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その転移者、雷神につき 〜ボツヒロインのために、俺は異世界を救う〜  作者: taqno(タクノ)


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第67話 月下の誓い

 眼が覚める。

 白い天井が視界に映る。ううん、そろそろこの光景も慣れ始めてきたぞ。いや、この光景に慣れるのはよくないことなんだが。

 だってここ、いつもの病室だし。


  「いてて……今回はまた随分と長く眠ってた気がするな……。そういや、俺何してたんだっけか。夢の中で何か大事な話を聞いた気がするけど思い出せん……」


 必死に頭の中の記憶を探ろうにも、夢の記憶とうのは儚いもので時間が経てば経つほど曖昧で不確かなものになっていく。

 そういえば以前誰かに聞いたな。人が覚えている夢というのはほんの一部分に過ぎなくて、実際に見ている夢は覚えている内容の数倍あるとかなんとか。

 しかし、考えてみればそうだよな。覚えている夢の内容なんてせいぜい体感数分程度の出来事だし、数時間も寝ているのにそれしか夢を見ないっていうのもあり得ないよな。

 いや、レム睡眠とかノンレム睡眠とか眠りの浅さや深さに種類があって、夢を見るのは浅い眠りの時とか違うとか聞いた記憶があるが、俺は専門家でもないし。

 あ、浅い眠りいえば人は浅い眠りの時に起こして貰えばスッキリとした目覚めを迎えることが出来るという話を思い出した。

 スマホのアプリで人の眠りの浅さを検知して指定した時間の前後に起こしてくれるというものがあるらしい。

 一時期知り合いがすごい勧めてくるので、インストールだけして使っていない。今でもきっと元の世界の俺のスマホには、そのアプリがあることだろう。


 ……話が逸れた。

 で、夢の内容が思い出せないというのならば俺が確認することは一つ。

 意識を失う前に何をやっていたかだ。

 というか、俺ヤバくないか。毎回病室に運び込まれて、その度に前後の記憶があやふやになってるんだが。

 ひょっとして俺って若年性の痴呆でも患ったのだろうか、と心配してしまうのも無理はないだろう。

 そんな寝惚け眼で意識も朦朧とした俺の目の前に、とある人物が現れた。


「とおくん……眼が覚めたのね!」


 現れたのは一人の少女だった。

 茜色の輝く髪。美しく、潤んだ瞳。

 俺が守りたいと思い、誓った相手。


「ルビィ……おはよう。なんだろうな、かなり久々にルビィの顔を見た気がするよ」


「それはそのはずだよ。だってとおくん、丸三日も寝てたんだよ」


「三日……!? そんなに寝てたのか。道理で体のあちこちがダルいし、骨もバキバキ鳴ると思った。ほら見てくれよ、この音」


「いや、音は見えないよとおくん」


 ルビィのツッコミを受けながらも、身体中の骨をパキパキと鳴らす。

 鳴らす、というか勝手に鳴る。ちょっとでも動いたらパキン、と甲高い音が響く。なんじゃこりゃ、どんだけ体が鈍ってんだ。

 目も覚めことだし、いい加減ベッドから抜け出すか。


「よっと……うわ!」


 寝起きだからだろうか。それとも、予想以上に体が疲れていたのか。

 俺の体は誰かに押されたみたいに、前方向に崩れる形でバランスを崩す。

 やばい、このままだと床とキスしてしまう。冷たい床なんかに俺の熱いベーゼを与えてしまったら、きっと床が俺を離してくれなくなる。

 まぁ、立ち上がる気力がないから、今コケるのはいやだなぁって話だ。


 俺が床に顔面ぶつかる二秒前と覚悟を決めていると、不思議と地面とのキスイベントは発生しなかった。

 何かが俺の体を支えていた。そのおかげで俺は倒れずに済んだようだ。目線を下げると、そこには小さい体で必死に俺を支えるルビィの姿があった。


「だ、大丈夫……とおくん?」


「あ、ああ……すまないなルビィ。ありがと、助かったよ。おかげで俺の貴重なファーストキスを病室の床なんていう縁起の悪そうランキングトップ五に奪われずにすんだよ」


「床に顔がぶつかるのはキスに含まれないんじゃないかな……? って、そんなことより今なんて言ったの?」


「ん? 病室の床とキスするのが縁起悪そう? ああ、確かに不謹慎な発言っぽい気もするな、スマン」


「そこじゃなくて! と、とおくん今ファーストキスとか言わなかった? 聞き間違いじゃないよね、ね!」


 ちょっと興奮気味な様子でルビィが聞いてきた。


「な、なんだよ悪いか? そうだそうだよそうなんですよ! 俺はお前よりも年上で、そろそろいい歳した大人なのにキスなんてしたことねぇよ! ついでに言えば、付き合った女性もいません! 何この自爆行為、恥ずかしいんだが!!」


「そっかー、うんうん。いや、素晴らしいと思うよとおくん。キスしたことないのだって、全然普通だよ。私だって、その……ない……し」


「うん、なんだって?」


「なんだもない、なんでも! あ、あはは」


 ルビィは小さい声で何かを呟いたが、聞こえなかった。そして笑ってはぐらかした。

 聞いても答えなかったってことは、大したことがないか聞かれたくない言葉だったんだろう。追求するのはみっともない。この話はここで切り上げよう。

 これ以上話していたら、俺の女性遍歴の無さを自ら暴露しそうで怖いしな。


「ねぇ、とおくん。聞きたいことがあるんだけど」


 ふに。


「いや、ルビィ……その前に、ちょっと……」


「え、どうしたの? 何かあったの? まだ調子悪い?」


 ふにふに。


「い、いや……。これは俺が悪いんだが。てっきり昔のままだと思っていたけど、そっか。もうルビィも立派な女の子になったんだよな」


「うん? そうだよ、私も十五歳になったんだから。一応この国だと来年で成人なんだよ。でも、それがどうかしたの」


 ふにふにふに。


「いや、その……ルビィ、さん。これは言っていいか分かんないし、もし不快に思ったんなら不敬だって訴えてくれてもいい。ただ、俺とお前の仲だ。包み隠さず言う方がお互いのためだと俺は思う」


「うん、なんでも言って。とおくんが思ってること、私にいっぱい話してよ。私、この一年間寂しかったんだよ?」


 ルビィの潤んだ瞳。少し悲しそうな表情。それは子供のする表情ではなく、年相応の少女が醸し出す魅力を放っていた。

 かつて子供だった彼女は、たった一年で女性へと成長した。とはいっても、同年代の女の子と比べるとやや小柄か。

 子供の成長は早いというが、俺はルビィを通して我が事のように痛感する。かつては俺の胸の辺りにあった彼女の頭が、今では肩らへんまで伸びている。俺の体を支える腕も、細くはあるがしっかりとした強さを感じる。体の成長と共に、内面も強く育ったのだとわかる。


 そう。

 体が、密着してる。すごい、もう抱きしめあってる感じで。

 いや、俺がこけそうになったのを支えてくれたからこういう体勢になったんだけどね?

 だけどずーっとこのまま話してると恥ずかしいっていうかさ。顔近いし。

 それよりも何よりも問題なことがある。だから伝えよう、ルビィに。言葉を飾らずに真っ直ぐに。


「あのな、当たってる……胸が」


「えー? ……きゃーっ!」


 ルビィはバッと体を離して赤面する。

 そりゃお姫様だもんな。はしたない真似しちゃった、って感じに恥ずかしくもなるよな。いや、申し訳ない。


「とおくん! もう、もう〜〜!」


 顔をすごく真っ赤にして、目の端に涙をためてプンプンしているルビィ。かわいい。

 じゃなくて、自分のデリカシーのなさに反省。

 私が投げたのは火の玉ストレート。相手が受けきれずに大怪我した模様。

 いくら言葉を飾らないと言っても、多少は気を利かなきゃいけないんだなというのを学びました。

 次からは言葉のキャッチボールをするときは、スローボールを投げられるように気をつけよう。


 ◆


 ルビィが落ち着いたので、病室から出て歩きながら会話をする。

 ルビィの横に並んで廊下を歩きながら、外を眺める。外の火は無事鎮火されたが、王都の半分が崩壊している。この病室がある建物はなんとか邪竜の攻撃の範囲外にあったようだ。

 しかし、多少は攻撃の余波を受けていて、ところどころ破片があったりする。


 廊下から見る月明かりの景色が一年前とはまるで違うことに寂しさを覚えてしまう。

 そんな感情を抱きながらも、俺が寝ていた間に何が起きたのかをルビィに聞いた。


「そっか、帝国は撤退したのか。じゃあ、この戦争は王国側の勝利で、いいんだよな?」


「うん。帝国から停戦条約の文書が送られてきたけど、状況的に実質的な終戦だと思う。お父さん達は被害額の請求や今後帝国側から王国の領地への侵入を禁ずるっていう条件を要求するみたい」


「そっか……終わったのか」


 元の世界で俺がプレイしていたゲーム、エターナル・ユグドラシル。

 そのストーリーの中では、プレイヤーが二章のストーリーのボスであるキマイラを討伐している裏側で――つまりプレイヤーの目に映らない、ゲームの設定上の歴史で――王国は帝国の進撃によって滅ぼされた。

 数多くの犠牲者が出て、生き残ったものは僅か。

 王宮跡のグラフィックは良く出来ていて、戦禍の跡が強く残っていた。そこでは見るも無残な殺戮が行われていたのだと想像できた。

 そして、本来プレイヤーが入ることのできない部屋。バグか何か知らないが俺が侵入した王宮の一室には、とある写真があった。茜色の髪を靡かせた、憂いの帯びた表情の美少女。


 全ては、その写真を見て始まったんだった。


 本来なら、この戦いで命を落とした少女。

 写真から分かるように、自分に訪れる悲しい運命を受け止め、諦めた顔。


 しかし、そんな少女はこの世界にはいない。

 ここにいるのは、自分の運命を受け入れながらも、生きたいと。もっと生きたいと強く叫んだ、絶望を跳ね除けた少女だ。

 決して、自分の運命に絶望などしていない。

 悲しい笑顔ではなく、明るい幸せな笑顔を浮かべる少女だ。


「ん? どうしたの、私の顔を見て」


「ああいや、改めて綺麗になったなって」


 あ、つい思ったことを口にしてしまった。

 そうなんだよな。戦いの中だったからあまり気にならなかったけど、ルビィって成長したからゲームで見た写真と同じ外見になってるんだよな。

 ただ、ゲームの歴史とは違ってこっちの彼女は表情が明るいから少しだけ幼く見えるって違いはあるけど。

 今のルビィは、俺が一目惚れした写真のあの子と全く同じわけで。意識したら、ちょっと恥ずかしくなってきたわけで。つい思ったことを口に出しちゃったのだ。


「き、綺麗にって、もぅ! 相変わらずとおくんは軟派なんだから!」


「いや、だから軟派じゃないって! だいたい、こんなこと言うのなんてルビィくらいしかいないから! 誰にでも言うとか、そんなコミュ力高い真似俺に出来るわけないだろ!」


「ふ、ふぅん。軟派なわけじゃないなら、許してあげる。……えへへ、きれいかぁ」


 口ではフンと言いつつも、なにやらご機嫌な様子だ。

 そんな風に会話を続けていると、俺たちは花が咲いている庭園に来ていた。この世界で初めて闇ザコと戦った後、今日と同じように病室で目覚めた時に訪れた場所だ。

 確か、ルビィのプライベートガーデンだったはず。


 綺麗な花が何輪も咲いて、月明かりを浴びて輝いている……一部の区域は。

 さっきも言ったが、ここは建物が一見無事なように見えて攻撃の余波をしっかり受けている。そのため、かつては見渡す限りの花景色が、今では焼けてしまったり暴風で飛んでいってしまってその大半が失われている。


「ここでね、とおくんとお茶会をするのが楽しみだったんだ。取り留めのない話をして、本を読んだりお菓子を食べてゆっくりと午後を過ごすの。とおくんと一緒だったら、きっと楽しいと思うんだ」


「ルビィ……」


「でもなくなっちゃった! しょうがないよね、ここが完全に消えてなくならなかっただけマシだよ。えへへ……」


「ルビィ!」


 力なく笑うルビィの手を取る。

 そして、彼女の体を引き寄せて力強く抱きしめる。


 違う。違うだろルビィ。

 終わった、悪いことは全部終わったんだ。なら、そんな寂しそうな顔で笑うなよ。

 怖いやつらがいなくなって、それでもそんな顔をするってんなら。俺が心から笑顔でいさせてやろうじゃないか。


「と、とおくん? どうしたの急に抱きしめて。は、恥ずかしいよ……」


「目が覚めて時間が経ってきたから段々と思い出してきたよ。ルビィ、気を失う前にお前に言った言葉、嘘じゃないから」


「え?」


「俺がお前を守るから。ずっとそばにいるから……。だから、思うままに生きろよ。花が無くなって悲しい? いいじゃないか、みんなで新しく花を植えようじゃないか。俺の好きな花とか、フレイとフレイヤの好きな花とか選んじゃってんさ。みんなの好みを合わせたような庭園にしたら楽しいだろ? そしたらお茶会だって、きっと楽しくなるぞ」


「……うん」


「一年前、ここでルビィに言われた言葉も覚えてる。あれは、まだ有効か?」


 俺の言葉を受けて、背中にルビィの手が回される。

 そして、ギュウっと力が入る。

 俺の質問に対する肯定の答えと受け取った。


「あの時ルビィに言われたこと。君の、君だけの騎士になる。身分とか所属とかじゃない、君を守るただ一人の騎士に。やっと自信がついたんだ。俺はずっと、君を守れるに足る人間だろうかって感じてた。だけど、ようやく決心出来た。ずっと、待たせてすまなかった。俺は、ずっと君のそばにいよう」


 背中に回された腕に力が込められる。

 ルビィの顔が俺の首元に埋められる。嗚咽が漏れていた。ルビィは泣いていた。温かい涙が、彼女から溢れ出していた。

 しかし、その表情に悲しみや寂しさはない。断言できる。


 だって、ルビィの泣き顔は。

 これ以上ないくらい、美しくて、嬉しそうで。

 見ているこっちが、幸せになってしまいそうな泣き顔だったから。


「遅いよ、私のナイト様……」


「待たせたな、ルビィ」


「待ったよ。すっごく待った。誕生日だって過ぎちゃって、あんなに寂しいパーティは生まれて初めてだった。とおくんがいない、今までのパーティと同じだったのに。もう、君がいないなんて考えられないくらい、私はあなたが……」


 ルビィは言い淀む。

 しかし、その先の言葉は想像がつく。いくら俺が鈍感だからって、言われなくても分かる。


「俺も、俺もルビィのために世界を敵に回しても構わないくらいだ。それほど、それくらい俺は君のことが……」


「すきです」「すきなんだ」


 目と目が合う。

 お互いがお互いのことを好きだと、確信する。


 もう、離れたくない。

 絶対に離さない。


 そう思った時、俺とルビィは、唇を重ね合った。


 これは、まだほんの序章でしかない。

 だがしかし、確かに進み始めている。

 一人の少女のために、世界を救ってみせる、一人のゲーマーの物語だ。

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