第64話 運命からの脱却
意識が朦朧とする中、俺は蹌踉めきながら足を進める。
およそ正常とは言えない状態。死にかけと言っても差し支えない。
そんな状態で、俺は何のために歩いてるんだろう。
答えは分かってる。ただ、考えが回らない。血が流れすぎた。今度という今度は、死ぬかもしれない。
だが、それでも。彼女に伝えないと。
「る……ビィ……」
歩く。
一歩、一歩ずつ。
彼女に伝えたいことがあるんだ。
この一年半……いや、この世界に来る前からずっと。伝えたかったことがある。
写真に写ってたつまらない笑顔なんてもう、必要ないんだ。お前はお前のために笑え。
そんな、当たり前の……でも、彼女が出来なかったこと。
それを、やっていいんだよ。もう、我慢しなくてもいいんだ。
そう、伝えたい。
視界はもうほとんど白い。
長風呂をした後のめまい・立ちくらみを100倍にした感覚。
意識が頭から抜け落ちそうだ。
「どこ……だ。ルビィ……」
彼女はいない。
さっきまで後ろにいたのに、そっちに向かって歩いても全然見つからない。
歩く。一歩。また一歩。
何秒も、何分もかけて歩いたように思える。
何時間かもしれない。
ひょっとしたら、俺が思っているほど時間は過ぎていない可能性もある。
一歩。さらに一歩。
歩く度に命が漏れ出ている。
地面へ流れ落ちる温かいものは、血か。
けど、考える余裕はない。
早く、言いたいんだ。
一歩ずつ歩もうとすると、膝が曲がる。
ああ――もう、限界か。
そう思った時。
優しい感触が、崩れ落ちそうな俺の全身を受け止めた。
この優しい感触をなんと表現すればいいんだろう。
死にそうなくらいやばいのに、ひどく落ち着く。
「とおくん……私は……ここに、いるよ……!」
「ァァ……る……ビィ……」
腕を伸ばす。
両手で彼女の体を抱きしめる。そこには確かに、少女がいた。
守りたかった少女が。守ることが出来た少女が。
そこにいた。
「とおくん……ごめん……ごめんね。私がいるせいで……こんな……」
「ルビィ……伝えたい……こと、が……あるんだ……」
「え……」
抱きしめる力を強める。
ギュッと、体を寄せる。
そして、俺がずっと言いたかったことを。
彼女に伝えるべき、俺の気持ちを言うんだ。
「俺が……お前を守る。これからだって……ずっと。だから、笑え……ニコッって……さ。心の底から……ちゃんと、自分を認めてあげろよ……」
「私を……でも……」
「お前が挫けそうになったら……俺がそばで支えるから……。泣きそうになったら、遊びに連れてくよ……。だから、もう安心しろ……。素直に……自分の思うままに、生きていいんだよ……」
俺の背中を伝う手に力が入る。
「う……うう……うわぁぁぁん……!」
悲しみか、喜びか。
その両方か。
鳴き声は大空に響き渡る。
「うわぁぁぁぁぁぁあ……! ううぅ……っぅ……!」
それはとても子供っぽい鳴き声で。
今まで我慢してきた感情を、噴出させているかのようだった。
赤く燃える王都の真ん中で。
少女は、運命から解き放たれた。
これは、彼女の新たな人生の始まりを告げる産声なのだろう。
直にティウと王様たちが来るだろう。
そしたら戦場で戦う軍に連絡が行き、俺たちの実質的な勝利が決定する。
軍の人間が王都に帰ってくるのがいつになるかはわからないが、そんなに時間はかからない。
そうだ。俺たちは、戦争に勝った。
滅びの運命に、勝ったんだ。




