第118話 絶体絶命の4人娘
「やーいようせいさんこっちこっちー。へいへいー」
作戦通り、まずサンが囮になって妖精をいくつかのグループに分断する。
ちょうど四体の妖精が固まっていたため、まずはそのグループを狙うことにした。
『!』
『G%_』
四体の妖精の手から光が放たれる。サンは爆発を受けて、大きく後方へと吹き飛ぶ。
しかし、先程と違い地面に足を付けて構えていたおかげで十メートルも吹き飛ばされずにすんだ。
「む、うぐううううう……! めっちゃいたいんですけど……」
サンの防御は強固で、傷一つ負っていない。しかし衝撃までは逃がすことが出来ず、着実に体へとダメージが蓄積する。
連続して妖精たちの攻撃を受けていられるのも、あと数回が限度か。
早めに決めなくちゃね。
「フー、私とリンの準備はオッケーよ。あとはあんたが矢を撃ちなさい!」
「了解……! 風のルートを作り、着弾点を計算。矢で貫けるのは二体、その後の爆発で四体まとめて吹き飛ばす距離には少し足りない……。あと少し、あとほんの二メートルほどあの二匹が動いてくれたら……」
「……サンが何かしようとしていますね。あれは……?」
サンの手元にある土が彼女の手に吸い寄せられるように集まっていく。
そして、土は彼女の右手から全身へと渡り、固く凝縮されていく。
土の鎧――サンのスキルを極限まで高めた時に発現する完全防御形態だ。
この状態の彼女は極大魔法を防ぎきるほどの防御力を発揮するが、その代わり全く身動きが取れない。
負けはしなくても、決して勝てない状態へとなってしまう。
そんなサンの変化を感じ取ったのか、妖精たちは次々と攻撃をお見舞いする。
激しい光による明暗の変化、常人の目を潰してしまうほどの輝きが起こる。
「サン……私たちが攻撃できないと分かって敵の攻撃を一身に背負って……」
「無茶よ……あの状態、かなり魔力を消費するんでしょ? サンの方が根を上げてしまうわ!」
「いや……」
妖精が動く――
バラバラに散っていた妖精たちが、サンを集中攻撃するために一カ所に集まる。
「ここだーーーー! 【崩壊元素】」
光の矢が放たれる。
矢は横に並んだ二体を貫き、その後矢の形状を維持できずに魔力へと分解される。
そして、集まっていた他の二体をも巻き込む大爆発が起こる。
砂塵が舞い、土埃が収まるまで私たちは動かなかった。
そして、ようやく視界が晴れたと思ったらそこには四体の影はなかった。
「よしっ! さあリン、フー! 残りのやつらもこの調子で倒すわよ! いける、いけるわ。たとえ妖精が相手だろうと、この技があれば何人だって勝てる!」
「ええ、でもまずは一番の功労者のあの子を迎えに行きましょう」
リンとヒータは走ってサンが倒れている場所まで行き、土塊に包まれた彼女を揺り起こす。
「うう……爆発やだー……まぶしい」
「大丈夫ですよサン。ひとまずさっきの四体は倒しました」
「悪いけど最低あと三回は同じことをやってもらわなくちゃいけないわ。やれそう?」
「むんっ。がんばる」
「いい子いい子」
サンは土を払って立ち上がる。土で汚れてはいるが、その肌には傷一つない。
あれほどの攻撃を真っ正面から受けて、全くの無傷だ。
やはり、シャドウズで一番潜在能力が高いのはサンかもしれないわね。
この子がもっと、防御だけじゃなくて攻撃にもスキルを応用することを覚えればきっと……。
「フー、次はどーする? また何匹かおびきよせようか?」
「うん、お願いね。出来れば次も同じように建物の影で狙撃できるような場所が――」
『EQ.WGQ”』
「ッ!? まず――」
ドオォォゥ! という爆発音が聞こえた時にはもう、私の意識は暗い闇へと落ちていっていた。
視界に映るサンが、とっさに私たちの前に出ているのを見ながら――
◆
「う……頭が……。……はっ! サン、サンが私たちの盾に!」
無理矢理落とされた私の意識は、頭の痛みからまた無理矢理戻された。
朦朧とする中、周囲を確認しようとすると仲間の声が聞こえた。
「遅いわよ……フー……いつまで、寝てるのよ……」
「いつもは起床時間に厳しいのに……今日に限っては……逆のようですね……」
ヒータとリンの声だ。いつもと違う、生気の無い声。
嫌な予感がした。そして、確認するまでもなく、その予感は当たっていると確信できる。
さーっと冷たい何かが頭の中を流れる。血の気が引くという感覚はこういうことを言うのかと、変に冷静な自分がいた。
「あ……ああ……」
しかし、そんな冷静さも前にいる仲間を見て吹き飛んだ。
「ヒータ……リン……な、なんで……」
「あんたが寝てるから矢を撃てなくてね。リンと二人で【崩壊元素】を発動してみたんだけど、手元で爆発するリスクがあるとはね。……まあ、おかげで五体は倒せたけど」
「こんなに扱いが難しい魔法だったのですね……。フー、あなたの魔力操作能力の凄さを身をもって実感しましたよ……高い授業料ですが……」
「ふ、ふたりとも……腕が……!」
ヒータは右手、リンは左手が――失われていた。
崩壊元素は強力な魔法だが、少しでも魔力の操作をミスしたら術者にその破壊力が返ってくる。
だから魔力の操作が得意な私が矢の形状に変化させ、射出するという行程を挟んでいる。
でも、私が意識を失ってしまっていたから矢に形状変化させることが出来なかった。
私のせいで、二人はお互いの右手と左手で魔力を融合させた不安定な崩壊元素を要請に直に当てなければいけなかった。
私が、しっかりしていなかったから……。
『JQ”EGWEQT』
リンとヒータの決死の魔法行使も空しく、妖精はまだ数体残っている。
そして、私の意識が戻ったことに気がつき、こちらに意識を向けられる。
「あ……」
妖精の掌が、こちらに向けられる。
まもなくあの掌から強烈な燐光が放たれる。その攻撃から逃れる術は、私には残されていない。
魔力はもう残り少ない。攻撃するだけならまだしも、妖精たちから逃げるために高速で離脱するほどの余力はない。
詰みだ。
「でも……こんなところで……」
死ねるか。
私には……私たちにはやらなければならないことがある。
半魔の地位向上。いや、そんな大層な御題目を掲げているわけではない。
ただ、私たちにも自由を。
人間どもが当たり前のように享受している人としての尊厳を、私たちにも寄越せ。
それが私たちシャドウズ、そしてロキ様の願い。
別に人間どもを根絶やしに使用なんて大昔の魔族のような思想を掲げているわけじゃない。
普通に行きたいだけ。半魔だから、汚れた血が混ざっているからと魔族からも人間からも虐げられるこの世界を変えたいだけ。
ここで死んだら、その目的も達成できない。
「死ねるわけ、ないじゃない……! 【エアストラッシュ】!」
複数の風の砲弾を放つ。狙いは妖精たちではない。その足下、風の砲弾により土煙が起きて目くらましをさせる。
その隙にリンとヒータの元まで行く。サンの姿が見えないが、恐らく近くにいるはずだ。
見ると私のすぐ近くに意識を失い、倒れているサンがいた。両腕は青く腫れ上がり、骨も折れていた。
ずっと私たちの盾になってくれていたんだ。それで魔力が切れて、妖精の攻撃に耐えきれず吹き飛ばされたんだろう。
「……っ。みんな、しっかりつかまってて。最後にみんなをこの村の外に飛ばして逃がすから……。うまく生き延びなさいよね」
こんなところでは死ねない。でも、このままだとみんな死ぬ。
だから、私が犠牲になることでシャドウズのみんなを生かす。
私たちの志は同じ。私が死んでも、みんなが生き残ることで目的が達成できるなら、命なんて惜しくない。
「【ウインド・ウォー……」
「なに、勝手に決めてんのよ……」
ヒータの残った片腕が私の胸ぐらを掴む。
「あんただけ格好つけようたって、そうはいかないわよ……」
「そうです、よ……。死ぬ時はみんな、いっしょ……です」
「でも二人とも、その腕じゃもう……!」
二人とも片腕を失って、もう禄に魔法も撃てないのに。
「もう片方あるでしょ……リン、利き腕じゃないからって、魔力制御出来ないなんて泣き言、いうんじゃないでしょうね……」
「ヒータこそ……普段から大雑把なんですから、こっちの腕まで吹き飛ばさないでくださいよ……」
「ふん……言ってなさい……」
二人の表情は本気だ。本気で、もう片方の腕で【崩壊元素】を発動させる気だ。
利き腕じゃない方の腕で、魔力の制御に不慣れな腕で。
これに失敗したら、二人は両腕を失うこととなる。
「なに余計なこと考えてるのよ……フー、あんたが撃つのよ……」
「そうですよ……さっきは、あなたが寝てた、から……私たちで撃ちましたけど、もう、あんな危なっかしいのは勘弁です……。フー、あなたが決めてください」
ヒータとリン、二人の視線が私の目を貫くように見つめる。
私に全て託す、そういった目だ。全幅の信頼とでも言おうか、私なら決めてくれるだろうと信じ切っている目だ。
こっちは頭を撃って意識があやふやなのに、無茶を言ってくれるわ。でも、二人のダメージは私なんかよりずっと重い。
なら、やるしかないわ。
「でも、どうするの? もう土煙が晴れるわ。そしたら妖精たちは一斉にこっちを攻撃する。【崩壊元素】は三人が攻撃準備をするからそこを狙われたら反撃出来ない。だからこそサンの防御で身を守ってるのに」
「それは……」
土煙が消えるまで残り数秒、刻々と迫る決断の時。
私たちが最後の作戦を決めかねていると、遠くから声がした。
『みんなー! 魔法だ! 弱くてもいいから、魔法であの子たちを助けろ-!!』
その声は、私たちが嫌悪して罵倒した、弱くて臆病者の村人たちの声だった。