ウォッシュレットがやってきた
これは、とある人から聞いた物語。
その語り部と内容に関する、記録の一篇。
あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。
おお、つぶらやくん。トイレ掃除はもういいかい?
すまんね、いつもそこの掃除をしてもらって。お客様が出入りする関係上、特におろそかにするわけにはいかないしね。私だって、汚いところで用を足したくはないし。
知ってるかい? コンビニとかのトイレで「きれいにご利用くださいまして、ありがとうございます」みたいな文面を見かけるだろ?
あれ、言葉通りの意味じゃなくて「汚してくれて、ありがとよ。へっ」みたいな皮肉なんだよねえ。たとえ顔が見えなくても、笑顔でいいそうなセリフには裏があるってことだ。
トイレ。人生の中で、もっとも心落ち着く場所のひとつじゃなかろうか。
多かれ少なかれ、急きたてられて座り込むところだ。寝るときの次くらいに、油断しきる場所ではなかろうか。
やはりここ、いろいろと隙があって雑多なものに好かれているらしい。私自身の体験なんだが、聞いてみないかい。
ウチにウォッシュレット付き、洋式便座がやってきたときは、なんとも印象深いものだった。
あのお尻を自動的に洗ってくれる水っていうのが、画期的に思えてね。
だってさ、あれを使わないとトイレットペーパーを何度も尻にあてがって、汚れが残っていないか、確かめることになるだろ?
急いでいるときなんか、たいして尻を拭えずにパンツを汚す羽目になりかねない。それにいくら自分のものとはいえ、いったんは出ちまったものを何度も目に入れたくないしな。
だが、このウォッシュレットで表面部分の汚れは洗い流される。後は少し奥へ突っ込んで拭ってやり、水気もとればばっちり。
個人的にもウォッシュレットを気に入っていたんだよ。こいつが尻に当たるとむずむずしてさ、「第二ラウンド」に入っちゃうこともあって、すっきり感が全然違う。
おかげで催す前から便座に座ってさ、意味もなくウォッシュレットを尻にあてるのに、はまっていた時期があるんだよ。
で、ある日の夕飯後。
食事中、急にお腹が悪い意味で鳴り出した私は、トイレへ駆け込んだ。
まださほど食べていないし、夕飯までに余計なものを口にしてもいない。なんか調子が悪いのかなと、不安に思いながら腰を下ろした。
そこで出てくるのが、盛大だけども音があまりないオナラだ。分かるだろ。
グルグルと音を立てるお腹。だが、その中身は一切出てくる気配はなく、張りだけがどんどん抜けていく。
「びびらせやがって」と最初は思っていた私だが、数秒も経つと少しずつ不安に思ってきた。
オナラが止まらないんだ。
こう話すと、笑いごとにしか思えないけど、なかなかショッキングだぞ。肛門を抜ける風圧が止まる気配を見せないんだから。
ようやく勢いがおさまり、断続的になるまでおよそ12秒。その後も少し下っ腹に力を入れると、「ぷす、ぷす」と切れかけのチャッカマンのように、あえぐあえぐ。
思わずお腹を指で押しながら、不審がる私。最終的に、何分便座に腰かけることになったか、分からないほどだ。
いちおう、「ブツ」は出ていないと思うが念のため。
ウォッシュレットのボタンを押す。低く機械的な音とともにせり出してくる噴出口。これまで何度もいじって、グッドなポジションは把握している。直撃待ったなしなはずだ。
で、直撃したはいいんだが……。
「ごっ、ごっ、ごっ……」
それは、コップに注いだ水を一気に飲んで、のどを鳴らす音に似ていた。
しかし、今回その音を出しているのは、私ののどではない。私の尻だ。肛門だ。
思わずウォッシュレットを止めて、自分の尻をのぞき込む私だが、そこから水滴が滴り落ちるばかり。だが、お腹を押すと明らかに水っ腹を思わせる、グルグルという音が……。
けれども、今回はいくら待機していても、出てくる様子はなく。指圧しても効果があるようには思えず。そして家唯一のトイレを、いつまでも占領しているわけにもいかず。
ようやく食事の席へ戻ったときには、10分以上の時間が経っていたんだ。すでにみんな、ほとんど食べ終わってテレビを見ているようなタイミングだった。
次の日。私はいつ、お腹のものが出てこないか心配でたまらなかった。
学校も普通にある。給食だって普通にある。
学校の個室に、男子がこもるのは恥、みたいな不文律があったからな。また昨日のようなことにならないかと、おっかなびっくりだった。
だが、育ち盛りの男子が食事を我慢できるはずがなく。結局は、いつも通りに平らげてしまったよ。
そして帰宅しての夕飯時。母親から呼ばれたところで、またあのグルグルが襲ってきた。
先に食べていてくれるよう告げて、またもトイレへ。腰かけてからも音はやまず、私はパンツを下ろしながら、やってくるだろう感触を待ち受ける。
後にも先にも、あの一回だけだった。
ぎゅううううと、尻の肉をつねるようにして、肛門ごと腸が引っ張り出されそうな感触があったのは。
同時に、私の中で昨日から悩まされていた水音が消えていく。用を足しているように軽くなっていく腹の下では「むぐ、むぐ」と大きく咀嚼しているような音が聞こえたんだ。
覗き見た私が見たのは、便座の底にたまる水面に、大きく残る波紋だけ。
あのウォッシュレットの水、調味料のひとつだったのかもしれない。私のお腹にあったものを、何者かがおいしくいただくためのね。