第41話 邪竜戦③ 極神の力の片鱗
風が吹く。
全身を冷気が包む。
空気が凍り、肺に吸い込むと痛みを感じる。
これは氷属性の魔法、いやそんなものでは無い。魔法という、異能の力を発動させたわけではない。
ただの魔力だけで、息を吸うだけで肺が痛くなるような冷気になるほどの変化が起きている。
魔力の元は豊穣神フレイ。天候を司り、自在に操る少年。
得意な属性は風と水。二つの属性はそれぞれ上級魔法まで使用することが出来る。
フレイは俺のように極大魔法を使用することは出来ないらしい。
だが、そんなことが欠点になるような生半可な実力の持ち主ではない。フレイは【豊穣神】のスキルを用いて様々なオリジナル魔法を生み出し、風魔法の威力の低さを補っている。
風魔法を自在に操り、威力も高めているという点では、対人戦において俺より強いかも知れない。
いや、実際にやりあったら負ける気はしないけどさ。
一つ確かなのは、魔法の腕は確実に俺より上だということ。
そんな彼が、邪竜ファフニールに正面から挑もうとしている。
いくら風魔法の威力を高めているからって、少々荷が重すぎる気がしてならない。
俺が考えもなく極大魔法をぶっ放して力尽きたせいで、フレイが前線に出る羽目になったんだけどさ。
「フレイ、俺がさっき使った強化魔法をかける。思いっきりやってくれ! 【魔法強化・風属せ】……」
「待て待て! いちいちあの長い詠唱をする気か!? 必要な分だけかけてくれればいい! 俺の魔法だって効かない可能性があるんだし、魔力の無駄遣いは控えろ! 見ろ、もうすぐ邪竜の麻痺も解ける!」
「そうは言っても、備えはしておきたいし……。あっ、その前に回復魔法かけてやる。ブレスを防いだ時に、直撃してないけどダメージ受けたろ?」
俺は【ヒール】を唱えようとして、フレイに向けて手を出した。
そして、脳内で【ヒール】のイメージを脳内に浮かべた瞬間。
「うぉっっっ!?」
【ヒール】を受けたフレイの体から、バチっという音が弾けた。
「なんだ、ビリビリするぞ!? あ……でも、筋肉がほぐれてなんだかいい感じ……」
「な、なんだ? 俺は普通に【ヒール】を使っただけだぞ……? なんで電流みたいのが……。そう言えば、雷神を発動した時も稲妻のオーラが流れたし、なにかおかしくなってる……のか?」
俺は確認のため、小声で【ファイア】を唱える。
すると、手のひらに小さな火球が現れた。しかし、その火球の周りをバチバチと電流が走っていた。
間違いない。
闇ザコ戦以来、【雷神】がレベルアップしたのか、雷神状態で魔法を唱えると雷属性が付与されるようになってしまっている。
「なんてこった。これじゃ普通に魔法を唱えることも出来ない……、クソっ」
雷属性が付与されていいことなんて、何もない……ん?
フレイは確か、【豊穣神】のスキルを用いて、オリジナルの風魔法を生み出していた。複数の魔法を組み合わせて一つの魔法として使うことも出来ると言っていた。
ならば、これは使えるんじゃ無いか?
脳内で先ほど俺が、自身に使用した強化魔法を思い浮かべる。
【魔法強化・雷属性】
【自己魔法・ものまね】
【魔法耐性ダウン】
【連鎖魔撃・追爆破壊】
【魔力上昇・筋力犠牲】
【魔法強化・雷属性】は【魔法強化・風属性】に変更するとして。
これらを一つの魔法として、唱えてみよう。
「えーと、【魔法強化・透盛り】って名付けとこう。……えいっ」
魔力を込めると、フレイの全身が光に包まれた。バフがかけられた証拠だ。
思った通り、雷魔法だったら合成して一つの魔法にすることが出来るみたいだ。
便利だなこれ、【雷神】状態でしか使用出来ない裏技だろうけど。
強化魔法を使用した場合、雷属性もついでに強化されるといった感じになるのかな。そこらへんは今後確認するとしよう。
この強化魔法トールエディションによりフレイは大幅に強化されたはずだ。
「うおぉお!? なんだ、力が湧いてきたぞ!」
「やっちまえ、フレイ! これでだめなら死ぬ気でなんとかするぞ!」
「おお! 任せろ!」
フレイはその手に剣を持つ。
ダティ・ワムから取り戻した赤く輝く剣を。
「いくぞレーヴァティン! 我が父の遺した剣よ! 『魔法剣』!」
フレイが叫ぶと、レーヴァテインの刀身は青白く輝く。赤い刃とは真逆に輝く光に、不思議と目を離せない。
この輝きは魔法のものだ。この青白い光からは、風と水属性の魔力を感じる。どちらも豊穣神であるフレイの得意な属性だ。
フレイの魔法適正として風が一番得意で、次いで水。俺の雷神とは違い、二つの属性に秀でている。
おまけに風と水、二足のわらじというわけでもなくどちらも超一流ときている。
流石、子供の頃から魔法の研究(という名の遊びらしいが)をしていただけはある。
魔法の合成やアレンジに関しては、やっぱり俺よりもフレイに一日の長がある。そんなフレイが、剣に魔力を宿らせて何をしようというのか。
邪竜ファフニールも何かを感じ取ったのか、フレイに向けて爪による強烈な切り裂きを加える。
しかし、それを綺麗に躱す。
その立ち振る舞いは、まるでダンスを踊るようで。ここが舞踏会なら、黄色い歓声が上がっていたはずだ。
くそ、イケメンは何をしても絵になるなぁ。
あの爪、フレイに掠んねぇかなぁ。いや、冗談だけどさ。
「って、なに妬んでんだよ俺……。フレイのやつ確か今、魔法剣って言ったよな……」
魔法剣。言葉の意味は分かる。
【ファイア】などの魔法を、剣に宿らせることで物理・魔法の両方のダメージを与える。
RPGでは一般的なものだ。
だが、この割とポピュラーな技がエタドラにはなかった。
魔法剣士なんて職業があるのに、魔法剣は無いんだぜ? 笑えるだろ?
ちなみに魔法剣士は“ちから”と“まりょく”が戦士と魔法使いを合わせて二で割った感じのバランス型の職業だ。
でもこういうゲームでのバランス型は、得てして器用貧乏というのがお約束だ。
他のゲームでいう、サ○ルトリアの王子や赤魔道士みたいに。
いや、今例に挙げた奴らはリメイクやナンバリングによっては強い場合もあるけどさ。
エタドラでも例に漏れず、中途半端、どっちつかずな性能だった。
おまけに“せいしん”の数値補正がやや低めだから、魔法の効果も低くなるという……。
良いところがあまりにも少ないので、テコ入れが望まれる職業であった。
今思えば、今後行われる予定だったアプデで魔法剣とかが解禁されたんじゃないかなと思う。
魔法剣士が魔法剣を使えないなんて、あまりにも不自然だし。
あぁーチクショー! 良いところで辞めちゃったなぁ、ゲーム……。
「おい、トール。さっきから上の空だが、ちゃんと聞いてたのか?」
邪竜の攻撃を避けて、距離を取ったフレイが話しかけて来た。
「ああ、聞いてるって。アプデが来る前にゲーム辞めちゃって残念だよなって」
「はぁ? お前何の話してるんだよ。ったく、もう一度言うから耳かっぽじって聞けよ」
「そーいや、この世界に来て耳掃除してなかったな…………」
布で耳の穴を軽く拭いておく。
俺としたことが、エチケットを忘れるとは。
「いいか、俺が魔法剣で奴に一撃を入れる。だが、あの巨体で動かれては攻撃を当てるのにも一苦労だ。だそこで……」
「え? 俺が足止めしろってこと?」
「なんだ、察しがいいじゃないか」
フン、と鼻で笑う。ムカッ。
「いや、いやいやいや。今の俺の調子だと、攻撃を受けるのさえ難しいって! 死んで来いって言われて、サーイエッサーって言えるほど俺は殉教者でも何でもないぞ!」
当然、身の危険を省みない特攻なんてお断りである。
極大魔法の後遺症で、体はまだ本調子じゃない。
全開なら、邪竜の腕を払うあの攻撃も受け止めることが出来るだろうが、この状態だと即死だ。
ペチャンコになる。いろ○すのペットボトルくらいの強度だ。
「そこまでしろとは言ってない。いちいちオーバーなやつだ。少しは言葉の真意を読み取れんのか」
「んだとー! ってうおっ!!」
巨大な腕が空から降りて来る。
痺れが残るこの体じゃ、避けることが出来ない。いや、元より足を動かすことさえままならない。
潰される……!
だめだ、このままだと空き缶を上から踏み潰したみたいに、車に轢かれたカエルのようになっちまう!
が、邪竜の腕は俺を捉えることはなかった。
フレイが、俺の首根っこを引っ張って回避していた。
「お……おごっ…………」
非常にありがたいんだけど、この状況だと首が締まるのは想像に難くないよね。
やばい、助けてもらったのに死ぬ。
「ほら、何でもいいからあいつの注意を引く魔法を!」
「お前もわかってんだろ!? 俺の雷魔法はなんでかあいつに効かないんだ。雷属性だから効かないのか、魔法自体が効き目薄いのか、まだわかんないけどさ! お前も見ただろうが、このダホ!」
そう、俺の魔法はやつには効かない。正確にはダメージを与えることは出来るが、限界まで強化した極大魔法で僅かに血を流す程度の傷しか与えられない。
だから、俺が魔法を放っても意味がない。
その防御力の謎を解明するまで、魔力の無駄遣いは避けたいんだ。
だのに、このイケメン北風ヤロウは無茶を言いやがる。
俺がそんな風に考えていると、フレイはこう言った。
「アホはお前だ。ダメージなんて与える必要はない。お前の魔法に、そこまで期待していない。ただ、やつの足を止めるだけでいい」
「はぁ? だから、俺の魔法は効き目が……」
「だから、当てるだけでいいんだ。行動を阻害するだけで、それで」
「あっ……そういうことか」
つまり、俺の魔法で物理的にやつの邪魔をするということだ。
考えてみれば、ごく当然のことじゃないか。ダメージが少なくても、僅かにしか効かなくても。それ=無駄というわけじゃない。
ダメージが無いとしても、魔法で出来ることはあるんだ。
今回はフレイがメインの攻撃役だ。だから、俺の攻撃が通らなくても問題ない。
俺の攻撃を受けた邪竜が、俺の方に意識を向けて隙を作ること自体が重要なんだ。
これを思いつかなかったのは、エタドラをやっていた悪い癖が出た。
RPGだと、こっちの攻撃で敵にダメージが無い=その攻撃は無駄というのが当然の考え方だ。
だってそうだろ? ゲームだと敵のHPを削るのが何より当然の行為なんだから。
でもここはファンタジーであっても現実だ。あらゆる行動には、物理現象(魔法は超常現象だが、そこは置いといて)が結果として現れる。
炎魔法を放つと火が回る。水魔法だと水溜まりが出来る。当たり前だ。
つまり、たとえダメージがなくても、魔法という攻撃自体が邪竜にとっては物理的な影響を与える……つまり行動の邪魔になるんだ。
分かりやすい例で言うと、ドラゴ○ボールの天○飯が気○砲でセ○を足止めするようなものだ。
そうと分かれば、さっそく魔法の準備をする。
足止めが目的だから極大魔法は使用しない。しかしあの巨体の邪魔をするにはそれなりの規模が必要だ。
ならば……。
「魔を貫くは我が怒り。空を満たすは我が憂い。放て! 天の雷!」
―――ゴッド・グラン・ジャッジメント
雷は邪竜ファフニールに直撃。
やつの巨体を包み、全身をその場に釘付けにする。腹立たしいことにダメージはなさそうだ。
だが、目的としていた足止めには成功している。現時点で十秒。
ちなみにこの詠唱、ゲームで最初に魔法を使う際に演出として出てくるものだ。二回目以降はゲームのテンポのためにカットされる。
そのため、ボス戦なんかでスムーズに戦闘を進めるために、予め雑魚戦で使用しておくのが通例となっている。
ボス戦で演出ムービーなんて流れ出したら仲間から総スカン間違いなしだからな。
え? なんで今になって詠唱を追加したのかって?
実はこの世界では低位の魔法使いは詠唱がないと魔法を唱えられない。
魔法の名前を唱えるだけで発動出来るようになって、ようやく一人前らしい。
で、俺は雷魔法なら無詠唱でいけることは知ってるだろう。
だから魔法の名前を口にすることさえ必要ない。
ならば尚更、詠唱を口にする必要がどこにあるのかと疑問に思うだろう。
実は発見したんだよね、裏ワザ。
それは、詠唱をフルで言った方が、魔法の威力と範囲が最大一割ほど上がる…………気がする。
残念ながら確証はない。体感で威力が増したかなって感じる程度の差だ。
普段は戦闘中に詠唱を唱える暇なんて無いから、無詠唱で済ませてる。
だがサポートに徹している今ならば詠唱を唱える余裕があるからな。
おかげで、闇ザコ戦で放った時よりもほんのちょっとだけ威力が上がってるような。いや、気のせいか?
ううん、自分の考えに自信を持とう。これは威力が上がってますわ。間違いない。
「でかしたトール!」
フレイは剣に込められた魔力を更に研ぎ澄ませる。
剣を包む青白いオーラは輝きを増し、放出されたオーラがどんどん凝縮していく。
そして、刀身にピッタリと張り付くように、魔力が収束した。
あれは膨大な魔力を剣の形に収めて、破壊力を増しているのか? 単純に剣気として魔力を放出するよりも効率がいいかもしれないな。
「見せてやる、【魔法剣タイダル・テンペスト】!」
タイダル・テンペスト―――それがあの剣に付与された魔法の名前か。
初めて聞く魔法、少なくともエタドラには存在しないものだ。フレイのオリジナルか。
テンペストって風魔法なら知ってるんだが。
直訳で潮汐の大嵐。
いや、意味わからん。英語力があまり無いのが災いしたか。
まぁ、風魔法と水魔法の合成って点と名前的に、タイダル○○って水魔法とテンペストの合体版なんだろう。
あぁ……ひょっとして、水魔法の方はタイダルウェーブか?
多段ヒットでコンボ数稼ぎにもってこいの、あの。
タイダルウェーブとテンペスト。どちらも風・水魔法の中でも上級だ。
雷魔法のゴッド・グラン・ジャッジメントと並ぶ、属性を代表する魔法。
それを合わせたとなれば……。
「くらえ、邪竜よ!!」
剣が軌跡を描いた時、剣に込められていた魔力が解き放たれ、爆風が発生した。




