プロローグ
月夜の下、色とりどりの花を咲かせる庭園の中、俺は少女と手を取り合っていた。
この世界には俺と彼女、二人しかいないと錯覚するほど、静かな空間だった。
俺はこの光景が信じられない。今でも夢じゃないかと疑っている。
元々オタクとして過ごしてきて、青春らしいイベントなんて何も起きなかった。
少なくとも、異性と手を取り合うなんてありえなかったのだ。
だが、今こうして目の前にはルビィがいる。俺よりも少し年下の、小さくて可愛らしいお姫様だ。
彼女は震える手で俺の手をぎゅっと握り、潤んだ瞳で見つめてくる。月明かりに照らされて、瞳は宝石のように輝いている。
人形のようだ―――そう感じてしまう。
「あのね、とおくん……」
鈴の音のような優しい声。ルビィが俺の名前を口ずさむだけで、多幸感に包まれる。
彼女の顔は、いつも自慢する絹のように透き通る茜色の髪と同じくらい赤く染まっている。
緊張しているのは彼女も同じらしい。
「私の……私の騎士になってください!」
このミズガルズ王国の王女である彼女に、俺はそう告白された。
「ルビィの騎士……」
少女の口から出た言葉を、噛みしめるように繰り返す。
俺みたいなゲーマーが、ルビィのような美少女と親密な仲になるなんて、半年前には想像も出来なかった。
異世界に来る前、そう、あの時だ。
もしあのゲームをやっていなかったら、俺はきっと、彼女と出会うことさえ出来なかった。
すべての始まりは、半年前まで遡る。