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その転移者、雷神につき 〜ボツヒロインのために、俺は異世界を救う〜  作者: taqno(タクノ)


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第58話 運命の分岐点

「出来た、出来たぞ! 完成じゃ!」


「マジか!」


 ブロックが声を大にして叫ぶ。

 それを聞き、俺は大急ぎで飛び上がる。

 うん、暇だから寝てたとかじゃないよ。王国に向かうために体力を養っていたんだよ、目を軽く瞑ってただけだよ。

 まさか人に働かせておいて、自分は寝てるなんてするわけないじゃないか。ハハハ。


「おい、お前さんまさか寝てたのか? ワシが死ぬ気で作っていた間に……」


「ん、んなわけないだろ! やだなぁ、そう言う言いがかりは良くないゾ」


 口の端が釣り上がる。苦笑いをごまかす方法って何か無いかな、無いか。

 まぁあったとしても俺が実行できる気しないけどね。


「で、どんなのが出来たんだ? 見せてくれよ、プリーズ」


「ったく、現金なやつじゃ。ほれ……これじゃ」


「おお……」


 ブロックの手から柄を受け取る。

 ズシリ、と思い感触があるが不思議としっくりと手に馴染む。いいじゃないか。


「持ちやすいな、これ。なんか前から使ってるような感じがする」


「以前の剣の柄の型を参考に、お前さんの手に合うように作ったからのう。握手した時や寝てる時に手の感じを覚えておったからな」


「へぇ、すごいな……ってこわ! なにその特技、アイドルの握手会とかで活用したいわ!」


「怖いとは失礼な。職人として顧客に合うように作るのは当然じゃろ」


「そうなのか……そうなのか?」


 なんか腑に落ちないけど、まぁ良しとしよう。


「ところで、この柄って実体部分が無いのな。完全に魔力の刃を生成するのに特化してるのか」


「うむ。お前さんの魔力なら数時間使いっぱなしでもそんなに負担にはならん。それならいっそ、使い回しが良くなるように特化させてみた」


「使い回し?」


「まず魔力を込めてみろ」


 ブロックに言われるがまま、剣の柄に魔力を込めてみる。

 すると、柄の真ん中にある魔石が淡く光り、鍔まで光が通る。そして、剣の刃の形をした黄色い光が放出される。


「おお……ライトセーバーみたいだ。俺が以前やってたのと比べて、綺麗な形をしてるじゃん。前までガスバーナーの炎みたいな感じだったけど、今は安定してるし」


「それこそが魔石の役割じゃ。安定した魔力供給、魔力の無駄遣いを減らすだけではなく十の魔力をほぼそのまま剣の刃へと変える。つまり以前と同じ魔力で威力がアップしたも同然じゃ」


「マジか! 天才かよお前!」


「褒めろ褒めろ、そうすれば次の受注もまけてやるぞ!」


「天才! 変態! 髭ゴリラ! ダンディ! 素敵、抱いて! ……やっぱ最後はなしで」


 俺とブルックは手と手をあわせて、その場で小躍りする。

 深夜明けのテンションみたいになっていた。うん、俺は寝てただろとかツッコミはなしで。

 いいだろ、子供向けホビーアニメみたいに新しいマシンよ! って言われると興奮するんだよ。

 ブロックが踊りを止め、柄を持つ手を指さして言う。


「今度は力強い打撃武器のイメージをして魔力を込めてみろ。きっと驚くぞ」


「え? なになに、今の前振り。ひょっとして? ひょっとするんですか?」


 ブロックの言うように打撃武器を想像する。

 うーん。打撃用の武器と言えば、ハンマーか? 

 モーニングスターもいいな。あれゲームでしか見たこと無いんだけど、えげつない形してるよな。一度使ってみたい。知らない人はググってみよう。


 まてよ。ここはやっぱりハンマーじゃないか?

 だって、俺と言えばエタドラじゃない? そしてエタドラの打撃武器といえばハンマーだ。


 イベントドロップの装備アイテムで金剛打鎚というものがあった。

 俺はリアルを疎かにしてまで必死にドロップを狙っていたのだが、結局手に入れることができなかった。それが未だに心残りなのだ。

 見た目がかっこいいのと、数少ない高性能のハンマーだったから。

 チャットなんかで『金剛打鎚持ってないやつおりゅ?』と煽られると全身が燃えるように熱くなった。嫉妬の炎でな。

 というわけで、ハンマーをイメージすることにしよう。エタドラのリベンジだ。

 イメージするのは最強の鎚。全てを打ち砕く破壊の具現化。


「……はぁぁぁぁ!!」


 魔力が柄に通る。

 そして、鍔から魔力の武器が生成されていく。

 それは力強く、頑丈なハンマー……。


「ん? なんか短くね?」


「ありゃ、なんじゃあこりゃ。鍔から直接ハンマー部分が出てるのう」


「え? ハンマーってもっとこう……棒の部分が長くない? 剣の柄の部分しか持ち手がないんだが」


「お前さんのイメージが間違ってたんじゃろ。本当なら鍔からさらに柄部分を生成し、先っちょにハンマー部分を作るべきじゃったな」


「ええ、俺のせいか!? クソっもう一回……だめだ! 一回やっちゃったからこのイメージで固定されてる!」


「諦めろ。大丈夫じゃ、短くてもハンマーはハンマー。当てれば同じじゃ」


「こんなリーチが短いハンマーなんて使うアホが居るかぁ!」


 ちくしょう、こうなったらハンマーとは別の武器をイメージしてリーチの長い武器を作るか。

 例えば槍とか……。

 そんな事を考えてる時、ポケットに入れた連絡魔道具が鳴る。


「何の音じゃ?」


「これは、ティウからの連絡……! つまり、王都に何かあったのか! いや、何かじゃないな……帝国が来たのか」


「帝国? そう言えば戦争しそうな空気じゃったなぁ」


 ううむ、と髭をいじるブロック。

 悔しいけど様になってやがる。って、髭いじるおっさんを眺めてる暇はない。


「世話になったなブロック。急で悪いけど、俺はミズガルズ王国に戻るな。縁があったらまた会おうな。俺のID……はゲームじゃないから出来ないか。とにかく、無理なお願いを聞いてくれてサンキュー!」


「む、なんだかわからんがわかった。この数週間楽しかったぞい。達者でな、トールよ。お前さんのおかげでいい仕事が出来たわい」


「ああ。……【テレポ】、ミズガルズ王国・教会……あれ? なんでだ、移動できない」


 おかしい。俺はちゃんとミズガルズ王国で転移石に登録しておいたのに。【テレポ】で移動できるように準備しておいたのに。

 試しに冒険者ギルドの方にも移動を試みたが失敗した。


「どうした?」


「目的の場所に転移出来ない。ちゃんと転移石に登録してるのに……!」


「それは、珍しいのう。可能性としては大勢の人間が利用して混み合ってるか、転移石が壊れたかじゃの」


「転移石が……壊れた?」


 王都にある転移石が二つも同時に壊れるだろうか。偶然、なわけがない。

 おそらく、狙われたんだ。こういう風に、外部から援軍が来る可能性を消すために。


「くそっ! 考えが甘かったか! こうなったら、無理矢理にでも王都へ向かってやる! 【雷神】発動!」


 一年半ぶりに【雷神】を発動する。

 全身に魔力がどくん、と流れる。久しぶりの感覚。神経が敏感になり、全ての時間がゆっくりと流れるような感じ。

 周囲に流れる稲妻のオーラは心なしか以前よりも勢いを増している気がする。


「トール、何をやる気じゃ!」


「こっから一気に走るんだよ! たぶん全力で行けば数時間でつくだろ!」


「いくらなんでも無理じゃ! 何があるかは知らんが落ち着け!」


「で、でも……!」


 ブロックの言うことはもっともだ。

 仮に全力疾走で王都に向かっても、必ずどこかで力尽きる。ポーションを持っているが、それで行けるか怪しい。怪我を治すのが主な目的だからな、ポーションは。


「でも、だったら……どうすればいいんだ。くそ……。いや、落ち着けトール……雷門透。なにか方法はあるはずだ……」


 一旦落ち着こう。

 無理にでも落ち着かないと、頭がろくに動かない。

 だが、どうしても案が思いつかない。

 ここから一気に王都へと向かう方法が。

 ヴァナハイム共和国に転移して、馬車を借りるか?

 いや、間に合うわけがない。馬車でどれほど時間がかかると思っている。

 ここで馬を借りる……いや、それも同じだ。ここはアスガードの北西とはいっても、ミズガルズ王国までは結構ある。

 なら、どうする……。


「全然関係ない話ですまんが……さっきお前さんが言ってたあいでぃ~ってなんじゃ?」


「あん? IDってのはゲーム内の識別情報でフレンド登録する時の……ん?」


「げえむ? 識別? さっぱりじゃ」


「ああああ! そうか! その方法があった! サンキューブロック!」


「ん? ん?」


 ブロックの一言で打開策が湧いて出た。

 そうだ、()()()()だ。

 ゲームではフレンドのいる場所まで飛ぶことが出来る魔法がある。

 名前を【トゥゲザー】。条件として、バトル中のフレンドには会うことが出来ないが……この世界だとどうなっているかわからない。

 おそらくこの世界でも仲間(フレンド)を意識して、そこまで移動するのだろう。

 なら、脳内で会いたい相手をイメージするんだろうな。ドラゴ○ボールの瞬間移動みたいだ。

 想像するのは、当然ルビィだ。


「待ってろよルビィ……今すぐいくから……」


 イメージする。

 茜色の髪をきらめかせ、明るく笑う少女を。

 でもたまに寂しそうな表情をする、優しい彼女を。

 絶対に守るべき、大切なルビィのことを。

 すると、脳内に声が響く。

 それは、懐かしい声。


『……くん……とおくん……』


 これは実際ルビィの声か。それとも俺のイメージが聞かせる幻聴か。

 どっちだろうと構わない。パスは通った。今すぐ、お前の元へいく。

 待っててくれ、ルビィ。


「いくぜ、【トゥゲザー(雷)】!」


 【雷神】の能力によりトゥゲザーに雷属性を付与し、雷魔法として合成する。

 これにより魔法の出力がアップするはずだ。

 一刻も早く駆けつけるために。全速前進だ。


「じゃあな、ブロック!」


「頑張ってこいよトール。なんかわからんが、お前さんから力強い意志を感じる。達者でな!」


 魔法が発動し、体が宙に浮く。そして、全身が雷に包まれて空に上る。

 そのまま王都の方へと飛んでいく。景色は流れ、超高速の転移が行われる。


「今こそこの俺の力を振るう時だ。待ってろよルビィ!」


 ◆


 ――ミズガルズ城


「おまたせしてすみませんカール君。もう大丈夫です、お茶菓子は取ってきたので二階に戻りましょう」


「か、かしこまりました。では付いてきてください。……それにしても、ずいぶんと時間がかかりましたね?」


「それは……ええっと。何ていうか、普段は侍女に準備してもらってるから自分の家なのにどこにお茶菓子があるのかわからなかったっていうか……」


「?」


「い、いえ何でもありません。少し準備に時間がかかっただけですので」


「そうですか。それは大変でした、ね。じゃあせっかく準備したお茶が冷めないうちに行くとしましょう」


 私はカール君に連れられて一階のキッチンを後にする。階段までたどり着くと、カール君の足が止まった。

 一体どうしたんだろう……。

 階段の下で立ち止まる私たち。

 大階段は人がたくさん通れるように、広い幅を取っている。そんな広いところで二人、ぼーっとしているのってなんだか変な感じ。

 カール君がなぜ動かないのか、私は声をかけてみることにした。


「ねぇカール君、どうして止まってんですか? 上へあがらないと、ビュウくんがお腹ペコペコになっちゃうよ」


「………………」


 カール君の返事はない。

 だが、彼の顔を伺うと、苦悶の表情を浮かべていた。

 とても悩んで、どうしていいのかわからないって顔。

 なにか、悩み事でもあるのかな。

 ひょっとしたら、二階にいるティウが怖くて戻りたくないとか。

 って、そんなわけないよね。

 だってティウを怖がる人間なんていないもの。彼ほど人畜無害な人を私は知らない。

 ……いたずらはしょっちゅうするけど。

 カール君がずっと悩んでいるようなので、なにか聞き出せないか試してみよう。


「ひょっとして、二階に上がりたくないんですか?」


「……………………」


「もしかして、ティウが怖い……とか?」


「…………」


 首を横に振り、否定する。

 しかし、今たしかにティウという名前に反応した。

 これは、ティウから何かしらの指示を受けているということかな。


「二階に上がらないようにティウに言われたとか?」


「…………………………」


「ティウには言いません。告げ口なんて趣味じゃありませんから。だから、可能な限りお話いただけませんか」


「……………………わかり、ました」


 重々しく口を開く。

 硬く結ばれた唇から、ゆっくりと言葉が漏れる。


「ティウ団長に……言われたんです。合図をしたら……る、ルビア様を下に連れて行け……と。安全を確保できる場所か、誰か一人が見守るように……って」


「ティウが……」


「すみません。私は兵士です。団長の命令に従わなければなりません。なにより、これはルビア様のためだと」


 私のため……その言葉で、ティウの意図がわかった。

 守ろうとしてくれてるんだ、私を。帝国の狙いが私だから。

 ということは、おそらくお父さんやバルドルさんも安全なところにいるはず。

 でも、なんで二階に上がっちゃだめなんだろう。


「あの、そういうことならわかりました。でも、このお茶菓子どうしましょうか。ビュウくんを待たせるのも悪いし、誰か他に持っていってくれればありがたいのですが」


「他の兵士は城を巡回してまして……。私が届けたらいいのですが、離れないように言われてますし……」


「そうですか……もったいないですね…………っ!?」


 突然、大きな爆発音がした。

 ここからじゃ見えないけど、街の方からだ。

 今この王都にいるのはミズガルズ団の兵士と、ごく限られた市民の人たちだけ。爆発が起こるような事故があるとは思えないけど……。


 ひょっとして、帝国軍がここまで攻めてきた?

 だとしたら、フレイさんフレイヤさんは? まさか、負けた……いや、あの二人が負けるはずがない。

 きっと何か問題が起きて爆発事故が起きちゃったんだ。


「ルビア様、今の音……」


「わかりません……。ですが、少なくとも普通の状況ではない、みたいです」


 二人でその場に立ち尽くす。

 今度はティウの指示を受けたカール君によるものではなく。

 外から感じる異様な雰囲気に、身動きが取れずにいた。


 気のせいか、上から金属音が聞こえる。

 まるで剣と剣をぶつけるような、戦いの音。

 でも、それはたぶん幻聴だ。

 さっきの爆発音で驚いた私の心が作り出した、一種のパニック状態だ。

 だって、上の階にいるのはティウとビュウくんで。

 戦う理由なんて無いはずだから。


「る、ルビア様。ここは危険かも、です」


「それは、さっきの爆発のことですか?」


「いえ、聞こえますか……金属音が。おそらく団長が戦闘を始めています。敵の実力はわかりませんが、床を突き破って来るかもしれません」


「や、やっぱり気のせいじゃなかったの……。ということは、ビュウくんが相手なの……?」


「わかりません。ただ言えることは、早く離れたほうがいいってことだけです」


「そうですね。ひとまずホールへと向かいましょう。あそこから階段を登るか外へ様子を見に行くか、どちらにしても都合がいいでしょう」


「かしこまりました。付いてきてください」


 登りかけていた階段を降りて、城の正面玄関のホールへと向かう。

 歩く足が早くなる。歩幅は小さく、足の回転が早く。不安からくる行動って誰かが言ってたけど、私の心は今まさにそれだ。


 嫌な予感がする。

 夢で見た悪夢が、現実で起きるような。漠然とした不安がすぐ目の前まで来てるような。

 暗い圧力が、私の全身を押しつぶそうとする。

 不安にかられると、無意識に指が頭の髪留めを求める。

 指先が髪留めに触れて、少し落ち着く。


「る、ルビア様。こんな時に言うのもなんですが、その髪留め……た、大変似合っていらっしゃいますよ」


「え……あ、ありがとうございます。これは大切な人からもらったものなんです。不安になった時や泣きそうになった時、いつもこれをお守りがわりにしていました」


「そうなのですか。よほど、大事なものなのですね」


「はい、大切な……思い出です……」


 手全体で髪留めを包む。

 そうすると。この髪留めをくれた人のことを思い出せる。

 短いけど楽しかった日々、温かい思い出。

 自信が持てない時でも、これに触ると勇気がもらえる。

 嫌なことがあっても、あの日々のことを思うと前に進める。

 だから、今だって怖いけど。ただ待っているだけじゃなくて、自分から進まないと。

 それが安全な場所へと逃げることであっても。誰かに任せるんじゃなくて、自分からやらないと。


 玄関ホールに着くと、外からの音がよく聞こえるようになる。

 どうやら兵士たちが誰かと会話している。

 それもすごい剣幕で、怒鳴っているように聞こえる。


「ルビア様……私の後ろへいてください。どうも外にいるのは味方というわけでは無さそうだ」


「では、今のうちに二階へと行くべきですね」


「そ、そうしましょう。ここから上がるとルビア様の部屋とは別棟だから安全なはずです」


 私達が階段を登るために、足をかけた瞬間。


「っ! ルビア様、伏せて!」


「え……? きゃっ!」


 玄関の扉が激しく吹き飛んだ。


 ◆


 ――ミズガルズ城 二階 ティウ


 四魔将ビュウを倒し拘束した後、僕は部屋を後にした。

 廊下を走り、一階へと続く階段へ向かう途中。

 横目に窓の外を見た。


「なんだ……これは……」


 足が止まる。

 声が震える。

 思考停止してしまいそうなほどの衝撃。


「王都が……燃えている……」


 先程の爆発音で襲撃があったことは察していた。

 だが、これほどの規模だとは思いもしなかった。

 王都の三番街と中央の五番街だけが狙われたのかと思いこんでいた。


 でも、それは大きな思い違いだったようだ。

 なぜなら、僕が見る限り。

 城の正門側から見える範囲ではあるが。王都全体が燃えていたのだ。


「っ! ルビア様!」


 急ぎ足で階段へと向かう。

 早く、早くしなくちゃ。

 ここまで王都が壊滅的な状況にあるということは。

 敵はもう、目の前まで来ているのだから。


 ◆


 ――ミズガルズ城 一階 ルビア


 玄関の扉を開けて一人の男が入ってくる。


「ルビア様、私の後ろに……!」


 カール君が私の前に出て剣を構える。

 私達の前に現れた男の姿は全身黒ずくめで、身につける漆黒のコートのように重く冷たい印象を受けた。

 顔には仮面がつけられており、表情は読めない。それもまた、この男の得体のしれなさを際立たせていた。

 そして、男の背後に映る光景が、私の心を更に凍りつかせた。


「嘘……嘘だよ……そんな……王都、が……」


 もし、私の目に映る光景が夢や幻ではないのなら――

 これを地獄と呼ぶのだろう――


 王都を囲む焔。

 赤く燃える街。

 玄関先で血を流して倒れる兵士たち。

 血の匂いが鼻腔を通り、脳裏に不安と嫌悪感を焼き付ける。


 私が目の前の情報を処理しきれず、ただただ混乱していると、黒コートの男は口を開く。

 何を言うのかと身構えていたけど、彼が喋ったのは意外な一言だった。


「お初にお目にかかるルビア王女殿下。私はロキ、帝国で将軍を務めるしがない半魔(ハーフ魔族)です。こんな挨拶の仕方で申し訳ない。たいへん驚かれただろうが、どうか許してほしい」


 挨拶。

 黒コートの男が口にしたのは、ただの挨拶だった。

 なんてことはない、普通の会話。彼の口調もフレンドリーさを意識しているのか、柔らかいものだ。

 でも。この状況で最初に口にしたのがその言葉だったのが、私にはひどく恐ろしく感じた。

 それに、この男はロキと名乗った。聞き覚えのある名前だ。

 それは確か、一年半ほど前にとおくんが戦ったという四魔将の名前ではなかっただろうか。


「貴様、ここをどこと心得る! ここは神聖なるミズガルズ城だぞ! 賊ごときがは言っていい場所ではない!」


「ルビア王女殿下……むぅ、長いですな。申し訳ありませんが、ルビア王女とお呼びしても構いませんかな?」


「無視をするんじゃあない! 貴様、それ以上踏み入るならば今すぐ剣の錆にしてくれる――」


「ま、待ってくださいカール君……!」


 震える唇をやっとの思いで動かしながら、黒コートへと応える。


「は、はじめまして。ずいぶんなご挨拶なのですね、ひょっとしてこれが……て、帝国流の挨拶の作法なのでしょうか」


「いえいえまさか滅相もない。本日はあなたにお会いしたくて参上させていただいたのですが、どうも王国の兵というのは融通がきかない。誰一人として素直に私を通そうとしてくれなかった」


「それは、当然でしょう。こんな状況でやってくる者を歓迎するはずがありません」


「ええ。ですから、彼らにはご退場いただいた」


「…………っ」


 くく、と噛み締めたような笑い声が聞こえる。

 それは仮面の奥から発せられたものだ。


「いや失礼。殺めた者を笑ったわけではありません。ただ、ようやく目的のものを手に入れるのかと思うと、つい」


「目的、ですか? 一体……こんな辺鄙な国に何を求めに来たと言うのでしょう。四魔将を務めるほどの方が欲するものなど、無いと思うのですが」


「ご冗談を」


 言葉に圧が込められる。

 それは、言い逃れは許さないという脅しだ。


「あなたが一番良く知っているでしょうルビア王女。なにせ、人の身でありながらあれほどの能力を宿しているのです。まっさきに狙われるのは承知していたでしょうに」


「何の話か……わかりませんね」


「とぼけて無駄ですよ。しっかりと、調べがついているのですから」


 一歩、また一歩と黒コートの男は距離を詰めてくる。


(この人、間違いなく私の秘密を知っている。なら、きっと根のことも……)


 彼の狙いはおそらく私の捕縛。

 生きた状態で捕らえて、その後実験材料にでもするのだろう。

 そして、根が彼らの手に渡ればこの世界は…………。

 そんなこと、あってはならない。

 たとえ、私自信がどうなろうと……。


「仮にあなたの望むものがここにあったとして……それを受け渡すわけにはいきません」


「強情な方だ。では、こちらも少し強硬策を取らせていただこう」


「させるか!」


「待ってください、カール君!」


 カール君が飛び込む。剣を突き立て、突進する。

 カール君は剣技なら既にミズガルズ団の中でも通用する腕だ。

 冒険者でいえば一番下のブロンズクラス上位かシルバークラス下位のレベルはあるらしい。年齢の割にはかなり高い実力を有している。

 だが、相手は四魔将。この大陸で最強の敵。


「ぐっ……!」


「カール君!?」


 カール君は、相手に剣を刺す直前に倒れてしまった。

 私の目には、何が起きたのか分からなかった。

 ただ、剣で刺そうとした瞬間にカール君の体が大きく揺れたように見えた。

 まるで、大きな力で衝撃を加えられたかのように。


「さて、蝿の処理も済んだことですし……」


 パチン、と黒コートが指を鳴らす。

 すると、その音に引かれるように、何かが迫ってくる。

 城の中にいてもわかるほどの、巨大ななにかが飛んでくる音。

 空気が振動し、全身の毛が逆立つような感覚。

 私のなけなしの本能が告げている。


 ――いけない


「GURRRRRRRRRRRR!!」


 衝撃と破壊。

 私のいる空間から後ろ側を残して、城の半分が破壊される。それは上からの衝撃によるものだった。

 そして、咆哮を上げて現れたのは、直接見たことはないが、よく知る魔物。

 生物の頂点に立つ天災ともいえる存在。


「ドラ、ゴン……」


「私の大事な戦力()()()()()()です。どうかよろしく」


「これも、とおくんが言ってた……」


 邪竜ファフニール。

 とおくんとフレイさんが戦って勝てなかったという、あの……。


 私の目の前には黒コートの男。

 先程まで室内が見えていたのに、今は外の景色しか見えない。

 私がいる場所から前のほうが、綺麗に吹き飛ばされたから。

 まるで、ケーキを半分切るかのように、城が無くなった。

 外をよく見ると、火災の影響からか雨雲が空に敷き詰められていた。

 まるで、これから起こることを憂うかのように、暗く悲しい雲。


「う……うう……」


 声が出ない。

 膝が崩れる。

 生まれて初めて、心の底から恐怖する。

 圧倒的な暴力。その前に、私はただ立つことさえ出来なくなった。


「さて……交渉の時間だ、王女よ」


 黒コートの口調が変わる。

 こちらが本性なのだろう、その声色は先程の胡散臭い喋り方ではなく、ひどく冷たいものだ。


「このまま邪竜に焼かれるのがいいか。それとも私についてくるか……選べ」


「たとえ死ぬこととなっても、私は絶対にあなたにはついていきません」


「ここまでしても駄目か。つくづく強情だ。王国の人間というのはどいつもこいつも妥協というのを知らないのか」


 倒れたカール君を見る。

 浅いけど呼吸はしている。生きているみたい、よかった。


「そうか……お前に有効な手段がわかったよ」


 そういうと、黒コートは邪竜に手で指示を出した。

 すると、邪竜は羽ばたき、空へと上昇する。


「王都の南側は壊滅させたが、北側はまだ残っている。わずかとはいえ、生き残った市民や兵士がいるのだろう?」


「なっ……」


「お前はどうやら、とことん自分を犠牲にするタイプらしい。私が嫌いな、自己犠牲野郎だ。だから望み通り、市民を人質にとってやろう。そうすれば、私について来たくなるだろう」


「なんて、ひどい……これ以上、被害を広めようというのですか……!」


「それが嫌ならばどうするかわかっているだろう。私は別に構わないのだぞ、このまま王都を地図の上からけすことになろうとも、それはそれでやりがいがありそうだ」


 王都に残った人々が、犠牲になる。

 私が彼についていけば、王都にいる人は助かる。

 でも……!


「できま、せん……」


「何?」


「私は大勢の方に守られ、思いを受けているのです。ここで私があなたについていけば本末転倒、それこそ彼らに申し訳が立ちません。たとえ王都が滅びようとも……私、は……」


「……では、望み通り焼き払ってやろう。ファフニール!」


 指示を受けて邪竜の咆哮が響く。

 空を見上げると、赤く光る星が見えた。


(いや、違う――)


 あれは星じゃない。邪竜だ。

 口を開き、炎を放とうとしている邪竜。

 あれを地上へ放てば、王都は間違いなく滅びる。

 でも、私にはどうすることも……。


「GUAAAAAAAAA!」


 赤い閃光。

 それは空から、まっすぐに地上へ降りてきて。王都を火炎地獄へと誘う――ことはなかった。


「なに、どういうことだ!」


 炎の着弾点を見る。

 そこには、王都に残った最強の戦士がいた。

 ミズガルズ団を従える、最強の団長が。


「ティウ!」


「ルビア様、逃げて! 今のは奥の手、次の一撃は防げそうにない!」


「貴様がティウか。どうやってファフニールのブレスを防いだのか知らんが邪魔だな。消させてもらう!」


 黒コートはティウの元へと跳び、黒い衝撃波を放つ。

 ティウはそれを避けて背後に回る。

 だが様子がおかしい。神速とも言われるティウらしくない身のこなしだ。

 ひょっとして、どこか傷めているのかもしれない。


「くそ……四魔将相手に連戦は……きついな……」


「ほう……そうか、ビュウを……!」


 私が見る限り、互角に見えた。

 どちらも相手の攻撃を防ぐか、躱していたから。

 ただ、どうやらそれは勘違いだったみたいで、勝負の流れは一方に傾いていたらしい。


 ◆


「ハァ……ハァ……手間をかけさせやがって」


「そんな……ティウが、負けた……?」


「ぐ……くそ……」


 ティウは満身創痍という感じでその場に倒れ込んだ。


「貴様がビュウと戦い、そしてファフニールの一撃を防ぐことで消耗していなければ勝負はわからなかった……だが、これが結果だ。悪く思うなよ」


「ごぁ……!」


「ティ、ティウ!」


 ティウの体を黒い衝撃波が貫く。

 そして、ティウの体はすっかり動かなくなってしまった。


「いや……こんなの、嘘だよ……」


「現実だよ、これが現実だ。お前は我々に囚われて、この国は滅びる。それが必然なんだよ、弱い者のな」


 再び私に近づいてくる。

 今度こそ、私は一人だ。誰も守ってくれない。私自身、自衛する力なんてない。

 もう、終わり。


「ようやく……ようやくだ。これで私の願いへとこれでまた一歩つながる。お前に恨みはないが、その礎となってもらう」


「うっ……」


 首を、掴まれる。

 その手はとても冷たくて、いつか誰かの手に比べるとまるで真逆。


 呼吸が出来ない。

 苦しい。

 意識が、消えそうになる。


 こんな時なのに、頭に浮かぶのは1人の男の子の顔。

 明るくて、優しい。

 少し抜けてるけど、とても頼りになる。

 温かい思い出。

 月夜に交わした約束。

 そんなことを、不意に思い出してしまう。

 私は髪留めに触れながら、彼の名前を呼ぶ。


 ――……くん……とお……くん……


 それは無意識に口にしてしまった名前。

 一人でも強くあろうと、絶対に屈しないと思っていたのに。

 彼のことを思うと、気持ちが溢れてしまう。そんな気持ちを浮かべる。

 そして私の意識が消えそうになる、本当に一歩手前。

 天空から一筋の雷が落ちた。


 ◆


 雨雲から降り注ぐ雷。

 激しい閃光と轟音を引き連れて、ミズガルズ城に突き刺さる。

 衝撃に気を取られて、黒コートの男は私の首を掴む手を離した。


「けほっ……」


 ようやく肺に空気が入り、意識が明瞭になる。

 雷の落ちた場所を見るとそこには人がいた。

 さっきまでいなかったのに、急に現れたその人物は、まさか雷によって出現したとでも言うのだろうか。


 そこに立つ人は。

 外套を纏った男性は。

 周りを眺めて、そして黒コートの男に焦点を当ててこう言った。


「よう。久しぶりだな闇ザコ」


 その人は、私がずっと待ってた男の子だった。


 ◆


「………………」


 ミズガルズ王国に転移したが、最初ここがどこだか分からなかった。

 なぜなら俺の知ってるミズガルズ王国と、今目に映る景色が、あまりにもかけ離れていたから。

 パッケージに写ってる女優と、実際に見た本編の顔が違うみたいな。

 いや、そんなふざけた例えを言っている場合ではない。


 炎が広がり、赤く燃えた街。

 瓦礫でボロボロになった建物。

 もしかして違う場所に転移してしまったのかと不安になる。

 周囲を見回すと、今俺がいる場所は半分が破壊されていて、もう半分は形が残っていた。

 そして、残っている部分をみて気付いた。間違いない。ここはミズガルズ城だ。


 そして、目の前に黒いコートを着た男が女の子の首を掴んで締め付けているのを見つけた。

 黒コート―――闇ザコは、俺に気が付いたのか女の子から手を放し、俺の顔を見る。

 闇ザコ、やはりここにいたか。

 一年半も前だ。

 俺がやつと初めて戦った時、やつはこの国を――ルビィを狙っているようなことを言っていた。

 そして、そのことからエタドラの二章の裏でミズガルズ王国を攻め落としたのはこいつの仕業だと合点がいった。

 現に王都は壊滅的な状態で、やつはここにいる。


(くそ……遅かったのか……)


 奥歯を噛みしめる。

 ティウから連絡が来た時、嫌な予感がした。

 だって、軍で攻めてくるなら本来は国境付近で戦っているはずだ。

 それなのに、王都にいるティウから連絡が来るのはおかしい。

 いや、おかしくはないかもしれないが。可能性としては二つ。

 一つは、帝国軍に負けて王都まで攻め込まれたか。ただこれはありえないと思っている。

 軍には極神のフレイとフレイヤ兄妹がいる。俺と同等かそれ以上の実力者が二人もいて負けるなんて考えづらい。物量で攻められたらきついかもしれないが、あいつらだって広範囲魔法を使えるはずだし。

 二つめに、ピンポイントで王都を襲撃された場合。

 何らかの方法で王都に転移もしくは移動してきて、手薄になったところを襲われた場合。

 俺はこっちの可能性が高いと踏んでいた。どうやら不安は的中したようだ。

 王都は燃え盛り、敵の数は少ない。

 おそらくミズガルズ団と戦っているだろう帝国軍は陽動――というわけではないだろうが、こちらが本命だろう。


 ――俺は、間に合わなかったのか


 焦燥感に駆られそうになったが、ふと、闇ザコの背後にいる人物を見た。

 ここからだと影になって顔は見えないが、その衣装は綺羅びやかなドレスだ。

 間違いなく、貴族か王族の者が着るようなもの。

 そして、このミズガルズ城にいて、闇ザコに狙われる人物といえば該当するのは一人しかいない。


 守るべき少女、ルビィだ。


 ―――間に合った!


 王都は半分近く燃えてしまっている。

 だが、人の姿はない。おそらく国民はすでに避難していたのか、もしくは死んでしまったか。

 ティウにはこの時期に帝国が攻めてくると伝えておいたから、おそらく前者だ。

 つまり、被害は建物だけ。

 ならば、俺がやるべきことは只一つ。

 この時のためだけに異世界に来て、そして修行してきたのだから。

 俺は、目の前に立つ敵に向けてこう言った。


「よう。久しぶりだな闇ザコ」

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