第73話 初デート②
城の正門から外へと向かう。
いつもは別の道から街の方へ行くのだが、今日はルビィと一緒ということで城の正面から出かけることにした。王女が裏門から出かける理由なんてないからな。
門を抜けて、ルビィの顔を見る。ルビィと視線が合う。どうやらルビィも俺のことを見ようとしていたようだ。わずかな沈黙。
そして。
「じゃあ……いく、か?」
「う、うん」
城下への道をルビィと歩いて行く。俺はなんとなく、早歩きになってしまう。
大きな道の端っこをテクテクと、小さな歩幅で足早に歩く。
急ぐ理由? そんなものはない。緊張しているだけだ。初デートという状況に。悪いかこんちくしょう。
俺がどんどん足を進めていると、後ろから声がかかる。
「とおくん、待って!」
駆け足で近づいてくるルビィ。少し息が上がっているか。想像以上に速く歩いてしまっていたらしい。
「あ、ああ。ごめんルビィ。急ぎすぎたかな」
「うん、とおくん早いよ。そんなに急いで、行きたいところでもあるの?」
「行きたい、ところ……?」
ルビィに言われてハッとする。
デートに誘ったまではいいものの、実のところデートのプランなんて一切ない。そもそもデートしたことがないからな!
そんなわけで全くのノープランで幸先よろしくない。このまま街まで行っても、適当な店を覗いて飯食って終わりっていう、およそ考えられる中で最もつまらない初デートになりそうだ。
どうにかしてデートの計画を考えねばならず、その時間を稼ぐためにもゆっくりと歩くべきなんだけど、緊張から早歩きになってしまう。
どうしたものか……元の世界で読んだ漫画か、プレイしたギャルゲーから参考になる知識がないか思い出そうか。
いや、ダメだ。どれもこれも現代日本を舞台にしたものばかりで、あまり参考になりそうにない。
ファンタジー作品でデートの参考になりそうなものは、パッと思い出す限りない。俺が読んだりプレイするファンタジー作品がシリアスな作風で、デートとは縁遠いというのもあるんだろう。
このままでは本当にブラブラと街を歩くだけで一日が終わってしまう。
俺が悩んでいると、俺の横を歩くルビィが提案する。
「とおくんに行きたいところがないなら、私が行ってみたいところに行ってみてもいいかな」
最高の申し出だ。
俺にプランがないのを察しての言葉か、それとも最初からルビィが計画していたのかはわからない。
どっちにしても俺にとってはありがたいことに変わりはない。ルビィの希望に沿おう。
「お、俺は構わないよ。ルビィの行きたいとこに興味あるし、行ってみようか」
俺の返事を聞いて、ルビィの顔がほころぶ。
「うん! じゃあ行こう、こっち!」
「おわっ」
ルビィは俺の手を優しく握ると、そのまま俺の手を引いて走る。
向かう先は商業施設の多い二番街へと続く道。
ルビィは一体、どこにいこうとしているのか。俺も少しワクワクし始めた。
◆
「ご注文は以上でよろしいでしょうか」
「はい、お願いします」
ウェイトレスがメニューを持ち、カウンターに戻っていく。
「ここに来たかったのか」
「そうなの。ここ、ちょっとオトナっぽい雰囲気で、私一人だと入りにくくて……」
「確かに、落ち着いた店だな」
ルビィが興味ある場所。
それは、商業地区の一角にあるカフェだった。
外から内装を見た時は店の中は暗く、寂れた店かと思えた。しかしいざ入ってみると、コーヒーの香りが立ちこめるレトロな雰囲気の感じられるカフェとなっていた。
店の中が暗く感じられたのも、照明の魔道具をあえて弱くしていることで雰囲気作りをしているのだとわかった。
こういう店に中学生くらいの年齢のルビィが入るのは、中々勇気がいるだろう。だから俺を誘って入店したのだろう。
ちなみにルビィが頼んだ飲み物はカフェオレ。俺はミルクココアである。ルビィは他にミックスベリーのパンケーキというものを頼んだ。
メニューの説明欄によると様々な種類の木の実を甘々に煮て、パンケーキの上に乗せたものらしい。クリームも一緒に添えられているらしく、聞いただけで口の中が甘くなりそうなスイーツだ。
それにしても二人とも店の雰囲気を台無しにするお子ちゃまチョイスである。ルビィはともかくこう見えて俺も子供舌なのだ、いい歳してすまんな。
注文したものが来るまで待っている間に、ルビィと取り留めもないことを話した。
学校ではどんなことをしているのか、とか。最近気になることはあるか、とか。娘とのコミュニケーションに困った父親みたいな会話のチョイスだな、と我ながら思う。しかし、会話の引き出しが中々ない。
普段ならルビィと会話するのに困ることなどないはずなのだが、調子がおかしい。やはりデートと意識しているからだろうか。
会話のネタがないかと思案していると、窓の外の少年と少女に目が合う。
少年はどこかで見たような、見たことがないような。どこかで会ったことがあるかもしれない。
少女は初めて見る顔だ。俺……というよりもルビィのほうを見て目をキラキラと輝かせている。ひょっとしてルビィの知り合いか?
「とおくん、どうかした?」
「ん、いや。外にルビィと年が近そうな子たちがいてさ。こっちを見てたから、ひょっとするとルビィの知り合いかなって」
「外……? あっ、カール君とオリヴィエさん」
ルビィは男女の顔を見て、それぞれの名前を呼ぶ。どうやら外の二人はルビィの知り合いのようだ。
年も近そうだし、学友とかだろうか。いいな、学校の友達がいるって。俺がルビィくらいの歳の頃は……いや、思い出すのはやめよう。べ、別にぼっちだったわけじゃないぞ。本当だからな!
店の扉が開く。店内に例の二人組が入ってきた。
男女の二人はまっすぐこちらまでやってきて、俺をスルーし、ルビィに向かって話しかける。
「ルビア様、ご機嫌麗しゅう。こんなところでお会いするとは奇遇ですね」
「る、ルビア様。こ、こんにちは。先日は自分が至らないばかりに、ルビア様を危険な目に遭わせてしまい、大変申し訳なく……」
「ごきげんようオリヴィエさん、カール君。お二人とも、学校や城の中以外で会うのはこれが初めてでしょうか」
オリヴィエと呼ばれた少女は嬉しそうに返事をする。
「ええ。ルビア様はご多忙ですから、このように街でお会いできるとは思ってもみませんでしたわ」
やはりルビアはお姫様ということもあって、中々に忙しいらしい。侍女も言っていたが、このように学校と城以外で時間を潰すということ自体、かなり珍しいようだ。
オリヴィエはルビィと会話を続けている。
時々キャッキャと可愛らしい笑い声をあげている。
ルビィはフフ、と上品に笑う。うん? なんかちょっと、ルビィの態度に違和感があるな。気のせいか?
「ル、ルビア様。あの、今日は一体どのようなご用件で、その……このような場所にいらしたのでしょうか」
カールという名の少年は噛みながらルビィに質問する。ぱっと見精悍な少年なのに、すごい緊張した喋り方だ。やっぱりこの少年、どこかで見た気がするんだよな。どこでだろうか。
「カールさん、ルビア様は私用で街まで来ていますわ。公務じゃないんだから、そのような聞き方は適切じゃないと思います」
「そ、そうですね。申し訳ありません」
ガバッと頭を下げるカール。
どうもこの少年、見た目に反してかなりの小心者のようだ。ちょっとしたシンパシーを覚えるぞ、カール。
「ところで……」
チラリ、とオリヴィエの視線が俺に向けられる。
「この殿方はどなたでしょうか。お付きの方……ではないですよね?」
「えっと、とおくんは……」
「とおくん!」
オリヴィエの口から大きな声が発せられる。
一瞬怒声かと思ったが、オリヴィエの表情からは怒りは感じられない。むしろ、喜んでいるように見える。
「まぁまぁ。愛称で呼んでいるなんて、まさかルビア様の思い人でしょうか。ひょっとして、噂の騎士様? 本当にいらっしゃったんですのね!」
オリヴィエは一気にまくし立てるように喋る。
すっごいテンションが上がっている。他人の恋愛模様を見て盛り上がる、近所のおばさんみたいだ。
あまりのはしゃぎっぷりに、カールが釘を刺す。
「オリヴィエさん、落ち着いてください。彼はトール男爵です」
「トールって、あの? シグルズ様と互角の戦いをしたという、雷神様?」
「ええ、そのトール様です」
おい、待てい。
今、さらりと俺の知らない情報が流れていたぞ。
え? トール男爵って何? 聞き間違いだよね、俺無職のプー太郎だぜ? 男爵って何の話だよ。
「やっぱり! 一目見た時からただ者ではないと思っていましたの! あなたのような方ならルビア様をお任せできます。どうぞこれからもルビア様と仲睦まじくしてくださいまし!」
「え……あ、はい」
オリヴィエの言葉に思わず頷いてしまった。
なんだろう。よく分からないがルビィの知り合いに、ルビィの相手として問題なしと判断されたってことでいいのだろうか。
頭の中が疑問符で埋め尽くされている中、オリヴィエはそっと耳に口を寄せてつぶやいた。
「ちなみに私、ルビア様見守り隊の会長を務めさせていただいていますので、ルビア様を泣かせることがあったならその時はお覚悟を」
「ヒッ」
今分かった。オリヴィエはやばいやつだ。
ルビィが悲しまないようにしていかなければ、俺が泣く羽目になる。
やはりお姫様なだけあって、周りに濃い人があつまるのだろう。
「ではルビア様のお邪魔をしても申し訳ございませんわね。ご機嫌よう、お二方」
「私もこれで。ではルビア様、失礼します」
「はい、お二人ともお気をつけて。また学校で」
オリヴィエとカールは席を離れて、出口へと向かっていく。
そのまま出て行くと思われたが、カールは足を止め、こちらを振り返った。
「トール様。あの時は助けていただいて本当にありがとうございました。一方的に敵にやられてしまい、そのため自分に恥じてしまい、中々お礼を申し上げることが出来ませんでした。申し訳ございません」
カールは頭を下げ、心からの感謝を述べる。
とても真面目な面持ちで、かなり重要な話なんだろうなと分かる。
しかし、俺はカールを助けた記憶などない。ひょっとして、どこかで会った時に偶然助けたことがあるのだろうか。俺が覚えていないだけで。
ここは覚えていないと言うのはカールに悪いだろう。無難な返事をしておこう。
「あ、ああ。気にしないでくれ。俺も気にしていないさ」
「ありがとうございます。そう言っていただけると救われた気分になります」
カールは今度こそ店の外へと出て行った。
一方オリヴィエは店のマスターにケーキのテイクアウトをお願いしていた。店に入ってきて何も注文せずに出て行くのは失礼だと思ったのか、真面目な子だ。
オリヴィエは最後に会釈をして、扉の向こうへと消えていった。
「中々面白い子たちだったな」
「うん。二人ともすごい優秀なんだよ」
ルビィの雰囲気が一気に柔らかくなる。
学友たちといる時と雰囲気が違う。やはり学友といえど、お姫様としての態度で接しているのだろう。
それはつまり、俺といる時は素のルビィでいるということだ。なんだか、少し嬉しい。
ありのままで接してくれることが、信頼の裏返しのように感じられる。
「ところでルビィ……俺ってカールを助けたことあったっけ? 本人の前で聞きづらかったから聞けなかったんだけどさ。俺、覚えてないんだよな」
「確かに、あの時はとおくん必死だったし、覚えてないのもしょうがないかも」
ルビィは苦笑する。
「ほら、私が四魔将ロキに襲われてる時だよ」
「あの時……か」
ルビィが闇ザコに襲われた時。
それはミズガルズ城が、王都が炎に包まれたあの戦争の最終局面。
ルビィが死ぬかどうか、エタドラの歴史通りになってしまうかどうかの分岐点。
俺がカールを助けたのはあの時だという。
「カール君、あそこにいたんだよ。ロキが現れて私を守ろうと立ち塞がったんだけど、やられちゃって……。その後私もやられそうになった時にとおくんが来たんだよ」
「なるほど、そういうことか」
それならば、俺がカールの顔をどこかで見た記憶があるのも納得だ。
おそらくあの場で倒れているカールの顔を視界の端で捉えていたんだろう。
ただ、あの時は闇ザコを倒すのに精一杯だったから記憶に残ってないのか。
カールについては分かった。
もう一つ、気になることがあった。
「なぁ、男爵ってなに?」
「私も初めて聞いた。何のことだろう……」
「さぁ……」
ココアを飲みながら、俺は首を傾ける。
何か知らないところで知らない話が進んでそうな予感がする。具体的にはティウあたりが絡んでいる気がする。ただ、デートの間はそういうことはあまり考えたくない。今はただ、ルビィとの時間を楽しもう。




