8 野宿は嫌だ!(3)
チンピラ冒険者パーティの輪の中に飛び込んでいったアリソンは、開口一番にこう言った。
「ハーイ! そこのチンピラ野郎共、ちょっといいかしら?」
「なんだてめえ! いきなり現れて随分なご挨拶だな!」
「一般人の女の子一人取り囲んで袋にするなんて、情けないことするわね。それでも男なのかしら?」
どうやら穏便に済ませる気配なんて毛ほどもないらしい。
「なんだとこの野郎、喧嘩売ってんのか!」
「ええ、売ってるわ」
それを認める奴は中々見ないな。
「悔しかったら買った上で黙らせてみせるか、真っ当な弱い者虐めの理由を用意してみせなさいよ」
「俺たちは四人! てめえは一人だぞ!」
「もし私を黙らせられないなら、あんたらはドジョウよ」
「どういう意味だ、アア!?」
「顔に泥を塗られた上で、惨めに這いずることしかできない雑魚ってこと」
本当に最後まで喧嘩を売ることしかしなかったなこいつ。
「痛い目に遭わせてやるこのクソアマが!」
「そこのガキより先に、まずはてめえだ!」
だがチンピラ側も言い返すことなど何もなかったらしく、ぞろぞろとアリソンを取り囲むと一斉に殴りかかった。
タイミングは同時。四方からの攻撃は常人ではまず躱しきれない。
流石に腐ってもフレスベンにたどり着いた冒険者パーティ、最低限の連携は取れているというわけだ。
さらに奴らは全員身体強化才能持ち。
あの場に俺がもし立っていたなら、最悪の場合それだけで死んでたな。
だが――――
「一つだけ訂正するわ」
「……なっ……」
四方からの蹴り殴りをノーガードで受け止めてなお、アリソン=アクエリアスは平然と笑っていた。
「貴方達がやっていたのは弱い者虐めなんかじゃない。だってそうでしょ? 貴方達自身が弱い者なのに、弱い者虐めなんてできるわけないんだから!」
「な……この女……」
「舐めやがって……」
それも不思議なことじゃない。
アリソンが持っている身体強化才能は、チンピラどものものより遥かに格上なのだから。
「『不要刃』。特定条件下で、私の身体能力は常理を越えて強化される」
身体強化才能と言っても千差万別。
素の身体能力からどれだけパワーアップするかは、それぞれが持つ才能の性質とその習熟の度合いによって決まる。
チンピラ共の身体強化才能と、アリソンの身体強化才能では、その基本性能も熟練度も全く違う。
だから。
「畜生が! ぶっ飛べ!!」
「遅いっ!」
「あがあっ!」
受け方を少し変えるだけで、殴った側の腕がへし折れるなどという珍事が当たり前のように起こってしまうのだ。
綺麗に曲がった右腕を抱えるようにして、チンピラの親玉らしき禿頭の男は倒れた。
「あ、兄貴!」
「こ、こいつ……兄貴をよくも!」
「私はただちょっと撫でただけよ」
「兄貴はうちで一番腕っ節が強いんだぞ!」
「へえ、あれで一番。だったらもう貴方達は手詰まりね。降参したら?」
「舐めんじゃねえ! 俺たち『鋼の冒険団』は、故郷で一番強い奴らの集まり!」
「女一人に負けましたなんて、そんなみっともない看板背負って冒険者続けられるか!」
「そう。じゃあ辞めるちょうどいい潮時ってことじゃない」
「うるせええええっっ!!」
チンピラの一人が、両手をアリソンにかざした。
すると彼の手元から僅かな火花が散ったかと思うと、雷が迸ってアリソンに直撃した。
「うっ……」
「どうだ! 俺様の電撃を食らって無事だった魔獣はいねえ! お前もあの魔獣みたいにしてやろ――――」
「ちょっとピリッてきたじゃない!」
「はぐっ!」
だが、生半可な電撃ではアリソンを仕留めることはできまい。身体能力が向上するということは、電撃や火炎などと言った非物理的な攻撃に対する耐性も上昇するということなのだから。
電撃を放ったチンピラは、アリソンの平手打ちで吹っ飛び昏倒した。
精々五メートルくらいしか転がっていないので、あれでも大分手加減しているのが分かる。
「さあ、次!」
「……っ、くっ! だったら、俺が!」
気付けばアリソンの周りを、無数の石が取り囲んでいる。
残っているチンピラの一人が使う、念動力の才能だな。
「やめておきなさい。そんな石ころ程度で私が倒せるとでも?」
「うあああああ!!」
一斉に投げつけられる石ころ。
当然アリソンは微動だにしないし、ダメージも一切受けていない。
だが、そんな石の嵐に紛れて、残る一人が特攻を仕掛ける。
持っている才能は……光る刃を作り出して斬りつけるだったか。
「隙あり!」
手のひらに生まれた前腕ほどの長さの刃が、アリソンの腹部に迫る。
が。
「防御対応!」
「ぐはっ!」
そもそも効いていない石の弾幕では、アリソンに対して目くらましとしても機能していない。
斬りかかった最後の一人は、アリソンの反応攻撃にあっさりと敗れてその場に倒れた。
「あ、あばば……」
「いい加減彼我の実力差を理解した頃かしら。それでもまだ続けるって言うなら、相手してあげるけど」
「ひっ、ひいっ!」
最後の一人にアリソンが睨みを利かせると、男は転がった三人を抱えてどこかへとそそくさ去って行った。
アリソンは軽く息を吐いてから、こちらに満面の笑みを向ける。
「見た! 見たわね! ざっとこんなもんよー!」
「……いや、本当に流石だよ。流石はアリソン=アクエリアスだ」
俺は拍手しながら歩み寄り、彼女の戦い振りを賞賛した。
こうなることは予想していたから驚きはなかったが、やはり超一流の冒険者って奴は恐ろしい。
他に二つ持っている才能を一切使わず、身体強化才能だけでこの大立ち回り。
新たな一人目の仲間として、これほど頼りになる存在もいないと思う。
「俺なんかには勿体ないほどの才能だ。つくづく、お前が来てくれて良かった。ありがとう」
「どういたしまして。そう言ってもらえると嬉しいわ!」
「ところで、『不要刃』って何?」
「何って、才能の名前だけど」
「……そうか」
余談だが、俺の『目』で人の才能を見ても、その名前などというものは浮かび上がってこない。
つまり才能につけられた名前というのは、確実にそいつ個人のネーミングセンスということになる。
まあ……うん、完全に余談だし別にいいんだけどさ。
「さて、と。チンピラを撃退したのはいいけれど、結局野宿する流れなことに変わりはないのよね」
「そうだな。まあ鬱陶しいのを散らしたことで多少は安眠できると思えば――――」
「あ、あの!」
「!」
不意に、少女の声。
そういえば、アリソンが助け出した少女のことをすっかり忘れていた。
「あ、ありがとうございます。急に絡まれて、連れ去られそうになっていて……助かりました!」
近くで見ると、少女は大人しそうな可愛らしい子だった。
桜色の長い髪が、穏やかで上品な印象を与える。
どちらかというと華奢で、冒険者とはほど遠い体格。
フード付きのゆったりとしたワンピースも、その雰囲気に合致している。
気の強そうな吊り目は、そんな彼女の身体的特徴の中で際立って異分子的存在だった。
おどおどしながら頭を下げる少女の頭を、アリソンは優しい手つきでそっと撫でる。
「いいのよ。災難だったわね。ああいう悪い冒険者は、私たち正義の冒険者がやっつけてあげるから、また困ったら声をかけなさいよ」
「正義と言っていいのかは若干疑問が残る煽り方だったが……」
「そ、それより一つ、アクエリアスさんとオーガスタさんに聞きたいことがあるんです!」
「ん?」「あら?」
顔を上げた少女の表情が、やけに真剣味を帯びていたので、俺とアリソンは思わず居住まいを正した。
聞きたいこと……一体なんだろう。
泊まる場所を用意してくれるとかだったら嬉しいんだが、まあそんな都合良くはいかないよな。
……ってあれ? 俺ってこの子の前で名乗ったっけ?
「そ、そのっ! お二人って付き合ってるんですか!?」
「……へ?」
「はい?」
投げつけられた質問は、全く意味の分からないものだった。
いや、質問の内容は分かるんだが、なんでそう思ったのか分からないし――――何より、それ今聞かなきゃいけないことか?