第43話 終局と、そして
ロキ視点――
「ここでいいか……」
転移陣を用いて、帝国領土内の森まで移動した。巨竜の体躯を連れてそのまま帝都に転移するわけにはいかない。だから森を選んだ。
ここまでくれば敵は追ってこれないだろう。なにせ、最新鋭の馬車を使っても数日はかかるのだから。
しかし、離脱することには成功したがここから帝都までは徒歩で丸一日かかる。
そのため、馬車などの移動手段が必要だ。
だから、あのフレイという男の攻撃を防ぐ前に、部下に連絡をしておいた。
ここの座標を指定していたから、間も無く迎えがくるはずだ。
「GUSYYYYY……」
「っ……」
弱々しく竜が鳴く。
竜の身体には大きな傷があった。遠くから見ていたが、これはフレイと呼ばれていた男が放った技だ。
魔法剣―――剣に魔法を封じ込めて敵を切り、圧縮された魔力を解放してダメージを与える技。
魔法剣士ならば扱える基本的な技だが、あれほどの技量の人間は中々いない。
忌々しいが、雷神トールの仲間だけあって、そこらの人間よりも抜きん出ている。
だが、あの技は見たところまだ未完成。人に向けて放つほど、加減ができるような技ではない。
それが分かっただけでも収穫だ。
帝国に楯突く者が増えてきた今、出る杭は出来るだけ早く叩くべき。そのためにも、杭の情報を少しでも集めておく必要がある。
私が戦えば負けはしないだろう。しかし、まだ本調子でない以上油断はできない。それに四魔将も暇ではない。下の者達が戦う場合もある。
そんな時、彼らを捨て駒にしてしまうよりは、少しでも奴らに打撃を与えるためにも、情報が欠かせない。
とは言え、こんなことは部下に任せておくべきなんだがな。
私もまだまだ、下っ端根性が抜けてないらしい。
それに。
「ファーフナー……」
弱った竜を見る。
以前は同じ目線に立っていたその男は、今では見上げなければ胸の位置さえ視界に入らない。
「私は、放っておけなかったのだ。戦力を失わないためと言いつつ、実のところ……友であるお前が死ぬところを、見たくなかった」
「RRRRR…………」
「ダメだな……。感傷は戦士にとって邪魔となる。四魔将失格だな。今のお前に人の頃の記憶など、とうに残っていないのに…………。だが、それでも……」
共に戦ってきたお前を、見捨ててはおけなかったんだよ。
「その身体では傷が癒えるのに時間がかかるか。それとも、治癒力が人の時よりも高まっているのか。どっちにしろ、研究所で再生してもらえるだろうがな」
そう。こいつはもう人ではない。戦いが終えると、帰る場所は研究所だ。以前住んでいた館ではない。
帰って寝て、休むのは人の特権だ。こいつは獣、いやそれさえ逸脱した魔物だ。安寧のひと時など、二度と味わえない。
いっそ、あの時死んでいれば、救いがあったのかもな。
「ふっ…………。私としたことが、今日はやけに感傷的じゃないか。体が弱っているせいか、センチメンタルな気分だ」
諦めろ。お前の友のファーフナーはとうに死に、今ここにいる竜はファフニール。
災厄を運び、国々を蹂躙するためだけに生み出された破壊の権化。
いくらお前が呼びかけようと、情けをかけようと、応えることはない。
肉体を構成しているものの数割と、持っているスキルにしか、人間だった頃の残滓がないんだ。
「分かっているさ……所詮私たちは、陛下にとってはただの駒。四魔将などと持て囃されてはいるが、使える駒というラベルを貼られているに過ぎん……」
だが、
だからこそ、
こちらもその立場を利用させて貰う。
「いいさ、精々有能な駒として盤上を駆け回ってやろうじゃないか。そのうち指し手も予想出来ない展開にしてやる……」
私の口は嗤っている。
それは、笑顔か。
それとも自嘲めいた感情か。
自分で自分の感情が分からないということに自嘲しつつ、興味もないのでそれでよしとする。
乾いた笑いが終えると、後ろから音がした。
振り返らなくともわかる。
「悪かったなリン。帝都で待機していたのに、こんな所に呼び出して」
後ろに現れたのは、水色の髪の少女リン。
私直属の部隊の一員だ。
「いいえ。我々シャドウズはロキ様の命令ならば、たとえ冥界だろうと駆けつけます。死ねと命じられれば、この首を差し出します」
「頼もしいな……。だが生憎、私は自分の部下の命を代償に使命を全うするのは醜行だと考える。二度と口にして欲しくはないな」
「かしこまりました」
リンはシャドウズの中でも、特に静謐で硬骨なきらいがある。
私の命令には恭順するだろうが、それが難点でもある。
「さぁロキ様、馬車が待っています。お乗りください」
「分かった。ファーフナ……ファフニールはどうする」
「替えの転移陣を用意しました。お使いください。連絡を受けてからすぐ、研究所に空きスペースを用意させました。座標は……」
リンから受け取った転移陣を起動させ、ファフニールを研究所へと送る。
残った私とリンは馬車に乗り帝都へと向かう。
「あのまま私たちも研究所へと転移したかったのだが……陛下はよっぽど、鮮度の高い報告が聞きたいらしい」
「申し訳ございませんロキ様。ロキ様もまだお疲れのご様子、ですが十分な休息時間をご用意できません。どうぞ私に、然るべき罰則を」
「必要ない。お前に必要なのは、失敗を自分のものか他の者によるものかを見極めることだ。何もかも自分のせいにしていては、反省すべき事柄も分からなくなる」
「肝に命じておきます」
馬車は帝都へと進む。
おそらくあと一時間もしない内に到着するだろう。
陛下に報告すべきは、魔物化の成果か、雷神に並ぶ新たな敵か。
この体の疲労が回復するのは、もうしばらくかかりそうだ。
◆
一方トール達――
邪竜が去った後、俺達は数キロ先まで退避していたルビィ達と合流した。
早めに戦線から遠のいていたおかげだろう、馬車には一切の傷もなかった。
戻ってきた俺達を、ルビィとフレイヤは心配そうな表情で迎えた。
大事ないとわかると、ほっと溜息をついて安心していた。
その後、ミズガルズ王国の城へと戻り、まずヴァナハイム共和国と無事同盟を結んだことを報告した。
王様はえらく喜んでいた。溜まっていた仕事が片付いたような、疲労の中に安堵が生まれたような、疲れ切った笑顔。
この人も大変なんだろうな。表に出て動いているのが俺達なだけで、裏の面倒なことは全部任せっきりだもんな。
世話になりっぱなしだな、と思い改めて感謝の言葉を伝えた。
報告がひと段落済んだので、続いて王様にフレイ達兄弟を紹介した。
彼らの両親はミズガルズ王国でも勇猛果敢な冒険者として知られた名前らしく、その子供である兄弟も快く迎えられた。
何より、王国の戦力増強の案として冒険者を正規の兵として雇う計画が立っている中、有名冒険者の子が協力関係になったというのは追い風となる。
結果として、この兄弟を助けたことが王国の利になったってわけだ。
なんか打算的で嫌だけどさ。
俺はあくまで人助けをしただけだしね。
まぁ、それで事態が好転するなら良いことなんだろうけど。
ルビィはお忍びの男装姿(本人に否定されたが)から、髪を綺麗にまとめたドレス姿へと変わっている。
この広間で話す時は王女ルビアとしてたち振る舞わないといけないからな。いつもより真面目度八割増しだ。
表情が硬いのは相変わらずだけど。
そんなわけで、大勢の人間に囲まれた中での報告は終えたのだった。
◆
「そっか……あのドラゴンが……」
「ああ。完全に俺の判断ミスだ。ちゃんと考えて行動していれば、あの邪竜を仕留めるチャンスはあった……。それをみすみす……クソッ!」
訓練場でティウに秘密の報告をした。
邪竜が現れ、村を一つ滅ぼし、倒し切れず逃してしまったこと。
先程の大広間で報告しなかったのは、国の重鎮や貴族達がいる中でそんな報告をしたら大混乱が起きると思ったからだ。
特に貴族なんてのは噂話が好きだからな。あっという間に王都中に流布するだろう。
それは避けたい。
バッドニュースは早めに伝えるべきだが、それで国中が騒ぎになるのはマズイよな。
というわけで、まずティウに報告することにした。俺が知る人の中で、一番信用出来るやつだからな。
「邪竜ってことは、ドラゴンの中でも危険度がかなり高いね。よく生きて帰ってきたね、トール」
「俺一人なら危なかった。でも今回はフレイがいた。おそらく邪竜に対しても相性はよかったはずだ。それなのに……!」
そうだ。邪竜は確かに恐ろしく強力だったが、倒せない相手じゃなかった。少なくとも、フレイと協力していれば。
今回の戦いで、俺はよく考えもせずに初手で極大魔法を放ち、その後はフレイのサポートに徹した。
サポートといえば聞こえはいいが、単に前に出ることが出来なかっただけ。
もしフレイと一緒に邪竜に立ち向かっていれば、違う結果が出ていたはずだ。
「俺のせいで、あの邪竜は大勢の人を襲うことになる。処罰なら受ける……覚悟はある」
「君に対する処罰なんて無いよ。そもそも、邪竜は突然現れたんだ。対策もなく倒せる相手じゃないだろ」
「でも……! 俺が失敗しなけりゃ、逃げられることも無かった!」
はぁ、とティウは溜息をつく。
「分かったよ。そこまで言うなら、君に罰を与える。かなりキツイ罰だ。それで文句ないだろ?」
「ああ……ありがとう」
「じゃあ、団長命令だ。トール、君には罰として…………」
ティウの口から指令が下される。
それは…………。
「君には、一年間の国外追放を命じる」
「追……放……?」
つまりは、俺はもう王国に必要ないということか……?
だが、一年というのは、どういうことだろうか。
「前から君は、自分に全て責任があると背負いこむ傾向がある。それは傲慢で、愚かしい考えだよ。力ある者が責任を果たすのは当然だ。でも、それを見誤るのは他の者に対する侮辱に他ならない」
「……………………」
そうなの、だろうか。
俺はただ、自分がやらかしたことに対して……。
「君は確かに強い。でも最強じゃない。君より強いやつなんて何人もいる。君より偉い人も何人だっている。責任を取るなら、僕も含めた上の人間が取るべきだ。君じゃない」
「でも……」
「責任を感じるのは悪いことじゃない。でも、全部を背負う必要はないんだ。それでも、責任を感じるというのなら、それを背負えるだけな強さを手に入れてくれ」
強さ。
責任を背負えるだけの、強さ。
今の俺は、罪悪感を覚えるだけの子供だと。
責任を感じる以上、それを果たすだけの力がいると。
確かにそうかもしれない。
「でも、だからって国外追放っていうのはどういう……」
「言葉はキツイけど、要は武者修行してこいってこと。君は圧倒的に実戦経験が少ない。だから、重要なところで判断ミスをする。それはいずれ帝国と戦う時、大きなハンデになるよ」
「外で生きることで、感を培うってことか」
「そーゆーこと。君が強くなって、王国を背負える戦士になることを期待してるよ」
胸が熱い。
ティウにはいつも諭される。
こんな緩く、普段は抜けた顔をしているのに。
俺にとって、この世界に来て幸運だったのは、ティウという男が身近にいたことかもしれない。
だから、彼の期待に応えるためにも。
俺は、この命令を受け入れたい。
「ああ、必ず強くなって帰ってくる……!」




