第37話 新たなる災厄
―――暗い。暗い。くらい…………ここはどこだ。俺はいったい……
意識が混濁としている。目に映るのは暗闇だ。
俺は帝国四魔将の一人ファーフナー。
皇帝陛下に呼ばれ、新しい魔物の強化実験の被検体に選ばれた。
これまで帝国は合成魔物を数多く作ってきたが、雷神の登場で実験は新たなフェーズに移った。
雷神の血と、測定したデータ。それを基に、魔物に極神の力を授けようとするプロジェクトだ。“魔神化計画”と陛下は呼んでいた。
しかし、低俗な魔物ではその力に耐えられなかった。故に強化した合成魔物をベースにしたが、それも失敗。
丈夫な体だけでなく、素質というのも必要らしい。
そこで俺に白羽の矢が立った。
頑強な肉体を持ち、かつデータから適正がある可能性が高いと導き出された俺が。
四魔将の俺を実験体にするのは、かなりのリスクがある。
失敗すると帝国の大きな戦力減になるからだ。
だが、それでも陛下は俺を選んだ。陛下は俺の力を必要としているのだ。
犯罪者を父に持ち、帝国の貧民街でしか生きていけなかった俺を、表の世界で生きていけるようにしてくれた陛下が。
ならば。期待に答えねばなるまい。
―――へいかのためならば、帝こくのためならば…………
たとえ、失敗しても。この身が滅びようとも。
帝国の戦力となり、歯向かう国々に鉄槌を下ろす。
それが俺の役目だ。
―――頭が割れるように痛い……。これほどの苦つうは、うまれて初めてだ……
先ほどから体中に魔力が流れている。
今まで感じたこともないほどの、力。魔力を変換して気功にし、身体エネルギーを活性化する【武術】使いの俺としては、慣れない感覚だ。
魔法使いはいつも、こんな感覚を味わっているのか。体中を走る魔力がうざったい。
―――ロキ……あんしん、しろ……。まりょくが体になじむ……。じっけんは、せいこう……だ
魔力が加速する。
意識がさらに薄れていく。
意識が消えそうになった時、ふと、手が大きくなったような錯覚に襲われる。
いや、錯覚ではない。実際に大きくなったのだ。目が見えない、確かめようはないが。
しかし、実感している。俺の体は、もう人の形を留めてないのだと。
―――ああ、へいか……へいか。幼い頃、たすけていただいたご恩……かなら……ず?
そういえば、幼いころ俺を助けてくれた陛下はどんな顔をしていたか。
不思議と思い出せなくなっていた。
―――あ? へい……か……だれだ……っけ。も、う、お、も、いだ、せ、な、い…………
俺は、何を考えていたのだろう。
頭の中を整理しようとしたが、もう、元の脳みそは残っていなかった。
俺は、あと数秒で化物に変わる。
ああ、やはり実験は失敗なのか。
でも、
せめて、
帝国に仇なす者に、
裁きを与えることができれば、
―――ていこく、えいえん、なれ……
◆
「よし、じゃあ出発しよう。トール、俺たち兄妹はミズガルズ王国への道は知らないから案内頼む」
「ああ、それなら大丈夫。馬車で国に帰るから、座ってるだけで大丈夫だよ。ただ、四人も座るのは想定してなかったから結構ギュウギュウかも」
「構わないですよ、乗せてもらうだけでも十分です。もし満員で乗れなかったら、その時はルビアさんを私の膝の上に乗せようかしら」
「はは、それはいいな。まるで仲の良い姉妹だ」
「まぁ……姉妹! 私、お兄様はいますけど妹はいませんでしたから少し憧れてたんです……! ルビアさんのような可愛い妹がいたらそれはもう……!」
「わ、私も年が近いお姉さんはあまりいないから、フレイヤさんが仲良くしてくれると……その、う……嬉しいです」
「ふふ、これからは私に甘えてくれていいですからね、ルビアさん」
フレイヤがルビアを抱き寄せ、頭を撫でる。
ルビアもフレイヤに対して昨日ほど警戒心を抱いてないのか、すんなりと受け入れる。
頭を撫でられるルビアの顔はまんざらでもなさそう。少し照れくさそうにしながらも、逃げることなくフレイヤの抱擁の中にいる。
いいな……俺もあの胸の中に収まりたい。
そして思う存分撫でられたい。そのまま数時間ぼーっとしてたい。
こういうのなんて言うんだっけ……バブみ? おぎゃりたい? そういうのに疎いから分からんが、とにかく女性に甘えたい感じ。
まぁ、主な目的はあの胸の感触を肌で味わいた…………っ!?
なんだ、今なにか殺気を感じたぞ!?
「おい、トール。お前、今フレイヤに対して良からぬことを考えなかったか?」
「な、何のことですかフレイさん。このトールさんに限ってそんなこと、あり得ないことですわよ?」
「口調が変になってるのが余計に怪しい。いいか、念の為言っておくが妹に変なことをしようものなら……その時はこうだ!」
パァン! とフレイの手から音が弾けた。
音の正体は魔法だ。昨日、ダティ・ワムの飼っていた魔物を仕留めた時に使った魔法【エアカッター】だろうか。
手のひらでヒュンヒュンとほぼ透明な刃が竜巻のように渦巻いている。そこに落ちてきた木の葉が一瞬にして粉微塵になった。
ひぇ……あれは食らったら、ただじゃ済まないな……。
うん、フレイヤとは健全な友人でいよう。男女の友情は成立するのだ。たぶん。成立しなかったら俺が死ぬ。がんばろう。
「ちなみに、これは昨日使った【エアカッター】じゃない。その上位版……とは言っても俺のオリジナルだが、【ウインドソード】と呼んでいる。これは風魔法の弱点である威力を、俺のスキルで補ったものでね。手のひらサイズでこの威力だ。普通に発動すれば、分かるよな……?」
「ハ、ハイ……。ワタシハ、フレイヤニ、ヘンナコトハシナイコトヲ、チカイマス」
「棒読みだが、まぁいい。言質は取ったし、これで安心だ。これからは仲良くしようじゃないか、トール」
「あ、ああ。そうだネ」
ぎゅっと握手する。俺の手は震えて、手汗がドバドバと出てくる。
感動してる訳じゃないのはお察しの通りである。今握っているフレイの手から、いつでも風の刃が出てくるのかと思うと、恐ろしくてたまらない。
ここは話題を逸らすに限る!
「そ、そういえばさっきオリジナルの魔法って言ってたけど……どーゆーこと?」
「なんだ、知らないのか。魔法の才が優れたものは複数の魔法を組み合わせて、自分オリジナルの魔法を生み出せるんだ。もちろん、魔法同士の相性はあるがな。そして極神スキルを持ってる俺たちは、才能の有無に関わらず、自分の司る属性ならばオリジナルを作り出す事が出来る。昔フレイヤと試している内に気付いたことだ」
「お前ら何でもかんでも試しすぎだろ……」
しかし、オリジナルの魔法か。良いことを聞いたな。
『複数の魔法を組み合わせて、君だけのオリジナル魔法を作り出そう! 組み合わせは無限大!』って感じか。
しかし、こういう言い方をすると、なんかクソゲー特有ののキャッチコピーみたいで嫌だな。
ここにさらに、『豪華キャストが勢揃い』とか書いてれば役満だ。買う前に察するレベル。
でもあながち間違ってないかも知れない。だって、俺の人生ってぶっちゃけクソげ……いや、なんでもない。
まぁ、そんなことは置いといて。
既存の魔法だけじゃなく、自分で状況に応じた魔法を生み出せるのは良いかもね。
俺で言うと【雷神】だから、雷魔法かな。
魔法攻撃に対するダメージ減の【マジックバリア】に【サンダー】を組み合わせて雷の壁を出す! とか出来そう。
いや、その組み合わせで何が有利になるか知らんけど。
あ、でも【雷神】って名前だし、雷魔法にボーナスついてそうだし、雷属性付与するだけで単純にパワーアップする可能性もあるか。
ううん、こりゃ本当に組み合わせが無限大かもね。今度試してみよう。
「あっ、そういえばダティ・ワムってどうなったんだ?」
「思う存分いたぶってやった後、軍に引き渡した。国家反逆罪に問われる可能性大だと」
「……よかった、のか? 気は済んだ?」
「いや、全然。正直、十年以上も良いように扱われてその復讐があの程度で済むはずがないだろう」
フレイはギン、と鋭い眼光で俺の顔を射抜く。うう、余計なこと言っちゃったかな?
怒られると思ってたんだが、フレイはフンと鼻息を鳴らすと落ち着いた表情へと変わる。
「ただ、せっかく自由の身になったんだ。俺もフレイヤも、前に進まなきゃって思うと……な」
「そっか……」
憑き物が落ちたように、スッキリとした表情だ。
昨日までは眼に隈が出来て、常にイライラしている感じだったのに。
帽子をかぶり、爽やかな笑みを浮かべるその姿は、まるで……まるでエタドラで見た……。
「あーーーーーー!! “再会を望む戦士”かお前!?」
「な、なんだ急に? 人に指さして変な二つ名をつけようとするな!」
「あっ、いや、ごめんごめんご」
俺はフレイのことを、エタドラで登場しないキャラで、この世界独自の人物だと思っていた。
しかし違った。違ったのだ。昨日までの彼と、今の彼は表情がまるで違うせいで気が付かなかったが、彼は紛れもなくエタドラに登場している。
その名も“再会を望む戦士”。
ヴァナハイム共和国の闘技場に参加すると戦うこととなる戦士職のキャラクターで、勝利すると以降は世界中の闘技場で見かけることとなる。
俺はてっきり“再会”とは一度戦ったことがある主人公たちと再戦することを意味するのだと思ってたが、なるほどフレイヤのことだったのか。
ってことは、フレイヤをパーティに入れてればイベントがあったりしたのか?
ゲームのフレイは主人公が助けたわけじゃないから、どこかでフレイヤと入れ違いになったのかも?
うわぁ、ゲームの世界観をとことん楽しみたいとか言ってる癖にそういうところは見落としちゃうんだなぁ、俺。
「さっきからどうしたトール。頭抱えて、何を悩んでいるんだ」
「いや、悩んでるってーか、モヤモヤが解消されたと同時に後悔がヒアっていうか」
ちらり、とフレイの顔を見る。ついでに後ろにいるフレイヤも。
二人とも、ゲームで見たときと同じくらい明るい笑顔だ。いや、ゲームの味気ない笑顔より、もっとイキイキしてる。それは彼らが生きているからか、それとも兄妹で一緒にいることが出来たからか。
まぁ、俺が彼らに言えることは少ない。
「よかったな、フレイ。妹と一緒で……」
「…………ああ。本当に、ありがとうなトール」
少しこそばゆい、しかし決して嫌いじゃない雰囲気がそこにはあった。
◆
俺たちはそのまま馬車を止めてある方へと進んでいく。
このまま、何の問題もなくヴァナハイム共和国を後にした。そう、国を抜け出したところまでは。
俺は知らなかったんだ。いや、忘れていたと言うべきだろうか。
エタドラの一章で待ち構える敵。強力なボスモンスターを。
エタドラではフレンドと協力していたため苦戦しなかったからだろうか、俺の認識が甘かった。
いや、甘いと言うならエタドラでの仕様は忘れるべきだったんだ。
だって、闇ザコがこの世界では強力な敵だったんだから。他のボスも、当然世界観に即した強さになっているはずなんだって。
でも、仕方がなかったんだ。
だって、俺がぼんやりと予測していた時期よりも、早くに出現したんだ。
災厄を運ぶ者。悪竜ファフニールが。
◆
神樹暦七七五年、神無月の十二の日(十月十二日)―――トールがヴァナハイム共和国に出発する頃。
ヴァナハイム共和国南東、ミズガルズ王国との国境までは遠いが、しかし首都からはかなり離れたいわゆる僻地。
小さな村がいくつかあり、人々が住まう平和な地域だ。
そんな場所に、いつもとは違うものがあった。
それは空間の歪み。
紫と黒で出来た、闇を球体にしたようなものが宙に浮いている。
それの中を覗いても何も見えない、ただ佇むだけだ。
人々は最初こそ不思議に思い、不吉な出来事の前触れではないかと恐れた。
しかし、数日経っても変化はなかった。
念の為首都に手紙を送り、事情を知らせたが、対応してくれるのに早くても一週間はかかる。
どうしても不安に感じてしまい逃げる者、害はないだろうとそこに残る者。
人それぞれその球体に対して、違う反応を示した。
そんな中、ある知らせが届いた。
ミズガルズ王国とヴァナハイム共和国が同盟を結んだという。これにより、この国は正式に帝国に敵対することとなる。
この知らせは大きな騒ぎとなった。喜ぶ者もいれば、不安に思ったり怒りに駆られる者もいる。
今の生活に満足している人からすれば、わざわざ敵対する姿勢を取られるのは迷惑なのだ。
小さな村々でもこの騒ぎだ。首都はもっと大変だろう。
そんな風に人々が考えていると。
宙に浮かぶ球体に変化があった。
―――――それがヴァナハイム共和国の答えかー。なら、あの商人のおじさんの口封じを兼ねて…………
―――――潰しちゃうね
「おい、球体から巨大な岩が落ちてきたぞー!! みんな、みんな逃げろー!」
村人が叫ぶが、間に合うわけがない。
岩は村を一瞬で吹き飛ばし、辺り一面は何も無くなった。
潰された人々は知りようも無いだろうが、落ちてきたのは岩ではなかった。
それは黒々とした鱗を全身に宿した、漆黒の魔獣。
人を基にしたものであれど、人にあらず。
ファフニール。
災厄をもたらす、邪竜である。




