第74話 初デート③
カフェを出て俺たちは街の中を歩く。
次に行く場所を決めているわけではない。ただ、なんとなくブラブラと歩いている。
「いい店だったな」
「うん。ああいう落ち着いたお店って、実は初めてなの。オトナな雰囲気を味わったことで、私もより一層大人っぽくなったってことだよね」
ルビィは控えめな胸を張り、えへんと鼻を鳴らす。
ルビィの早く大人になりたいという願望は一年以上前から変わっていない。ルビィは年齢で言えば十五歳、元の世界だと中学三年生だ。
その年頃だと将来への漠然とした不安とか、早く独立したいとか、今の状態からいち早く変わりたいという願望を抱きやすい傾向があるのだろう。
だから、ルビィはよく子供扱いしないでと口にしているんだろう。
容姿は以前よりも大人びた――とは言っても、同世代に比べたら幼い顔立ちだ――が、内面はまだまだ子供と大人の間を行き来しているようだ。
「ははは、成長したのにそういうところは相変わらずなのな」
「むー、そういうところってなによ。いいでしょ、別に。子供扱いして欲しくないって思うのは、悪いことじゃないでしょ?」
「もちろん悪くないさ。一人前の人間になろうとすることが、悪いはずがない。ただ、無理に大人ぶらなくてもいいってだけだよ。普通に過ごしていれば、時間が人を変えてくれるものさ」
「そうかなぁ」
ルビィは首をかしげる。
でもそういうもんなのだ。人は誰しも、ずっと同じままではいられない。時間が経てば当然、その人のいる環境も変わる。環境が変われば、自ずと態度も変わってくる。
そういう風に、人は変わっていくんだ。それを何度も経験していけば、自然と大人になるってもんだ。
元の世界で学生だった俺が言うのも、ちょっと偉そうだけどさ。
「ルビィだって、時間と共に変わっていってるぞ」
「え、本当? どこどこ、どんな風に変わった?」
ん~? と言って、ルビィは両手を後ろに回し体を揺らしてこっちを見る。
無意識にやったんだろうけど、そのポーズは中々に破壊力があった。俺は思わず顔をそらしてしまう。
「ねぇ、どこが変わったの?」
ルビィは次いで、俺の耳元に口を近づける。
そして囁くように言う。
これを狙ってやっていないのなら、ルビィは中々の小悪魔だ。狙ってやっていても、それはそれで男心を分かりすぎている。
俺はルビィの顔からバッと離れて、慌ててルビィの変わったところを言う。
「た、例えばほら! 知らない人相手にしてもちゃんと話せるようになってる。以前は初対面の相手だと全く会話できなかったもんな。フレイとフレイヤ兄妹の時みたいに。それにお姫様としての公務をしているところを見たけど、大勢の前でハキハキと喋っていたな。これもルビィの中で大きく変わったところだと思うぞ」
「そ、そう?」
「あと手足がスラッとしたから、今日着てるような落ち着いた色のコートとか、よく似合ってるぞ。今履いてるブラウンのブーツも、ルビィのスタイルがいいから足が長く見えていいな」
「ありがとう……。実はこの服、侍女のみんなに選んでもらったんだ。とおくんに褒めてもらえて、嬉しい……」
赤面して、口元を隠すルビィ。
「あと、低めに結んだツインテールだけど。すごい、か……かわ……可愛いと思う!」
「…………えへへ、うん」
しばしの沈黙。
顔が熱くなるのを感じる。ルビィの顔も赤い。耳なんて熱を持ってるんじゃないかってくらい赤々としている。でも、この沈黙は嫌じゃない。むしろ心地いい。
お互い顔を見合わせて照れる。そのなんともない瞬間が嬉しい。
なんだろうこの、中学生レベルの恋愛観は。俺に遅れてきた思春期が到来でもしたのだろうか。
「ん~♪」
ルビィが手をブラブラさせている。
右手を不自然に揺らし、俺に向けて何かをアピールしている。
これは、手を握ってというサインか?
「ん」
「あっ」
ルビィの手をそっと握る。反応してルビィの声が漏れる。
なんだこれ、なんだこれ。すっげぇ柔らかいそ。女の子の手ってこんなに柔らかいのか。
いや、今までだってルビィに触れたことは何度もあった。だがこうして自分から触ってみると、予想以上にその感触に戸惑ってしまう。
肌に柔軟剤でもすり込ませてんのか、というくらいの柔肌。強く握るのを躊躇してしまう。
「つ、次どこ行こうか。ルビィはパンケーキ食べてたし、どっかで座れるところさがそうか?」
「えっと、とおくん。それだったら……うち、来る?」
◆
石造りの一軒家にやってきた。
その家は豪邸というわけでもなく、かといって小さい家でもない。一般的な庶民の家だ。
この、四番街の住宅の並びの中にある普通の家こそが、何を隠そう王様の実家である。
すなわち、ルビィの実家でもある。もっとも庶民出の王様がたまに生まれ育った家に帰っているくらいで、ルビィは生まれも育ちも城の中らしい。
たまに王様について行って、こっちで過ごすこともある、と出会った当初聞いたことがある。最近は忙しくて来てなかったそうだ。
「家の人たち大丈夫かな。いきなり行って悪くないか?」
「平気だよ。今日はお父さんは城のほうにいるから、誰も家にいないもん」
「そ、そっか」
家に誰もいない、というワードに一瞬変な期待を膨らませてしまった。
ルビィはそんなつもりで言ったわけではないと分かっているが、女の子からそんなことを言われれば誰だって思い浮かべてしまう。
だが、余計な考えだと思い自省。
「ちょっと城の中とは違いすぎて驚くかもしれないけど」
ルビィは申し訳なさそうな顔をする。
「いいよ、せっかくだしお邪魔させてもらおうかな」
家の中に入ると、しーんという音が聞こえそうなほど静かだった。
ルビィに連れられ、リビングに行くと大きなソファーがあった。ルビィに促されて腰を下ろす。
すると、ルビィも同じソファーに座る。
「……」
顔を赤くして俯いている。
そして、俺の手にそっとルビィの手が乗せられる。
「「あの」」
「……」
「……」
声が被る。
ダメだ、緊張して心臓がバクバクしている。血管の動きが驚くくらい早い。
ルビィは俺の手を触っているが、この脈の早さが伝わってしまったりしないだろうか。
焦るな、動揺したら負けだ。負けってなんだ、誰相手だよ。ああやばい、自分で自分にツッコミを入れている。完全に混乱してしまってる。
俺が中々口を開けないでいると、ルビィのほうから沈黙を破る。
「とおくん。あの夜のこと、覚えてる?」
「……ああ」
ルビィの手が、俺の手をより一層強く掴む。
力は強くなっているのに、柔らかい感触が変わることはない。
「四魔将を倒して、気絶した後。城の庭園で言ってくれたこと、覚えてる?」
声は少し震えている。ルビィは俺の記憶を確認することに、少し不安を覚えている。
「もちろん、忘れるわけがないよ。俺はあの時のこと、一生忘れない。たとえ地獄に落ちたとしても、あの夜の記憶は魂から抜け落ちることはない」
そう。月明かりの下でルビィに誓ったあの日。
ルビィの、ルビィだけの騎士になると決めたあの瞬間。
この世界に来た理由である、ルビィの運命を変えること。それを成し遂げ、これからもルビィを守っていくと心に決めたこと。
あのことを、俺は絶対に忘れない。
「じゃ、じゃあ……あのとき、私にしたことも」
「ん?」
ルビィの声が急に小さくなる。
「だ、だから。あの夜、私たち……したでしょ? …………き、キス」
キス、という単語を聞いた瞬間頭が真っ白になる。
いや、確かにあの時ルビィとキスしたがあれはその場の雰囲気というか。いや、流れでキスしたとかいうわけじゃなく、ちゃんと誠実な思いでやったんだけども!
「それに、ずっと守ってくれるっていったし。私たちって、付き合ってる……って思っても、いいのかな?」
恥ずかしそうなルビィ。
顔を俺から反対方向に逸らして、表情が見えないようにしている。
ただ、赤い耳が丸見えなのですごく恥ずかしがっていることは容易に分かる。
「ルビィ……」
俺の手に乗せられたルビィの手を、余ったもう片方の手で包み込む。
すると、真っ赤になったルビィの顔がこちらを向いた。
「俺の想いはずっと変わらない。俺はずっと、ルビィのことが大好きだ。改めて言わせて欲しい。ルビィ、俺と付き合って欲しい」
目を見開く。
そして、目の端にうっすらと涙。
「もちろん、私もずっと好き」
そして、二人の思いを確認し合うように。
俺たちは、二度目のキスをした。




