第84話 戦乙女の目論見
大聖堂の一室に、ブリュンヒルトは佇んでいた。
傍らには司祭とその部下が傅き、その横には白い外套を纏った女性が立っていた。
白い外套の女は機械的な声でブリュンヒルトに報告をする。
「雷神と四魔将ビュウは行方をくらませました。街の周辺に包囲網を張っていますが、彼らの速度なら既に街の外へ逃げ出している可能性も考えられます」
「そうですね、間違いなくもうここにはいないでしょう。アスガード全域にある教会へ捜索を指示、それから包囲網をこの街からイダヴェル大森林に変更してください。おそらく彼らはそこに現れるはずです」
「かしこまりました。ですが女主教、なぜ雷神達が大森林に訪れるとお考えなのですか」
白い外套は女主教――ブリュンヒルトへと質問を返す。
ブリュンヒルトはあら? と意外そうに白い外套の方を向いた。
「当然ですわ。彼らがそこに現れるのは運命、いいえ……それ以外あり得ようがないのですから」
「…………」
答えになっていない――白い外套はそう思った。しかしそれ以上の追求もしない。
元より自分たちに納得はいらない。与えられた命令をただこなすだけで良い。
考えるのは女主教ブリュンヒルトの仕事だ。自分たちは目の前の任務を想定通りに行うだけで全てが上手くいく。
白い外套は首を縦に振り、ブリュンヒルトの返答に相づちをうつ。
「わかりました。では、イダヴェル大森林北部に捜索隊を展開します。現在出撃している戦力の三割をそちらに充てようと思いますが」
「いいえ、七割です」
「……七割、それは雷神と四魔将の実力を考えてのことでしょうか」
「それもありますわ。ですが、彼らの同行者の中にもう一人、面白い人物がいるはずです。その方も一緒に捕らえて欲しいのです」
面白い人物。ブリュンヒルトが他人をそう評するのは珍しい。
彼女は信じる神々に対しては敬意を評するが、人間に対しては徹底的にドライに接する。
人間に興味が無いのだ。
だから、人間のことを面白いと評する――特にミズガルズの人間を――のは、それこそ初めてではないか、と白い外套の女は思案する。
だが、思考はそこで止まる。考える必要はない。考えることは自分たちの仕事ではない。
自分たちはただ、出された命令を実行するに過ぎないのだから。
「元々彼らは外交のためにこの国を訪れました。では、私と会う予定の人間は誰だったのでしょう? 雷神様? いいえ、違います。私の見立てでは彼はあくまでも食客かそれに近い立ち位置の人間。国の政治に踏み込む立場ではないでしょう。だから、一国の代表として他国に行くことが出来る立場の人間――王族がいるはずですわ」
「王族……ミズガルズの国王は基本的に玉座を空けないと聞きます。ならば王妃が……」
「王妃は数年前に亡くなっていますわ。ですから、その娘である王女が来ている……と睨んでいます」
「王女といいますと、あの戦争で帝国に狙われたという、『巫女』ですか」
世界樹の巫女。
それはこの世界の中心にそびえ立つ世界樹『ユグドラシル』にアクセスできる、この世界でもトップシークレットな存在だ。
ユグドラシルは命と秩序を司るこの世界のシステムそのもの。それにアクセスできるということが何を意味するか、言うまでもないだろう。
ユグドラシルは三本の根をこの世界に下ろし、その根が生えた土地は安寧と平和を約束されると言われている。故に、太古の昔ではその根を巡る争いが頻発していたとのことだが、数々の闘争を繰り返し、今は各国が納得のいく取り交わしをして収まっている。
だが、そこに第四の根があると判明した。
それはミズガルズ王国にあるというのが、帝国と王国との戦争で分かり、世界は再び根を巡る戦火が切って落とされようとしている。
しかし、王国はあの世界最強の帝国軍を押し返すほどの戦力を有し、さらにはおとぎ話で聞く『極神』を擁している。
簡単に攻め込もうとする国はどこにもない。
しかし、賽は投げられたのだ。
第四の根を手に入れようとする者がいる中で、逆の事を考える者も現れる。
そう。
例えば。
「私たちアスガード以外の根は、この機会に一掃してしまいますか」
根は四本もいらない。
神を信じる自分たち以外に、世界樹の恩恵を受ける不届き者など、これを機に全て葬り去る。
それこそが、戦乙女ブリュンヒルトの計画だった。
「では、引き続き大森林であのお転婆娘の捜索を続けてください」
「はい。ですが彼女がいなくなってから三週間、もしかすると餓死しているかもしれません。もしくは魔物に襲われ、命尽きているということも」
「それは困りますね。彼女は我が国が有する生きた至宝ですのに」
そこでブリュンヒルトは司祭の方を向き、笑顔で尋ねた。
彼女達が探している人物について。
「それで、司祭様。本当に知らないのですよね、彼女がどこで何をしているのか?」
「も、もちろんだとも。我々も大聖堂のこの部屋、ウルズ様の部屋に様子を見に来たら忽然と姿を消していたのだから!」
「そうです、ブリュンヒルト様! 私たち教会の者達はいつもウルズ様のお世話をしていましたが、あの日は本当に前触れもなかったのです! ウルズ様が……この国の巫女が大聖堂から姿を消すなど!」
「そうですか……」
ブリュンヒルトはそれ以上の追求をしなかった。
笑顔で、納得がいったという表情をしてその場は収まった。
司祭と修道女はほっと一息をつき――次の瞬間、彼らは青い炎に身を焦がした。
「ぐあああああぁぁぁ!?」
「仮にも神を信じる者が嘘はいけませんわ、司教様。あなた方がウルズ様の逃走を手助けしたことなど、既に裏は取っています」
「ぐごおおおおぉぉぉ……」
「残念ですわぁ。その様子だと喉まで焼けているようですね。これでは尋問のしようがありません。ウルズ様はゆっくりと探すとして、あなた方はそこでじっくり焼かれていってくださいませ」
ブリュンヒルトは部屋を後にした。
その後ろに白い外套の女がついて行く。
部屋からは声にもならない悲鳴が聞こえたが、ブリュンヒルトは全く意に介さない。
廊下を歩いていると、白い外套がブリュンヒルトに尋ねる。
「もし、もし本当にウルズ様が亡くなられていた場合、どうなさるのですか女主教」
「決まっています。ミズガルズ王国の巫女を利用させてもらうまでです。まさかこの国の巫女がいない時に、余所の巫女が訪れてくれるなんて……。やはり主は我らの行いこそ正しいと言われているのですわ」
「では、戦力を回して雷神と四魔将を押さえているうちに……」
「ええ。巫女を改宗……もとい回収してきてください。生きていればそれで構いませんので」
「了解しました」
白い外套の女は魔道具に声を吹き込み、仲間に指示を飛ばす。
そして彼女自身も出撃の準備をする。大森林へと、雷神達を追跡するために。
「行きなさい、我が至神乙女たちよ。巫女を手中に納め、神の教えを無碍にする愚か者達に鉄槌を落とすのです!」
賽は投げられた。
本来の歴史では明かされることのなかった、ルビア・ミズガルズの能力。
それが全世界に明るみに出たことで、各国の動きは――時代の流れは変化する。
それは、敵が味方になることも、味方が敵になることも起こり得る――まさに、新たな神話の創世記だ。




