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その転移者、雷神につき 〜ボツヒロインのために、俺は異世界を救う〜  作者: taqno(タクノ)


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第63話 本当の決着

「ぐ、あああぁぁぁぁ!」


 叫び声が上がる。

 とてつもなく大きな、情けない声。

 一体誰の声だ。こんなにも、痛そうで。こんなにも汚らしい声。


「あ、ああ……い、ってぇぇ……はぁ……はぁ……!」


 その情けない叫び声は、俺から発せられたものだった。

 あまりにも唐突で、痛みを感じる間もなく本能の防御反応で叫びを上げたようだ。


 ――いたいいたいいたいいたい痛いいたい痛いイタイ痛いいたいイタイイタイイタイ!


「とおくん!! ち、治癒魔法を……【ラヒー――」


「動くな! 動けばこのボロくず同然となったトールごと貴様を殺す。死にたくなければおとなしくしていることだな、王女よ。もっとも、たかが治癒魔法で私の影が与えた傷を治癒できるなどと思えんがな」


「テメェも……大概しつこいな……闇、ザコォ……!」


 余裕の態度を取ろうとするが、あまりの痛みでそんな余裕すら持てない。

 声が勝手に震えてしまう。

 血が止まらない。

 見たくはないが、自分の状態を確認する。


 うわぁ痛そう……というのが、俺の率直な感想だった。


 傷は深い。かなり深い。

 胸から腰にかけて、綺麗に切り傷が出来ている。

 特にひどいのが左の脇腹だ。えぐれてしまっている。

 自分の肉を見るのは何度か経験したが、これは今までで一番きつい。なにせ、空気に触れるだけで意識が飛びそうになる。


「ぁあ……くそっ……。おい闇ザコ、不意打ちかましやがったのはあとで倍返しさせてもらうとして、ルビィが化け物ってどういう……ことだ! 帝国は……なぜこの国を……狙う……!」


 漆黒の衣を纏う男は、ゆらゆらと体を揺らして立ち上がる。

 どうやら残った魔力をさっきの攻撃に使ったようだ。

 俺を倒すことに成功しているが、やつにも余裕はないらしい。


「いいざまだなトール。その姿を見たいがために、一年以上もの間、この仮面をつけて屈辱的な日々を過ごしてきた甲斐があったというものだ」


 闇ザコは仮面を取る。

 その顔はこれ以上無いくらいに楽しそうに、笑っていた。

 だが、楽しそうな表情であるのと同じかそれ以上に、俺には不気味なものに感じた。

 なぜなら顔の半分が火傷の跡で彩られていて、歪んだ笑顔が作られているからだ。

 その傷はかつて俺がつけた傷跡だ。

 皮肉にも、今の不気味な笑顔は俺が原因で生み出されたものらしい。


「貴様にやられてから、この火傷の跡が痛む。そして思うのだ。貴様のことを、貴様ごときにやられたあの戦いを、そして、何をすれば貴様が絶望するのかを!」


「男に……追いかけられる趣味は……ねぇな。それよりも……質問に答えろ……」


「ふっ。まあいいだろう」


 闇ザコは俺の様子を見て満足そうに笑うと、歌うように語り始めた。


「この世界には、すべてを司る()()がある。それは万物の命、理、形……全てを決め、そして保つ世界そのものを形にしたようなものだ。この世界に住むならば、見たことはなくとも聞いたことくらいはあるはずだ」


「それは……まさか」


 ドクン、と心臓が脈動する。

 俺はこの世界の住人ではないが、闇ザコのいうことは理解できる。

 なぜなら、エタドラをプレイしている人間ならば、やつの言う()()は絶対に耳にするからだ。

 いや、ストーリーを進めているならば聞くだけじゃなく、実際に目にする。

 目にして、その果てしなく巨大なものに感嘆の声を上げる。


 全てを司る世界の具現化。

 この世界を支える巨大な樹木。


「世界樹――ユグドラシル」


 そうだ。

 ゲームのタイトルにも入っている名前。

永遠の(エターナル)世界樹(・ユグドラシル)

 ゲームを中盤まで進めると判明する、世界そのものを表す樹木。

 帝国はこの世界樹を掌握しようと、世界征服を企んでいた。

 そして、世界中を支配下に置く理由があった。


「お前たちが……氷の国(ニブルハイム)を侵略したのも、そして帝国の領土を広く保っているのも……()()があるからなのは知っている……。そして……残りのあれの……在り処も……」

「ほう……そこまで知っていたか。ならば、みなまで言わなくてもわかるだろう」


「わかるかよ……! むしろ、尚更わからなくなった……! なぜ、()()がないこの国を狙う……! 世界樹の――ユグドラシルの根がない、この国を!」


 ユグドラシルの根。それが帝国の狙いなのだという。

 世界樹ユグドラシルは、その巨大な幹を三本の根が支えている。

 その根はとてつもなく巨大で、一本の根だけでも山のような大きさを誇る。

 そして、根はユグドラシルの分身。子機のようなものだ。

 ユグドラシルが世界そのものならば、根は世界へアクセスする鍵。

 一つ一つは大した効果はない。いや、根を下ろした土地が豊かになるなどの恩恵はあるが、あくまで些細なものだ。


 しかし、三本の根を掌握すると話は変わる。

 これはゲーム本編をやっていてもわからなかったのだが、帝国は根を三本とも掌握した後に、なんらかの方法でユグドラシル本体にアクセス出来るようになったのだ。

 それにより膨大な魔力と、世界のバックアップを受けた帝国はより一層力を増した。

 まぁ、結局主人公であるプレイヤーのご都合パワーで倒されるんだが。それは今関係ない。


 大事なのは、世界樹ユグドラシルとその根。

 これが帝国を突き動かしている理由ってことだ。

 そして、この根というのは世界に三か所存在する。

 一つは帝国。

 もう一つは氷の国ニブルハイム。

 そして最後が、俺がさっきまでいた国。神を奉る国アスガードだ。

 これら三つの国が根を有し、秘匿していた。根の存在が知れ渡ると他の国に狙われるからな。

 俺が知っているのは、ゲームで既に帝国から奪われたからだ。


「あらゆる物事には保険というものがある」


 俺の疑問に対して、闇ザコは関係ない話をし始める。


「予備を用意する。子孫を残す。多めに作る。貯蓄する……色々なことで、保険というものは存在している」


「なにを……言ってるんだ」


「だから、根の話だ。根も同じだよ。ユグドラシルは三本の根が独占された時のために、保険を用意していたということだ」


「保険……?」


「…………」


 ルビィは押し黙っている。

 闇ザコが何を言っているのか分からない。

 ええと、つまりどういうことだ。


「つまり根は三本ではなく、四本あったということだ! この国に、このミズガルズ王国の地下に! 四本めの根がなァ!」


「…………っ」


「そしてェ! そこの女は! 世界で唯一の、根にアクセス出来る能力をもつ巫女だ!」


 ルビィが……巫女? いや、その前に四本めの根だって?

 そんなの、エタドラでは出てこなかった。それとも、ミズガルズ王国が滅びる際に、帝国に奪われまいと処分したのか。

 どちらにせよ、俺の知らないことばかりだ。

 ルビィは闇ザコの言葉を聞いてからずっとうつむいている。

 不安そうに、悔しそうに。ただ、下を向いている。


「他の三本の根を掌握し、特殊な術式によって初めてユグドラシルに語りかけることが出来るというのに! その女は単独で根に接続し、そしてユグドラシルへとアクセスするのだ! たった一人で世界を掌握出来る能力を持っているのだぞ……これを化け物と言わずに何という!」


「っ…………」


 ルビィは唇を噛みしめて、ずっと黙っている。

 化け物と言われて、それを受け入れている。

 なぜ、なぜだルビィ。なぜ言い返さない。違うって。私は化け物じゃないって。


「だから、我々帝国が彼女の能力を制御して、正しい方向へと導くのさ! この世界をな! そのために彼女の自我というものは無くなり、ただ力を出力するだけの存在になるやもしれんが関係ない。化け物よりも道具になる方が、よっぽど世のためになるだろうさ!!」


 闇ザコの御託は止まらない。

 ルビィが泣きそうになっているのに、ずっと喋り続けている。


「私達は、帝国は大義をもってことを成しているのだ。闇雲に侵略をしているのではなく、世界を導くために戦っている! トール……貴様が私のジャマをするのならば、貴様は世界の敵だ!」


「俺が……世界の?」


「そうだ。それとも、化け物と一緒に世界から消えて無くなるのがご所望か? それもいいな。お前たちは二人とも世界の異物だ、同時に消えるのならばこれ以上のことはない。どうせ巫女がいなくなっても、全ての根を手に入れれば結果は変わらないのだからな。貴様さえいなければ、厄介なやつは残っていない。根を掌握するなど造作もないこと」


「異物……だと……?」


 闇ザコの言うことは、残念ながら至極まっとうな意見だった。

 俺はこの世界の人間じゃない。それなのに、この国の……いや、この世界の歴史を大きく変えようとしている。

 これでは確かに、異物以外に他に言いようがない。


 ルビィも同じ。

 彼女は本来ここで死んでいたはずの人間。それが今も生きている。

 それは世界の運命に逆らっているということ。死ぬはずの人間が死んでいないなんて、ルールから外れている。


 ならば、俺とルビィは世界から外れた存在というのも、当然だろう。


「関係……ねぇよ……」


 だが、それがどうした。

 世界の異物? 化け物? それがなんか意味があるのか?

 そんなことで、一人の少女が消えなければならない理由になると?

 そんなわけ、ない。

 例えどんな理由があろうと、世界から除け者にされる理由なんてない。

 もし、世界がルビィを否定するなら。

 俺が、世界を否定してやる。


「さぁ、遺言を言う時間くらいは残してや――」


「ルビィィィィーーー!!!!」


 大声で彼女の名を呼ぶ。

 俺の声に反応して、ルビィは顔を上げた。

 その顔は絶望で塗りつぶされている。

 自分は化け物で、人とは違う。

 ここにいちゃいけないんだって顔だ。

 ひょっとすると、彼女が普段からおどおどしていたのは、自分への自身のなさ――自分が特異な存在ということから来ていたのかもしれない。


 だが。


「ルビィ! お前は、お前はこんなやつに言われただけで! 自分が人と違う能力を持ってるだけで! 自分を諦めるのか!」


「とお…………くん」


 彼女の顔は、諦めたような顔をしている。

 とても整った、美しい顔で。

 諦めたように、切なく笑っている。力なく、口の端だけ笑っている。

 その顔は、とても見覚えがあった。

 ゲーム――エタドラの中で見つけた写真に写っていた彼女の顔。

 王様と並んで立っていた少女。

 その顔は微笑んでいた。とても美しく、俺の心は一瞬にして奪われた。


 あの時あの笑顔を見て俺は抱いた。

 もし俺がいたなら、必ず守ったのに――と。

 なぜそんな感情を抱いたのか。

 それは、彼女の笑顔が……笑っていなかったからだ。

 諦めたように力なく笑っていたからだ。

 自分の運命を呪うでもなく、恨むでもなく、悲しむでもなく。

 ただ、諦めていたのだ。

 自分は死んでも仕方のない人間だ、そういうふうに。


 ふざけるな。ふざけるな、ふざけるな。

 そんなこと、認めない。

 没ヒロインが生きていちゃいけないなんてくそったれなルール。


 俺が認めない――――


「言え! お前の気持ちを! 死んでも仕方ないなんて諦めの感情じゃない。そんな心の表層にしか存在しない嘘偽りの気持ちじゃない! お前の、心の奥底にある本当の気持ちを!」


 叫ぶたびに血が流れる。本当にやばい。意識が朦朧とする。

 だが関係ない。

 ここで伝えなければ、この世界に来た意味なんて無いんだから。


「わた、し……の。本当、の……気持ち……」


 諦めていたルビィの瞳が、かすかに揺れる。


「そうだ! 世界が決めた役割(没ヒロイン)じゃなく! 敵が決めた巫女(化け物)なんかじゃなく! お前の願うことはなんだ!」


 口から血が溢れる。

 目眩がひどくなる。

 だが、彼女の言葉を聞くまでは。


「わた、し……は。私は……しに、たく……ない……よ」


 一筋の涙が、ルビィの瞳から溢れる。

 一度涙が出ると、一気に溢れ出すように涙が止まらない。嗚咽混じりに、ルビィは続ける。


「私……まだ、まだしたいことが……いっぱい、あるよ……。また、とおくんと……旅に出たい……色んな国に行きたい……もっと、お話したい……。それに……まだ、一緒にお茶を飲む約束も果たしてない……」


 泣きながら答えるルビィに、俺は微笑んだ。

 なんだ、やっぱり無理してたんじゃないか。本当の気持ちを押し込めて、それで納得したふりをして。

 そんなの、誰も得しない。

 もし得をするやつがいるなら、俺がぶっ飛ばす。

 例えば、今目の前に立っていて、俺たちを哀れに見下すヤロウとか。


「気は済んだか。では、これで終わりだ」


「いいかルビィ。よく見ておけよ……。人の意思ってのは、どんなに高い壁だって乗り越えられるものなんだ。それがいかに厳しい現実でも、無理に思えることでも。だから、俺を信じてくれ。俺が絶対、お前を笑わせてやる」


「とおくん……」


「化け物を憐れむなど、気でも違ったか!」


 闇ザコが闇のオーラを拳に纏わせて突っ込んでくる。

 おそらく衝撃波を放つ余裕がないから、こういう攻撃に踏み込んだんだろう。


「闇ザコ……お前がルビィをどう思おうと勝手だが……。俺には、そんな強大な能力に悩んで抑え込んでいるルビィを化け物呼ばわりして、道具のように扱おうとするお前らこそ化け物にみえるよ……」


「ほざけー!」


 闇ザコと俺の間合いは数メートル。

 いくら満身創痍とは言え、半人半魔の闇ザコは身体能力が高い。こんな距離数秒もかからず詰めてくる。

 対する俺は傷だらけの死にかけ。

 魔力神経もイカれてやがるから繊細な魔法も使えない。

 だから、使うなら繊細じゃない、大雑把なものだ。

 それも、簡単なもの。


「……ル。……ール。……ール。……ール……!」


「何を唱えようと、無駄なあがきだ! 死ねっ、そして永遠に私の前から消えて散りゆけ!」


 闇ザコに悟られないように声を小さくして魔法名を唱える。

 残りの魔力、ミョルニルの攻撃で大幅に減ったせいでろくに残っていない魔力を全て費やす。

 魔法薬を口にする時間なんて無い。

 そんな行為を許す相手じゃないだろう。

 だから、全て。

 全てを魔法名の詠唱に費やす。


「【全強化魔法(オール)】【全強化魔法(オール)】【全強化魔法(オール)】【全強化魔法(オール)】【全強化魔法(オール)】【全強化魔法(オール)】【全強化魔法(オール)】【全強化魔法(オール)】【全強化魔法(オール)】【全強化魔法(オール)】【全強化魔法(オール)】【全強化魔法(オール)】【全強化魔法(オール)】【全強化魔法(オール)】【全強化魔法(オール)】【全強化魔法(オール)】…………」


 俺が唱える魔法は【全強化魔法】。その名の通り、俺が覚えている強化魔法全てを施す。

 魔法職のスキルをコンプリートした時に覚えたものだ。

 魔力の消費が激しいのが特徴だ。なんてったって、上級魔法よりも魔力を食うんだから。

 これを唱えるくらいなら、必要な強化魔法だけ唱えたほうが一〇〇倍マシとプレイヤーから言われる魔法。

 だが、今の俺にはこれがちょうどいい。


 全身に力がみなぎる。

 ボロボロの体はそれを耐えきれずに、血が吹き出す。


「ぐっ……ぐぅぅ……」


「しゃあああああ!」


 拳が顔の直前まで来ている。

 これを避けて、カウンターを入れれば俺の勝ち。

 一歩、前へ踏み出す。


「がはっ……」


 が、しかし。足が耐えきれずに、膝から崩れてしまう。

 くそ、まだだ。

 まだ、俺は――――


「勝った! 雷神、ここに沈む!!」


「とおくん! 私は、とおくんを信じるから。だから、勝ってー!」



 既に力が抜けきったはずの足に、再び力が入る。

 地面を掴み、膝を立たせる。瞳に光が戻るのを感じる。

 そうだ、俺はまだ。いや、俺はもう。


「なっ――」


「絶対に、負けねぇーー!!!!」


 闇ザコの顔面、右側に全力のパンチをお見舞いする。

 闇ザコの拳が肌に触れる。


 ――まだだ、まだ大丈夫


 後を追うように、俺の拳がやつの顔に触れる。

 後出しだが、俺とやつは互いに同時。敵の顔面へと攻撃を当てる。


 ――あと、少し


 闇ザコの拳に纏わりついた影、それが俺の顔を食い尽くそうとする瞬間。

 全力で、全速で、拳を振り抜く。

 拳が肉を掴む感触。肌は柔らかいが、芯は固く。拳を押し返すような弾力。

 しかし関係ない。俺が決めた以上、こいつはここで倒す。


「ふっとびやがれええぇぇぇぇ!!!!」


「ぐっぼあああああああ!!!!」


 全強化魔法を施した一撃。

 無駄な強化も多いが、それでも重ねがけしたもの。

 轟音を伴い、闇ザコの体を数十メートル吹っ飛ばす。

 その衝撃で、俺の右腕は完全に感覚を失ってしまった。腕はだらりと垂れた。

 正真正銘最後の一撃。これ以上は無い。


「はぁ……はぁ……ど、どうだ……闇ザコ……」


「ば、ばかな……こんな、こと……が……」


 闇ザコは白目を剥いて倒れた。

 先程と違い、今度は完全に意識を失ったようだ。

 これで、この王都に敵はいなくなった。つまり。


「俺の――――勝ちだ」

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