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その転移者、雷神につき 〜ボツヒロインのために、俺は異世界を救う〜  作者: taqno(タクノ)


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第70話 決闘――雷神VS竜殺し

 広くて大きな四角い建物の中に、これまた四角のフィールドがあった。サッカースタジアムみたいだと言えばわかりやすいだろうか。

 もっともこの建物は石造りだから、俺と同じような現代人から見るとスタジアムと違って古い印象を受けるかもしれない。

 建物の天井は開けていて空の様子がよくわかる。ちなみに本日晴天なり。


「さぁ! 聞こえますでしょうか、この大歓声! 会場にはあふれんばかりの観客が押し寄せて、今日この日に行われる素晴らしい戦いを今か今かと待ちわびています!」


 魔道具によって声を拡声させた、どこからか現れたノリのいい男が会場の様子を実況している。

 ちなみに実況者の男の隣にはフレイとフレイヤのユングヴィ兄姉がいる。

 実況者の隣にいるということは、まさかあいつらは解説者のつもりか!? あいつら完全に楽しんでるじゃねぇか!

 ったく、ティウといいあの兄姉といい、俺のことを場を盛り上げるための玩具と思っている節がある。ティウはまだ俺の実力を国中に正しく認識してもらうっていう目的があるからいいかもしれないが、あいつらは完全に遊び気分だろう。

 ちくしょう、覚えてやがれ。

 ちなみに、ユングヴィ兄姉とは再会の言葉をすでに交わしている。


 ◆


 あれは俺が王都での戦いの後意識を失い、数日後に目覚めてルビィと()()約束を交わした後のことだ。

 戦争では近衛一番隊という他の部隊からは独立した隊で隊長をしていたらしいフレイは、事後処理などをやっている隙間の時間に、俺に会いに来た。その横には当然妹のフレイヤもいた。

 一年ぶりに会った二人はルビィとは違った意味で別人のようになっていた。ルビィと違い外見はそこまで変化のなかった兄姉だが、面構えが大きく変わっていた。一言で言うと、自信に満ちあふれている感じだ。

 初めて会ったときのやつれた顔は健康的なものになっていたし、苛立ちを感じるフレイの顔は凜々しさを醸し出していた。非常に残念なことに、イケメン度合いに拍車がかかってしまっていた。ちくしょうめ。


 ちなみにフレイヤは元々とてつもなく美少女でスタイルがよかったが、健康的な生活をするようになったからか、さらにそのプロポーションが魅力的になっていた。

 服の上からでもわかる体のラインに思わず危うく鼻の下を伸ばしかけたが、兄のフレイの目線が怖かったので自重した。


 俺と兄姉は特別な言葉は交わさず、ただ短くこう言ったのだった。


「待たせたな」


「おう、待ってたぜ」


「ヒーローの帰還ですね♪」



 ◆


「西側から入場してきたトールさんですが、緊張しているのでしょうか。さっきからキョロキョロと周囲を見回しています。どう思いますか、友人のフレイさん」


「はい。彼は大舞台での活躍というのには慣れていますが、そういう時は決まって少数の人間しかいない場での出来事でした。なのでこうやって大勢の人に見られるということには慣れていないのでしょう」


「私も同感です。トールさんはいつも誰も見ていないようなところで努力をし、人々を守るようなお方です。そんなトールさんの力がこうやって衆目にさらされるというのは、親しい友人としてとっても緊張しますね」


 実況と解説が好き放題言っているのが聞こえる。

 ああそうだよ、俺は元の世界でも地道にコツコツ、あまり目立たないような生き方をしてきた。

 こっちの世界でも狙ったわけじゃないが、敵と戦うときは大抵仲間が二・三人いるだけみたいな状況ばっかりだった。

 こんな数千人に見られることなんて慣れてないんだよ! 視線が痛い! 何も悪いことをしてないのに申し訳ない気持ちになる!

 ルビィは毎回こんな気持ちを味わってたんだな。人見知りになるのも納得だ。


「お二方ありがとうございます。……おおっと、どうやら本日のもう一人の主役がやってきたようです」


 実況の声を聞き、周囲を見ていた視線を正面へと戻す。

 すると、奥のゲートから悠然と歩いてくる人影が見える。

 黒い鎧にところどころ銀の装飾が施されている装備。背中には身の丈ほどの大剣。鍛え抜かれた肉体に残る傷跡が、その男のこれまでの冒険の苛烈さを物語るようだ。


 英雄シグルズ。

 魔物の中でも最上位に君臨する竜を単騎で撃破した、今を生きる伝説。

 俺は彼と初めて会うが、以前から彼のことは知っていた。それはこの世界で彼の噂を耳にしたとかではなく。 彼もまた、世界樹の支配権を巡る過酷な運命に巻き込まれる人物(NPC)であるからだ。

 そう。英雄シグルズも当然ながらエタドラのストーリーで登場したのだ。もっとも、パーティにゲスト参戦することもないキャラだ。フリークエストでは何度か戦う機会があるが、正直かなり強かった。

 エタドラは主人公が帝国の陰謀を裏から阻止していくのだが、シグルズは表から世界の様々な出来事に干渉する人間の一人。つまり彼のような英雄が頑張ってくれていたからこそ、主人公は裏でこそこそと事件を解決していけたというわけだ。


 ちなみに、ストーリーの十章くらいで死んだはずだ。

 アスガード国の死神戦姫達に囲まれて、その長である戦乙女に胸を貫かれた場面があった。

 そこまでの過程はわからず、主人公達が戦いの場へと駆けつけたらそうなっていた。

 “あのシグルズが一撃で!?”というプレイヤーを驚愕させるためのシーンだ。

 この世界でも同じだとすれば、今こうしてピンピンとしているシグルズも戦乙女と戦い死んでしまう運命にある。

 まぁ、ルビィを救い帝国を倒したせいでこの世界の歴史の流れが正史(ゲーム)と同じになるかわからないのだが。むしろ帝国の動きを大きく阻害したのだから、流れが変わると考える方が普通とも考えられる。

 今は何もわからない以上、これからのことは追々考えるしかないか。


 俺が思考をあさっての方向へと巡らせていると、実況が興奮した声をあげる。


「見てくださいこの立ち振る舞い! これぞ英雄! これぞ戦士の頂点! ドラゴンスレイヤーの二つ名を冠するシグルズですが、現在彼の冒険者のクラスはプラチナです。活動からたった数年で上から二番目のクラスに達しているというと彼のすごさが分かるでしょうか。」


 実況の解説の通り、シグルズは冒険者になってわずか三年でプラチナクラスの冒険者へと昇格している。

 以前ルビィから聞いた話によると、プラチナクラスの冒険者は大陸全体で年に数人ほどしか昇格できないと言っていた。場合によってはゼロ人の年もあるとか。

 シグルズは冒険者になると、ノンストップで最上位への階段を駆け上がったのだ。それだけの実力と、行動力を持ち合わせている。


 シグルズが会場中央にあるリングに上ってくるまでまだ時間はある。

 実況はその間に、彼の対戦者となる男について語り始める。まぁ、それってつまり俺のことなのだが。


「対するトールですが、彼は一年半ほど前からこの王国で活動している戦士です。我が国切手の精鋭であるミズガルズ団と共に任務を受けているようですが、彼自身は正式には入団していません。また冒険者ギルドにも加入していないようです。そのため彼についての情報は少なく、実力も未知数です!」


 俺のことを紹介されるというのはなんだかこそばゆい。聞いていると恥ずかしい気分になる。

 しかし、こうやって客観的に自分のことを見つめ直すと確かに俺って謎の人物だよな。

 決まった組織に所属しているわけでもないし、さっき言ったように裏舞台での活躍ばかりだ。


「しかし皆さん、雷神トールといえば王国民ならば一回は聞いたことがあるでしょう! そうです、彼こそが帝国の四魔将を倒し、先日の戦争で王都へ出現した敵将を撃破したのですから! 話に聞くところ、彼の実力はなんとミズガルズ団の団長ティウ様に勝るとも劣らないとか。噂だけの存在であったトールですが、今日はようやく皆さんもその実力を目にすることが出来そうだぞォー!」


 実況の声に反応して、会場の観客達が大きく声を上げる。会場のボルテージは最高潮といったところだ。

 これは盛り上げる側の人間として責任が重大だな。しっかりと盛り上がりどころのある試合にしないとな。

 シグルズがリングに上がってくる。俺はその姿をよく目で見て、観察する。

 負ける気はさらさらないが、楽に勝てる相手ではない。彼の実力は間違いなくこの世界でトップレベル。ティウや四魔将と同等だと考えた方がいいだろう。

 それならばこちらも全力でいかないとあっという間に負けてしまう。実際、ティウや闇ザコとやり合う時は全力を出しても毎回病室送りだからな。


 ただ、懸念材料が一つある。

 それは……。


 ◆


 試合前、会場の控え室でティウが話しかけてきた。

 その顔は満面の笑みであり、今からの試合を楽しみにしているであろうことは明白だった。

 ティウはそんな楽しそうな表情を崩さないままで、しかし声のトーンは少しだけ真面目にして語りかけてきた。


「いよいよだねトール。君の表舞台での活躍、実に楽しみだよ。君っていつも人目につかないところで戦ってるからねー」


「俺は別に大勢の人に認められたくて戦ってきたわけじゃないんだけどなぁ」


「まぁまぁ、大衆に認知されるというのは悪くないことだよ。色々と融通が利くようになるしね。それに、僕も君の修行の成果を改めて見ておきたいし」


「あの城で闇ザコを倒したときに思う存分見ただろ? これ以上何を見たいっていうんだよ」


「基礎的な部分かな。戦いの流れを読み、その流れを自分の元へと呼び込む……そういう技術をちゃんと身につけたのかなってさ」


「ああ……俺の課題だった戦闘勘ってやつか」


「それそれ。邪竜やロキとの戦いは大規模すぎて、そういう部分まで見ることが出来なかったからさ」


 元々王国を出て修行をすることになったのは、戦闘時に直感による判断を行うのではなく経験からくる予測を基に判断する力を培うためだ。

 その力がどれくらい身についたのか、ティウは気になるのだろう。俺自身はかなり上出来な感じだと思っているけど、団長様から見たらまた違うのかもしれない。


「わかったよ。でもなんでティウが自分で確かめようとしないんだ? そっちの方が早いだろうに」


「それは~。僕がこの対戦カードを個人的に見たいからだよ♪」


 はぁ。そうだった。ティウはこういうやつだ。

 こいつの考えには一見何の意味も内容で、しかしちゃんと考えられていて。でもやっぱりどうでもいいことまで考えてる。

 仕事と遊びを両立しているエンジョイマン、それがティウだ。


「ったく、しょうがないなあ。団長様がそこまでおっしゃるんなら、俺も頑張るしかないよな」


「あ、そうだトール。これからの試合に一つ条件を設けたい。その条件を踏まえた上でシグルズと戦ってほしいんだ」


「条件? なんだよ条件って」


 そう、と言い人差し指を立てるティウ。

 そして、とんでもない条件を俺に言い放つ。


 その条件とは――


 ◆


「それでは、はじめ!」


 試合開始の合図だ。

 シグルズは大剣を構えて、こちらへと向かってくる。

 身の丈ほどの剣を持っているとは思えない身のこなしで、あっという間に俺との距離を縮める。


「はぁぁあ!」


 大剣を高速で振るう。まるで野球のバットのように全力でフルスイングする。もはや斬るという次元の攻撃ではなくなっていた。

 当たれば即死。こんな腕試しの試合なのに、シグルズは一切手を緩める気はないらしい。

 俺はそのフルスイングを間一髪で避ける。エタドラで鍛えた自慢の反射神経は、どうやらシグルズ相手でも通用するようだ。


「ふぅっ!!」


 攻撃を回避できたと思ったのもつかの間。シグルズは空振りとなった大剣に体が引っ張られるといったミスもせず、しっかりと剣の動きを御し、回避行動をとった俺に二撃目を放ってくる。

 今度は上から振り下ろす攻撃だ。

 しかし、シグルズの筋肉は一体どうなっているのだろうか。これほど大きな剣を軽々と操って見せている。重さなど微塵も感じさせない力強さがある。

 大剣は地面へと打ち下ろされてリングの石畳を粉砕する。

 二撃目も避けることに成功した俺は、ロングソードを右手に構えてシグルズに突きを放つ。剣を振り下ろした直後だ、避けることはできんだろう。


「もらった!」


「甘い!!」


「なにッ!?」


 俺の突きはシグルズの籠手によって防がれる。突きはそのまま逸らされて、逆に俺に隙が出来てしまった。

 そして、シグルズは大剣の柄を握った手を離して、拳を握る。握られた拳は瞬時に俺の腹部へと叩き込まれる。


「ぐぼっ!」


 肺の空気が一気に吐き出される。目には涙が浮かぶ。キツい、これはキツいぞ。

 なにせ相手は身の丈ほどの大剣を軽々と振り回す怪力の持ち主。パンチの直撃がこれほどの威力とは。

 しかも今の一撃は渾身のストレートじゃない。俺の攻撃を防いで瞬時に迎撃するために出されたとっさのパンチ。いわばジャブだ。

 本気の一撃が一体どれほどのものか、想像するのも恐ろしい。剣の一撃は絶対に受けてはいけない。一〇〇%死ぬわ。


「おおっとー! 開始早々に素晴らしい攻防が見られました! 最初に先制したのは竜殺しの英雄シグルズ! 大剣を軽々と振り回すその膂力で、トールにキツい一撃を与えたー!」


「トールは避けることに関しては天才的といえるほど、回避は得意です。そのため彼の得意な戦法はカウンター狙いが多い。だが……」


「トールさんの苦手とする相手はカウンターが決まらない、例えば防御力の高い人やトールさんよりもさらにカウンターの上手い人だと苦戦するでしょうね」


「なるほどフレイ、フレイヤさん。つまり防御ではトールよりもシグルズのほうが一歩上だったということでしょうか」


「まだ戦いは始まったばかり。どちらが上といえる段階ではないでしょう」



「くそ……人が吐き気と戦ってるって言うのに、楽しそうに実況しやがって……!」


 だが、フレイ達の言うとおり。今のシグルズとのやりとりで分かったが、基礎的な戦闘技術だとあっちのほうが上手だ。一年修行したと言っても、もともと戦いのない世界で生きてきた俺だ。ずっとこの世界で生きてきて、鍛え続けた者との差はそう簡単には縮まらない。

 もっとも、俺だって人並み程度の努力をしてきたわけじゃない。山ごもりの修行はティウの二ヶ月間の修行を参考にして、自分なりにもっとハードにしたつもりだ。

 だから簡単にやられてハイおしまい、なんてつまらないオチにはさせないぜ。


 ただ、懸念事項が一つ。

 試合前にティウに課せられた条件。そのせいで、この戦いがベリーハードを通り越してエクストリームにまで達していた。

 その条件とは――


「雷神なしで勝てって、無茶を言ってくれるぜうちの団長様は-!」


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