第35話 あたたかい眠り
俺とフレイは闘技場から出て、ダティ・ワムの屋敷の中にいた。フレイヤとルビィは置いてきた。正直この光景には付いてこれそうもない。
だって、四肢を失った肥満体型のオヤジが見えない鎖で拘束されて這いつくばってるんですもの。R指定されるわ、こんなの。
ちなみに、風属性の鎖は【ウインド・バインド】というらしい。エタドラにはそんな魔法が存在しないため、この世界独自の魔法かと思ったが、そうでもないらしい。
フレイが極神というのには驚いたが、詳しい話は後だ。今はダティ・ワムの方に用事があるからそちらを済ませたい。
なにより、こんな汚らしい豚を長時間見ていたくないしね。
フレイの手にはレーヴァティン。ダティ・ワムを捕らえて闘技場を去る前にちゃっかり頂いていた。
いや、本来はフレイの物だからちゃっかりでもないし、挑戦者として魔物を倒したんだからどっちにしても正当な権利があるんだけど。
レーヴァティンと呼ばれる剣はまるで宝石のようだった。刀身は赤く、暗い室内なのに光り輝いている。
フレイは大事そうに剣を抱えている。父の形見だからだろう。
「で……? 一体私に何を聞きたいんだ……怪しい仮面の男」
ども。正体を隠すために仮面を被っている怪しい者です。
バレないために怪しい格好をして不審者扱いって本末転倒な気がするが、気にしてはいけない。
「そうだな、聞きたいことは主に二つ。お前はどうやって帝国と繋がったんだっていうのと、あの魔物はどこから買ったって点だな。とは言っても、おそらくこの二つは繋がってるよな」
「ふん……帝国の奴らとは親が知り合いだったからな。私の親はただの商人だが……元々は帝国の人間だ。帝国では商売が上手く行かず、この国で新たに店を始めたんだ。何とか生活していけるだけの儲けは稼げるようになった……。そこで、親は知り合いの軍の人間に……」
「そんなことを聞いているんじゃないよダホが。俺が聞いてるのは、なぜ“お前ごとき”に帝国が手を貸してくれたのかってことだよ。あの帝国が、お前のような小物と協力するなど、とても思えん」
そう。フレイの両親の過去を聞いた時からずっと気になっていたんだよな。
なんでこんな汚豚に、大陸最大の国家である帝国が力を貸すのか。
まぁ見当は付いてるんだけとな。どうせ、扱いやすいダティ・ワムを使ってヴァナハイム共和国に帝国の手を伸ばすってことだろう。
ただ、一応ダティ・ワムの意見も聞いておこうと思う。一方的な情報による考察は、間違いか穴だらけっていうのが相場よね。
「そんなの、私がいずれこの国の代表になるから、事前に恩を売っておこうとでも思ってたんだろう……」
「なんだ、お前代表の座を狙ってたのか。だからそんなに金を貯め込んでたんだな。大方、代表選挙に金でも積もうとしてたんだろうけど。じゃあ別の質問。取引している帝国の魔物商人の情報を教えろ」
「だ、だれが言うものか! そんなことしたら、私が死んでしまう……! 絶対に言わん!」
「だめだこりゃ……。碌な情報も得られそうにないな。フレイ、後は任せた」
「ああ、任された。この後は好きにしていいんだな?」
「復讐とは言え、あまり非人道的なことはしないでくれよ」
◆
宿に戻ると、先に帰ってきていたルビィとフレイヤが部屋で待っていた。
「とおくん、フレイさんは……?」
「大丈夫だよ、心配いらない。全部終わったはずだ。これで今夜はゆっくりして、明日の交渉に出ていけるな」
「交渉……?」
「あっ……」
いけないいけない、フレイヤがいるところでミズガルズ王国とヴァナハイム共和国の政治の話をするのはダメだ。
これはあくまで極秘裏に進める話で、一般人のフレイヤに知られる訳にはいかない。もちろん、彼女が情報を流すなんて疑っていないが、漏れる口は少ない方がいいだろう。
「なんでもないよ、こっちの話。それよりほら、フレイヤも部屋で休みなよ。後からフレイも来るはずだ。元々二部屋とってあるから、片方を二人で使うといい。もう一部屋は俺とフレイだ。じゃ、疲れたから飯の時間まで仮眠を取らせてもらうな」
俺は二人に軽く挨拶を済ませ、部屋を出ようとした。
が、体はその場で止まる。俺の服を引っ張る感触があったから。
振り返ると、フレイヤがいた。なんだか申し訳なさそうな顔で、こちらを見ている。どうしたんだ?
「あの……トールさん。流石にそこまで気の回らない私ではありません。せっかくの申し出ですから、お部屋はありがたく使わせていただきます。ですが、使うのは私とお兄様の二人です。トールさんはルビィさんと一緒に使ってください」
「へ?」
「……え?」
「「なんで?」」
俺とルビィの声が重なった。
おお、いい感じにハモった。シンクロニシティってやつか、知らんけど。
って、おかしいだろ。普通こういうのは男同士か女同士で固まるもんじゃないの?
「私とお兄様は積もる話もありますし、今後についても話しておきたいんです。ですから、どうか」
「そっか、そういうことなら……しょうがないのか?」
「う……うん、二人ともこれから大変です……よね。しょうがない……のかな」
「はい、決まりです。ではお二人とも、また後で」
ガチャン、と部屋のドアが閉まる。
部屋には俺とルビィが残された。
というわけで。
なぜか、ルビィと一緒の部屋で寝泊まりするのが決まりました。
◆
「…………」
「……………………ねぇ」
「……なんだ」
「もう……寝た?」
「返事してるだろ……」
「そうだね……」
どうしてこうなった。
俺は今、宿で眠りにつこうとしている。
俺が使っているベッドはふかふかで、体が雲に沈むようだ。いや、実際は雲に沈んだら地面にダイブだけどね。比喩だよ比喩。
とにかく、俺は今就寝するところなんだ。で、さっきも言ったようにベッドにいる。
とてもでかいベッドだ。キングサイズってやつだろうか、一般庶民の俺には馴染みのないものだ。
で、このベッドにいるのは、俺一人じゃない。
俺の横にはルビィがいる――といっても、お互いベッドの端と端だが。
フレイとフレイヤ兄妹が込み入った話があるそうなので、兄妹二人で部屋を使うこととなった。その結果、俺とルビィが相部屋に。
一応、俺が椅子で寝ることも提案したんだけど『そんなのからだに悪いよ! 明日代表と会うんだから、しっかり休まないと!』というルビィの言葉もあり、申し訳ないが一緒のベッドを使うことになった。
お姫様と一緒の部屋どころか同じベッドで寝るとか、分不相応すぎてバレたらマズいよな。これは秘密にしておこう。
当然、こんな状況じゃあ寝れるわけない。俺もルビィも、さっきからベッドの中でゴソゴソと体勢を変えている。寝付けないんだよね、お互い。
「フレイヤさんたち、よかったね……」
「ああ。でも、大変なのはこれからだと思うよ。あいつらは自由になったけど、頼るべき人がいない。飼ってた動物をいきなり平原に放っても、生き方が分からないようにさ」
「とおくん、動物に例えるのは失礼だよ……!」
「ごめん、わかりやすく言おうと思って。でもやっぱり、あいつらは幼い頃に親を失って、それから一人で生きていくことを学ぶ暇もなかった。それだと、これからどうすればいいのか迷うと思うんだ。家族がいないってのは、それだけでつらいからさ」
「とおくん……その言い方だとまるで、とおくんも……」
「俺がどうしたって?」
「う、ううん……なんでもないよ」
ルビィは何を言おうとしたんだ?
寝付けないとは言えもう夜中。頭が回らないから、思考がろくにまとまらない。
完全に寝てしまうまで、適当な話でもするか。羊を数える代わりだ。
「なぁ、ルビィ。明日会う代表ってどんな人だ? 正直、偉い人に会うのは慣れそうにないから、出来れば温厚な人がいいな」
「そうだねぇ……とてもいい人だよ。優しくて、落ち着いてて、大人っぽい。頭もいいし、話してて見習わなきゃってなる」
「そりゃ、ずいぶん出来た人みたいだな。まぁ、そんな人なら俺みたいにコミュ力低いヤツ相手でも、気にせずに対応してくれるよな」
ああ、よかった。
これで礼儀・マナーにうるさい人なら、この世界のルールしらない俺が会うとほぼアウトだったからな。
でもまぁ、最低限身だしなみと言葉遣いは気をつけないとな。元の世界で学んだ面接におけるマナーが通用するか。いっちょやってみっか。
「ふぁぁ……いい人そうでよかった。そう聞いたら安心して、眠くなってきたな。じゃ、俺は寝るわ。おやすみ、ルビィ」
「え、もう寝ちゃうの……?」
「明日早いんだろ? だったら、もう寝なきゃな」
「ねぇ……私が眠くなるまで話してちゃダメ……?」
「そうしてやりたいけど、ごめん。瞼の自由落下運動には抗えそうもない……」
「じゃあ、手……」
「ん……?」
手、と一言だけ言われても。俺にワンとないて、ルビィの手のひらに俺の手を置けばいいのか?
年下の娘に調教される男ってどうなの……。その手の界隈だとご褒美だったりするのかな? 俺はゴメンだけど。
と、思っていたらゴソゴソとシーツを這いずる音がする。そして、俺の手に柔らかく暖かいものが触れる。ルビィの手だ。
ああ、手ってそういうことね。
「手……握ってて、いい……?」
「ったく、しょうがないなぁ……いいよ。だからぐっすりと、おやすみ……」
「うん、おやすみ……とおくん」
きゅっ、と手が握られる。柔らかいぬくもりに包まれ、睡魔が促進される。
寝るときに手をつなぐなんて、ルビィはお子様だなぁ……。でも、君が落ち着くんなら……それで、いいよ……。
あぁ、なんとなく、今夜はよく眠れそうだ。




