第55話 ティウVSビュウ 最強の剣士
ミズガルズ王国の中心にある王都。その城の中で、私は一人佇む。
東の方角を向いて、今戦っている戦士たちを思う。
「皆さん……どうか、頑張って……」
言葉を口にした後、自責の念にかられる。
何を頑張れと言うのだろう。
彼らが戦わなければいけない理由は、半分は私にあるというのに。
「こうなってるのも、私のせい……なんだよね」
口から漏れるため息。
それはこの事態を忌むものではなく、自身に対するため息。
「本当、私って多くの人に迷惑をかけてるよね。それなのに、私はみんなに何も返せてない。ただ、助けてもらってるばっかり」
誰に聞いてもらう訳でもなく、ただ喋り続ける。
自らを責める言葉でも、口にしないと内側から罪悪感で潰れそうになるから。
お父さんは言ってた。
『たしかにお前の力を狙っている節もあるが、どのみちこの国は帝国に攻められていた。今はそんなことを気にするよりも、お前に出来ることを頑張りなさい』
お父さんの言う通り、この国が狙われる理由は他にもある。
私が平凡な少女だったとしても、きっとこの国は帝国と戦う運命にあった。
でも、それでも。
私を狙うために味方の人々が倒されるのは、心が痛い。
もし、あの人がいたらなんて声をかけてくれるだろう。
呆れるかな。怒るかな。笑うかな。 それとも、ちょっとは励ましてくれるかな。
「なんて……都合のいいこと考えてるよね。結局私は、誰かに同情してもらいたいんだ」
お話のような悲劇のヒロインなんて、私には似合わない。
そんな立場じゃない。
誰かのために何かを為すことも出来ない私は、そんな役割を許されない。
だって、私の能力は……【u a~""■■; B @e je '】なのだから。
「あれ…………?」
ふと、窓の外に影が映っているのに気がつく。
外を見ると、ベランダに男の子が立っていた。私よりも二〜三歳年下かな。茶色の髪がトゲトゲしているのが目立つ。
「ね……ねぇ君、どこの子かな? 王都はすでに北西側へ避難するように指示が出てるはずだけど。それとも、迷子になっちゃったかな」
「んーん。違うよお姉さん。僕はここに来るように言われたんだ」
逃げ遅れた子だろうか。
王都に残っている兵に、ここへ逃げるように指示された? それなら確かに、城にいるのはおかしくはない。
気になることといえば、この私の部屋は二階……それもかなりの高さだ。ベランダには下から来れる階段はない。そんな場所に、いつの間にこんな子供が来ていたのか。
疑問に感じつつも、あどけない顔の男の子を見ると問い詰める気が無くなった。
「大丈夫? 怖くない? ええと……こういう時ってどうすればいいのかな……。そうだ、お姉ちゃんと一緒にお話してようか」
パン、と手を合わせ提案する。
すると男の子も気に入ったのか、笑顔で返答する。
「いいね、僕お姉さんに興味があったんだ! 一度会って話してみたいな〜ってずっと思ってた。うん、そうだね、お話しようよお姉さん」
「ふふ、楽しそうだねボク。あ、そういえば君の名前は?」
「僕? 僕はね、ビュウって言うんだ。よろしくねお姉さん」
このビュウという男の子の笑顔は、外見に似合わないただならぬ雰囲気を纏っていた。
◆
僕が城内を見回りしていると、ルビア様の笑い声が聞こえて来た。
長いこと聞いていなかった笑い声に、心が温かくなる。しかしそれと同時に、一体誰と会話しているのだろうという疑問が湧く。
ルビア様の部屋にノックをする。
返事が来たので扉を開け、中を確認する。
「本当に!? そんなことがあるんだ〜。すごいね、さすがお姫様だよ。僕、そんなの見たことないもん」
「そんな大したものじゃないよ。たぶん、王都に住んでるんなら見る機会は多いし。城にだって途中までなら入場可能だから」
「でもなかなか出来ないよそんなの。お姉さんはすごいね!」
「もぉ、ビュウくん褒めすぎ。本当に大したことないんだよ、私は」
ルビア様が幼い男の子と談笑していた。
一見すると仲のいい姉と弟のようなやりとりだ。見ていて安心感があるというか、落ち着く。
しかし、だからこそ疑問が湧く。
この少年は誰だ?
僕が部屋に入ってきたことに気付いたルビア様が男の子を紹介してくる。
「お疲れ様ティウ。あのね、この子はビュウくん。この城に来るように言われて、一時避難してるみたいなの。だから、ここにいさせてあげて?」
「ビュウです。よろしくね、色白のお兄さん」
少年が手を差し出す。
手を握る前に、彼の瞳を見る。……怪しい様子はない。ただの子供なのか?
ビュウ。確かに今、ビュウと名乗った。
この少年の名前はビュウ、なるほど。さわやかな風を感じるいい名前だね。
「僕はティウ、よろしくね。ああそうだ。よかったらお茶いるかい? ちょうどいい茶葉が手に入ったんだ。ルビア様もどうです?」
「ええ、そうね。ねぇビュウくん、お茶と一緒にお菓子もどう? 確か下の階に色々とあったはずだけど」
「いいのー!? じゃあ食べる、食べたい! あ、違う違う。いただきたいです!」
ぺこり、と頭を下げる。
どうやら礼儀作法を僕たちに合わせようとしているらしい。
子供のあどけないやり方だが、その一生懸命さが少し微笑ましい。
「すみませんルビア様、僕そのお菓子の場所わっかんないです。お手数ですけどお茶と一緒に取りに行ってもらえませんか?」
「それ私に頼むこと!? いや、いいけど……」
ルビア様はえぇー、と小声で困惑しながらも席を立つ。
「ビュウくん、ちょっとの間我慢しててね。すぐお菓子を持って来るから、それまでいい子にひててね」
「うん、僕ちゃんと待ってるよ。いってらっしゃいお姉さん〜」
「廊下の先にカールが待機してますから、彼と一緒に行ってください。お気をつけて」
はーい、と言ってルビア様は部屋を離れる。
部屋に残ったのは僕とビュウの二人。
「なっにっかな~なっにっかな~お菓子はいったいなんだろな〜」
ご機嫌に鼻唄を歌っている。
体を左右に揺らしてリズムを取っているため、茶髪のトゲトゲがユラユラしている。
ルビア様が部屋から出て数十秒、廊下から『了解しました』と大きな声が響く。カールの声だ。
ルビア様と同級生だからといって、気合いが入っているな。緊張しすぎてしくじらないといいけど。
「残念だけど、お菓子は来ないよ」
「え?」
不意に告げられた言葉に、ビュウは驚いた。
ルビア様はもう下の階に行った頃だろうか。なら、もう大丈夫か。
「敵に出す茶菓子なんて無いって言ってるんだよ、四魔将の一人、ビュウ・レイスト」
僕が少年の正体を指摘すると、それまでの幼い子供の表情が一変。
現れたのは戦士の目。冷たい冷気を纏っている、静かな殺気さえ感じる。
「へぇ、気付いてたんだ。ま、別にいいけどね。正体隠してたわけじゃ無いし。お姉さんとのお話が楽しかったのも事実なわけだし」
「正体がバレるのも構わずここに来たのかい。……目的はルビア様か。なら、どうしてすぐ連れ去らなかった」
ビュウは背中に背負った武器に手をかける。
その顔には既に笑顔は無く。あるのは魔将としての顔。冷たい冷気が流れているような錯覚。
「僕がここにいる。それ自体が目標達成だと知るがいい」
ビュウが持つ剣はあまり目にしないものだった。
片刃で反りのある刀身。光に反射すると、七色の光を放つそれは、不思議な魅力を放つ。
「珍しい剣だね。中々の業物と見える」
「これは大昔、とある島国で発達したカタナって剣なんだって。コレ自体はとある名工が作ったものを僕が手に入れたんだけど、切ることに特化した剣だよ」
「なるほど、確かに切れ味はすごそうだ。まるで包丁だね。それで僕も料理されちゃうのかな、怖い怖い」
「そうだねー。ティウお兄さん、ミズガルズ団の団長さんだよね。だったら、この国でいちばん強いんでしょ? 帝国でもよく言われてるよ、四魔将に並ぶのはミズガルズのティウか、ロー王国のシグルズ。またはアスガードのヴィーザルくらいだって」
「あの帝国に評価してもらえるとは光栄だね。僕も有名になってきたってことかな。でも、ちょっと情報が遅れてるんじゃないかな」
ビュウは不思議そうに首を傾げる。
「四魔将よりも強い戦士だっているってことさ」
「へぇ、そんなのがいるの? 誰誰? 僕の知ってる人かな」
「トールさ……雷神トール」
「トール? ああ、雷神ってあのお兄さんか。なーんだがっかりした。拍子抜けってやつ?」
呆れたように首を横に振る。
どうやらビュウからしたら、トールはお気に召さないようだ。
「あのお兄さん、竜になったファーフナーに勝てないレベルじゃん。それに僕を見たらビビってたし。くくく、僕を見た時のあの驚き様、思い出しただけで笑えてくるよ」
口から笑い声を漏らすビュウ。
トールから話には聞いていたけど、確かにビュウは以前トールと邂逅していたらしい。
だが、その時は戦いはしなかったようだ。ビュウの実力を見抜いたトールが、その場で戦うことを避けたという。
だが、僕は思う。
トールはいつだって、自分を過小評価している。だって、彼はロキと1度相打ちになっている。実力は少なくとも四魔将クラス。
それに諦めの悪さと、思い切りの良さは目を見張る物があった。判断力は素人レベルだったけど、だからこそ思いがけない展開が起きることもありうる。
だから、一概には言えない。眼の前の少年が、トールより強いなどとは。
それに。
「さっきも言ったけど、情報が遅いんじゃない? 今のトールは、君が知ってる彼とは別人だよ。たぶんだけど」
「ふーん、まぁ興味ないよ。雷神のお兄さんはロキの獲物だし、僕はあなたに興味がある」
ロキ……?
まさか、四魔将がもう一人来ているのか? この王都に。
「……………………っ」
ポケットの中に手を入れる。
指が魔道具に触れた。それは通信魔道具。短い時間だが通話が出来る代物。だが、単純にボタンを押すだけなら特定の相手に合図の信号を送ることが出来る。
予めこの魔道具の連絡相手をトールに設定してある。この指がボタンを押せば、即座にトールに信号が渡る。そうしたらトールは異変を感じて王都へ駆けつけるだろう。
だが、今押すべきなのか?
まだ敵の作戦の全容が見えてこない。
もしかすると、この王都に四魔将がいるのはブラフの可能性もある。普通に考えれば、最大戦力をブラフに使うはずがないのだが、その思考を逆手に取っているかもしれない。
今トールを王都に呼んでも、帝国の本命が別の場所であった場合取り返しがつかなくなる。
だが、帝国の狙いは王都だ。王都のはずなんだ。だから、トールを呼ぶべき……。
「なにやってるのかな! そろそろ始めようか」
ビュウは刀を構える。
剣気に圧されて、こちらも腰に携えた剣を抜く。
(くそ、トールを呼ぶタイミングを見失った!)
僕とビュウ……両者共動かない。いや、動けないでいた。
トールによると、単純な白兵戦の技量は四魔将トップ。剣術の腕は僕とそこまで差はない。
つまり、差が出てくるとすれば能力。互いの手の内がわからない内は、下手に手出しができない。
だが、我慢出来なくなったのかビュウは前に飛び出す。
―――疾い!
切り払いを剣の腹で受ける。
甲高い金属のぶつかり合う音が響く。
「ハッハァ!」
「……っ!」
―――切り下ろし
―――右薙
―――左薙
―――また切り下ろし
全ての斬撃が正確無比に振るわれる。
剣が振るわれるたび、風を切る音が耳を通る。それらを受けて、流し、返しの剣を入れるも避けられる。
ビュウの剣技は例えるなら燕。地面すれすれを飛びながら、素早くこちらを狙ってくる。そしてこちらの攻撃は難なく躱し、空に帰るようだ。
「その歳で大した腕だ。これは長くなりそうかな……」
「うんうんいいねいいね! こんなに綺麗に捌かれたのはお兄さんが初めてだよ! やっぱり戦いっていうのはある程度レベルが近くないと面白くないもんね!」
「それは同感だけど、君に付き合ってる時間はない!」
トールを呼ぶべきだ。直感的にそう感じた。
ビュウがここにいる。そしてわざわざ僕と戦っている。
僕はルビア様を一階へと逃したと考えていたが、その逆ではないのか。
僕をルビア様から遠ざけて、彼女へ助けが行かないようにしている。そう感じてならない。この状況が、ビュウの、帝国の思惑通りではないのか。
「どうしたの、集中してよねっ!」
高速の、突き。
その一撃は僕の右肩を刺し、致命的な傷を与える―――ことはなかった。
「あれ~? 今確かに当たったと思ったんだけど。おっかしいな、気のせい?」
「集中していないのは君じゃないのかい? お茶が来るまで待つってのはどうだい。小休止を挟んで仕切り直しってね」
「そんなことしたらお兄さん、他の人に知らせるでしょ? それは困る。もうちょっと付き合ってもらわないと」
【隠の王】が発動し、ビュウの攻撃をわずかにずらした。攻撃は直撃せず、わずか数センチ横をかすめた。
くそ、他のことに気を取られていた。油断していた。そんな気持ちじゃ、勝てる相手じゃないのに。
「仲間が来たら何か困るのかい?」
「困るよ! とっても困る。せっかく計画がうまく進んでるんだから、余計なことしてほしくないんだってば!」
「計画って? 四魔将がここに来るくらいだから、よっぽど重要なんだよね」
「じつはね~~……ってあぶないあぶない! 危うく言っちゃうとこだったよ。もう、騙すのが上手いなぁお兄さん」
会話の合間にポケットに指を入れる。
このボタンを押しさえすれば、押せば――――――
だが、僕がボタンを押す前に大きな爆発音が鳴る。
それは城の外から聞こえたものだ。規模は大きい。
視線を外に向ける。向けてしまう。戦いの最中なのに。
だがビュウは切りかかってくる様子はない。むしろ、よく見てみろと促すように、顎先を窓の方へ向ける。
「…………な、なんだ。あの煙は……」
二つの、黒い煙。紛れもなく火薬を使っている。誰かが爆弾でも使ったのか。幸い王都に民はほとんど残っていない。人的被害は無いだろう。見回りの兵が巻き込まれている可能性もあるが、その場合こちらに連絡が来るはずだ。
だが問題は煙ではない。方角だ。2つの煙が示す方にあるのは、確か。
「教会……と、冒険者ギルド……か?」
「そうだよ。団長なだけあって王都のこと分かってるね」
「なぜその二つを狙って……」
爆発するなら直接この城を狙えばいいのではないか。
なぜ教会と冒険者ビルドを狙ったんだ。あそこには彼らの狙っているものなど何も……。
まさか…………。
「転移石……!」
「ぴんぽーん大正解~。増援呼ばれたら面倒だからね。王都を手薄にしてくれたのが逆に助かったよ。おかげで二箇所ともすんなりと破壊できたよ」
「クソ……っ!」
これでトールに連絡を入れても、彼がここに来ることは出来なくなった。
すぐ近くまで来ていれば話は別だが、そんな都合のいいことはないだろう。
そしてミズガルズ団の隊長達。彼らにも、王都に緊急のことがあれば連絡が行くように伝えてある。その場合は戦場から即座にこっちに戻ってくるように命じている。だがそれも無駄。彼らが来ることはない。
いや、今王都にいる兵以外は誰も来ることはない。王都は完全に閉ざされてしまった。
だが、まだ出来ることはある。
「ぉおおおっ!」
「ふっ! いいね、さっきより目にやる気が出てきてるよ!」
「君を倒して、ルビア様と陛下の元へ行く! 速攻で片を付ける!」
【隠の王】を全開にする。ビュウの周囲を駆け回り、フェイントを入れながら迫る。
ビュウが残像の一つを攻撃した瞬間に、背後から切り払う。
「ぐっ! ……ああ、もう!」
「中々しぶとい……はぁ!」
死角から狙った一撃、しかしあっけなく防がれる。まるで、こちらの動きが見えているかのように。
「目で追っちゃったから惑わされたけど、なんだ。ただの手品じゃん。びっくりした」
「目を……閉じた?」
ビュウは完全に目を閉じ、無防備を晒す。
なんだこれは、誘っているのか?なにか策が……それとも当てずっぽう?
どちらにしても、やることは変わらない。
残像のフェイントを入れながら、頭上から切る―――
「!」
またも防がれる。
今度は、僕が攻撃するよりもわずかに早く。
「ほぉら!!」
「くっ!」
返しの刀を受けて、横腹に切り傷が出来る。
【隠の王】が効いてない……?
「うんうん、段々コツを掴んできたよ」
「つくづく厄介なやつだ。ハッ!」
今度は正面からの一撃。神速の脚を活かした突き。
全身を風が包む。スピードが増していく。
これはトールの尋常ならざる反射神経でも避けるのは難しいだろう。
だが。
またも防がれる。一体、なぜこちらの動きがわかるのか。予知能力でもあるのか。
そう言えば、フレイは水の魔法を周囲に展開しておくことで、敵の動きを感知していると言ってたことがある。ビュウもそのような能力を駆使している可能性はないだろうか。
確かビュウは風魔法の使い手だとトールが言ってたっけ。
「……! そうか、分かったよ。君の能力の正体が」
そう。
ビュウ・レイスト。風魔法の使い手だが、今まで戦闘で魔法を使っていた様子はなかった。だから、風魔法を使っていないと決めつけていた。
それは間違いだ。彼は巧妙に隠していた。風魔法を使っていないと誤認させるために。
さすが四魔将。
視認しづらいが火力が低い風魔法の特徴を、うまく使いこなしている。
「そう、君の能力は――――――」




