7 野宿は嫌だ!(2)
それから数分後。
「本当にやるのね?」
「ああ。それしか方法がないからな。まずは俺から行くぞ」
俺たちは、フレスベンにある唯一の住宅街の一角にやってきていた。
いくらほぼ冒険者しかいないと言っても、ギルドの受付や大衆食堂、市場などの住民はこの町に住んでいるわけで、そういう人々は自前で家を用意してそこで暮らしている。
つまり、ここには確かに住む場所があるわけで――――
「ごめんくださーい! 夜分遅く失礼しまーす!!」
だったら、お願いして泊めてもらうしかないだろう。
家々を順番に巡り、頭を下げて泊めてもらう。それが俺の考えた作戦だ。
作戦を聞いたあと、アリソンは露骨にがっかりしたような表情を見せたが、俺の知ったことじゃない。
そんなわけで、まずは手近な一軒にノックしてから玄関口で現れるのを待つ。
しばらくすると、住民と思しき中年女性がドアの隙間から顔を突き出してきた。
「? はい、どちら様でしょうか」
「通りすがりの冒険者です!」
「……は?」
「一晩泊めていただけないでしょうか!!」
「い、いや、なんで冒険者がうちなんかに……」
突然押しかけられた家の人は、すっかり困惑しきっていた。
まあそりゃそうだよな。
だって、普通冒険者には一律でドミトリーに宿泊するはずで、そこから追い出されるなんてまず聞いたことのない話だろうから。
「実はかくかくしかじかで、ドミトリーが利用できなくて。今泊まる場所がないんです」
事情を説明したが、訝しむような目は変わらず。
「信用できません。帰って下さい!」
にべもなくドアを閉めきられてしまった。
「……駄目かー……」
がっくりと項垂れる俺。後ろを振り向くと、アリソンがやれやれと肩をすくめていた。
「駄目ね、ヴィンセント。そんな自信なさげな態度で近づいても、信用というものは得られないのよ」
「だったらお前ならどうするんだよ」
「ふふふ、見てなさい。この私、アリソン=アクエリアスの華麗なる交渉術というのを見せてあげるわ!」
アリソンは悠然と歩を進めると、一軒隣の家の前に立つ。
なるほど確かに、あれだけ自信満々に振る舞っていたら一般住民の方々の信認も得られるというものか。
「こんばんは、ごきげんよう!」
「はいはい、どちら様で……はっ」
押っ取り刀で現れた家の主らしき、筋肉質なひげ面の男は、アリソンの姿を見て目を丸くする。
その様子を見て、アリソンは一層得意げに胸に手を当てた。
「ふふふ、気付いたようね。そう、私よ。超有名剣士のアリソン=アクエリアスよ! 実は私たち、今とても困っていて――――」
「痴女め! 痴女がこんなところになにしにきやがった!」
次の瞬間、アリソンの顔にコップに入った水がぶちまけられた。
「ふへ?」
「俺はお前のような変態女が世界で一番嫌いなんだ! しっしっ! どっか行け!」
「えっ、ちょっと待って。ふ、ふしだらって、私別に……」
「そんな格好をしていて痴女じゃないと言い張るか! 筋金入りの阿婆擦れ女め! なんにせようちに泊める場所はない。出てけ出てけ!」
派手目の女に辛い目に遭わされた経験でもあるのだろうか。
いささか過敏とも言える反応で、男はアリソンを締め出した。
腰を抜かして、その場で硬直するアリソン。
俺は軽く咳払いをしてから、様子を窺うように声をかけた。
「あー、えー。なんだ。まあどこにでも難癖を付けてくる人というのはいるもので……」
「私、痴女じゃないのに……」
「え?」
「痴女じゃないのに――――! あんまりよ――――!!」
何かトラウマでもあるのか、アリソンはその場にうずくまっておいおい泣き出してしまった。
だが……その格好で痴女じゃないは無理があるだろ。
「好きだから……こういうファッションが好きだから着てるだけなのに……」
それを世間一般では痴女と言うような気もするが、俺の気のせいかもしれないので黙っておく。
「まあまあ、落ち着けよアリソン。しかし、最初に会った時はそういう格好してなかった気がするけど、そりゃ一体誰の趣味だ?」
髪の色まで変わってるし。
「誰って、私の趣味だけど」
「じゃあなんで最初に会った時は地味な格好なんだ」
「……派手な格好をすると、荷物持ちがしゃしゃるなって嫌がらせされてたから……」
「なるほど」
そんなことがあったなら、そりゃパーティも抜けたくなるわな。
むしろよく今まで我慢して一緒にいたもんだ。
初っぱなから二連続で取り付く島もないあしらいを受けた俺たちだったが、これで諦めるほど柔じゃない。
その後も順繰りに一つ一つ家を訪ね、泊めてくれるところがないか挑戦した。のだが――――
「ごめんなさい。うちは狭いので人を泊められるような場所はないんです」
「そうですか……こちらこそ夜分に失礼しました」
「仕事で冒険者連中の面ばっかり見せられてうんざりしてんのに、プライベートにまで侵食してくるんじゃねえ!」
「うっ……ご、ごめんなさい」
「あ、あんた、可愛いね。そんな格好で夜な夜な訪ねてくるとか、ドスケベさんなのかな? ぐふふ、女の子の方だけなら泊めてあげてもいいよぉ~?」
「き、気持ち悪い!」
断られたり、明らかに怪しい提案だったり。
中にはちゃんと話を聞いてくれる人もいたが、芳しい返事はもらえず。
結局泊まる場所を見つけることができないまま二時間。
五十軒回ったあたりでさしもの俺たちの心も折れた。
いつの間にか日は落ちて、街中の公園も暗闇の中。
中心街の街灯から届く僅かな光だけが、俺たちが座っているベンチを朧気に照らしていた。
「もう嫌……これ以上私の服装についてなじられたくない……」
「こうやって断られ続けると……尊厳がボロボロになっていくんだな……」
ただでさえ追放されてメンタルが荒んでいたところに、この断られラッシュはきつく響く。
素直に野宿を決め込んだ方が良かったかもしれない。
「ああもう駄目だ。俺はやっぱり捨てられる程度の存在だ。ゴミ虫なんだ」
「そんなことないわよヴィンセント。貴方は素敵な人よ。私の方が無自覚に風紀を乱す痴女だったのよ。きっと前のパーティの人たちも、それで私のことを嫌っていたに違いないわ」
「絶対そんなの関係ないから気にするな。お前はすごい奴だよ。俺なんかの百倍は」
「ヴィンセントの方がすごいわよ。私なんかの百倍は」
「お世辞にしても褒めすぎで、逆に褒められてる気がしないな」
「その言葉、そのままそっくりお返しするわ」
「なんでだよ……意味わかんねえよ」
ここで腐りながら互いを褒め称えていても生産性はゼロだ。
そんなことはわかりきっているのだが、身体は前に動かない。
「もう野宿でいい気がしてきたわ……これ以上傷つきたくない」
「同感だ。心のしんどさに比べたら、身体のしんどさなんて屁でもないな」
傷心の俺と、どうやら根っこのところがかなり豆腐メンタルなアリソン。
精神的弱者の二人が手を組めば、楽な方へ楽な方へと流れていくのは自然な話で。
このまま公園のベンチで一夜を過ごす流れになるのだろう。
そう確信していた最中のことだった。
「……ん?」
公園の反対側から聞こえる、どことなく不快な諍いの声。
若い女性の声と、野太い男複数名の笑い声が、交互に俺の耳に飛び込んでくる。
「……ヴィンセント、気付いた?」
「アリソンも聞こえたか」
起き上がり、声がした方向に視線を送ると、なるほどそこでは野郎ばかりの冒険者四人が一人の少女を取り囲んで絡んでいる。
『ちょっ……やだ、離してください……!』
『ああ? ガタガタ文句言ってんじゃねえぞ小娘が!』
『生意気な面しやがって。ちょっとこっちに来やがれ!』
『や、やめ……』
聞き耳を立ててみると、どうやら少女は冒険者パーティに因縁をつけられているらしい。
「可哀想に。見た感じ大人しそうな女の子だから、柄の悪い冒険者に目を付けられてしまったんだろう」
「感じ悪いわねあいつら。ああいう奴らがいるから、冒険者って仕事はいまいち信用を欠くんでしょうね」
「……」
それを思うとなんだかむかついてきたな。
ああいう輩がいなければ、俺たちが今日野宿する羽目にもならなかった。
そもそもこれから寝ようっていうのに、近くであれだけ騒がれたら寝るに寝られない。
俺はため息をついてから立ち上がり、『目』で才能を確認する。
「やれやれ、仕方ないな。オイタをする若造は俺がちょっと行って――――」
へー、全員身体強化才能持ちで、電撃使いとか念動力使いまで紛れ込んでるのかー……。
「……よし、寝よう!」
「ちょっと諦めが早くないかしら!?」
「だって、あいつら普通にガチだぜ!? さっきの初々しさ溢れるパーティみたいに運良く辿り着けたって感じじゃない! このフレスベンに来てるだけのことはある腕利きばかりだ! 万が一喧嘩になったりしたら、俺じゃ逆立ちしても勝てやしない!」
「それはそうかもしれないけど……でも」
「言いたいことがあるのは分かる。それについて今から説明しよう」
「あら」
「逆立ちしてもってのは比喩だ。本当に逆立ちして戦ったらむしろ普通より弱く……」
「そんな話はしてないわよ!」
アリソンは勢いよく立ち上がり、俺の目の前に立って詰め寄ってきた。
「うおっ、近い。顔が近い」
「ヴィンセント。貴方の役割は戦うことじゃないから、それで集団相手に勝てないのは仕方ないわ。だけど!」
彼女は自分の胸に親指を突き立てて、見得を切るように髪を振り乱した。
「私はどうなのよ! この私、アリソン=アクエリアスは当代有数の武闘派よ! 貴方だってそれは知ってるわよね!」
「あ、ああ」
「あそこにいるチンピラ冒険者どもは、そんな私でも勝てないほど強い奴らなのかしら?」
「……ええと……」
俺は再度向こうに目をやって、冒険者集団の才能を確認し、それからもう一度アリソンの才能を見た。
「……いや。お前なら勝てると思う」
「だったら、どうして私に頼まないの!」
アリソンが、今にも噛みつきそうな勢いで俺の方に近づいてくる。
強化された身体能力のまま近づいてくるから、圧がものすごい。
若干たじたじになった俺は、咳払いして気持ちを整えた。
「……自分で思い立ったことは、自分で決着させるのが筋かなと思っただけだよ」
「どういう意味よ、それ」
「俺の怒りをアリソンに肩代わりさせるのはなんか卑怯かなと思ったんだ」
「心配しなくても、私だってあいつらにはちょっと苛ついてるわ。貴方が行かなきゃ私が一人で行ってた。でも……」
アリソンは手をぐっと握りしめて、俺から少し目を反らした。
「怒りとか、喜びとか、悲しみとか。そういう感情を共有してこその仲間でしょ。そんなことで遠慮しないでよ」
「……」
アリソンの言うことにも一理あるかもしれない。
そうだな。ついさっき追放されたせいで卑屈になっていたところがあるかもしれない。
「託していいのか? 若干八つ当たりにも近い感情だぞ?」
「もちろん。貴方が戦えない分、私があいつらのことを徹底的にとっちめてきてあげるから!」
アリソンはにっこりと微笑んで、それから俺に背を向けた。
「それに、一回ちゃんと私の本気を見せておきたかったところだしね。才能を見るだけじゃ分からない今の私の強さを、貴方に理解して欲しかったから」
鞘が揺れて、金属が擦れ合う音がした。
「さあ! それじゃ行ってくるわ! ふふ……パーティ丸ごと私の噛ませ犬にしてあげるから覚悟してなさい!」
俺は少し不安になって一言付け加える。
「……話し合いで解決できそうならまずそうしてくれよ?」
「貴方って、本当に色々と小市民よね……」
冒険者向きの性格じゃないのは自覚している。