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始まりはいつからなのだろう


   三〇


「それで、新薬のサンプルはどうなっている」

「はい、それは先ほどこちらに輸送されてきました」

 唐津組の幹部の会話のやり取りである。

「それにしても、我々の組織でよくこんな薬ができますね」

「ふっふっふ・・・本来なら我々の技術力ではこのマリファナは作れない。今からマリファナを製造するには莫大な時間とお金がかかる。だから、発想を逆転させてみた。そう、最初からマリファナを作ることができる技術がある人間を味方につけるのだ。我々唐津組に心酔さえさせれば、我々にない巨力なバックアップが期待できる。そうして、薬事法が改定されマリファナを合法的に作ることができれば、我々は莫大なお金が転がり込んで、研究者はさらに狂った研究ができる。まさにウィンウィンの関係なのだよ」

「そうなのですね。そんな技術力を持った人がいるだなんて。ところで組長、その人は今どこにいるのですか?」

「さぁ? そこまで関知はしていないけど、今日も彼女専用の研究室で狂ったように研究しているでしょうね」


「三村さん、ちょっといいですか」

「あら、町沢くん、またサボりにきたのね。こんなところにたむろしていると、また梶警部に怒られるわよ」

 町沢が息抜きのためか、三村の研究室にお邪魔した。もっとも、梶は行方不明扱いであるが、建前は出張扱いだ。

「それは大丈夫ですよ。梶警部は出張で本庁にいないので。それで、三村さんはまた変な薬を研究しているんですか」

「まぁ、そういうところね。ちょうど新薬が完成したところよ。この薬は、風邪と同じ症状をわざと作り出し、会社をさぼる口実となることを手助けするのだ。きっと、ブラック企業に勤める若者にはうってつけの薬ね。では早速この新薬を忙しさのあまり疲れて休みたい思いがにじみ出ている適任の町沢くんに・・・」

「やめてください!!」

 いつものように町沢と三村がワイワイやっている。

「そ、そんな薬を使ってどんな捜査に役に立つというのですか?」

「使い道はあるわ。取調室で暴れている犯人にこの薬を飲ませれば、暴れる意欲がなくなるわ。そもそもインフルエンザに近い症状の想定だからね。取り調べをする側はいたって健康体。犯人に勝ち目はないわ」

 妙に話の筋が通っている。三村は勝ち誇ったようにコーヒーを飲みながら新薬の資料に目を通していた。

「あっ! 薬の持続時間を測定し忘れた」

三村の目線が町沢の方に向いた。

「し、失礼しますぅ」

 人間に備わっている危険信号が働き、一刻もこの場を離れなければ危険であると察知した町沢は、情けない声で三村の実験室を後にした。

「なぁんだ、根性なし」

 三村は町沢が出ていったことを確認すると、ドアにプレートをかけ自身の実験室の鍵を閉めた。やがて、薬のサンプルが厳重に保管されている扉を開けた。

「まぁ、本当にあのボウヤにある別の薬を試させてみたいけどね。この第三期の改良版となるのマリファナとなる新型【神薬ソーマ】をね。あのまじめな青年にはきっと刺激が強いはずよ。ラリったボウヤの顔を見るだけでもゾクゾクするわぁ。ひょっとして失神するかもね。あぁ、想像したら私もゾクゾクしてきたわ。さぁ、私も一服しましょう。この改良版の【神薬ソーマ】を使ってね・・・」

 そうして三村は、改良版となる【神薬ソーマ】を服用し、自身の研究室でしばしラリった時間を過ごした。

 基本的に科捜研の研究室は個人事業主みたいなものだ。優秀な研究者には個人用の研究室が与えられる。そうなれば、周りに目に触れることなく、自分の好きな研究ができる。三村は非常に優秀な研究者であった。別名、薬の錬金術師と呼ばれ、薬の整合には製薬会社からヘッドハンティングされる程の能力があった。

 そんなある日、三村は自身の研究室で偶然であったが、【神薬ソーマ】の整合に成功した。早速試してみると、全身を駆け巡る快感に昇天した。それから、三村はことあることに【神薬ソーマ】を吸いヤク中になった。

 三村はまるで石油を掘り当てたような感覚になっていた。だが、石油を持っているだけではお金は入ってこない。どこかで換金しなくてはならない。これでは宝の持ち腐れだ。生きていくとなると、公務員のお金だけでは六〇歳まで働き続けなくてはいけない。せっかく金のなる木があるというのにバカバカしいにもほどがある。そこで思いついたのが、薬物を扱う犯罪シンジケートに【神薬ソーマ】のレシピを売ることにした。

 三村は科捜研といえど警察の人間のため、暴力団のリストを見ることは容易であった。

 リストを見ていると、政治家を飼い犬として、自分たちの都合のいいように法律を改正させようとするヤクザを見つけた。それが唐津組であった。そこで、三村は唐津組にコンタクトを取った。【神薬ソーマ】の調合に必要な薬のうち、一つだけが現在の薬事法では禁止されていた。だが、その薬を法案改正により、合法的に使用できれば、【神薬ソーマ】が大量に生産できる。警察の捜査にも触れはしない。

 三村が個人的に楽しむ分には法律改正に興味はなかった。誰にも薬のことを漏らさなければよかった。だが、一生遊んで暮らしていけるだけのお金が欲しい三村は何としても法律を改正したかった。

「協力的だった守倉は死に、その後継者の徳地も殺された。さっさと次の議員を探さなくちゃいけないのに、あの組長は一体何を考えているのかしらぁ。この前会ったときも『裏切り者を始末したまでだ』としか教えてくれなかったしいいぃ~。早く薬事法を改正しないとおぉぉ~、ぃつまでもここで働かなきゃ~な~らな~いじゃないのよおおぉぉぉ~~~。この〇△□×~~~! この『ピ~~~~~~~~~!!!』」

 やけ酒ならぬ、やけ薬である。三村の発言は支離滅裂な言動のオンパレードである。もちろん、声は外に漏れないよう防音対策済みである。先ほどドアにかけたプレート『只今劇薬作成中に付き絶対にドアを開けるべからず』と書かれていた。マッドサイエンティストの資質がある三村のことを周囲は認知していたため、このプレートが書かれているときは絶対に三村の部屋に入ってはいけないことは公然の黙認となっていた。


   三一


「奴は始末したが、自殺に見せることが完全にはできなかったことが、失敗だな。警察内部では殺人事件として特別捜査本部を設置するという噂も出ている」

「はっ、申し訳ありません」

頭を下げる梶である。

「ほんとよね〜おかげで私のところにも警察が来たわ」

日本庭園が見える立派なお屋敷には似つかわしくない会話が聞こえてくる。唐津組の人間と北条が追っていたキャバ嬢の松本の会話だ。黒いオーラがどす黒く渦巻いている環境だ。まだ午前中だというのに。

「まぁ、仕方あるまい。完全犯罪というのはしょせんはフィクションの世界だけだ。少しでも異変があれば、奴らは血眼になって捜査をする人種だ。だが、それも下っ端までのこと。警察組織を動かすのは、ある種の経営と同じこと。警察・国・個人の私服になることならなんだってやるのは警察上層部の人種だ。その警察上層部にエサを与えれば、奴らなど怖くはない。現に、この事件はこの私がちょっとお願いすれば、簡単になかったことになる。ところで、なぜ警察がお前のところに来た? この件関しては警察に圧力をかけて事故に見せかけるよう、この私が警視庁の内通者に話は通してあるはずだが」

「知らねぇよ、そんなの~」

 多少素が出ている松本である。やはり客前と素性では大きく異なるようだ。

「ところでお前、その刑事の名前は聞いたんだろうな?」

「ちょ~どいいことに、名刺をもらったよ。なんだかどんくさくて幸うすそ~な男だったよ」

 その名刺には『町沢』と書かれていた。

 口を開いたのは梶であった。

「この町沢とかいうやつを処分しますか?」

「いや、迂闊に警察官を殺すのは公になる。監視だけつけるだけに留めておこう。この町沢に監視をつけることを警察の知人にも話を通しておこう」

 静粛な雰囲気が、より一層場の空気を凍らせる。

「ところで、例の計画はどうなっているんです?」

「あぁ、問題ない。全てはこの私の思い描いた通りに動いているよ」

「そうですか、なら問題ありませんね」

「ねぇ、例の計画ってなぁにぃ?」

「お前は気にしなくていいことだ」

 やや拗ねる松本嬢。その横では梶が電話をかけていた。どうやら、相手は唐津組の息のかかった警察官らしい。

「どうも。警視庁捜査一課の町沢という刑事を監視してほしい。こういう青二才は組織を知らないせいか、時に私たちの脅威となりかねない。どうか、ご協力をよろしく」


   三二


三月五日

 昼過ぎに町沢は北条の事務所へと向かっていた。ただし、今回は北条から呼び出されたためだ。目的は、梶の動向や北条の調査結果の情報交換であろう。誰にも聞かれてはいけない密談のため、下手にホテルで話して会話を聞かれるよりは、絶好の場所であった。何より、ホテルでないだけアフタヌーンティーセットの代金を支払う必要がないことが一番の絶好の場所でもあった。

 当の北条は二月分の収支報告書をまとめていた。これまでの探偵の仕事の依頼は二件だけであり、その二件は守倉夫人の不倫調査依頼と町沢の身辺調査(その他諸々)だ。件数は少ないが、この二件だけで一〇〇万円を超えていたことに内心ホクホクであった。さらに、唐津組の潜入捜査の報酬は五〇〇万円が入る見込みだ。そのため、時間に余裕がある。だから、守倉一族殺害事件に首を突っ込むことができる。

 北条の探偵事務所に着いた町沢はエレベーターのボタンを押す。一発でボタンが反応したことに驚く。きっと修理をしたのであろうと町沢は思った。余談ではあるが、この日の午前中に北条がクレーマーのように「早く直せ!」と、電話をしていた。

 ここで町沢が疑問に思う。エレベーターが止まっている間、北条さんはどうやって一一階まで登ったのだろう。まさか、階段で? 三十路を超えた北条さんにとっては重労働であろう。こんなこと間違っても北条さんの前では口にはできない。口にしたとたん暴行の被害を受けるか、侮辱罪と称して現金を巻き上げるか。いずれにせよろくな目には合わないことを町沢は見越していた。

「北条さん、いますか?」

 北条の探偵事務所に着いた町沢は、ドアを開け開口一番に北条の在室を確認した。

「いるに決まってるでしょ。ここは私の事務所なんだから」

「まぁ、そうですけど」

 町沢は前にもこんなことがあったような気がすると、デジャヴの感覚に侵されていたころ、北条はパソコンで経理情報を入力していた。事務仕事をしている北条がなんだか物珍しく見えた。

「お前を呼び出した理由はこれだ。ほれ、町沢。落し物だ」

 北条はデスクにパスケースを置いた。

「はい、それがなんですか?」

当然のように町沢は答える。だが、北条は止まらない。

「町沢。お前の仕事はなんだ?」

「は、はぁ・・・警察官ですが」

「そうだろ! お前の仕事は警察官だ。市民の安全を守ることが仕事じゃないか! 町沢、お前は小さな子供が落し物を持ってきたらどうする? お前はそんないい加減な対応でいいのか? 落し物の処理は警察官にとって絶対な業務だろうが!!」

 町沢が、また北条さんが暴走したと、やや呆れた表情を必死で押さえながら対処する。

「それは町の交番の仕事じゃないですか。僕はれっきとした捜査一課の刑事です。担当は殺人事件です」

「それなら、そんな小さな事件は他のものにやれっていう精神か? たるんどるわぁ!! 働く意味を知っているか? 『はた』が『楽』になるから働くというのだ!!」

「あ、あの。北条さん。その言葉は一体何なのでしょうか」

「いいからつべこべ言わず、さっさとその落し物の中身を見ろ!!」

 だんだん鬼上司になりつつある北条。梶の何倍も手強い上司であろう。なんだかこじつけもいいところである。もはや町沢は北条にはついていけなかった。いや、元々か。北条が梶の部下から離れて清々したとよく言っているが、もしかしたら、本当に清々したのは梶の方なのかもしれない。

町沢が渋々パスケースを開く。だが、パスケースを見た途端、町沢の表情が一気に凍り付いた。


「・・・・・・・・」


 町沢は北条と同じように言葉を失った。

「はい、町沢君。この写真を見て何か感想はあるかな?」

「こ、この写真って・・・守倉議員と、昨年クリスマスイブに殺された被疑者じゃないですか。これを、一体どこで見つけたんですか?」

「だから、落し物だと言っているじゃないか」

「じ、じゃあ、このパスケース、一体どこで手に入れたんですか? 新事実じゃないですか」

「偶然だけど、このビルの非常階段で見つけたわ。おそらく、殺害された時に何かの拍子で落っこちたんでしょうね」

「守倉議員とこの被疑者との関係は、北条さんわかりますか?」

「確証はないけど、おそらく隠し子ね」

「隠し子、ですか?」

 西岡唯の父親が守倉議員であることはつかめた。同時に、母親が守倉夫人でないことも判明した。構図としては守倉議員の隠し子の扱いで間違いない。

「世間には堂々と親子として公表はできないけど、この二人は極秘で会っていたと思うわ。パスケースの写真から見ると、つい最近撮影されたものだわ。それに、年頃の女性が自分の父親と同じくらいの男性の写真をパスケースに入れている地点で、普通の関係じゃないわ」

「その、親父フェチとかいうものでは・・・」

「その可能性はないわ。現に彼女は付き合っていた男性がいたはず。それも結婚を前提にね。普通なら、その男性の写真を入れるはずよ。その婚約者より優先させてまでの男性となると、もう父親しかいないってわけ」

 なんとなく納得する町沢であった。偶然とはいえ、新事実が出てきたことに、事件は解決に向かうと同時に、より迷宮入りの気配が漂ってきた。町沢が、あっ! と突然何かを思い出したかのように声を上げた。

「そういえば、この女性が殺害される前に父親にメールを送ろうとしていました。その時は電波の調子が悪くメールが届いていなかったですが。事件が解決したのであまり気にしていませんでしたが、この女性の父親とはあまり関係がうまくいっていなかったみたいです。よくよく考えれば、それは実の父親ではなかったことでしょう。つまり、アドレスに登録されていた『父親』にメールを送信しようとしていた相手は、守倉議員のことだったんですね」

「なるほど。その話には筋が通っているわね」

 北条がパスケースを町沢の手に渡した。

「とにかく、その落し物はお前に任せる。だが、上層部にこの証拠を突きつけるのは危険だわ。例の圧力でパスケースの存在が消されかねない」

「は、はい。わかりました。個人的な扱いで保管します」

 町沢はパスケースを持ってきた鞄にしまった。

「さて、そっちの成果はどう?」

「梶警部はこの一週間出張扱いのままで姿を見せていません。なので、これといった成果は残念ながらありません」

 梶の行動など誰も気にすることはない。忙しい人間から見れば窓際族の行動を確認しているようなもので時間の無駄になるからだ。つまり、梶は誰の目を気にすることもなく自由に行動できる。これはもちろん北条の偏見である。

「北条さんの方は、何か進展がありましたか?」

「この事件のカギを握ると思われる人たちに色々と種を撒いておいたわ。近々唐津組があわただしくなるのは間違いないね」

「種、ですか。それは一体何ですか?」

「種明かしはできないわ」

 種だけに、と言ったら北条さんは『く・だ・ら・ねぇ!』と、間違いなくバカにするだろう。危うく口を滑るところの町沢であった。

「もう少しすれば、何らかのアクションがあることは目に見えているわ」

「それじゃあ、今は待ちの一手ですね」

「そうなるわね」

 真相解明まであとわずかになってきた。はやる気持ちの町沢に北条がくぎを刺す。

「すっかり忘れていたけど、あなたもまだ唐津組の監視から除外されていない可能性もあるわ。用心することね」

 町沢はすっかり忘れていた。つい先日まで唐津組に監視されていたことを。ベンツが猛スピードで町沢のアパートの前を通り過ぎてからすっかり姿を見せなくなったが、まだ油断はできなかった。

「それで、北条さんは、梶警部が唐津組の幹部であると思っているのですか?」

「ほぼ決まりね。あれだけ唐津組と親しくしている姿を見れば、明らかに関係者だわ。恐らく警察の情報を流しているわね」

 梶がそのような行為をしていることが町沢には信じられなかった。確かに、唐津組の会合に出ている姿を北条さんが見ているとなると、状況的証拠がある。

「あの、北条さんが現役の刑事だった時の上司って、梶警部ですよね。その時の梶警部は今と変わってしまってますか?」

「あのオッサンのことなんか気にも留めてなかったからよくわからないわ。興味なんかからっきしないし、あのオッサンが上司だったことは私の黒歴史でもあるわ。でも、事件にかける思いは変わっていないはずよ。根は正義感であふれているから」

 なんだかんだ言っても、梶警部のことは信頼しているのかと、町沢は解釈した。

「だからと言って、あのオッサンは尊敬できないけどね。特に、あの一件があってから」

「あの一件って、何ですか?」

「そうね、ここでは誰にも話を聞かれる心配はないから、ゆっくりと話をしようかしら」

 北条はかつてレイプ魔を取り押さえた時に、上層部の圧力で釈放せざるを得なかった事件を語り始めた。それは、北条自身が警察を辞める原因をも語ることとなった。

「それじゃあ、そのレイプ魔を逮捕できないことがあって、北条さんは警察を辞めたんですか」

「そうね。あのオッサンは自分の保身に走ったせいで、被害者を泣き寝入りさせる羽目になったわ。私はそれがどうしても許せないのよ」

 町沢はこの件について返す言葉が見当たらなかった。何といえば、北条さんは納得してくれるのだろう。

「無理に答えはいらないわ。ごめんね、変なことを語ってしまって」

「あ、いや、そんな」

 無理に言葉を出そうにも、思考回路が追い付かない。天真爛漫な人生を歩んできたように見えた北条に暗い過去があったことが思いもよらなかったからだ。

「北条さんも、順調に渡ってきた人生ではなかったんですね」

「当たり前じゃない。警察から探偵に転職した人間なんか、まず何かしらの問題があって警察を辞めざるを得なくなったに決まっているわ。それに、人間だれしも挫折するようになっているものよ。でも、今となっては警察を辞めて正解だったわ」

「それは、梶警部と顔を合わせなくて済むことですか?」

 北条はクスリと笑った。町沢があまりに予想外かつ自分の意見が一致していたことだ。

「よくわかっているじゃない。確かにそれも重要だけど、一番は自分の正義に忠実になれることね」

「正義ですか?」

「そう。独立すれば警察にいた時のように圧力をかける人物は誰もいない。自分の信念のままに行動ができる。自分に嘘をつかない生き方はいいものよ」

 どこかハウツー本に書かれている内容ではあったが、北条の信念は理解していた。刑事としても人間としても、北条には到底かなわないと町沢は改めて身に染みた。

「それじゃあ、僕はこれで失礼します」

「待って!」

 帰ろうとした町沢を、北条は引き留めた。町沢は何事かときょとんとしていた。

「何となくだけど、次あなたと会う時には全てが終わっているような気がするわ。そうすれば、このやり取りも終わりになるわね」

 北条の意味深な言葉を聞いた町沢は、なんともやり切れない気持ちになっていた。この一連の事件が終われば、北条さんと自分はもう二度と会う機会はないのだろうか。西岡唯の殺害事件からまだ二か月しか経っていない中で、北条さんには数多く会ってきた。それは、警察と探偵という間柄を超えたようにも感じていた、あくまで、町沢自身の想いであるが。


町沢を見送った北条は、ハーブティーを飲み干した後ふと独り言を呟いた。

「今思えば、最初に松本を追っていた時に、どうして町沢が都合よく表れたのかしら・・・」

 町沢は北条の事務所を後にして、渋谷駅方面を歩き始めた。やがて、携帯電話を取り出しどこかに電話をかけた。

「私です。町沢です。近々唐津組と何らかのコンタクトがあると北条さんは知っています。どうやって情報を入手したかは知りませんが。なので、私は北条さんの跡をつけたいと思います。北条さんが不審な行動をしたときにはすぐに連絡を入れますので、援護をお願いします。条件は先日そちらから要求があった件を引き受けます。はい」




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