人間の体との別れ
目を覚ますと淡く光る紫色の大地に囲まれていた。見渡してみると丘らしい凹凸や穴などを発見した。クレパスのような割れ目のような穴もある。端などは見当たらないな。
一旦情報を整理しよう。俺は新手の一角兎から逃げて次元の扉を破ってきた。それをするのは二回目。俺があのじじぃに魔法を食らって気絶していた時間が分からないので何とも言えないが、一日の間に起こったことだろう。
初回は神の住まいに落下。今回は地獄か何かってところなのか?それだったら勘弁してくれ。ノーサンキューだ。
もう一度、先程よりも注意深く見渡してみたが新たな発見は特に無かった。空が星の見えない夜のようになっているということだけか。
神のところでは太陽が煌々と照っていたのだがな…対照的だな。先程までいた異世界はどうだっただろうか?
雨が降っていてよく分からなかったな。前が降る前は覚えていない。まぁ当たり前か。
取り敢えず、体を休めたい。ここが安全という保証もないが見渡した感じ歩き回ればセーフゾーンがあるとは言えないので、ここで休息を取るのがベターな選択だろう。ベストでは無いのかも知れないが。
俺は外傷を負ったかどうかを確認するため自分の体を見る。今の俺は原始人のような腰当て一枚しか身につけていない。それはそれで十分衝撃的ではあるが、それとは比べ物にならないものを見た。
俺の足の間には何か細長いものが見えている。幼稚園の弟がミ○キーマウスの尻尾の生えた短パンを履いて転がった光景によく似ている。
そう尻尾だ。
この薄っぺらい日本でいたら逮捕間違いなしな腰当てから出ているなんてことはないだろう。
恐る恐る尻尾の先から根元まで辿ってみると案の定、尾骶骨辺りから尻尾が生えていた。
それが意味するのは俺は人間ではなく、海藤怜という「人間」は死んだということだった。先程まではどうにかして元の世界に帰ろうという気概があった。しかしそれも一瞬にして消え失せてしまった。考えてみて、こんな姿で元の世界に帰ったらどんなことになるだろう?
どの国でも問答無用で銃を撃たれるだろう。それで死ぬ可能性だってある。もし、俺が強くなっていて死ななかったとしても今度はもっと規模を大きくするだけだ。俺が死ぬまで争いは続いてしまうだろう。
もし争いの中で人助けをしたとしても、誤って誰か一人でも殺してしまったら全て水の泡になってしまう。
かといって隠れてひっそりと暮らすのもそれはそれでごめんだ。それだったら帰らなくてもいい。虚しい思いや寂しい思いはしたくない。
俺は元の世界のことを頭から切り離し、再び状況整理に意識を向ける。
俺の尻尾先が槍のように尖っているわけでもなく、丸いわけでもなく自然と細くなっていっている。俺好みの尻尾ではあるが、自分に生えているのでは歓迎できない。
色は…どうなんだろうか?紫っぽく見えるがこの訳の分からない大地のせいなのかどうかが分からず、何とも言えない。全体的に俺の肌が紫色っぽく見えるのだが…。
他には何か異常は無いのだろうか?
探せども探せども特にこれといった異常は見当たらない。
心境的には少し落ち着いてきた。あのじじぃが俺に掛けた魔法のお陰で精神的にタフになっているんだろうな。元の世界に居た俺だったら確実に精神がイカれていただろう。
体の変化といい、心持ちの変化といい自分が自分でなくなってしまった気さえする。確かに「海藤怜」と同じ記憶は持っているが、全くの別人な気さえしてくる。
そんなことを考えていても、おかしくなってしまわないことが、その考えを更に加速させる。
取り敢えず、話を戻さなければ。
そう、そういえば外傷の有無を確かめていたのだった。外傷は特になし。痛みは慣れてきたということを考慮しても落ち着いてきているので、内部の怪我も致命傷という訳でも無いのだろう。
だが、それでも痛いものは痛い。とにかく痛いのだ。魔法の世界なのであれば、治療魔法ぐらいあるだろう。
治れ!!と頭の中でイメージしてみるも魔法が発動する様子はない。俺は落胆した。
まぁそれも仕方ないことだろう。誰かに教わるなり、魔導者を読むなりして習得するのが普通の世界だったらそうせざるを得まい。
俺は特殊能力に恵まれている訳ではないということを突き付けられたようで、あのじじぃへの怒りが再燃する。そういえば、落ちるときにあいつへの恨み辛みは後回ししていたな。
助けたのにも関わらず魔法をぶっ放し、人に情報もろくに与えず、準備もなしに異世界へ飛ばし、その転移先は空中であるし、人間の体を悪魔かなんかに変えるしで…。
あいつだけは許さん。あいつのところに行ってしまったのは俺の責任だが、その他のことは九十九%あいつのせいだ。ステータスもろくに教えてくれないんだぞ?
………そうかステータスか!何か特殊能力があるかもしれないし、異世界に行ったらステータスと叫ぶのが基本では無いのか⁉︎
そうと決まれば、善は急げだ。即行動に移そう。
「ステータス!!!」
俺の叫びへの返答はただの静寂であった。
やっと魔人要素が入れられました。
よくよく作品を見返すと二話以外は会話文が少ないですね…。そっちの方が楽ですが、皆さまは会話があった方がいいですよね。




