第66話 白い世界の夢
夢を見た。
一面が真っ白で、雪よりも白い世界。
どこかに続く一本道があって、その真ん中に俺は立っていた。
「ここは……」
以前来たことがある場所だ。
確か最初に闇ザコと戦った時に。
「そうだ。確かに、来たことがある……なんで今まで忘れてたんだ俺は……。いや、夢だからこそ忘れてたのか? あぁー、よく分からないな、夢だから」
周りを見渡す。何もない。本当に真っ白な世界。
改めて確認すると、少しゾッとする。
こんな真っ白な世界に長い時間いると、頭がおかしくなりそうだ。
あれ、この感想以前来た時も言ったな。
「ま、どうでもいいか」
真っ白な道を踏みしめる。一歩、また一歩と歩みを進める。
どうせまた前回と同じなんだろ?
この先に進まない限り、夢から覚めない。
もう大体わかったよ、この世界のことは。
いや、よくわかってないけど、ルールというかそこらへんはわかったって意味で。
歩いてから約五分が過ぎた。
俺の体感で五分だから、実際は何分なのかわからんけど。
以前来た時と同様、歩いても全く疲れない。歩いてる途中、俺は夢の中で何やってんだろうと考えた時に、精神的な疲れは感じるが。
そんなどうでもいいことを考えながら、歩み続けてすぐ。
地面と空の間にある地平線、その向こうに人が見えた。
「よぉじーさん、久しぶりだな。またこんなところに呼んで、一体なんのようだ。ひょっとして、現実世界の俺はまた死にかけの状態なのか?」
人影は姿をあらわにした。
その姿はローブを着た、隻眼の老人だった。
老人は皺だらけの顔を歪めて、俺の顔を睨みつける。
そして、口の端をつり上げて微笑んだ。
「久しいなトール……」
このじーさんは夢の世界の住人。一切詳細が不明な謎の人物だ。
会うのは今回で二回目。初回も今回も闇ザコを倒した(正確には一回目の戦いは相打ちだが)タイミングで会っている。
偶然というには、少々タイミングが良すぎるよな。
「おいじーさん。会っていきなりだけど、あんた何者だよ。なんで闇ザコを倒した途端に出てきた。確か以前もそうだったよな。あんたの目的がわかんねーよ」
「目的……か。強いて言えば……世界を破滅に導く定められし運命を変ずることか……」
「いや、意味わからない……」
相変わらずかたっ苦しい言葉を使うじーさんだな。ここまで来ると、わざと俺がわからないような言い方をしているんじゃないかとさえ思えてくる。
こういう意識高い系のやつは話してると頭が痛くなるよね。おまけにじーさんだ、年季の入ったかなりの頑固者に違いない。
じーさんは俺の全身をじっくりと眺め、そしてポツリと口から言葉を紡ぐ。
「少し、背が伸びたか……。いや、体がでかくなったのか……。どうやら、前回あった時からずいぶんと……鍛え直したようなだ」
「いやいやいや、久々にあって言う言葉がでかくなったなって。あんたは親戚のじーちゃんか何かか! それに、確かに筋肉は付いたけど、それほど見た目は変わってねぇよ!」
「しかし、体つきが変わった割に、ステータスはそれほど変わってないな」
「俺のツッコミ無視!?」
じーさんと俺は、どうやらとことん会話が噛み合わないらしい。まるで大きさの違う歯車だ。互いの動きが干渉しない、無意味な並び。俺たちの会話そのものだな。
しかし、そんなこと言ってられない。なんたって、このじーさんの正体は結局良くわかってないんだからな。ここがどこかも、わからないし。
俺の夢の中なのか、俺の意識がどこかの空間に飛んでるのか。その答えもこの機会だから聞いておきたい。
「なぁじーさん。あんたの目的……ええと、世界を破滅にみちびくウンメーがどうとか……それが俺に会う口実ってことは、あんたはこの世界の運命がわかってるのか?」
「肯定……そして否定もできる。運命というのは決まった流れではなく、行動という数多の糸が束ねられた結果だ。今現在知り得た未来が、必ずしも起こりうるとは限らない」
「はぁ……」
何言ってるのかさっぱりわからん。
誰か通訳を呼んでくれ。それがダメならほんやくコンニャクください出来ればお味噌味。
じーさんの言うことを精一杯脳内でまとめてみる。
要するに、世界の運命(俺が知ってるエタドラのストーリー)を知っているけど、確定した未来じゃないってことか。今回、俺が王国を救って、今後エタドラとは違う歴史をたどることになったように。
そして運命を変えようとしている……帝国に支配されたこの世界を変えるってことは、少なくとも帝国側じゃないってこと……なのか? それとも、ゲーム通りのストーリーにならないように動いているなら……敵なのか?
「安心しろ……私はお前と敵対するつもりはない。もちろん、単なる味方というわけでもないがな」
「差も当然といった風に心を読みやがって……」
このじーさんのことは何一つわからないが、とんでもないやつだってことはわかった。
おそらく、強力なスキルの一つや二つ……いや、もっと持ってるかもしれない。恐ろしい……。
「今回お前の元に現れた……いや、違うな。お前をここへ呼んだのは、警告しようと思ってのことだ」
「警告……?」
「お前は見事ロキを打ち破り、王国を滅びの運命から守ってみせた。これであの王女も死という呪縛から解き放たれるだろう」
だが、とじーさんは続ける。
「生き延びてしまったことが、さらなる悲劇を生むことになるやもしれん」
「なんだよそれ……まさか、ルビィの能力を求めて他にも敵が出てくるっていうんじゃないだろうな」
「左様。あの少女は世界の毒であり、楔。安全装置にも災厄の鍵にもなりうる存在だ。扱い次第でどうとでも転ぶだろう。それこそ、世界を滅ぼすなどたやすい」
じーさんの言うことは、実は予想できた。
ルビィに世界樹へアクセスする能力があると聞いた時、闇ザコを倒しても……帝国を倒しても彼女の身に危険が降りかかるんじゃないかと思った。
たった一人の少女の力で、世界を好き勝手にできるんだ。帝国に怯え動こうとしなかった国々も、ルビィのことを知ったらきっと動き出すに違いない。帝国も、まだ諦めたわけじゃないだろう。
きっとこれからもルビィや、王国の地下にある世界樹の根を狙ってくるに違いない。
ただ、それがどうした。
「じーさん。俺は……彼女を守ると誓ったんだ。何があっても、俺はルビィの味方だ! たとえ帝国だけじゃなく、世界が敵になったとしても、俺は彼女を絶対に幸せにしてみせる! 絶対にだ!」
「ふ……青臭さも、ここまでくればいっそ清々しいな……」
「ん……なんだ、空間がゆがみ始めて……」
辺り一面がゆらゆらと揺れる。まるで裸眼で水中を覗くかのように、風景がぼやけ始める。じーさんの姿も湾曲してまともに見ることが出来ない。
これは、夢から覚める前兆か。現実の俺はまた病室のベッドの上にいるんだろうか。目が覚めたらたいてい寝込んでるからなぁ、俺。
俺が周囲を見渡していると、最後にじーさんが俺に言葉を告げた。その声色は、いつもの荘厳なものではなく、少しだけ柔らかかった。
「お前の覚悟を聞けてよかったぞ、トール。雷神よ、そなたの行く末を私も遠くから見守ろう……」
そうして、白い世界から俺の意識は消えていった。
結局、何一つわからないまま、勝ち取った現実へと戻っていく。




