第62話 まだ、終わってない
煙が立ち込める。
地面には黒い跡。高速で移動した物体が勢いに抵抗した結果ついた、タイヤ痕みたいな跡。
その跡が続く先には城壁。
邪竜ファフニールの攻撃の余波で崩れかけていた壁が、此度の衝撃によって完全に崩落した。
残っているのは瓦礫の山だ。もっとも、崩れた壁はほんの一面だから大した被害ではない。
そして、瓦礫の下にいるのは影。漆黒の衣を纏いし、黒い影。四魔将ロキがかつて無いほどの無様な姿を晒していた。
力無くだらりと伸ばされた手足、意識を失った状態の顔。そして四魔将ともあろう者が瓦礫に埋もれているという事実。
もっとも、無様なのは俺も同じこと。
魔力を放出しすぎて体中にガタが来ている。
ドラゴ○ボールで四倍界○拳を使った後の主人公みたいな気分だ。体に触れられるだけで叫び声を上げてしまいそうだ。
普通に魔力を使うならこうはならない。
魔力を全開に使ったとしても、通常なら血なんて流れるはずがない。
これはおそらく、ミョルニルという武器が高性能過ぎて俺の限界ギリギリまで耐えてくれる上等な武器だから起こってしまったんだろう。
魔法ならば威力をある程度高めることは出来るが本人の魔力に合わせた限度というものがある。スキルもそうだ。
そして、以前までの剣だと魔力を伝達する効率が悪くて限界まで魔力を使うなんて無駄な行為はしなかっただろう。
優秀な武器を手に入れた故の、嬉しい誤算ってやつだ。
「はぁ……はぁ……し、死ぬかと……思った」
自分じゃわからないが、今の俺はすごい顔をしていることだろう。
だって、顔のいたるところから血が流れてるのがわかるもの。というか、顔に限らず全身なんだけど。
この世界じゃ、魔力というのは魔力神経という第二の神経を通して全身に流れると聞いたことがある。
確かに魔法を使う時に感じる魔力の流れは、元の世界では感じたことのない奇妙な感覚だった。
血管の隣をガソリンが流れているというか、とにかく感じたことのない感覚だ。
そんな魔力の感覚にも慣れてきた今、魔力の流しすぎで全身の魔力神経が悲鳴を上げているのを感じ取ることが出来た。
少なくとも安静にしないと繊細な魔法の行使は出来ないと思う。
なんか戦うたびに重症になってんな俺。
虚弱なのか異世界人生難易度ベリーハードなのか判断がつかんけど。
「あっ、そういやルビィは……!」
先程までそこにいた少女はどこに行ったのか。
首を掴まれていたが、手を離された後に立ち上がっていたことから無事なはずだ。
周囲を確認する。
「とお……くん」
懐かしい声。
それは間違いなく、王都で半年間共に過ごした少女のものだった。
少し成長しているのか、以前よりも落ち着いた声色だった。
「ルビィ、無事だった――――か?」
ドレスを着た少女が立っていた。
茜色の髪の毛
赤い瞳
気品を感じるその姿
ぶっちゃけ見た目はどストライク
そんな、いつかの感情を思い出していた。
あれは、この世界に来る直前。
確かエタドラの中で崩壊した城の跡地を探索していた時のこと。
本来入ることが出来ないはずの部屋に入って、その中である写真を見つけた。
その写真には王様と少女が写っていて。ひと目見ただけで心奪われた。
だが、その少女は帝国の侵略により年若くしてこの世を去っていた。
そういえば、今いる場所はエタドラの中でも見覚えがある。
エタドラでは魔法の攻防の跡が見られた。おそらく、本来の歴史――仮にエタドラと同じ歴史を辿っていたとしたらだが――だと、ここでティウと四魔将が戦い、少女は……。
しかし、彼女は生きている。
ここに、ルビア・シフ・ミズガルズという少女は、ちゃんと生きている。
「やっと――会えた」
それはどういう意味で言った言葉なのか。
自分でもわからなかった。
写真の少女に出会えたって意味なのか。
久々にルビィに再会したことなのか。
「久しぶり、だな……ルビィ」
「うん、久しぶり……とおくん」
おそらくは後者。
けど、前者の気持ちもわずかに入っていると思う。
とにかく、今抱いている感情は、なんていうか不思議なものだった。
慣れ親しんだ少女のルビィと、美しく成長したルビィが一致しないというか。
ルビィだと認識しているんだけど、慣れないというか。
幼稚園児だった従兄弟が、久々に会うと中学生に成長していたような感覚だ。俺に従兄弟いないけど。
「ルビィ、成長したな。なんか、自信満々って顔してる」
「そ、そうかな……。でも、とおくんだって変わったよ!」
「マジか。俺的にはあんまり変わった気はしないけどな」
「ううん。そんなことないよ。だってほら、こんなに逞しくなってるもん」
ルビィの指が体に触れる。
指が胸を通ると、腕をきゅっとつかみ、筋肉を確認する。
――心臓が張り裂けそうだ
以前からルビィは俺へのボディタッチが多い傾向があった。
なんか男の子の知り合い少ないから、筋肉が珍しいとか言ってたような。
どうやら、今でもボディタッチする癖は抜けていないらしい。
前までも、ちょっと照れくさいと思うことはあった。
だが、成長したルビィに触られるのは、なんていうか、ダメだ。
これはちょっと、まずい気がする。
美少女に体を弄られるのは、何のご褒美ですか。いや状況的に罰ゲーム?
「と、とにかく。街はこんなんになっちゃったけど、お前……君を助けることが出来てよかった。見たところ国民の人たちはいないけど、予め避難でもしてるんだろ?」
「うん。今は皆ヴァナハイム共和国に逃げてもらってる。でも、残った兵の人たちは……」
「そっか、悔しいな。でも、彼らがいてくれたからこの程度で済んだんだ。彼らがいたから、俺が間に合った。街や人、犠牲はあったけど、無駄じゃないんだ」
「…………うん」
ルビィの手が、俺の手を握る。
炎の影響だろうか。俺の体温が少し上がってしまう。なんかわからないが、高揚感がある。それと達成感。
この世界に来た目的を、達成出来たこと。ルビィを守れたこと。
それが、とても嬉しい。
「そういえば、なんで闇ザコは一人……いや二人か? 一人と一匹? まあいい。なんであいつは王都に直接来たんだ? なんか狙いがあるんだろうけど」
「それは、ね。それは…………」
「それは、その娘が化け物だからだよ」
不意に、闇ザコの声がした。
そして、完全に意識の外から放たれた影の衝撃波に、俺の無防備な体が切断された。




