第33話 フレイ吠える
一度は逃げ出した闘技場に、今度は俺たちが進んで入っていく。
まぁ逃げ出したって言っても、劣勢だからって訳じゃない。戦略的撤退ってやつだ。使い方合ってるのか分からないけど。
「見てくださいお兄様。闘技場に先ほどの魔物と……あれは冒険者でしょうか。人と魔物が戦っています!」
「どういう状況だ。なぜ人間と戦っている。あの魔物が暴れて、観客を襲い始めたのか? それにしては一匹しかいないし、闘技場の外に逃げ出した様子もない」
「いや、違うよ」
俺はフレイ達兄妹の言葉を否定する。
魔物は暴れてなどいない。おそらく命令を聞いているはずだ。
戦っている人間も、おそらく自ら志願して戦っている。挑戦者入場ってやつだ。
なんで物知り顔に語ってんのかって? だって、あの構図はゲームの闘技場と似ているもの。
人対人、もしくは人体魔物のバトルトーナメント。
勝った人間には商品が。優勝すれば豪華な装備品ゲット。それがエタドラでの闘技場という施設だ。
「おそらく、フレイを連れ出した後に観客の怒りを鎮めるためにゲリラ的トーナメントを始めたんだと思う。クレームが収まるほどの、豪華賞品でも出してな」
「豪華、商品……?」
「みんな見て! ほら、あそこ!」
ルビィが小さな指で、精一杯のジェスチャーをして闘技場の観覧席を指差す。なんかちっこくてかわいいな、こいつ。ってそんなこと言ってる場合じゃない。
指差す方向にはダティ・ワムと、その傍らに光る剣が台座に置かれている。
ひと目見ただけで業物だと分かる。フレイの話と照らし合わせると、あれが魔剣レーヴァティンだろう。フレイ達兄妹の亡き両親、その形見だ。
刀身は太陽の光を反射して赤く輝いている。見ている俺の目が焼けそうなほどの熱気、いや実際に熱いわけじゃないけど。とにかく、見るものの目を引いて止まない、なぞの魅力がある。
刃は赤々としており、触れれば解けてしまいそうだ。溶岩を刀という形にしたら、あんな感じだろうか。
「見たところ、魔物に勝てたらレーヴァティンを差し上げますって感じだろうな。そこらの冒険者じゃ、天と地がひっくり返っても勝てないっていうのに。せこい真似してやがるぜ」
「くだらないな。俺がダティ・ワムを捻り潰して、レーヴァティンを奪い返す。その後じっくり痛めつけてやる。あの豚野郎が」
「このダホ! せっっかく奴隷の身じゃなくなったのに、わざわざ騒ぎを起こして捕まるような事するなよフレイ。相手の土俵に立った上でブチのめす。これをすれば、相手の自尊心もめちゃクソよ」
「なるほど、一理あるな。オーケー、楽しむ気なんて無かったが、やつの鼻っ面をぶっ叩けるならその話乗ってやる」
フレイの拳と、俺の拳をカチンと合わせる。
うん、大分打ち解けてきたんじゃないかな。やっぱ男同士でこういうのすると、テンション上がるよね。
「ああ、冒険者の方が負けてしまいました。中々の腕前でしたのに。おそらくシルバークラス、ひょっとしたらゴールドクラスはあったかも」
「そ、そんなに強く見えなかったけど……。でも、確かに身体は大きかったね……」
「あらルビィさん。逞しい男性がお好きなのですか? やはり殿方は頼りになる方が、安心できますものね」
「いや、えっと……その……。前に見た時、すっごくかっこよかったなって思ったと言うか……なんでも、ないです……」
「どうしたんですか、トールさんの方を見て。……まぁ、そういうことですか」
「そ、そういうことって何!? 別に関係ないから!」
「あらあら、あまり詮索するものではありませんでしたね。ごめんなさい、ルビィさん」
ルビィとフレイヤはなんだか楽しそうに話している。いいな、美少女同士の談笑。絵になる。
没ヒロインとヒロインの一人(不人気)、奇しくもエタドラで出会うことのない二人がこうして仲良くしている。
不思議な縁というか、なんだろう。感慨深いとも違うな。ああ、そうか。この感情を一言で言うなら…………。
「尊い……」
「何ニヤけているんだお前は。気持ち悪いな。俺は男の笑顔など一Gの価値もないと思っているが、お前のは特に酷いな。まだ仏頂面している方がマシだ」
「酷い」
俺たちが観客席の上でこんな風に話していると、ダティ・ワムが拡声器を使って叫ぶ。
「さあさあ皆さん、他に挑戦する方はいませんか? 勝てばこの魔剣れ……レヴァ焼き……レバーキー……とにかくこの魔剣を差し上げます! これはかの伝説の冒険者、この街に住んでいたユングヴィが使っていた剣です!」
ダティ・ワムの言葉に歓声が起こる。
「まじかよ!」「あのユングヴィの!」「プラチナクラスの冒険者じゃねぇか!!」「絶対欲しいわ!」
ダティ・ワムのいい加減な言葉と、観客達にフレイは舌打ちをする。怒髪天を衝く一歩手前だ。
落ち着かせるためにも、何か適当な話題を出して気をそらせよう。何より、真横で殺気立たれると、心臓に悪い。怖い。
「な、なぁ。ユングヴィっていうのは父親の名前か?」
「ん、まぁ一応な。ユングヴィは父親の性だ。だから俺とフレイヤも性がユングヴィとなってる。俺はフルネームだとフレイ・ユングヴィだ」
「これはご丁寧にどうも。わたしゃトールだよ。よろしく」
「誰の真似だどんなキャラだそれは」
「近所のお婆さん。俺の脳内近所だけどな」
「意味がわからない……。それより見ろ、ダティ・ワムがまた喋ろうとしているぞ」
「誰も挑戦者はいませんか? 今ならどんな方でも飛び入り参加を認めましょう! さぁ、どうぞ皆さん!」
「フレイ、乗るなら今だぞ」
「ああ。じゃあ、行ってくる」
フレイは観客席から飛び降りて、中央のフィールドに入る。
観客の視線が、フレイに注目する。あるものは身の程知らずと思った。あるものは死にたがりのお馬鹿さんだと。またあるものは可愛そうなやつだと。そして俺は思った。
「やったれフレイ!」
「任せておけ!」
「な、ふ……フレイ! 貴様どうしてここに! いや、それよりもよくも逃げてくれたな! お前のせいで客の信用を取り戻すのに骨が折れたぞ!! さあ、責任をとって魔物の餌になれ!」
ダティ・ワムはフレイを指差し、力強く命令する。その言葉が絶対の効力を持つと信じて。
しかし、フレイは動かない。なぜなら、彼はもう自由の身なのだから。ダティ・ワムの言葉に従う必要など既に無い。
「ば、馬鹿な! なぜ従わん! 私に歯向かったら、動けなくなるはずだ!!」
「あまり汚い口で騒ぐな豚が。これくらい、少し考えたら分かるだろう」
「な……ど、どういうことだ!」
「簡単な答えだ。俺は、お前の、奴隷じゃない。お前に、従う、理由もない」
「な……な、な……」
ダティ・ワムはまるで壊れたラジオのように『な……な……』と繰り返している。
こんなリピート機能がついたオーディオいらねぇわ。気持ち悪い。
「さて、俺がその魔物を倒したらレーヴァティンが貰えるんだったよな。じゃあ、さっそくやらせてもらうとするか!」
「く、クソぉ! 調子に乗るなガキが! おい、魔物を追加しろ!! 残りの二匹も早く呼ぶんだ!!」
その声に反応し、魔物が新たに二匹、フィールドに入ってくる。
そして、フレイを獲物と認識し、颯爽と走ってくる。フレイに近づくに連れ、その速度を加速させる。
最終的に三匹が大きな壁のように並んで、自動車以上の速度でフレイに激突する。普通に考えれば、耐えられる人間なんていないだろう。
トラックに跳ねられるよりもヤバイかも知れない。まともに食らったフレイに命はない。
―――――しかし
フレイに傷はなかった。
それどころか、突っ込んできた魔物の方が絶命している。攻撃してきたのは魔物の方なのに、まるでフレイが衝撃を与えたような光景。
「さあ。お前に見せてやる。この、フレイの真の力を! 俺はお前をぶちのめし、やらねばならないことがあるからな!!」




