第119話 半魔の民
◆半魔の村の村長モーガス視点――
「モーガスさん、ここは危ない。早く逃げよう!」
「だが、どこに行けばいいのだ……この村は広い。だがそんなの関係なくあの妖精たちは村をまるごと火の海に変えるぞ……!」
「じゃあどうするのよ!? 私たちにはもうこの村以外行く場所なんてないわっ!」
村のみんなが次々と意見を口にしていく。
ある者は村なんか捨てて逃げるべきだ。またある者は行く場所もないのに逃げ出せない。
意見を言うだけならまだいい。この状況でも自分の意見を持てず、ただ立ち尽くすだけの者も大勢いる。
私もその一人だ。
村長だと持ち上げられて、村を仕切った気でいた。しかしいざ危険な状況になると、碌な判断も出来ないでいた。
あの娘たちの言うとおりだ。
私はずっと逃げてきた。
人間にいじめられても、純血の魔族に退けられても、文句の一つも言えず尻尾を巻いて逃げてきた。
私はただ争うのが怖い。
だって反撃して返り討ちにあったら嫌じゃないか。痛いじゃないか。怖いじゃないか。
だったら、ただ時が過ぎるのを待てばいい。そうすれば脅威はさるのだから。
この痛みは一時的なもので、今この瞬間を我慢すればまた何事もなくなるのだ。
反撃するだけ損だ。自分がちょっと痛い目を見て、それで『もっと痛い目にあう可能性』が無くなるんだから。
でも、彼女たちに言われて気付いた。
我慢を続けてると、それが当たり前になってしまう。
せっかくみんなで築いたこの村が無くなろうとしているのに、呆然と立ち尽くす。
村を壊す元凶の妖精に立ち向かうなんて考えが全く浮かばなかったのだ。
もちろん、普通の人間が妖精を倒そうなんて考え、自殺志願者でもないとしない。
だが、ここには数十人もの半魔がいる。
ろくに魔法を使った経験もないが、半魔である以上人間よりも強力な魔法が使えるだろう。
少なくとも今妖精と戦っている彼女たちの援護くらいは出来るはずだ。
だというのに、怖い……!
「うう……私は何をやっておるのだ! 幼い少女たちが我々のために戦っておるのに、ただ指をくわえて見てるだけしかできんのか……。逃げるか、戦うか。それさえ決められないのか……!」
膝が震える。心拍数は普段よりも鼓動を早く打つ。
「モーガスさん! 見ろよ、あの子たち腕が吹き飛んじまった! あれじゃあ魔法を使うこともできねえ! あの子たちがやられたら次は俺たちだ! 早く逃げよう!」
「でもあそこには私の家があるわ! せめて貴重品だけでも取りに行かせてよ!」
「行きたきゃ一人で行けよ! あんなところに突っ込んだら死んじまうぜ!」
ガヤガヤ、ガヤガヤと騒いでいる。
みな、自分の意見を言うばかりだ。早く逃げよう、荷物を取りに行かせろ、どこに逃げるのか、逃げるなんて出来ない。
誰も、誰一人彼女たちの身を案じていない。
こんなにも、必死になってくれているのに。
「きけええええーーーーーーい!!!!」
「「「っっ!!!」」」
「お前たち、同胞が身を扮して我らを守っているというのに何だそれはーーー!!! それでもこの村の住民かッッ!」
「も、モーガスさん……?」
「この村には人間や純血の魔族から虐げられてきた者たちがあつまっておる! たくさんの理不尽をその身に受けてきた者たちばかりがこの村にいるっ! 故に住民同士で助け合い、支え合うというのがこの村の唯一の掟だったはずじゃ! それを、見て見ぬ振りをして逃げようとするなど、我らを見捨てた人間たちと同じことをしているではないか!」
「「「はっ!!!!」」」
全員の表情が変わる。怯え、取り乱し、涙ぐみ、冷静さを欠いていた顔が、一瞬にして元に戻る。
みな、この村を発展させようと試行錯誤して協力し合っていた時の、凜々しさと情熱を秘めた表情に変わったのだ。
この顔ならば、きっとわかってくれる。我々がすべきことを。
「いいか、彼女たちはいま苦しんでいる! 傷つき、倒れてしまっておる! ならばどうすべきか? 助けるのだ! 例え我々が妖精に傷一つ付けられずとも、あの子たちを見捨てていい理由にはならんはずじゃ!」
全員、無言だった。ただ、その沈黙は決して悪いものではなく、皆の覚悟が決まった静かな決意の沈黙だった。
「いくぞ、我々は皆見捨てられた者故に。見捨てられる痛みを忘れる事なかれ」
◆
『みんなー! 魔法だ! 弱くてもいいから、魔法であの子たちを助けろ-!!』
「モーガスさん……それに他の村人たちも……!」
私たちのために隙を作ってくれている? さっきまで戦うことに関して過剰なほどに恐れていたのに、一体どうして……。
いや、理由なんてどうでもいい。今は彼らが作ってくれた時間を有効に使わなくては。
「フー……これはチャンスよ。今のうちに【崩壊元素】の準備よ」
「そうですね……いきますよヒータ……」
リンが右手に氷の魔力を練り上げる。それに対応するようにヒータが左手に炎の魔力を作り出す。
二人は手を合わせるように、魔力を融合させていく。
私は二人の手を包むようにして、融合された炎と氷の魔力を矢の形へと形態変化させる。
「右斜め前方に二体……その後ろ四メートルに一体……。少し上空に一体……少し離れた場所に二体……」
「四体は倒せそうだけど、残り二体は難しいわね……どうする、フー?」
「このチャンスは逃せない……! リン、離れた二体を爆発に巻き込めないかしら?」
リンは少し考えた後、難しそうに告げた。
「あと数秒後、煙が晴れたあと……妖精たちが私たちの居場所を見つけて一斉に向かってきたところを狙えば、もしかしたら……」
「リスクが高いわね……」
「だいじょうぶ」
倒れて意識を失っていたサンが意識を取り戻した。
まだつらいのか頭を押さえているのが少し痛々しい。
「大丈夫なの、サン?」
「うん、ねてるあいだに魔力がちょっと回復した。だからもうちょっとだけスキルで防御できる」
「いや……」
私が聞いたのは体の方は大丈夫かって意味だったんだけど……。
しかし、サンはこう見えて結構頑固だ。やると言ったらやる子、決してやめようなんて言わないだろう。
「わかった……じゃあみんな、準備して……!」
砂埃が晴れて、妖精たちが一斉に私たちに気付く。向かってくる妖精たちに見向きもせず、私は矢を構える。
眩しくなるほどの燐光も、サンが受け止めてくれる。
そうして出来た、一秒にも満たない最後のチャンス!
――――逃すわけにはいかない!
「いっけええええぇぇぇぇぇ!!!!」
【崩壊元素】は真っ直ぐ妖精を居抜き、そして爆発する。
すぐさまリンに魔力探知をさせて、しっかりと撃破できたかを確認する。
リンの表情が険しく焦燥感に満ちたものから、ホッと落ち着いた表情へと変わる。
「ええ、やったようです! 全部撃破しました!」
「やったわああああ!」
「リン、ヒータ! お疲れ様! その手でよく頑張ってくれたわ」
「へへっ、どうってことないわよ。あんたもフラフラの状態できちんと決めてくれて安心したわ」
「流石は私たちのリーダーですね。信じてましたよ」
「だから私はリーダーじゃないって……もう」
「うーいたい~……」
サンがスキルを解除してバタンと倒れていた。
腕は完全に骨が折れていて、内出血で痛々しい程に青くなっている。
それでも、涙一つ浮かべずに我慢して盾になってくれた。
この子はやっぱり、すごい。
「ありがとう、サン。あなたがいなかったらきっと私たち、もっと前に死んでたわ」
「フー、抱きしめないで。いたい……」
「あ、ごめんね? もう敵はいなくなったから安心して休んで――」
「でも、今は疲れたからフーのおっぱいでやすみたい、かも」
「……もう、この子ったら。ほら、ぎゅー!」
「リンほどじゃないけどふかふか~……」
「悪かったわね」
「きらいじゃない……よ」
そう言ってサンは体をこちらにあずける。そして、静かに寝息を立てたのだった。
今回一番頑張ったのはサンだから、一番疲れているのもサンなのだ。
疲労が蓄積して、今にも倒れてしまうほどだったのだろう。
気持ちよさそうに寝ているわ。
「みなさん大丈夫でしたか~~~!」
村の奥から大勢の村人が駆け寄ってくる。
先頭にはモーガスさんもいる。彼らが助けてくれなかったら危なかったわ。
「モーガスさん、援護射撃助かりました」
「いえ、あなた方に言われて自分の愚かしさを恥じました。同胞を助けるなど当然のこと。尻込みなどしておられません」
「ええ……ありがとう。あなたたちのおかげで、勝つことが出来たわ」
「「「おおおおおおおぉぉぉぉーーーー!」」」
村人たちは歓声を上げる。それは私たちに向けられたものか、それとも大事な村を守れた事実を喜んでいるのか。
もしくは戦うことを覚えて、彼らが半魔として本当の意味で生まれた産声か。
私にはわからなかった。
けど、嫌いじゃない。そう思った。
『&K+……』
「え……」
「そ、そんな……!」
寒気がした。
それを感じた瞬間、鳥肌が立つ。
後ろを向くと、ボロボロになって消滅しかけている妖精がいた。
『*R……!』
体の半分以上が消し飛ばされ、もはや半透明になっている妖精が手を前に突き出す。
「ま、まずい! 消える前に最後の悪あがきをするつもりよ!」
「でも、もう私たちに魔力はないわ……! どうすれば……!」
妖精の手から燐光が放たれるかと思われた。
しかし、その前に妖精の体に変化が起こる。
周囲の消滅した妖精の魔力を吸収したのだろうか、体が完全に再生し、そればかりか巨大化したのだ。
話に聞く、上位精霊だろうかと私は思ったけれど、その答えを確かめる術などなく、時間もなかった。
今までの比ではないほどの強烈な燐光が放たれた。
直撃を受ければ死は免れない。私たちの尽力空しくも、結果は死――――
かと思われた。
それは影だった。
光の強さに比例するように巨大な影が地面に広がっていた。
その影は、どんどん収縮していき、人一人分の影に変わっていった。
そして、影から現れたのは闇の貴公子――――私たちの主、闇の帳を纏いし半魔の王。
ロキ様がそこにいた。
「久々に会いに来てみれば、何やら面倒なことに巻き込まれているようだな」
「ロキ様!」
「ふむ、中々強力な攻撃だ――だが」
妖精の攻撃がロキ様に直撃したが、光はロキ様の体に触れた瞬間無に帰した。
「私に通じると思うなよ、妖精風情が」
『F”TU!』
「我が血の糧となれ! 【シャドーミスト・クランチ】!」
『##########L#L#L#L#L#!』
ロキ様の体から放たれた黒い霧が妖精の体を包んだかと思うと、次の瞬間には妖精は消滅してロキ様の体に取り込まれた。
「ふん、やはり野生の動物は味がいまいちだな。さて、お前たち。状況は大体把握している。……よくやった」
「「「はい!」」」
やはりロキ様はすごい! あれ程の妖精を一瞬で仕留めてしまうなんて!
この方こそ我々の王! 半魔を救う救世主!
「ロキおそーいふざけんなー」
「こ、こらサン! そんなこと言っちゃダメよ!」
「すまんな。詫びとは言わぬが、これで許せ」
ロキ様の影が私たちの体を包んだ。すると、妖精との戦いで負った傷が再生していた。
「ロキ様、これは……? 私とヒータの手が生えてきてます!?」
「ロキ様すごい! 治癒魔法なんて覚えられたんですか?」
「いや、これは影の能力の一つ。あくまで模造品を作り出してるに過ぎん。影蛇の応用だ」
ロキ様の技、影から獣を呼び出す攻撃か。あの獣を生み出す能力を応用して、人の体の部品を作り出したというの?
模造品とは言うけれど、リンもヒータも、もちろん私も再生した部位に違和感なんてない。
どれほど精巧にパーツを作り出したのだろう! 能力の精度が常軌を逸している!
ロキ様、この数ヶ月で強くなられてる……!
「で、この者たちは何だ?」
「彼らは半魔の民です。この山に逃げて暮らしていたところを偶然見つけて、でも妖精の襲来で村が半壊してしまったんです……」
「ほう、半魔か……」
「あ、あなたは……」
モーガスさんはロキ様を見て声を失っている。
この反応、他国から来たとはいえモーガスさんもロキ様を知っているようね。
当然と言えば当然。ロキ様の異名は大陸全土に響いているのだから。
「あなたはロキ様……? 我々半魔の希望……! あなたが名を上げる度、我々半魔がどれほど救われてきたか……」
「だが、山奥に暮らしているということは今までの住処を捨ててきたのだろう。私の名などお前たちの生活には何の影響も与えていない」
「そ、そうです。彼女たちに言われて気付きました……。我々は逃げてばかりだった……。居場所を守るために真に必要なのは、自ら戦う意志なのだと」
「そうだ。お前たち、戦え! 我々半魔を弾圧してきた人間どもを! 人間の血が流れているだけで汚物を見るような目で見てきた魔族たちに! 我らの存在を示すのだ!」
「お……おお……」
「「「おおおおぉぉぉぉぉ!!!!」」」
村人たちの声が、先程よりも更に大きくなる。
この日、ここに半魔の民が揃った。
逃げる日々から脱却し、居場所を求めて戦う半魔の民が、狼煙を上げたのだ。
ロキ様についてくることとなった、半魔の集団。
我々の名は――闇影の団。
奪われることに異を唱え、戦うことを決意した弱者の集い。
◆
「大所帯になりましたね、ロキ様」
「それよりロキ様ー、この数ヶ月間どこに行ってたんですか? 私たち、待ちくたびれてサバイバル生活もお行き詰まってたんですからねー?」
「うむ? サンに麓の村で好きに過ごしておけと伝えてたはずだが。そのせいでお前たちを見つけるのに時間がかかったぞ」
「え?」
「んー?」
サンがぼけーっとした顔でみんなを見ている。
「ねえサン、ちょっと話があるんだけど」
「ロキ様から伝言があったなら言いなさいよ! チームでは情報伝達が何より大事っていつも言ってるでしょ!」
「そんなこともいってたよーな……いってなかったよーな……」
「言ってるんですよロキ様は! あなたが覚えてないだけです!」
「この数ヶ月間お風呂入れなかったのサンのせいだからね!」
「んーどんまい……ねむいからねる」
サンは完全に意識を夢の世界へと閉ざしてしまった。
体を揺らしても全然反応しない。
「あ、こらサン! ねえ、ちょっと!?」
だめだ。もう完全に寝ちゃってる。怒ろうにも怒れないわ。
「で、ロキ様。ヒータも言ってましたけど、この数ヶ月間何をなされてたのです?」
「ああ、あるアイテムを探していてな。ニブルデスに行くためにはどうしてもそれが必要だったのだ」
「ニブルデス……あの、冥府と呼ばれる国ですか? どうしてそんなところに……。も、もしかしてロキ様、自殺するつもりですか!?」
「いやリン、どう考えても死なずにニブルデスに行くためのアイテムを探してるってことでしょ。……それで、そのアイテムとは一体……」
「これだ」
ロキ様は萎びた草を取り出して私たちに見えるようにした。
どこからどう見ても枯れた草なんだけど、これが重要なアイテムなんだろうか。
そこら辺に生えてそうとか言っちゃったら怒るかしら。
あれ、よく見たら花が咲いてる。
花弁は黒色で、とても不思議な雰囲気がある。引き込まれるような魅力というか、魔力を感じる。
「これは仮死ノ華という。煎じて飲めば仮死薬としての効果を発揮する、薬師の間では有名な華だ。貴重な薬草故、滅多に手に入るものではないがな」
「仮死薬、あっもしかしてそれでニブルデスに行くんですか?」
「ああ。ただ、普通の仮死薬ではニブルデスに行くほどの臨死状態にはなれない。この華をそのまま口にする必要がある」
「危険そうですね。そこまでしてニブルデスに行く理由は何なのですか?」
「数ヶ月前、全世界の人間が死んだ」
「!?」
突然ロキ様が言った言葉を理解出来なかった。
全員死んだ? 世界中の人間が? いや、そんなはずはない。
帝国から逃げてきて山の中で過ごしてきて、変なことはなかった。ロキ様が仮死の華を探すきっかけになったってことは山篭もりより前か。
なら尚更、世界中の人間が死んだなんてあり得ない。いろんな村で人間がいるのをしっかり確認している。
「お前たちは覚えがないだろうな。なにせ、そばにいたはずのお前たちが消えて、戻ってきたと思ったらその時の記憶がなかったのだから」
「事実……なのですか?」
「ああ。おそらく神級の大規模な魔法行使が行われたのだろう。その後、なぜ全員が元に戻ったのかは分からないが……。私のように魔力が高く、闇属性による対魔力抵抗があった者は生き延びていただろうな」
「神級魔法……まさか、極神!?」
「いや、あれは極神というレベルではなかった。文字通り、概念としての神レベルだった。そして私はその力の持ち主がニブルデスにいることを掴んだ」
「だからニブルデスに向かうのですね……。ですが、それほど強力な使い手相手に、大丈夫でしょうか」
「ああ、勝算はある」
ロキ様はそう言うと、仮死ノ華をもう四枚取り出す。
「では向かうぞ。神の力を求めて地獄への片道旅行だ」
「ロキ様が行くならば、我々シャドウズはどこへでもお供します」