第52話 豊穣神フレイの本気
フレイヤが引きつけた帝国軍と対峙していたのと同時刻、戦場の平原でフレイは戦場を眺めていた――――
我が妹フレイヤがルビアさんに扮して帝国軍の右翼部隊を引き受けたことでこちらにいる敵は約三八〇〇〇まで減った。
帝国軍は手薄になった右翼側を中央が、更に中央側に左翼部隊の一部がカバーに入るように対応している。
これにより、陣形を即座に立て直したのは、さすが常勝無敗の帝国と言ったところだろう。
だが、一度こちらに傾いた天秤を元に戻すようなことにはさせない。
妹がそうしたように、今度は俺の腕の見せ所だ。
◆
「な、なんだ? 煙……?」
「どうやら左翼側で魔法戦が激化しているようだ。爆発が立て続けに起こり、煙があちこちに立っているな」
帝国兵の言う通り、左翼側に注目すると中央や右翼側に比べて魔法使いの配置が多いせいか激しい魔法の応酬が繰り広げられている。
魔法が放たれ、人に当たるもしくは地面に落ちる。それにより爆発が生じ、煙が発生する。
あるところでは火属性魔法により平原に炎が立ち、対するミズガルズの兵が水魔法の壁を生み出しそれを阻む。すると水蒸気が発生し、霧が辺りを包む。
また一方では雷魔法が放たれると、それを土の壁で防ぎ、今度は土の弾丸で相手に迎撃する。そして、土埃が立ち、視界を覆うように周囲を囲む。
人と人、武器と武器による攻防に比べて、魔法戦の規模は大きい。
それ故に、戦場には魔法と魔法のぶつかり合いにより発生する余波がある。
それは魔力の波であったり、反転する属性同士がぶつかりあった際の衝撃であったり。そして、物理的な現象――先ほどから発生している霧や土埃であったり。
「さっきから霧がどんどんこっちに流れてきてないか。今日は風が吹いていないはずだ」
「待て、煙の拡散が早い! しまった、これは罠だ!」
事実に気付いた帝国兵は、その場から逃げ出すように指示を出す。
しかし、それは既に遅く、彼らがあと数分気付くのに早かったならば助かっていただろうに。
◆
「今頃気付いたか……だがもう遅い。風向きってのは待つもんじゃない、自分で作るもんなのさ。さて、もういっちょ行くか!」
両手に魔力を込める。イメージするのは氷の槍。範囲は煙が広がっている範囲。煙の中にいる帝国兵を感知する。
あたり一帯に広がる煙―――その中には俺が仕込んでおいた水蒸気【ミスト】が混ざっている。その【ミスト】を頼りに煙の中の敵と味方を識別し、これから行う攻撃の対象を選択する。
数はざっと六〇〇〇人。思ったよりも少ないな。
フレイヤが請け負った敵は一〇〇〇〇を超えているはずだ。兄として妹の五割程しか倒せないのは威厳に関わる気がするが。
しかし仕事は仕事。まずは目の前の敵を素早く片付けなくては。
「標的確認。対象選択。魔力開放―――【ブリザードランス】!」
瞬間、悲鳴が響き渡り、声が途絶えると煙の色が赤へと変わる。
それは血の色だ。帝国兵6千人、その全員目掛けて発動した氷魔法による刺突。
急所を狙ったため生きている者はいないだろう。即死だ。
「なるべく苦しまないように一瞬で死ねる技を選んだつもりだ。悪く思うな」
震える手を、もう一方の手で抑える。
別に人を殺めたことに恐怖しているわけじゃない。単に魔力の使いすぎで疲れただけだ。
予め王国兵に使用してもらう魔法を指定しておいた。なるべき煙や土埃が立つものが望ましいと。
敵を倒すのではなく、持ちこたえてくれるだけでいい。後は俺が片付けると伝えると魔法使いの隊は了承してくれた。
帝国は魔法に関しても優れた兵が多いため、請け負ってくれるのならばありがたいと。
だから、この勝利は俺一人のものではない。
事前に打ち合わせをし、協力してくれた彼らと、上手く分断してくれた他の部隊の兵のおかげだ。
俺だけならば、こんな大規模な攻撃は出来やしない。
バカ正直に竜巻発生させて味方ごと巻き込んでいただろう。
「こっちはこれでなんとか。あとは、中央のほうだが……」
戦場のど真ん中、もっとも兵が集まる場所に視線を向ける。
あそこを突破されれば、王都まで一直線だ。帝国に負けた他の国の話を聞く限り、道中にある村などは容赦なく焼き払われ、その国の首都まで直行し、滅ぼすのが帝国のやり方だ。
つまり、ここで負けると後がない。ここでの敗北が、そのまま王国の敗北へと繋がる。
疲れた体に鞭を打ち、中央へと向かう準備をする。
今の所こちらが優勢だが、どうも嫌な予感がする。
馬に乗り、平原を駆けていく。胸騒ぎが止まらない。ざわざわと、異物が混ざったような感覚がする。
脳裏にはある一つのことが浮かんでいた。
“邪竜ファフニール”。
あれから一年、俺たちが倒し損なったあのドラゴンは、一切話を聞いていない。
まさか死んだわけではないだろうし、ペットとして飼っているわけもないだろう。
なら、あの邪竜は今どこで何をしているのだろう。
ますます、不安で焦燥にかられる。
あの時は魔法剣が通用したが、あれは俺とトールの2人だったから出来た立ち回りだ。もしこの戦場にあれが現れたのならば……。
どうも悪い方向に考えてしまう。
しかし、俺は馬のスピードを落とすことが出来なかった。
こういう時の予感っていうのは、得てして当たってしまうものだから。




