第51話 豊穣神フレイヤの実力
「あの馬車のどれかに王女ルビアが乗っている! 追えーーー!」
帝国軍が後ろから来ている。遥か後方とはいえ、目視できる範囲にいる。私のスキルを使っているというのもありますけれど。
本隊から別れた部隊とはいえ、恐ろしく膨大な数。それらは全て、私を捕まえるために走っている。
もう数十分もすれば、
「上手く引きつけることが出来たみたいですね……」
作戦の第一段階が上手くいき、まずは一安心。
ただ、あれだけの数の敵兵を見ると、流石に不安が募る。腕が少し、震えてしまう。
私と同じ気持ちだったのだろう、御者の方が震える声で叫ぶ。
「だ、大丈夫なんですか? もうすぐ追いつかれそうですよ!」
「もうすこしだけ、頑張ってください! あと数キロ、谷がある場所まではなんとか踏ん張って貰えると! そうしたら、なんとかしますから!」
「なんとかって……。それにこの辺に谷なんてありますか? ヴァナハイム共和国との国境までの道のりに、山なんてないでしょう」
「いいえ、ありますよ。ほら、ご覧になってください。見えますか、あの方角、あそこの谷に入ってください」
馬車のスピードが上がる。
目的地が見えたことで、馬車と、それに付き従う兵達の歩みが進む。
「皆頑張ってください! あともう少しです!」
馬車が谷の入り口に着く。
そのまま一列になり、谷の中を進んでいく。次いで騎兵、遅れて歩兵が入る。
そこで、作戦の第二段階に入る打ち合わせをする。打ち合わせを終えると、皆自分の配置に着く。
私も、馬車に乗って谷の奥へと進む。
「いたぞ、あの馬車だ!」
帝国軍が追いついた。
このまま、彼らはこの馬車を捉えるだろう。
そうしたら、ルビア・ミズガルズは捕まってしまう。王女ルビアは帝国の目的の一つ。必ず捕まえようと躍起になっている。
「御者さん、ありがとうございます。もう大丈夫ですよ、ここから離れて」
「で、ですが……」
「いいから、早く」
御者は馬車から降り、逃げていく。
よし、これで手筈は整った。私は頭に付けた、茜色のウィッグを取り外す。
あとは、私も馬車から降りるだけ。
「おい、王女ルビアが降りて来たぞ……って」
「なぁ、王女ルビアは金髪の少女なのか?」
「美しい外見という噂にたがわぬ娘だが……」
「あらあら、嬉しいことを言ってくれますね。では、お礼と言ってはなんですが、ここからはこのフレイヤ・ユングヴィがお相手させて頂きます」
そう、彼らはルビアさんを必ず追ってくる。それこそ、軍の数割を割くほどに。
だから、ルビアさんだと思った先に、まさか極神である私が待ち構えているなんて思わないだろう。
でも残念、本物のルビアさんは王都でちゃんと待機しています。王族の責務だから、逃げるのは最後だと言って。
私は彼女の覚悟を背負い、ここで帝国軍を食い止める必要がある。
だから、精一杯戦わないと。
「この谷に入って来た時点で、あなた方は私の手のひらの上です。お覚悟頂きます!」
帝国軍は、自分たちが追っていた相手がルビアさんではないと分かると、目に見えて動揺していた。
それもそのはず。貴重な戦力を、大軍の約3割を、こちらに回しているのですから。
ですが、それは私達の狙い通り。
ティウ団長の作戦、見事的中です。
「なんだあの女、王女じゃないのか……?」
「ばか、王女は茜色の髪だって情報だろうが! あの女は別人だ! くそっ、変装して俺たちを誘いやがったんだ!」
悔しがる帝国兵。
その顔を見て、思わず笑みが溢れる。
おっと、いけませんね。
これから戦いに臨むというのに、笑っていたら失礼です。敵にも、味方にも。
「女ぁ! なに笑ってやがる。大勢の男に囲まれてビビっちまったかい? 可愛そうになぁ、姫様の影武者なんかやらされてよぉ」
「いいえ、お気になさらずに。ただ、思惑通りに事が進むというのはこうも気持ちのいいものなのだと思うと、つい笑ってしまっただけのことです」
「ああ?」
私の言葉に、帝国兵は表情を変える。
その顔は激怒で塗られていて、かなりご立腹の様子。すごい剣幕で睨まれています。
「ようし、そこから降りてこい。王女を捕らえられなかった腹いせに、お前を精一杯いたぶってぶちのめしてやる」
「いいや、それだけじゃ足りねぇぜ。裸にひん剥いて、死にたいと思うほどに犯し尽くしてやるぜ……!」
「はぁ……」
呆れた。
彼らはどうも、自分の置かれている状況をきちんと把握できていないようだ。
それにしても、出てくる言葉が下品ですこと。殿方なら、もう少し品性を磨いて欲しいものですね。
まぁ、彼らにこんなことを望むのもおかしな話ですけど。
「余裕ぶってんじゃねぇよ小娘! てめぇも王国の人間ってんなら、バカ正直に正面からかかってこいよぉ!」
「残念ですが、私は王国出身じゃないんです」
「ああ!?」
彼らとの会話もそろそろ打ち止め。
敵なわけですし、長々と話す理由なんてありませんから。
私は胸元から、愛用のワンドを取り出す。幼い頃、母に買ってもらった大事な品。
子供用のそれは、私が持つには少し短くて。でも、すごく手に馴染む。
「魔法か? これだけの人数相手に、そんなちんけな杖で何が出来る」
「今更降参しようったって、もう遅いぜ。逃げられると思うなよ」
「生きてることを後悔するくらい、ハメにハメてやるぜぇ!」
魔力を高めて、意識を集中する。
意識を向けるのは、この谷全体。土を、岩を、大地を知覚する。大雑把だが、この谷に入った帝国兵がどれくらいか観測してみる。
……一一〇〇〇……いや一二〇〇〇? 予想よりも少し多く引きつけたかな。いいことです。
私が意識を外に向け直すと、谷の入口付近に配置していた王国兵が合図をくれた。火属性魔法を打ち上げた簡易式の狼煙。
よし。この合図は、私達を追ってきた帝国軍が全て谷の中へと入ってきたら知らせるように事前に決めてあったもの。
つまり、この合図が来たのなら。後は私がことをはじめるだけです。
「行きます……【サンドシーリング】!」
魔法名を唱えると、大きな地鳴りがする。
それは私から見て前方、帝国兵の後方から発生している。
【サンドシーリング】。
それは地属性の魔法で、本来は壊れた家の壁の一部を修繕する程度のもの。土により穴を塞ぐ、大工が使うような簡単な魔法です。
ですが。私は豊穣神。
お兄様は人々に与える恵み――天候である水と風を司るならば、私は作物を育む癒やし――土壌である地と水を司る。
故に、以下に下級の魔法であろうと。
それを、私が唱えたならば。
即ち、限定的な大地の操作も可能にする――――
「な、なんだ……何の音だ! おい、後方からの連絡は!?」
「ダメだ、まだ状況がつかめていない!」
「お答えしましょうか?」
私はワンドの先を、空いたもう片方の手にポンと置く。教師が教鞭をとるように、できの悪い子供に教えるように。
「なに、お前の……お前たち王国のやつらがなにかしたのか!」
「ええそうです。答え合わせといきましょうか。まずそもそも、この辺に谷などあったでしょうか」
「あ……? …………っ!」
帝国兵の一人は気付いたようだ。
その通り。
私がこの谷に入る時に御者の方が言ってたように、本来この辺りには谷なんてありません。
帝国に住んでいる彼らが知ってないのも仕方ないですが、彼らの中にはきちんと王国の土地を調べている人もいたようですね。偉いです、先生花マルをあげちゃいます。
……コホン、トールさんがいなくなって長いせいか、最近無意識に彼のおふざけを真似してしまいますね。反省反省です。
さて、本題に戻りましょう。
彼らも疑問を口々にしていることですし。
「この谷が元々無いなら、どうやって用意したんだ! まさか、俺たちを誘うために予め用意していたのか? このために、長い時間と労力を使って……」
「半分は当たってますけど、半分はハズレです。残念、△ですね。……この谷は確かに、予め用意していたものです。ですが、長時間ではないしましてや労働力なんて使ってません、勿体無いですからね」
「なんだと……これほどの谷を、大した時間も人も使わず……?」
「ええ。ほんの一週間前に、私一人で、一分もかからず」
帝国兵の顔が崩れる。
それは呆れ笑い。小娘が何を言っているのかという、嘲笑。
無理もありませんね、こんなこと言っても信じてもらえるとは思ってませんし。ただ、私は真実を言ったまでですが。
「では次です。この谷を作り、あなた方を誘い込んだ私は何をしたでしょう。当然、逃げられないように谷の出入り口を塞いだんです」
「……は? ま、まさかさっきの音は……」
「はい、その通り。では、逃げ道を塞いで何をすると思いますか? ヒントは私が先ほどから立っている位置です」
無数の帝国兵の視線が私に注がれる。その視線はどんどん元の位置から変わっていく。
下から、上に。
私が立っている場所は崖の上。下にいる彼らを見下ろす形になっている。
「分からなければもう一つ。先ほどまであなた方が追っていた王国の兵達は、どこに消えたでしょう」
「上、上だ! 全員、崖の上を見ろ!」
「なっ……。姿が見えないと思っていたら、いつの間に崖の上に……! やつらがこの谷に入ったのと、俺たちが入ったのにそれほど時間差はないはずでは……」
「だから、私はある程度大地の操作が出来るんですよ。例えばほら、こんな風に」
手を動かし、地面の土を盛り上げるイメージをする。
すると、イメージに描いた通りに大地が蠢き、土が盛られていく。それは階段状になって、私のいる崖の上まで繋がる。
一瞬にして、谷の底から上までの通路の出来上がりです。
指を鳴らし、土の階段を崩す。
せっかく作ったけど、敵に利用されたらいけませんからね。
ちなみに、出入り口を塞いだ【サンドシーリング】は、規模が大きいので魔法名を唱えて魔力を多めに込めましたけれど、土の階段を作る程度なら無詠唱で可能です。
階段を作った魔法は地属性の下級魔法【ロックブロック】。ブロック状の岩(土や砂も可)を足元から出現させる魔法です。私は少しアレンジして形を変えることが出来ます。
これも【豊穣神】スキルのおかげ……というわけではなく、幼少の頃からお兄様と魔法の勉強をしていたおかげです。
「見下ろすようで大変申し訳無いのですが、敵である以上容赦はしません。お覚悟を」
「う、うてー! 魔法を使える者はとにかくうてー! やつらを引きずり下ろせー!!」
帝国兵が魔法を放つが、無駄です。
崖の上には既に塀を立ててある。彼らの魔法程度なら破壊されることはない。それに、こちらは攻撃するときのために狭間を空けている。
敵の魔法は塀が防いでくれて、こちらの攻撃は狭間の隙間から的確に魔法を放つ。既にここは私達の陣地、地の利を得ている。
「く、くそ! たかが、たかが千人程度の兵に……!」
「たかが、と見くびった時点であなた方の敗北は決まっていたのです」
「まだだ、まだこれを使えば、なんとかなる!」
帝国兵の一人が胸元からある物を取り出す。
それは魔道具だ。
中心に設置された魔石が赤く光る、全体が丸いシルエットで出来たものだ。おそらく爆弾、あるいはそれに似たもの。
崖の上に投げて私達を殺すつもりだ。だがこの地形でそれを使うのは彼らにとっても自殺行為。落盤で大勢の帝国兵が巻き込まれる。
「あれは厄介そうですね。仕方ありません……。皆さん、プランBに移ります!」
「はい、フレイヤ隊長!」
「本当はこんな手荒な真似はしたくはないのですけど……私も、帝国には思う所があるんです!」
両手でワンドを握り、魔力を込める。
唱える魔法は水属性の上級魔法。冷たい空気が、全身を包む。
「いきます、【タイダルウェーブ】!」
言葉と同時、虚空から大量の水が出現し、谷の中を満たす。
それは津波を思わせる勢いと規模で、帝国軍を飲み込んでいく。
【タイダルウェーブ】は水魔法の中でも最大級の規模を誇る上級魔法、それを【豊穣神】のスキルで強化して放つ。
その水の奔流は、あらゆる物を飲み尽くす。
いくら強靭な肉体を持とうが、いくら頑丈な防具を身に着けようが、人は自然そのものには勝てない。
波が迫ると、帝国兵は後方へと逃げる。しかし、無駄。
刹那に彼らの影は消え、その後には波が流れるだけだ。
これが豊穣神、これが私フレイヤ・ユングヴィ。
人にして人ならざる力を身に宿す者。
確かにこの力は人が持つには大きすぎる。時々、自分自身が怖くなるときもなくはないです。
ですが私は帝国という巨悪に立ち向かうため、この力を振るうと決めました。
数分もすると、帝国軍は壊滅した。
「これで、私の役目は一段落ですね。そっちはお願いしますよ、お兄様……」




