第56話 幻惑の剣士
「君の能力――それは風魔法の探知だ。風魔法は視認しづらい。その特色を利用して自分の周囲に展開し、そして僕の動きを感じ取っていたんだろう」
ビュウの表情に変化はない。ただ、無表情で僕の顔を眺めている。ご高説を賜ってやろうじゃないかって顔だ。
余裕の表情。
まさか僕の推察が外れたか? いや、そんなはずはない。自慢じゃないが、僕は敵の能力を見抜くことにおいては王国一だと自負している。
まぁ、洞察力だけじゃなく色んな分野で僕はトップだけどね。本当に自慢じゃなく。
「目を閉じたのは、僕のスキルに惑わされないようにするためだ。視覚を封じることで風の感知をより鋭くした。だから僕の不意打ちも防ぐことが出来た。違うかい?」
試験の解答欄を埋めるように、一つ一つ慎重に確認を取る。
敵の能力を見誤ると、それは自身の死へと繋がる。だから見当違いなことを言ってはいけない。
ただ、敵が素直に答えてくれるかというとそんなわけがない。たとえ自分の能力が敵に見抜かれても、会話の中に適当にブラフを仕掛けたりするものだ。
それでも僕がビュウにこうして話すのは、彼が素直に答える類の人間だと思ったからだ。
パチパチ、と手を叩く音。
薄っすらとした笑みでこちらを見るビュウ。とてもじゃないが、子供の出来る表情とは思えない。
「ピンポンピンポンだいせいかーい! ほぼ完璧だよティウお兄さん。その通り、僕の能力は【風糸結界】って言うスキル……魔法? 僕もよくわかんないんだけど、特別な能力なんだって」
「それは……誰かから言われたのか?」
「うん、スルトに言われたんだ!」
スルト。その名はよく知られている。
帝国総司令、魔将スルト。帝国最強と言われる四魔将のトップに君臨する、間違いなくこの大陸で最強の男。
“黒炎”スルト。
一度遠くから姿を見たことがあるが、正直関わり合いになりたくないと感じた。
あの男は一言で言うと危険だ。強さの格で言えばトールやフレイたち極神と同等だろうが、力の質が違う。
そんな男が目にかけている少年。それがビュウというわけか。
「僕の実力じゃ、中々対等に戦える相手に出会えないんだよね。スルトは稽古に付き合ってくれないし、ロキは腕っぷしが強いだけ。ファーフナーは……ま、いなくなった人のことを言ってもしょうがないか」
ビュウの持つ刀がチャキチャキと音をたてる。
まるでこちらを挑発しているように、高い金属音を奏でている。誘っているんだ、ビュウが。
「だからさ、お兄さんくらいなんだよね。僕が、本気を出せるのって。剣の腕がたってスキルも強い。そして何よりセンスがある!」
「君と僕の年齢が逆なら、その言葉を素直に喜べたんだけど……」
再び剣を構える。
ビュウが体を回転させながら刀を振り下ろす。小柄な体を活かした、アクロバティックな攻撃だ。
剣で受けるが、重い。衝撃を殺すために後ろへ飛び退く。
「あはは、あははは!」
逆袈裟が迫り、剣でこれを受ける。しかし、防いだと思うと既にビュウは次の攻撃を開始していた。
僕の横側へと移動し、通り抜けると同時に胴を狙う一撃。しかし、これを【隠の王】で回避。
「ん~? あはっ! いいねお兄さん。でもなんで? お兄さんのほうが剣の腕は上なのに、さっきから防戦一方だよ!」
「知りたいか? だったら黙って剣を振りなよ」
「言われなくても!」
顔を狙う横薙ぎ、防ぎ返しの剣で切り下ろしからの逆風。そして刺突。
だがビュウはそれらを当たる直前に回避する。目を閉じたまま。
(まさに化物……だね)
そしてビュウが攻撃に転じて来たタイミングを読み取り、左薙を放とうとした瞬間。
「っ!?」
「はぁぁ!」
刀による突きをやり過ごしたと思うと、視界は足の裏。ビュウによる蹴りだ。こちらの顔面を狙った一撃。
刀を出した後、無防備になる瞬間を狙ったこちらの思惑が読まれていた。カウンターをするためにビュウへと迫る僕の顔を迎撃するために放たれた足は、相対速度で威力が増しているだろう。
それをバク転して躱し、距離を取る。回避行動においては互いにほぼ互角。
風の糸で敵の動きを感じ取るビュウと、幻惑による認識阻害で敵の攻撃をずらしている僕。
剣術の腕は僕、だが身軽さを活かした戦術を用いるビュウの方が総合的にはやや有利か。
このままじゃ千日手。
攻めあぐねて膠着状態に陥る。
だが――
「いっつ!」
ビュウの平刺突をしゃがんで避けるのと同時、通り抜けざまに剣で斬りつける。
すんでのところで回避行動を取られたが、それでも傷はついた。
やはり――
「いたた……あれ、なんで?」
「…………」
確かに、ビュウの【風糸結界】は厄介だ。こちらの攻撃を読んでいる。全く当たる気配がない。
だが、彼の動きを見て予想がついている。【風糸結界】にも、【隠の王】は有効だ。
その証拠に、僕には横腹に傷が一つ。
ビュウは数箇所切り傷ができている。
僕の傷は、ビュウが目を閉じて風の感知を鋭くした際に、カウンターによって受けた傷だ。
つまり、ビュウの攻撃によっては一度も傷を受けていない。
でも、それはビュウも同じ。僕の与えた傷は、ほとんどがカウンターによるもの。
とは言え、条件が違う。彼は回避行動に徹した僕を捉えきれていない。
「わかったよ君の弱点」
何を言っているんだ、という顔でこちらを見るビュウ。
当然だ。自分の方がわずかに傷が多いとは言え、現状だとほぼ互角。
とても勝ち誇れるような状況ではない。だから、不機嫌な表情になるのも仕方がなかった。
「なに、ちょっとソッチのほうがダメージ少ないからってもう勝ったつもりなんだ。ふーん、そんな人だったんだねお兄さん。器が小さいってガッカリだよ」
「僕はいつだって本当のことしか言わないよ。少なくとも、戦場ではね」
「ふん、だったらいいもん。この攻撃で終わらせてあげる!」
ビュウの姿が消える。
そして、次に現れたのは――――僕の右斜め前。足元から、ビュウの刀が迫っていた。
◆
白銀の一閃が、迫りくる。
それは完全に僕の死角から放たれた一撃で、気づいた時にはもう遅かった。
あと一歩、あとちょっと早く気付いていればこの一撃を避けることが出来たはずだ。
まぁ、【隠の王】が発動していなければの話だが。
刹那、僕の実体の眼前を刀が通る。
「まだだ!」
ビュウは空振った刀の動きを制止させること無く、次の攻撃へと繋げる。
それは刺突。
先程の攻撃をギリギリの体勢で躱した僕に、それを受けられるだろうか。間に合うのだろうか。剣を握り、体の前へと構えようとする。
万が一防御が間に合わなければ、【隠の王】で認識をずらせばいい。
だが。
「これなら、どうだっ」
グン、とビュウの速度が増す。
刺突を放つ一足では到底出せない加速度。
(これは―――魔法か!)
おそらく背後へ向けて風魔法を発動し、速度をつけたのだろう。この一瞬でなんて早業。
魔法の才能がない僕からしたら羨ましい限りだ。全く、これだから天才っての嫌になる。
「……何っ!」
気付けばビュウの周囲に歪みが発生していた。
これは風魔法特有の空気の揺れによるものだ。光の屈折がどうのこうの、難しい話を聞いたことがあるけど覚えてはいない。
ただ、確かなのは。ビュウが行っているのはただの刺突ではなく、魔法も織り合わせた全力の一撃というわけだ。
(ビュウは【風糸結界】以外は魔法を使う素振りを見せなかった。それはおそらく、自分の剣の腕だけで敵に勝ちたいから)
なのに、魔法を使ってまでの攻撃を放とうとしている。
それは―――
(僕に勝ちたいと、心底思っているってこと! なら、僕も君の一撃に答えよう、ビュウ!)
即座に剣を腰の鞘に収める。
そして後方へ下がる。ビュウの刺突が迫り来る中、横に避けるでもなく、上に跳ぶでもなく。後ろに下がり続ける。
「たとえ認識をずらしても、これならダメージはくらうよね!」
刀から発生する風は、高音で鳴いている。
これは、ビュウの周囲を風の刃が包んでいるのか。
なるほどビュウの言う通り、【隠の王】には弱点がある。範囲攻撃には弱いという弱点が。
いくら認識をずらしても半径数十メートルの大爆発なんて起こったら防ぎようがない。
だから僕が戦場で恐れるのは爆発系の魔道具だ。あれを持つやつを戦場で見かけたら即処理している。
そして今のビュウも、彼の剣先から後ろへと渦上の風が発生しているのだろう。
それに触れると間違いなく死ぬ。だが、このまま後方へ逃げても、あとコンマ数秒で追いつかれ刺突を食らう。
だから、僕は―――
◆
「捉えたよ!」
僕の全力【鎌一太刀】がティウお兄さんに迫る。
ここまでくれば横に避けたとしても、風の刃の射程圏内だ。そして全力でバックステップしているお兄さんよりも、僕の【鎌一太刀】が疾い。
終わりだよ、楽しかったよお兄さん。
僕は戦いにはあんまり魔法を持ち込まないけど。
お兄さんにはそのこだわりを捨てさせるほどの強さがあった。剣術で競り合える人間なんて初めてだし、興奮した。
こんなに楽しいものなんだって、初めて思った。
でも、そろそろ終わりにするよ。
僕は王女のお姉さんを連れて行かないといけないから。
「死ぃぃぃねぇぇぇ!!」
刀の先がお兄さんに刺さる。
鮮血が溢れ出し、床に撒き散らされる―――――――はずなのに。
「――――え?」
なんで? なんで血が流れないの?
なんで、幻みたいに消えていくの?
なんで? 確かに捉えたはずなのに。【風糸結界】にも反応してたはずなのに。
「なん、で?」
「それは、【隠の王】のレベルを引き上げたからさ」
「!!」
声は背後。
未だ発動している【鎌一太刀】の影響を唯一受けない場所。剣先から発生し、僕の周囲を囲む風の刃。しかし僕の背後だけは、風が発生していない場所だった。
それは分かってる。弱点ぐらい自分で把握してるもの。
でも、なんでお兄さんがそこにいるの?
確かに今、切ったはずなのに――――
「ふっ!」
お兄さんが飛び込んでくる。剣を握り、鞘から抜く。
僕は慌てて【鎌一太刀】を解除し、お兄さんの迎撃をする。
大丈夫、まだ僕のほうが速い!
刀がお兄さんの肩に触れそうになる――――――――
「もらった――――」
「――――もらったよ、ビュウ」
刹那。
僕の刀はお兄さんの剣で流され、僕の体は前のめりになってしまう。
そしてお兄さんは、僕の刀を流したまま体を回転させ、そのまま僕の首筋へ剣を――――
◆
「ふう、危なかった。ギリギリで勝てた。本当に末恐ろしい少年だね全く」
なんとかビュウから勝利をもぎ取り、息をつく。
普段はレベル一に押さえている【隠の王】を、消費魔力を倍化させて幻惑効果を増大させた。そしてビュウが【鎌一太刀】を発動してすぐ、僕は斜め後ろへと避けた。
残りのコンマ数秒、ビュウは逃げ続ける僕の幻影を追っていたこととなる。
そして背後に回り込み、攻撃のフェイントを入れてビュウの迎撃を誘い、その攻撃に対して神速のカウンターを放ったわけ。
(うまくいくかは五分五分だったけど、よかったよほんと)
だって、あの時ビュウが【風糸結界】で回避行動を取ったら僕負けてたし。
「ま、奥の手を出す必要がなくて助かった……かな」
ビュウは横になって寝ている。手足を縄で縛らせてもらっている。
彼は浅く息をして地面に向かってうつ伏せの状態だ。そう、生きている。
一応、峰打ちで済ませた。なんとなくだけど、殺すのは惜しいって感じちゃった。これが悪い方向へ転ばないといいけど。
「さて、と。数分無駄にしちゃったな。急いでルビア様の元へと向かわないと。それに――――」
ポケットの連絡魔道具を握る。
教会とギルドが破壊された今、これでトールに連絡をとってもどうにかなるとは思えないが。
「ええい、押しちゃえ! トール、なんとかこっちに来てよね!」
ボタンを押す。今頃トールの魔道具には緊急時のベルがなっていることだろう。もしこの近くまで来ているのなら、姿を見せてくれ。
もしいないのなら、奇跡を信じるしか無い。
「くそ、ちょっと体力使いすぎたかな。おーい、ルビア様無事ですか~~」
廊下を歩く。
階段を降りて、一階へ。
ああ、そう言えば。さっきまで戦ってた場所ってルビア様の私室だったんだ。
…………黙っていよう。それがいい。




