連日激しい訓練が行われその練度をあげている。
日本は国家予算の15%を研究予算に30パーセントを軍事予算という戦争経済状態になっておりこれに対し野党は「帝国主義だ」「独裁だ」など言ったが、実際横浜で数万の民衆が虐殺されたという事実がある以上逆に野党に対する不信が高まっただけだった。
増税と大規模な国債発行によって突然増えた軍事費を賄っていたが、もともとかなり税率が低かったので一部の所得税 法人税を少し上げるだけで、多くの増収が見込められ、
国債を発行すると国のためだと多くの民間企業 個人が買った。
横浜では数万人もの死亡者が発生し多数の民家が破壊されたが日本中から届いた義援金とボランティアによって1年足らずで復興した。
軍需産業とは様々な産業によってなりたっている総合的産業である。
突然大量の武器 航空機艦船が受注されたことで様々な企業が受注することができ、日本中が好景気となった。
軍事研究によって燃費のいい自動車や旅客機 通信技術など民間で使われるようになり、ここ十数年でかなり生活がなり豊かになった。
アメリカによって多数の市民がなくなった日本だったがそれをカンフル剤とし技術の発展 軍事力の増加 日本経済の拡張という明るい未来にむかっているようにみえる。
しかし政府はいつか来るアメリカのことを考え、恐れながらも着々と準備していくのだった。