9 野宿は嫌だ!(4)
俺とアリソンが付き合っているんじゃないか。
初対面の少女がいきなりそんなことを聞いてきた理由がさっぱり想像できなかったので、俺はなんと答えたものか参った。
いや、付き合っていないって言えばいいんだけど……その回答を聞いた上で彼女がどんな感想を抱くつもりなのかまるで想像できない。
想像できないから、下手に回答できない。
「どうする、アリソ……」
アリソンの方を向くと、彼女の顔が真っ赤になっていた。
「つつつ、なんで、付き合うとか、そういう話ににに……」
駄目だこいつ。俺より平静を失ってる。
「たたた確かに、ヴィンセントは素敵な人よ。だ、だだ、だけどね。別にそんな、付き合ってるとか、そういうことは一切ないわ!」
ああ、言っちゃうんだ。だったら俺もその流れに乗るか。
にしても取り乱しすぎだろ。
「そうだぞ。大体俺と彼女が釣り合うかどうか考えてみろ。どう考えたって釣り合わない」
「……そうよね、釣り合わないわよね……」
「おい、何一人で落ち込んでるんだ。俺が釣り合わないと言ってるのは俺の方が見劣りするからだぞ」
「何言ってるの!? 私の方が釣り合わないわよ! 考えてもみて、私なんて……」
「あーもう面倒くさい。さっきその下りはやったろ? どうせどっちも譲りゃしないんだから、繰り返したって水掛け論だって!」
俺の方は普通に才能がないし、アリソンは根っこのところで卑屈で自信がなさすぎる。
だからお互いに、自分を相手より低く評価しようとするのだ。
「とにかく、俺とアリソンは決してそういう関係じゃない。どうして勘違いをしたのか知らんが、一応訂正して……」
「納得できません……」
「は? いや、そこで粘られても困るんだが」
「それなら、どうしてお二人が一緒にいるんですか! お二人は違うパーティの所属のはずなのに!!」
……ん?
「あんた……まさか、俺たちのことを元々知っていたのか?」
「当然ですよ! 『暁の殲滅団』設立メンバーの一人、ヴィンセント=オーガスタに、『弥終の行進曲』の主力戦士、アリソン=アクエリアス! お二人とも、超がつくほどの有名人じゃないですか!」
「そ、そうだったんだ……」
「まあ、多少名が知れている方だとは思っていたが……」
にしたって、一般人にまでその名が知れ渡っているとは思わなかった。あくまで冒険者界隈だけの知名度だとばかり。
というかそこまでは浸透してないだろ。
もし浸透してたらさっき住宅街を回ったときにあそこまで徹底的に断られるわけがない。
にもかかわらず、少女は俺の顔を見ただけでその名前まで当てて見せた。
察するに、彼女は。
「……ひょっとしてあんた、結構な冒険者オタクだったりする?」
俺がそう聞くと、少女は少し顔を赤くした。
フードをすっぽりと被り、くねくねと体をよじらせる。
「え、えへへ……ばれました?」
「まあ、そうじゃないとちょっと詳しすぎるからな」
「私、この町で生まれたんですよ」
「……!」
フレスベンは、冒険者による開拓によってついここ二〇年ほどの間に築かれた町だ。
そのため、住民の殆どはいわゆる移民であり、生まれる前からこの町に住んでいた住民は彼女のような未成年しかあり得ない。
そして、そんなごく僅かな生粋の町民は、冒険者のために作られたこの町で、幼い頃から冒険者に浸って暮らしてきたようなもので……冒険者に興味を持つのもある意味自然なことなのかもしれない。
「……だから、有名冒険者名鑑とか読むの、すごく好きで……『暁の殲滅団』も、『弥終の行進曲』も、どちらも応援してるんです!」
「そ、そうなんだ」
「あ、ありがとうね」
「また活躍したって話が聞けるの、楽しみにしています!」
まずい。今の状況を考えると微妙な返答しか返せない。
「あー、えーと……」
「それにしても、結局どうしてお二人が一緒にいるんですか? 秘密の交際とかなら大丈夫ですよ。私、これでも黙ってろと言われたことはちゃんと黙っていられる方です!」
「いや、あくまでそういうのは全くないんだが……うーん」
まあいいか。どうせしばらくすれば市井に勝手に出回る噂だ。
この子の耳にも、遠からず届くことになるだろう。
「……分かった。今日一日であったことを、ざっと説明してやるよ」
「?」
少女は、理解が追いついていないような気の抜けた顔で首をかしげた。
そして、十分後。
「えっ、ええええええええええええっ!?」
「う、うるさい……」
少女の絶叫が、夜の公園に響く。
「追放って……脱退って……そんな、そんなの……衝撃です! 呆気です! 困惑です!」
「分かったから一回落ち着いてくれ」
当初思っていたより、この子はテンションが高くて落ち着きがない子のようだ。
「確かに、目立った活躍を聞かないオーガスタさんがあのメンバーの中にいるのは若干の違和感がありましたが……」
「ああ、やっぱり外から見てもそんな感じだったのか」
「でも、私てっきりオーガスタさんは潤滑油的な役割を果たしているものだとばかり思っていました!」
「俺だってそうありたいと思ってたよ。現実は違ったようだがな」
パーティのために分かりやすい活躍ができないから、せめて裏方で少しでも役に立とうと色々なことをやってきた。
事務周りの手続きを率先してやったり、仲間同士の親睦の場を設けたり、家事や渉外などの裏方仕事を買って出たり。
だがそんなあれこれは、仲間たちにとっては何の価値も見いだせないことだったのだろう。
まあ、それについては仕方ない。結局俺がやってきたことの殆どは、誰にでもできることでしかなかったわけだからな。
実際、俺が抜けた後は連中適当に割り当てを決めて上手いことやっていることだろう。
才能が全てを決めるこの世界で、俺のような限定的な才能しか持たない人間の肩身はいつも狭い。
「外から見てるとキラキラしていた『殲滅団』の中にも、そんなドロドロ怨念渦巻く思惑とかがあっただなんて、驚きです」
「世の中みんなそんなもんだろ。煌びやかに見える世界には、大抵闇があるものさ」
「……」
「あっ……」
憧れてくれていた子に、つまらない現実を見せてしまったかな。
冒険者オタクだって言うなら、あんまり言うべきじゃなかったかもしれない。迂闊だった。
「も、もちろんそんな辛い現実ばかりじゃないぞ! 楽しいことだって相応に――――」
「よろしければもっと掘り下げて教えてくれませんか?」
おっとそういうわけじゃなさそうだぞ。
「そういう闇の話とか聞くの、結構好きなんです!」
妙な方向に話が流れそうだったので、ごまかしも兼ねて俺はちらりと空を見る。
「掘り下げるのはいいが、もう夜遅いだろ。いい加減家に帰らないと、またさっきのチンピラみたいなのに絡まれるぞ」
「あー、そうですね。お二人はこれからドミトリーに帰られるんですか?」
「いや……」
「実はね……」
事情を話すと、少女はしばし目を瞬かせたあと、何かを思いついたように手を打った。
「……そういうことでしたか! でしたら、うちに来ませんか?」
「え? いいの?」
「はい! うちは三人暮らしな割に家が無駄に広いので、お二方を泊めるくらいのスペースは十分にあります!」
このまま野宿になるのは嫌だと思っていたところだったから、その提案は渡りに船だ。
「その代わり、今夜は『殲滅団』や『行進曲』の裏話とか色々聞かせてください! 表に出ないブラックなこととか、色々聞いてみたいです!」
問題は付け足されたその条件だが。
妙に鼻息が荒いし、この子ちょっと面倒くさいタイプのオタクな気がするな。
若干引け腰になった俺は、アリソンに確認を取ろうと彼女の方を向いた。
「どうする? アリソンも根掘り葉掘り聞かれるのはやっぱ嫌だったり……」
「是非訪ねさせていただきましょう」
おおっと思いの外乗り気だぞ。
「私もヴィンセントが殲滅団でどんな仕打ちを受けてきたのか、もっと詳しく聞きたいわ」
そしておかしいな。何故か話すのが俺一人みたいな流れになっている。
「そういえば、貴方の名前を聞いてなかったわね。教えてもらってもいいかしら?」
「はい! 私はシャーロット=ハイデン。町の真ん中にあるレストラン、『ハイデン亭』のオーナー、モーリス=ハイデンの一人娘です!」
「ああ、あそこの……前に一度だけ利用したことがあるな」
「そうですか! ありがとうございます!」
「いやその……なんでもない」
値段こそ安かったが、口に合わなかったのでそれ以来一度も行っていない……とは、流石に言えなかった。
「ハイデン亭の場所なら私も分かるわ。それじゃ、一緒に行きましょう」
「はい! よろしくお願いしまーす! きっと父も喜びますよ!」
あれ? 知らんうちにハイデン亭に行くのが確定事項みたいになってないか?