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守倉邸の闇が垣間見える事件が続出


   一四


 時刻は午前一一時。北条から梶の扱いについてアドバイスを聞いて警視庁に戻ってきた町沢は、早速梶のもとに向かった。

「梶警部、お話があります」

 梶はきっと守倉議員の事件に関してのことだろうと判断し、誰にも会話を聞かれることのない会議室に町沢と向かった。町沢は、北条から『常に周りに耳があると思え』という話を聞いてからか、意外にも梶は適切な行動をとっていると納得した。

 誰もいない会議室に二人が入り、町沢が鍵をしっかりとかけた。

「それで、話というのは何だ?」

「梶警部、お願いがあります。守倉邸に一度でいいので入って確かめたいことがあります」

 町沢が再び梶に守倉邸の調査を打診した。

「だからダメだと言っているだろう。この件からは身を引くことだ」

「そこを曲げてでもお願いしたいのです。どうしても守倉の息子に会って確かめたいことがあるのです。一体なんの目的で僕を追っているのか確かめたいのです。いえ、直接に聞くのはまずいとしても、職務質問くらいは問題ないと判断できます」

「追われている、だと・・・」

 しまったと町沢は思った。だが、口にした後ではもう遅い。

「なぜお前が守倉の息子に追われているのだ?」

「それを確かめるべく、守倉邸に行きたいのです」

 怪我の功名だ。町沢自身が追われていることを口にしたことで、かえって守倉邸に行く目的がはっきりした。

「お前はしつこいな。いいか、守倉議員の件は・・・」

「上層部からの圧力がかかっているのは分かります。ですが、このままでは遺族の方たちに何と言えばいいのか。警察は殺人事件としてわかっている中、事故扱いしなければならないことに違和感を覚えます」

 町沢の熱い思いは止められなかった。だんだんと考えが北条に似てきたなと梶は思っていた。これも、頻繁に町沢が北条に会いにいているから感化されたのだろうか。いや、北条ウイルスが町沢に移ったのであろう。町沢は抗体がないだろうから、あっさり感染したのだ。

 全くだらしない奴だ。いや、あの北条ウイルスはインフルエンザも舌を巻いて逃げるほどの威力を発揮するに違いない。だから・・・

なにやら梶の頭の中で変な物語が進行している。ここはあえて口をはさむべきではないと町沢は判断した。

 町沢の思いが伝わったのか、梶が折れる結果となった。

「それでは、早速行きましょう」

 町沢が会議室のドアを勢いよく開けて走り出す。北条さんの言ったことは本当だった。あの人はやはりただものではない。もっと梶警部の弱みを教えてもらえばお金を出してでも構わないと思っていた。

 町沢が出ていくのを後ろから見て、梶がしみじみ昔のことを思い出していた。

「やれやれ、奴はすっかり北条のようになりつつあるな。またしても奴のようなものを面倒見ることになるとはな」


 時を同じくして、北条は守倉邸に乗り込もうとしていた。町沢の話を聞いていてもたってもいられなかった。警察が動かないのならこの私が動こうじゃないか、と腹をくくってのことだった。まるで、『俺がやらなきゃ誰がやる』かのようなフレーズだ。

 守倉議員が殺されるここ数日の間に何か不審な点はなかったか、政治家という職業柄、政策の反対派の人間に恨みを買っていなかったかなど、どんな些細なことでもいいから、手掛かりを探ろうとした。もちろん、ただで動くわけがない。事件が解決した暁には、守倉夫人や警察から多額の謝礼を受け取るつもりだ。探偵屋としての北条はもう警察官ではないため、謝礼と称した金品を受け取っても何ら罪にはならない。むしろ、報酬を受け取ることが正当な仕事の成果だ。

 時刻は午後二時を少し過ぎたあたり、北条が守倉邸に到着した。相変わらず静粛に包まれた高級な屋敷であると物思いにふけっていた。どうすればこの暮らしが手に入るのか、守倉夫人がうらやましく思った。

 北条が呼び鈴を鳴らすと、この前現れた家政婦さんが今度はエプロン姿で出てきた。国会議員が亡き今となっては、この家政婦もどうなるのかと、北条は他人事ながら気にかけた。だが、見た感じ自分と同じ年くらいか少し年下の印象を持った北条は、きっとまだまだ再就職先が見つかるわよ。いま、もしかしたらどこかの派遣事務所から来ているか。などと、余計なお世話を想像していた。

 玄関に入ると、三〇,四〇代風の夫婦がいた。徳地夫妻であった。二人は北条に「どうも」と会釈する。確か、前回この家に来たときに守倉夫人は町内会の関係者と言っていたような気がすると、記憶を巡らせる北条である。

 応接室に通された北条は、先日出された高級なティーカップ共に、先日とは違う紅茶が出てきた。味もやはり高級的な雰囲気が伝わってくる。席についてから数分で、守倉夫人が応接室に現れた。

「ようこそいらしました」

 守倉議員が殺害されてからというもの、悲しむ暇もなく様々な対応をしているのであろう。その表情はやつれているようにも見えた。だが、守倉夫人には事件の真相は隠されているはずだ。現に葬儀の時も事故で亡くなったと話していた。ここで夫は事故死ではなく殺害されたと告げればショック死するかもしれない。葬儀の時に続いて、まだ真相を話すべきではないと判断した。さらに、ここに来たのは、守倉夫人のある真意を確かめるに来たのであった。

 守倉夫人が応接室のソファーに腰を掛け、北条が口を開いた。

「守倉夫人、本日はある案件を報告するべくこちらに伺いました」

「と、いいますと」

 夫の不倫調査の関係しかなかった北条であったが、夫がなき今となっては関係があないはずだ。だが、北条は一体何の件できたのか、守倉夫人はやや懐疑的であった。

「単刀直入に言います。当初私に依頼してきたのは不倫調査でしたが、本来の目的ではありませんね。本来の目的は、守倉議員が裏組織の人間と接点があるか、ということではないのでしょうか」

 夫人の表情が凍り付く。真冬だというのに、汗が一滴堕ちる。その表情から、北条は自身の推理が間違ってはいないことを確信した。

「・・・よく、わかりましたね。私が立てた計画は綿密に練ったはずですが」

「えぇ、最初は簡単な不倫調査だけだと思っていましたが。ですが、守倉議員が亡くなられて状況が変わりました。どうも、警察関係者が死因を調査していると、黒い影がちらついているのです。極めつけは、あなたのご子息です。失礼ですが、ご子息のご職業は」

「そ、それは・・・」

「答えていただかなくても結構です」

 唐津組の人間だからか、まっとうに職業を答えることはできないだろう。

「守倉夫人、唐津組という暴力団はご存知でしょうか。よく事件を起こしてニュースで名前が出る暴力団のため、一般社会でも名は知られてはいるでしょうが」

 守倉夫人は徐々に顔から血の気が引いていった。何かしらの関りがあると北条は察した。

「この唐津組に、守倉議員と息子さんは関係していたのではないでしょうか」

 この私立探偵は全てお見通しか。守倉夫人は、観念したかのようだった。そして、すべてを語ろうと決心をした。

「まさか、ここまで知られているとは思いも知りませんでした。わかりました。依頼した真の目的をお話しします」

「一つ待ってください。私が言いたいのは守倉夫人、あなた自身は唐津組の人間ではないのですね? もし、あなたが唐津組の人間であれば、私は今すぐこの場から去ります。ですが、もしあなたが唐津組と無縁であれば、私は引き続き別の依頼人からこの事件の調査を継続します。」

「私は唐津組の人間とは関りはありません。関りがあるのは・・・」

「守倉議員と息子さんですね」

 夫人は黙ってうなずいた。やはり、国会議員が闇組織とつながってたとは。週刊誌が真っ先に飛びつくネタであろう。

 守倉夫人の話をまとめると、ここ数年守倉議員の動向が怪しくなってきた。どうやら三年前にダム建設の法案を通したあたりだろうか。当初はダム建設現場の住民からの反対運動が活発で、予定していた工程からだいぶ遅れていた。このままいけば、工事費が嵩み採算から取れなくなることも想定できる。つまり、赤字物件となる。守倉議員は、日夜この問題に頭を抱えていたようだ。帰宅するたびに愚痴を言っているのを夫人は聞いていた。

 だが、ある日急にダムの建設が急ピッチで進んでいた。そのことに守倉議員は花高らかに帰宅していた。どうやら、地元住民の反対運動が収まったというのだ。そのおかげで工程通りに工事が進んでいったようだ。

 それだけであれば問題はないが、どうやら地上げ屋に脅されたという情報が、反対運動をしていた地元住民から上がっていた。だが、この情報をいくらマスコミや警察に届け出ても、事実が公になることはなかった。関係各社に圧力をかけているに違いなかった。一体誰が? 恐らく、守倉議員なら可能だろう。国会議員という権力を盾にすれば、マスコミや警察に圧力をかけることなどたやすいことだろう。

 守倉夫人の判断では、反対派の地元住民に圧力をかけたのは、おそらく主人だ。守倉議員が地域住民に圧力をかけるよう指示されたのが、暴力団の唐津組であろう。そして、唐津組が地元住民にありとあらゆる圧力をかけたのだ。そこから守倉議員と唐津組のパイプが繋がったのであろう。

「お話は分かりました。やはり、守倉議員は裏社会の人間とつながりがあったのですね」

「はい。ですが、直接唐津組の人間と主人が会っている事実はありませんでした。私も主人の後をつけたこともあります。ですが、いつもの議員活動と変わりはありませんでした」

「そこで、探偵である私に依頼を依頼したのね。だけど裏社会の人間と付き合っているかと依頼するわけにはいかない。事実をつかまれたらどこかで情報が洩れるかわからない。万が一の時には、探偵である私や守倉夫人にも危害が及ぶ。そこで思いついたのが、夫の不倫調査ってところかしら」

 夫人はゆっくりとうなずいた。北条はすべてを見抜いているようだ。

「ところが、実際に調査してみたところ、ホテルでクラブ系の女性と密会していた事実が出てきた。偽りの不倫調査が、まさか本当の不倫が発覚した、と」

「はい」

「ですが、この女性の正体は、唐津組と関りのある人間です」

「えぇ!? そんな、まさか」

 守倉夫人が驚きの声を上げる。その声は廊下にまで響いていた。

「守倉議員と一緒にいた女性を追ってみたのですが、唐津組と思われる人間と色々話し合っているのが確認できました」

「そうですか・・・」

 守倉夫人は主人が国会議員の人間でありながら、ここまで裏社会の人間と関わっていたことにショックを受けているようだ。ただの不倫だけならまだよかったが、唐津組の人間と密会していたことは許せない様子だった。ダメ押しとして、唐津組の人間と不倫していたのであればまさにダブルパンチだ。どちらにせよ、守倉議員は最早唐津組の人間であってもおかしくはない。

「結果として、守倉議員と唐津組の関りは避けられないでしょう。ですが、それだけではありません。気になることがまだあります。あなたのご子息です。あなたのご子息は、なぜ唐津組の人間と関わりがあるのですか? 初めてこのお宅に来たときから疑問に思っていました。とても育ちのいい人間の話し方ではなかったからです」

 守倉夫人は全てを悟ったのか、それともこれ以上の設定は作り話ではできなくなったのか。事実を話そうとしていた。

「あなたは、何もかもお見通しなのね。実は、私は守倉とは再婚でした。再婚した時には守倉には一人息子が、私には一人娘がいました。ですが、長男はいまだに私に心を開いてくれないんです守倉の話では、中学・高校ともに悪さばかりして、そのたびに守倉が政治の力を使って事件をもみ消していたそうです」

 話をまとめると、守倉のバカ息子は中学・高校ともに問題を起こして、事あるたびに学校に呼ばれていた。中には警察沙汰になるような事件もあったが、親が国会議員とあってはそう簡単に警察のお世話にはならない。担当した警察官の首が飛ぶからである。バカ息子の不祥事を権力でもみ消すバカ親といったところか。

「それが、社会人になっても悪さばかりしていたのです。行きついた先は反社会組織の人間でした」

 正直守倉家のバカ一家のお家騒動には興味のない北条。だが、ここでひいては逃がした魚は大きい。まだまだ依頼料を取れるネタが豊富であるからだ。


    一五


『ピンポーン』

 守倉邸の呼び鈴が鳴った。それとともに家政婦が玄関に出向き対応する。外の声のやり取りが応接室まで聞こえてくる。

「お忙しいところ申し訳ありません。私たちは警察の者です。守倉議員が亡くなった件について新たに聞きたいことがありまして伺いました。ですので、守倉夫人をお願いしたいのですが」

口調は穏やかであるが、どこかで聞いたことのあるダミ声だ。こんな身の毛もよだつような声の持ち主は世界広しといえど一人しかいないと、北条は感づいた。

「梶元警部補、一体何しに来たのかしら」

 北条の読みの通り、話をしているのは梶だ。だが、普段の口調とはえらく異なるのを北条は気味悪がっていた。文字にすれば、とてもじゃないが梶とはいえないだろう。警察がくるとなれば、来客中の対応どころではない。すぐさま家政婦が応接室に入ってきて、守倉夫人に知らせた。

「北条さん、すみません。警察の方がお見えになられたので、一度席を外させていただきます」

 北条は、どうぞ、と手を差し出した。守倉夫人が一礼して玄関に向かう。

「奥さんどうも。私は警視庁の梶です。こっちにいるのは町沢という者です」

 玄関での会話のやり取りを聞いて、読めたと言わんばかりの北条だ。おそらく、バカ息子についての確認だろう。町沢から見れば自分をつけていた人物に探りを入れるつもりだろう。こういう時に刑事という職業は大変便利だ。かつての自分を懐かしむ北条である。

「わかりました。ただ今客人がいますので、しばらく別室でお待ちください」

「その必要はないわ。私もその招かれざる客に用があるわ」

 北条が応接室から出てきた。腕を組みながら顎を上にあげるポーズは、まさに上から目線そのものである。

「お、お前は北条。一体こんなところで何油を売っているんだ? 全くお前と言う女は」

「もうあなたの部下じゃないから指図しないでもらえるかしら。それに、私は自分の意思でここに来ているわ」

 先日の葬式に続いて、今回の守倉議員邸にも北条が現れたことに不快感を示す梶。その口調はすっかりいつもの梶に戻っている。さらに、その後ろでしどろもどろする町沢であった。

「あら、町沢も来ていたの。まったく、いつまでこの男の部下になっているのよ。早く違う部署に異動願いを出したら? 人生は短いのよ。ほかにやるべきことがいくらでもあるというのに」

「お・ま・え・は!!!」

「ここは人のお宅です。お静かに」

 二人のやりとりに、下を向いて笑いをこらえる町沢であった。守倉夫人にとっては狐につままれた顔だ。無理もない。いきなりこんなショートコントを見せられては、狐につままれても気が付きもしないだろう。

 ショートコントが閉幕したところで、梶が守倉夫人に尋ねる。

「ところで、守倉さんのご子息はどちらにいらっしゃいますか。本件はご子息にもご賛同願いたかったのですが」

「は、はい。今でしたら部屋にいるはずです」

 唐津組の人間である守倉のバカ息子の調査に、警察もようやく重い腰を上げたか。北条にとっても直接お目にかかれるまたのないチャンスがやってきた。でかしたぞ町沢。今日伝授した梶の扱い方を早速実践したことに関心をする北条である。

 一同は、守倉のバカ息子と対面するべく、二階の部屋に向かった。

「北条さん。先ほど警察の方の元部下だとおっしゃっていたのは?」

「えぇ、私は探偵の前は刑事でした。その時の忌まわしき上司がそこにいる梶というさえないオッサンでした」

「・・・ということは、元々は刑事さんだったのですね」

「おい、こら! 誰がさえないオッサンだ? 今の会話すべて聞こえとるぞ!」

「聞こえるように言ったのよ」

「ぬおおおぉぉぉぉぉ!!!!」

 二人ともここが人様の家の中だということをわかっているのかと、町沢はひやひやながらに見ていた。

「うちの息子は、本当にロクでもない息子でして・・・」

ワイドショーでよく聞かれる光景だ。だが、確かにロクでもないのは事実だ。もっとも、世間には暴力団の舎弟だとは誰にも知られていないし、警察に対して守倉夫人から口には出していない。

『コンコン』

ドアをノックをしてみる。だが、返事はない。まるで引きこもりの息子を説得しているみたいだ。

「鍵はかかっているんですか?」

「えぇ、ちょっとお待ちください」

梶に尋ねられた守倉夫人が、家政婦に合鍵をもらう。合鍵を使い、ドアを開けると、そこには守倉の息子が、血だらけになって横たわっているのが確認できた。

「な、こ、これは、一体・・・」

 一同が驚く。


   一六


 守倉議員に続いて、息子まで殺害されたのか。こんな事態があっていいのだろうか。駆け寄ろうとした守倉夫人を梶が止めた。

「動かないでください。殺人事件の可能性があるため、この部屋の立入を禁止する」

「自殺に見せかけた他殺ね、これは。あと、この出血量から、もう救急車の必要はなさそうね。さっさと鑑識班を呼んだ方がいいわ」

 北条は現役時代さながらの推理を披露した。さらに、殺人事件の第一発見者が捜査一課の刑事という、なんとも因果が残る結果だろうか。だが、死体の保存状態は完璧だ。これなら犯人の特定は容易いだろう。

 梶が守倉の息子の脈を確認してみたが、鼓動はなかった。

「一四時二八分、死亡確認ってとこね。ところで町沢。管轄の警察には連絡を入れた? 何、まだ入れてない? 今すぐ入れるべきよ」

「こら北条。なぜ警察を辞めたお前がこの現場を仕切っているんだ?」

梶が割って入ってきた。だが、北条は頑として譲らない。

「あなたに現場は任せてはおけないわ。現にあなたが現れたせいで、現場がめちゃめちゃに何度なったことかしら?」

 町沢が心の中で笑っていた。先日もとある殺人事件に現れた梶が遺留品を破損して、鑑識に怒られていた事実がある。

「では梶元警部補、被害者の死因はなんですか? 現場に立ち居入れない以上、あなたの鑑識が必要です」

「いちいち茶々を入れるな! まったく。そして、なぜお前はいちいち俺のことを元警部補と言うんだ」

「あなたのことを警部としては認めてはいないからよ」

「くぉらあぁぁぁぁぁ!!!」

 梶元警部補は怒りの雄叫びをあげていた。町沢は殺害現場が荒らされることを心配していた。


 三〇分後、守倉邸は警察官でごった返していた。さらに、マスコミがこの事件をどこで聞きつけたのかわんさかと押し寄せてきて、辺りは騒然としていた。

「事件です。守倉邸で殺人と思われる事件が発生した模様です。三週間ほど前にも守倉議員が死亡しましたが、関連があったのでしょうか」

 マスコミが一斉に事件を報道している。守倉議員の時とは違い、流石に今回は殺人事件を隠すことはできないであろう。これでワイドショーはしばらくネタに困らないだろうと北条はにらんだ。

「鑑識班から報告です。被害者は守倉雅史もりくら まさし。先日亡くなった守倉議員の息子。職業は無職ではあるが、実際は広域指定暴力団・唐津組の所属した模様。死因は首の頸動脈切開による失血死。その他胸部にも刺殺の線がありました。凶器は鋭利な刃物であり、被害者の近くに落ちていました。凶器の指紋は被害者の指紋しかありません」

「鑑識ご苦労」

 北条が、刑事時代によく現場で会っていた鑑識に声をかけた。

「あれ、北条さん。どうもお久しぶりです。お元気でしたか?」

「ほーーじょーーーー!!!」

あーはいはいという扱いで梶を手玉にとる北条。一方の鑑識官は五年ぶりに見た北条を懐かしんでいた。

 どうやら、この現場を指揮するのは梶のようだ。北条は嫌悪感を露にしていたが、感づいた梶がオホンと咳ばらいをして話をする。

「鑑識の結果から、死亡推定時刻は午前九時から正午までとのことだ。この時間に守倉邸にいた人間についてお話を聞きたい。では、守倉夫人、あなたはこの時間に何をしていましたか?」

「私は、一〇時から一二時までは外出していました。その後、北条さんが一四時にいらしていました」

「その一二時からこのアマがくるまでは、何か不審な物音などはしませんでしたか?」

「梶元警部補、差別的発言はご遠慮願いますか。それでも現場を指揮する者ですか?」

 またまた怒りに震える梶元警部補、もとい、現場を指揮する梶警部。

「と、とにかく、一二時から・・・ほ、ほう、ほうじょぅさんが、来るまで、何か不審なことはありましたか?」

 まともに『北条さん』と言えないのかこのオヤジは? そう思う北条を横目に守倉夫人は証言する。

「特に変わった点はありませんでした。というより、私はあまり二階には上がらないものですから」

「ほう、それはどうしてですか?」

「二階は子供たちの部屋になっています。雅史と美紀の部屋ですが、空いている一部屋を徳地さんの書斎としても使っています。ですが、私にはあまり縁のない空間でしたので」

 梶が守倉夫人の証言をまとめ、部下に何やら指揮をしていた。梶は、次に家政婦の証言を聞くことにした。

「私は一一時から夕飯の材料を買うためにスーパーに行きました。戻ってきたのが、一二時三〇分くらいだったと思います」

「その時に、何か不審な点はありませんでしたか?」

「いえ、特にはありませんでしたわ」

 手掛かりゼロかと、梶は手帳にメモをしていた。

「えー、では次。徳地夫妻からお話を聞きましょう」

 不安そうな表情の徳地夫婦が現れた。夫人は夫の腕をつかんでいた。

「私たちがこの家に来たのは、一一時三〇分くらいでしょうか。夫人が留守でしたので、帰るのを一階の居間で待っていました。ただ、やはり不審な点は特にはなかったですね。美紀も同じはずですよ」

 事情聴取の受け答えをしているのは、夫の徳地である。どうやら、ずっと妻と一緒にいたようだ。だが、これも特に変わった点はないようだ。事情聴取が終わると、徳地夫人が北条のもとに近づいてきた。

「あ、あの。北条さんは町内の婦人会の関係者ではなかったのですか?」

「残念ながら違います。詳細は言えませんが、私は元警察の人間です。それも殺人事件を扱う捜査一課としてでした」

「そうだったのですね」

 徳地夫人があまり状況を把握できないまま北条のもとを後にした。


 梶が現場を仕切っているため現場に立ち入ることができない北条は、遠目から事件を整理していた。

「私がこの守倉邸に来たのは午後二時を少し回った頃。その時から守倉夫人とずっと一緒だったから、守倉夫人が犯人だとすれば、それ以前の犯行か。いや、血は繋がっていないとはいえ息子を殺すことなどできるだろうか。ただ、あのバカ息子には程々愛想をつかしてもいいはずだわ。いっそさっさといなくなればいいと。考えすぎか・・・守倉邸には、夫人のほかに市議会議員の徳地とその妻で守倉夫妻の長女の美紀。家政婦さん。身内だと四人に犯行が可能になるわけね。ただし、外部の犯行の線も捨てがたいわね」


 警察官が大勢来てから一時間程度、通常であれば犯人の割り出しが出てくるはずだ。だが・・・

「犯人に関わる指紋が出てこない?」

「そうです。ここまで現場に証拠の品がないなど、素人では考えられません。現場は密室。さらに凶器の指紋が被害者の物としか出ないと、状況証拠から見れば自殺の線がかなり高いです」

 北条がかつての鑑識官から聞かされ驚いた。通常殺人事件の現場といえば、犯人の指紋や毛髪が必ずと言っていいほど検出される。無論、手袋や帽子をかぶっていても、部屋にない衣類のくずから犯人の特徴を割り出すことだってできる。北条も捜査一課にいた身から、犯人の痕跡が出てくるのを待っていただけに、予想外の展開となった。

 守倉の息子は人間的に自殺するタイプではないと北条は睨んでいた。だが、状況証拠が自殺である完全犯罪と断定した。

「犯人は素人じゃないとすると、犯罪組織の人間か警察官ってところかしら」

「ま、まさか。警察が犯人ってことはないでしょ」

 町沢が警察官としてあるまじき行為だと否定したが、現実に警察の不祥事としてマスコミに公表されるのが定例となりつつあるため、北条は頑として譲らない。

「いえ、今の世の中何が起こるかわからないわ。身内に敵がいるってことも十分考えられるわね」

「そんなことが・・・」

 オホン。またしても梶が咳ばらいをし、自身の存在を出しながら割って入ってきた。

「屋敷にいた人間は、守倉夫人、徳地市議会議員、その夫人、守倉邸家政婦、そして北条。この中で犯罪についての専門家は北条、お前ひとりだ。つまり北条、お前が犯人ということだ! この女を逮捕しろ!!」

「何をどう考えたらそんな結末になるのよ。バカじゃない? よくそんな推理で警部になれたものね、梶元警部補」

 梶元警部補の肩がプルプルと震えあがっている。

「それにまだ容疑者はいるわ」

「な、なんだって! それは誰だ?」

「あなたと町沢、この二人よ」

「ふざけるな! 警察官が犯罪などするわけないだろ。バカなことを言うんじゃない。それに、かつての上司を疑うというのか、このバカ者めが」

「別にふざけてなんかないわ。第一発見者はあなたと町沢も該当しているのは間違いないのは事実よ。それに犯行現場はプロの犯行であれば、捜査方法を熟知しているあなたたちなら、なおさら現実的に犯行が可能だわ。さらに、あなたはかつての部下を疑っていたじゃない」

 梶の怒りが頂点に達し、ついに噴火した。

「この女を公務執行妨害で逮捕しろ!」

「全員に告ぐ、この男を殺害現場を荒らした責任で追放、さらに始末書を書かせなさい」

 捜査員たちは、全員北条の指示に従った。


「北条さん、この事件にまさか唐津組の人間が絡んでいる可能性って、少なからずありますよね」

 梶の怒りが収まった頃を見計らって、町沢が北条に確認していた。

「そうね、少なからずっていうよりは、可能性は高いわね。唐津組の運営に支障をきたすようなへまをしたか、父親の国会議員としての権力を盾にあれこれ悪さをしてきた逆恨みか。殺された動機はいくらでもありそうだけど、どれも決定的ではないわね。でも、国会議員の息子となれば、権力を手にしたようなものよ。恐らく悪さばかりして相当いろんな人から恨みを買っていた可能性が高いわ」

 町沢も概ね北条の推測と合致していた。

「ところで、父親の守倉議員殺害の方は何か進展があったの?」

 北条が周りに聞かれないように、小声で確認した。

「それが、依然として警察上層部に何者かが圧力をかけたままです。さらに、警察内部でも殺人事件としての捜査は一切されず、事故死としての処理がされています。もちろん、守倉一族には事故死として報告されています」

 北条の表情が変わった。

「相変わらずね・・・まぁ、よくある話だけど、政治家が加害者じゃなくて被害者でも事件が公にされないってことは、裏の組織に暗殺されたってことかしら。それとも、国が守倉議員殺害を命じたか。いずれにせよ、守倉議員殺害の犯人は割り出せそうにはないわね。でも事態は変わったわ。守倉のバカ息子が殺害され、マスコミが騒ぎ始めた。今この場で殺人事件とあなたたちがマスコミの前で発表すれば、もう圧力はかけられない。だけど、国会議員が殺された今となっては、権力のなくなった息子は単なるバカ息子以外の何物でもなくなったせいで、一般人扱いってところかもしれないけどね」

 この事件は思った以上に闇の深い事件であろうか。北条が刑事時代に担当した事件でも、ここまで難解なものはなかった。犯行現場には、それなりの部的証拠が出るからだ。北条は守倉邸の応接室のソファーを勝手に腰を掛けて事件の整理をした。

 守倉邸の人間の四人の足取りを確認すると、それぞれ一人になる時間がある。徳地夫妻が共犯だとすれば、誰しも犯行が可能となる。それにもう一つ。死亡推定時刻内に犯行が行われているなら、一一時〇〇分から三〇分は外部の人間にも犯行が可能となる。だが、守倉邸は塀に囲まれた一等地の屋敷だ。万全のセキュリティが施されているであろう。そう簡単に手出しはできないはずだ。しかし、犯行現場からは指紋が何一つ検出されていないことを見ると、これはプロの犯行であろう。だとすれば、守倉一家には犯行は不可能では? 少なくともあの四人にはプロの殺しなどできるはずがない。

それなら、殺されたバカ息子と関りのある唐津組の人間なら犯行が可能では? 唐津組は広域指定暴力団で構成規模は大きいから殺しの専門家だっているだろう。その気なら完全犯罪だってできる可能性がある。少なくとも守倉一家の一般市民よりは、はるかに可能性が高い。

「北条さん」

 北条があれこれ考えている中で、町沢が巡査から聞いた事件の状況を話そうとした。

「どうしたの。ついに事件が解決したの? それでこれからあのオヤジが推理ショーでもやるとでもいうの?」

「い、いえ。そんなはずがありません。あの人にそんなことができるわけがありません」

「あなたも言うようになったのね」

 不敵に微笑む北条。つられて町沢も微笑む。何か、不思議な一体感が生まれたような気がした二人であった。

「おい、お前ら。何か俺の悪口を言っているような気がするのだが」

 ここで梶が登場した。

「世間はあなたにかまっているほど暇じゃないわよ。世の中全てがあなたのことを話していると思ったら大間違いよ。もちろん、私たちもね。ほら、この事件の責任者なら早く犯人を連れてきなさいよ」

 ここで梶が怒りに肩を震わせながら退場した。

 梶を追いやった後に町沢から話を聞くと、やはり犯人につながる証拠は現場から得られなかったとのことだ。北条の顔つきは険しくなる一方だ。まるで、現役時代に戻ったかのような鋭い目つきだった。その表情に、町沢は一歩下がった。

「さて、犯人につながる証拠が出ない以上、この事件は難航することは間違いないわね。唐津組の犯行だとすれば、捜査四課との合同捜査ね。これは相当面倒なことになるわよ。町沢、あんたしばらく家には帰れないわね」

 北条も一度だけ経験があるが、捜査四課、つまり暴力団対策係との合同捜査は骨が折れる。お互いに協力し合いましょうと言いながら、どっちが優秀な刑事かを誇示する場になるためである。おかげで、いつもの北条ならすぐに解決できる事件が、三倍以上の時間をかけての解決となった。さらに、人間関係の調和を保つために、精神面では五倍近くの疲労に見舞われた。おまけに、捜査四課は暴力団を相手にしているため、そろいもそろってこわもての集まりだ。まともな情報交換などできるわけがない。これらの経緯を町沢に伝えたところ、町沢は肩をがっくりと落として落ち込んでいた。頭の中は絶望でいっぱいだった。

「仮に唐津組が関係なく、外部の人間の犯行であったとしたら、単独犯での犯行は難しいわね」

 北条の発言に、町沢は問いかける。

「なぜ、わかるんですか?」

「塀に囲まれてセキュリティ対策も万全。町沢が住んでいるようなボロアパートならともかく、これだけの屋敷に乗り込んで殺人事件を引き起こし、さらに証拠も出ないとなると、これは単独犯では不可能なこと」

 ボロアパートの単語に眉をしかめる町沢。ボロアパートは警察官の寮のため、自分の意思で住んでいるわけではないと反論したかったが、北条の前では「どっちでも同じでしょ」と返されるのがオチであると察し、何も言わなかった。

「防犯カメラとかってないんでしょうかね。これだけ立派な屋敷ならありそうな気がしますけど」

「さすがにそこまでの設備ではないようね。それに、家政婦がいるとなれば常にこの屋敷には人がいるから、せいぜい玄関前のドアホンくらいしかないわね」


 時刻は二三時を回っていた。死体発見からすでに九時間近く経っていた。守倉夫人をはじめとした守倉家の人達の表情は疲れ切っていた。警察の方も、これ以上の手がかりを探すことは困難としたのか、今日のところは守倉家の人たちを開放することにした。北条は元警察官だからか、守倉夫人に優しく気を使った。

「夫人、お疲れでしょう。私も何度も現場にいたからわかりますけど、身内が亡くなられたショックと警察の長時間にわたる尋問は、想像以上に疲弊します。その気持ちは十分お察しします」

「北条さん・・・えぇ、北条さんがいなければ、不安でたまりませんでしたわ。本当にいてくれまして、ありがとうございました」

 守倉夫人に見送られる北条。北条はそのまま自身の探偵事務所に向かった。時間は日付が変わる頃であった。世田谷から北条の自宅に向かう時に交通機関では終電を逃すことを想定し、タクシーを使うことにした。

「どうも気になるわね、あの現場・・・」

 深夜でありながら、運良く拾えたタクシーの中で、北条がいつもの独り言をつぶやく。北条のこれまで経験では、あの程度の殺人事件は簡単に犯人を割り出すことができた。自殺には見えない立派な他殺現場。にもかかわらず、犯人の決め手となる証拠が何も出てこない。これは犯人からの挑戦状なのか。

 タクシーに揺られること二〇分。自宅に帰る気にはなれず、自身の事務所についた北条はお茶を入れ、テレビをつけた。深夜のニュースが放映されており、トップニュースとして、守倉親子の謎の死について報道されていた。二件とも他殺のはずであるが、父親の方は相変わらず事故死としての報道であった。

「世の中の認識は、メディアに頼るパターンが圧倒的ね。事実とは異なることを情報として流していても、誰もそれが間違っていると気づかない。ここは、私がなんとかするしかないわね・・・」



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