第86話 第二の巫女ウルズ
「モグモグモグ……! ごくごくごくっ! ぷはー! 生き返ります~~!! あ、そこの方。このサンドイッチは絶品ですね、素晴らしいです。もう一ついただけませんか? ありがとうございます」
「おい、人の飯を勝手に食っておいて、その上おかわりを要求するな。ついでに返事も待たずに礼を言うんじゃない。完全にあげる流れになってるじゃないか」
「な、なんと!? むしろあなたはこんないたいけな少女がお腹を空かせてるのに、食事を分けてくれさえしないのですか!?」
「俺の昼飯を勝手に食ってなかったら、考えてたかもな!」
しょぼーんとした顔で少女がうなだれる。
いや、そんな悲しそうな顔をされてもこっちも困るんだが。
というか、飯を奪われて絶賛困っているわけだ。どうしてくれるんだ、俺のペッパーブルーチーズサンド。
「突然食事を恵んでいただいたのは感謝しています。あ、あとペッパーブルーチーズサンドには冷やしたハーブティーがお勧めです。このお茶もおいしいのですが、さっぱりとした味のペッパーブルーチーズサンドにはハーブティーこそ絶対なのです」
「こ、こいつ勝手に食うに飽き足らず飲み物のケチまで付けてきやがった……」
「あはは、面白いお姉さんだね」
笑えない冗談はよせ、ビュウ。
お前、この女が俺の飯を食っている間に自分の飯を隠れて食っていたのを見たんだからな。
俺だけ被害に遭ったからそんなノンキなこと言ってられるんだ。
お前も空腹時に横取りされてみろ、怒る気力も沸かんぞ。落胆しすぎて。
ルビィも苦笑いして少女を見ている。
「ね、ねぇ。あなた、お名前は? どうして一人でこんなところにいたの?」
「はい。実は……と、事情は話しちゃダメだったのです。残念ながら、詳しいことは話せません。あしからず」
「おいおい、そりゃないだろ。飯の代金代わりだ、何してたのかくらいは教えてくれても良いんじゃないか?」
「僕は行き倒れてたのに一票~!」
まぁ、ビュウも言うようにどう見ても行き倒れだよなこの子。
よくよく観察してみれば、本当に久々の飯なのか少しやつれてるように見える。
服も土で汚れて、木々や葉っぱがあちらこちらに付いている。
森の中を走っても、半日やそこらでこれほど汚れはしない。
「正解なのですよ、少年。私はとても大事なことをするために、この森を駆けていたのです。ですが、追っ手から隠れるために森のあちこちを移動している内に、体力の限界が来たのです。あなたたちに出会えなかったら、あと三日で死んじゃってたかも知れません」
少女は俺のバッグから携行食を取り出しながら、てへへと照れ笑いする。
おいおい、笑ってる場合じゃないだろう。マジかよ、そんなにヤバかったのか。
というか、そうなるまで追われるってこの子一体何者だ?
俺が警戒していると、ティウがすんすんと鼻を鳴らす。
「臭う。臭うよ~。行き倒れのお姉さんから同種の臭いがするよ~」
「え、私臭いですか!? はっ! そういえば、もう二週間以上お風呂に入っていませんでした! ショックです、ご飯をくれた人と同じ臭いがするなんて!?」
「いや、ビュウが言ったのはそういう意味じゃないだろ……え、ちょっと待って。俺と同じ臭いでショックって……。え、俺ひょっとして臭うの、ねぇ!?」
◆
「私の名前はウルズというのです。よろしくなのです、命の恩人の皆さん」
食事を終えて満足そうな顔をした少女は口元を布で拭き、自分の名前を名乗った。
ウルズ……どこかで聞いたことがあるような名前だ。
しかし、それだけだ。
ということは、エタドラに出てきた人物ではないのか? もしくは、名前だけは出た程度の重要度の低い人物かもしれない。
ストーリーに関わるキャラなら、名前を聞いただけで思い出せるはずだ。
いや、ダメだな。
目立った人物と出会うと、つい用心深くゲームの登場人物ではないかと勘ぐってしまう。
この世界に来て一年以上経つのに、ゲーム脳が抜けきっていない。
この世界の人たちは生きている現実の人間なのに、ゲームのキャラと同一視するのは褒められた考えではないはずだ。
俺も早く、この世界の住人として溶け込めるようにしないとな。
もっとも、ゲームの知識があるからミズガルズ王国を救えたのも事実だ。
難しいな、考えを変えるというのは。
「で、ウルズとやら。飯は食い終わったんだから、もう俺たちに用はないだろ。なんで俺たちについてきてるんだよ」
「とうくん、そんな追い出すような言い方ダメだよ……。ねぇ、ウルズ……ううん、ウルちゃん。ウルちゃんは私たちと一緒にいたいの?」
「ウルちゃん……そんな風に呼ばれたのは初めてです。みんな私をウルズ様と呼ぶので、愛称で呼ばれるのは夢だったのです!」
ウルズは目を輝かせて、ルビィの手を握る。
そして、嬉しそうに飛び跳ねた。
こいつ、さっきからコロコロと表情が変わるな。なんだか高校の頃の友達の妹に似ている。五歳児のな。
「そ、そう? 気安くないかなって思ったけど、気に入ってくれたのならよかった。私はルビア、よろしくねウルちゃん」
「はい、とっても嬉しいです! ありがとうなのです、ルビア!」
ルビィとウルズ、中々相性が良さそうだな。
それにしても、珍しいことがあったもんだ。だって、あのルビィだぜ?
あのルビィがまさか――
「初対面の人間にこうも親しく話しかけるとはなぁ……」
「あれ? 驚くようなことかなぁ。僕がお姉さんと初めて話した時も、結構楽しくおしゃべりしてたけど」
「マジか。俺の時は会話を続けるのも一苦労で、馬車の中の空気が冷え冷えだった覚えがあるんだが……」
「あはは。それはお兄さんがつまらないトークばかりするから、話すのが嫌になったんじゃないの?」
「いや、そんなことは……」
そんなことはないはず、だよな?
でもビュウに言われると不安になってきた。
そういえば、ルビィと初めて会った時、やたら緊張していたような。
俺って話しかけづらい雰囲気でも纏っているのか? なんかショックなんだが……。
俺が落ち込んでいる横で、ルビィとウルズの会話はどんどん盛り上がっていた。
悲しいね、ははは。
「ルビアの言うように、私はみなさんについて行きたいのです。ですが、あらかじめ言っておくと私は危険な集団に追われる身なのです。そいつらは私の身柄を確保しようと、周囲にいる人間を巻き込むかも知れません。なので、迷惑だったらついて行きません。ここでお別れなのです」
「そんな……。なんでウルちゃんは追われているの? それも言えないの? 事情を話せないから?」
「はい。これ以上話せば、やつらに消される可能性があります。なので、私と一緒にいると危ないということだけでも知っておいて欲しいのです」
ウルズは話すことの出来ない事情とやらを、最大限隠して俺たちに伝える。
おいおい、集団に追われるってそれどういう状況だよ。
何をすればそんなことになるんだ?
ひょっとしてこんな無害そうな顔をしておいて、実はとんでもない犯罪者とかじゃないだろうな。
やめてくれよ? ミズガルズの王女がアスガードの指名手配犯を匿ったとか、この状況じゃ国際問題になりかねないんだから。
「とおくん、どうしたの? そんな難しい顔して」
「とおくん……とおくんさん。私が無茶を言ってるのは重々承知なのです。ですが、もしアスガードの外……せめて神都から遠くへ連れて行ってくれたら後で謝礼は十分お出しするのです! だから、その……」
ウルズは申し訳なさそうに、俯いて地面を見つめる。
指を交差させ、何か言いたそうに、しかし言い出せずもどかしそうにしている。
「…………」
まぁ、正直に言うとだな。
俺は別にウルズを疑ってはいない。面倒ごとに巻き込まれたなとは思うけど。
ただ、こいつは悪いやつじゃない。それは間違いない。断定してもいい。
事情が分からないから、どれほどの規模の話か分からず、容易に首を縦に振れないだけだ。
例えば、ウルズが言っている連中ってのが地元のギャングとかその程度ならいい。
それくらいなら、俺たちが返り討ちにしてやれば無事解決。ウルズの逃亡劇は終わりって訳だ。
だが、もし国規模の事件に関わっているなら、俺たちが首を突っ込むのは危険だ。
何度も言うが、国際問題に発展する可能性があるからだ。
そして、決定的なのがウルズの言葉だ。
謝礼を出す、神都から遠くへ行きたい。これらの言葉と、今神都で起きていることを踏まえると、だ。
間違いなく、ウルズは貴族の令嬢とかそういう類いの人間だ。
そして、神都にいるやつらに追われているのならおそらく……。
「ブリュンヒルトのやつか……」
「っ! あなた、私の正体を知っていたのですか!?」
「知らん。だが、お前の言葉から予想できたよ。お前が至神乙女から追われているってな。となると、お前は魔典教会派の貴族の娘とかじゃないか?」
「そうなの、ウルちゃん?」
「あなた……何者なのですか?」
俺がウルズの素性を予想して本人に伝えると、途端にウルズの表情が変わる。
どうやら、的外れな考えではないらしい。
「俺はまぁ、付き添いだよ。そこのルビィのおつかいのな」
「ルビアの……? そういえば、ルビアって名前……ひょっとしてあなたは!」
「うん、私の名前はルビア・ミズガルズっていうの。一応、アスガードに会談に来たミズガルズ王国の王女……だよ」
驚愕の表情、とでも言おうか。
ウルズの瞳は大きく見開かれ、口はぽかんと開いている。
驚くのも無理ないよな、偶然出会った女の子が実は他国の王女様だったなんて。
どこのラブコメ漫画だよってなるよな、ほんと。
あれ、これ俺にもブーメラン刺さってるか?
「そうですか。道理であなたから懐かしいような、親近感の湧く雰囲気を感じると思いました。勘違いじゃなかったのですね、ルビア。あなたが、四人目の……」
「……てことは、あなたもそうなんだよね、ウルズ? あなたも世界樹の――」
「ええ、私の名はウルズ・ル・ファウンテン。この国アスガードの魔典教会の長であり、我が国の世界樹の根を司る巫女です」
全く、つくづく俺の勘というのは当てにならないなと思う。
何が重要人物じゃない、だ。
とんでもない。目の前の少女は、この世界でもトップクラスに重要な人物じゃないか。
やはりゲーム脳とはさっさとお別れした方がいいかもな。
この世界の情報に対して余計なバイアスというか、フィルターがかかっている気がする。
「あなたがこんなところにいることから、大体の事情は察せたのですルビア。どうやら、ブリュンヒルトは強攻策に出たようですね」
「ええと……。私も正直、何が何やらで……」
「互いの素性が割れたことで、遠慮無く話せます。はっきり言いましょうルビア。あなたは即刻国に帰るべきです。あなたがこの国にいる以上、私と同じように身の危険が迫っています」
「おい待て。それ、どういうことだ?」
ルビィの身に危険?
なんだそれ、なぜそうなるんだよ。
せっかく、帝国から殺される未来を回避したのに。なんでまた、ルビィが危ない目に遭うんだ。
「ルビア……私が追われているのは、ブリュンヒルトによる世界樹ユグドラシルのシステムの強制解放のためです。つまり、巫女を使った世界のシステムへの干渉……。それがブリュンヒルトの狙いです」
「そんなことをしようとしているのか、あの戦乙女……!」
「お姉さんが帝国に狙われたのと同じ理由だね……。でもおかしいなぁ……記憶だと世界樹に干渉出来るのは三つの根から同時にアクセスするか、四人目の巫女であるお姉さんの能力だけだったような」
「それは……私も不思議に思ってるのです。どうやって私一人でシステムに干渉するのか……。いや、ひょっとしたら……」
ウルズはハッと顔を上げてルビィの方を見る。
そして、俺も同じ考えに至った。もしかすると、今回の事件……。
「ルビィがこの国に来ることも、織り込み済みってわけか? 最初から、仕組まれていた? いや、それだとウルズを追う理由がわからない……」
「……今は戦乙女のお姉さんがどうやって根にアクセスするかより、巫女のお姉さん達をどうやって安全なところまで連れて行くかが重要じゃないかな」
「ああ。それもそうだな」
流石は四魔将の一人ビュウだ。
俺一人だとごちゃごちゃと余計なことを考えて泥沼にはまるところを、スパッと切り替えて目標を明示する。
こういうのはやはり経験の差か。
俺よりも年下だが、実戦経験の差は数倍はあるだろう。
それに一国の将を務めていたんだ。個人の行動ではなく、全体を俯瞰して物事を考えることにも慣れている。
味方としては、ティウと同じくらいに頼りになる少年だ。
俺は荷物を背負い、目的の場所へと歩き出す。
「とおくんさん? どこへ行くのです?」
「くん付けにさんを重ねるんじゃない。ってか、俺のことをとおくんって呼んでいいのはルビィだけだ」
「とは言っても、あなたの名前を知らないのです……」
「俺か? 俺はトール。ま、新興の貧乏貴族ってことでよろしく」
目的地は決まっている。
まずは、あそこに行ってみるとしよう。
あそこなら、下手に追っ手もやってこれないだろうさ。




