第79話 理由が知りたい
魔法大学の見学を終えて、再び街の中を歩く俺とルビィ。
重い足取りの中、ふとルビィが足を止める。
「ルビィ?」
振り返ると、そこには俯いて地面を見つめるルビィがいた。
ルビィの足はその場に縫い付けられたように動かず、視線は自分の影をじっと見つめている。
魔法大学の空き教室で、教授のビルに告げられた一言。
それがルビィの胸に深く食い込んでいて離れない。
アスガードは現在、ミズガルズ王国との交流を絶とうとしているらしい。
日本の歴史でいうと鎖国……とはちょっと違うか。
どちらかというと、貿易相手を意図的に避けている感じだろうか。
何が理由かは分からない。
こんなこと、エタドラでもあり得なかった。
ただ、事実として、アスガードはミズガルズ王国と敵対……まではいかなくとも、味方ではなくなった。
エタドラでも起きえない出来事。
それは、とても重要な意味があるのだと、感じずにはいられなかった。
その原因は、おそらく俺だ。
俺と、ルビィという少女がこの世界の運命を大きく変えてしまったのだ。
ルビィは俯いたまま、ようやく重い口を開いた。
「とおくん。私、入学できないのかな。あはは、タイミング悪いね。まさか、国家間の問題で受け入れ拒否されるとは思ってもみなかったよ。でも、これはこれでよかったのかも」
「何言ってるんだよ。いいことなんて、何にもなかっただろう。それに、何でこんなことになってるのか、納得がいかない。そこんところはっきりさせないと、腹の虫が治まんないだろ」
「ううん、そんなことないよ。……確かにショックだったけど、受験する時になって知るよりかはずっとよかったもん。事前に知っておけて、本当によかった! ……これで、国の方に集中出来るね」
愁いを帯びた表情。
そこから感じ取れるのは諦めと、達観。
かつてこの世界に来る前、エタドラ内の写真で見た悲しげな顔。
没ヒロインの片鱗が、ルビィに現れた。
――違う
俺はこんな表情をさせるために、この子を救ったんじゃない。
俺はもっと、ルビィに笑っていて欲しいから。
こんな訳の分からないことで、悲しんで欲しくないから。
だから、運命を変えたんだ。
理不尽なんて、俺の意思でねじ曲げてやる。
「違うぞルビィ、間違ってるぜ。お前が集中するべきなのは、魔法の勉強だ」
「え、何を言ってるの? だって魔法大学には入学できないんだよ。勉強したって……」
「そんなことない。努力は実ることはあっても、裏切ることなんてないんだ。お前は頑張って魔法で学年トップを取るくらいに勉強したんだろ? あの大学に入るために、毎日努力してるんだろ? だったら、自分から諦めるような真似はするな!」
「私だって本当はシックスシェード大学に行きたいよ……でも、だって……」
気持ちではどうしようもないのだと、
現実は厳しいのだと、
ルビィは歯がゆそうな表情で訴える。
だが、そんなふざけた現実をぶち壊すために俺はここにいる。
「だったら、確かめればいいんだよ」
「た、確かめるって何を?」
「簡単さ。アスガードがミズガルズと仲が悪くなった原因さ」
◆
「ねぇとおくん、やめた方がいいよ……! こんなことしたら、それこそ国際問題になっちゃう……!」
「安心しろ、上手いことやるさ。念のため、お前はついて来ないで外から様子を見てるんだぞ」
「それは分かってるけど、本当に大丈夫なの?」
俺はリュックの中から仮面を取り出す。
かつてヴァナハイム共和国で変装用に用いた仮面だ。
王国の寮の部屋に残っていたので、念のため持ってきたのだ。
仮面で顔を隠し、ローブで体を覆う。
これで第三者に俺の正体がバレることはないだろう。
そもそもアスガードの国の中に俺のことを知っている者が果たして何人いるのか疑問ではあるが、正体を隠すこと自体は悪いことではあるまい。
少なくとも、今から行うことを考えれば。
「じゃ、行ってくる」
「うん。気をつけてね」
気配を殺して人の少ない路地裏を走って行く。
目的とする建物まであと一〇〇メートル、屋根の上に登って一気に距離を詰める。
屋根から屋根へと飛び移ることで直線距離で目的地までの最短ルートを進む。
そして、目的とする建物の屋根へと飛び移る。
「相変わらずバカでかい建物だな……大聖堂っていうものは」
俺が目指した場所。
それは俺とルビィが門前払いされた、この街でも一番大きな建物である大聖堂だった。
丸みを帯びた屋根からゆっくりと窓ガラスへと近づいていく。
足下を滑らせると一気に地面へと落ちてしまうため、細心の注意を図る。
窓から大聖堂の中の様子をうかがい、周囲に人影がないことを確認する。
そして一気に窓ガラスを蹴破り、大聖堂の中へと侵入する。
「ふぅ……侵入成功。スパイ映画とか見てて、一回やってみたかったんだよなこういうの。身体能力とスキルがあれば以外と素人でもなんとかなるんだな」
ゲームのカンスト間近のステータスと、廃人ほどではないがやり込んであるスキル一覧が備わっている人間を素人というのかは自分でも疑問ではあるが。
とにかく、建物の中までは誰にも気づかれることなく侵入できた。
あとはあの人物さえいてくれれば……。
廊下を足音を殺して歩く。
大聖堂の廊下は大理石で出来ており、堅い靴で歩けばさぞ子気味のいい音が鳴り響くことだろう。
しかし状況が状況だ。今の俺は某ゾルディック家の三男のように音を殺して動くことに徹しなければならない。だが、俺が某ゾルディック家の三男のようにはいかず、俺は足音を殺すために恐る恐る歩いている情けない感じになってしまっている。
まぁ、音を立てなければなんでもいいんだよ、うん。
しばらく歩くと大きな扉が見えた。
他の扉とは違い、これだけ扉の装飾が凝っている。
いかにも重鎮がいます、とアピールしている。おそらく目的の人物はこの部屋にいる。
扉に手をかけて、魔法を念じる。
(【気配探知】……中にいるのは一人、女性か。俺たちを突っぱねた司祭じゃないな。武器は……持っていない。戦闘員じゃないのか?)
【気配探知】
補助魔法の一つでエタドラでは今いるフィールドにどんなモンスターがポップアップするかを調べることが出来た。
この世界では名前の通り、周囲の人間の気配を察知し、おおよそどんな人物か探ることが出来る効果になっている。
中にいるのは女性一人。
それは別にいい。俺の目的とする人物は女性なのだから。
しかし、武器を持っていないというのは少々気になる。
俺が知るあの人物ならば、武器の一つや二つ持っていてもおかしくないのに。
引き続き気配探知で室内の様子を観察する。
すると、中の人物に動きがあった。
真っ直ぐに、
扉越しではあるが、
こちらを見ていた。
(なっ!? そんな馬鹿な! 俺は気配を殺していたはず、まさか気づかれたのか? こんな一瞬でか、マジか!?)
中の人物はゆっくりと扉に向かって歩いてくる。
あと二秒もすれば、この扉は開かれてしまい、その人物と俺は真っ正面から向き合う形になるだろう。
こうも早く感づかれたのは予想外だが、元よりこの人物には会うつもりだったのだ。
今更隠れるよりも、ここは真っ正面から向かい合うことを選ぶとしよう。
扉が開かれる。
目の前には銀髪の女性。
美人という言葉だけでは言い表せない美しさと、その外見に似合わぬ殺気を纏った女性。
女性は真っ直ぐと俺の顔――仮面をしているが――を見やる。
そして、こう言うのだ。
「初めまして、不思議な訪問者さん。その仮面、とっても愉快だわ。あなたはどこの道化かしら」
「俺がどこから来たかなんてどうでもいい。ただ一つ、聞きたいことがあるだけだ」
「へぇ、何かしら」
「理由が知りたい。アスガードという国が、帝国ではなくミズガルズを避ける理由が」
俺は女性の眼を見て答えた。
「なぁ、アスガード最強の女戦士。この国の実権を握る、至神乙女の長――ブリュンヒルト」
俺の目の前にいるのは一国を代表する女戦士。
エターナルユグドラシルの章ボスも担当した、正真正銘の強者。
戦乙女ブリュンヒルトだ。




