19 それでも俺は
大変長い間、更新できず申し訳ありませんでした。
ようやく更新できる状況になりましたので、ゆるゆると自分のペースで少しずつ更新していきたいと思います。
『暁の殲滅団』は、そりゃあ今はもう大人気の冒険者パーティで、メンバー一人一人に熱烈なファンがついている。
俺のような一番の三下ですらそれなりの認知度を誇ってるんだから相当なもんだ。
だが、たとえどれだけファンが増えたとしても。
『殲滅団』にとって最初のファンは俺だし、最大のファンもまた、俺なんだ。
あんな別れ方をした後でも、あいつらの悪辣さを嫌と言うほど味わった後でも。俺は、あいつらのファンをやめられていない。
あいつらが負けて帰ってきたという話を聞いた瞬間、俺の胸によぎった否定の感情が、そのことを俺に知らしめてくる。
軋むように頭が痛んだ。
あいつらが負けるはずがない――――って。
「いやあ、酷いもんだな。流石は『千蟲洞窟』というかなんというか……あのとんでもなく強い冒険者パーティが、ここまでこてんぱんにされるとは思っても見なかったね」
他人事のように呟く野次馬の言葉は耳障りだったが、それどころじゃないくらいに俺は追い詰められていた。
あいつらが戦略的撤退ではなく、敗走してフレスベンに戻ってきた。その事実は認めるしかない。
だが、何故傷だらけのまま、あの場でなすすべもなく苦しんでいるんだ。
リーゼロッテの才能は自分自身を癒やすためには使えないから、自分たちだけで解決できなかった理由は分かる。
だがフレスベンには回復術師が沢山いるはず。この町にいる何人かの回復術師のうち、たった一人でも来てくれればそれで――――。
「……まさか、誰もいないというのか?」
その時俺はようやく、『凪』という特殊な状況が作り出した歪な状況に意識が向いた。
そう、今は『凪』。殆どの冒険者が、書き入れ時と勇んで異界に繰り出す季節。
元々数の少ない回復術師がこの町に多くいるのは、あくまで冒険者パーティの一メンバーとして他の町からやってきたから。
その冒険者たちが殆ど外に出向いてしまったら、今リアルタイムでこの町にいる回復術師なんてあまりにも限られている。それどころか、一人だっていないかもしれない。
不安になって、あいつらの様子を覗き込もうとした俺だったが、分厚い人垣に阻まれてとても中央まで辿り着けない。
仕方がないので、すぐ近くにいたおっさんに聞いてみることにした。
「リーゼロ……怪我人の女の子は、今一体どういう状態なんですか?」
「ん? ああ、酷いもんだね。全身火傷で、体中が爛れている。見るに堪えないよ」
『千蟲洞窟』には、超高温の炎を噴くモンスターがいる。それが群れ単位で押し寄せてくるのだ。恐らく隙を突かれて、そのうちの一匹に焼かれたのだろう。
「じゃ、じゃあ、このままじゃ……」
「ここまで戻ってこられたのが奇跡のような傷の具合だから、程なくして死んじまうだろうね。いやはや、あの『暁の殲滅団』の一人ともあろう冒険者が、まさかこんな死に方をするなんてなあ」
まずい。まずいまずいまずい。
このままだとリーゼロッテが死んでしまう。
確かに一時は殺意を抱くほど憎んだ相手でもあるのだが、だからといってこんな終わり方これっぽっちだって望んじゃいなかった。
「ん? そういえばあんたの顔にも見覚えがあるような――――」
……いかん。
今俺が出る羽目になったら、話がこじれるどころの騒ぎではない。
何よりこの流れで、あいつらと顔を合わせるのは絶対に嫌だ。
「……あっ! 思い出した! そうだ兄ちゃん、確かあんたも――――あれ?」
完全に気取られる前に、俺はそそくさとその場を後にした。
後にした――――と言っても、そう遠くまで離れていったわけではない。後ろ髪を引かれる思い、と言えば語弊が過ぎるかもしれないが、ともかく元とはいえ瀕死の仲間を放って帰るなんてことは俺にはできなかった。多分誰だってそうだろう。
すぐ近くの路地裏に隠れて息を整えながら、俺は間近に迫る仲間の命の危機を頭の中で整理する。
「……どうする? このままじゃ、リーゼロッテが……」
あいつとも長い付き合いだ。ラウレンツ、ロドヴィーゴと加わって……次にパーティの一員となったのが、リーゼロッテだったと記憶している。
多分、その四人で旅をしていた時期が一番長かったんじゃないかなと思う。
「あのころは楽しかっ……って、今考えることじゃないだろ」
思わずいつものように思い出に浸りそうになったが、今はそんなことをしている余裕はない。
直接見ることはできなかったが、リーゼロッテの状態が急を要していることは間違いないだろう。
このままだと彼女は死ぬ。
そして今この町に、彼女を助けられる回復術師は存在しない。
いや――――一人、知っている。
きっと、一心不乱で遮二無二だったんだろう。
気がついた頃には、俺はハイデン亭の前までやってきていた。
昼過ぎだが、冒険者という冒険者がこの町から出払っているせいか、いつもに比べると人気は少なかった。
店内に入ると、すぐに給仕中のシャーロットと出くわす。
「あっ! ヴィンセントさん、しばらくですね! 今日はどうしたんですか、テイクアウトならもうちょっと待っていただけると――――……」
「悪い、実はゼルシアに用がある」
「えっ? ゼルシア姉に? え、えっと、今ゼルシア姉は調理中……」
「分かってるが、緊急事態なんだ。悪いが呼んできてくれないか」
「!」
俺の表情を一瞬伺ってから、シャーロットは慌てて厨房の方に走っていった。
悪い、シャーロット。こんな形で迷惑をかけたくはなかったんだが。
だけど今俺が頼れるのはお前たちだけなんだ。
それからしばらくして、エプロン姿のゼルシアがおどおどしながら現れた。
シャーロットに俺の様子を聞いていたのか、
「ど、どうしたの、かな? ヴィンセントが、ボクに用事なんて」
「実はすごく言いにくいことなんだけど……ゼルシアに助けて欲しい人がいるんだ」
「助けて欲しい人?」
「全身火傷で、今にも死んでしまいそうなんだ! だけど今フレスベンには、他に回復能力を使える人がいなくて……」
「だから、ボクに、治して欲しいってこと?」
「ああ。……悪い。要するにゼルシアに痛い思いしろってことで、俺が頼めた筋合いじゃないんだが――――」
俺がそう言うと、ゼルシアはほっとしたように胸をなで下ろした。
「なんだ、そんなこと……か」
そして彼女は、脇をしめるように両手をぐっと握りしめる。
「そういうことなら……僕、頑張るよ! 僕だって、助けられる人がいるなら、助けたい……!」
「そ、そうか。ありがとう、本当に助かる!」
「色々、お世話になってる、からね。そんなに頭下げなくても……大丈夫、だよ」
ゼルシアは僅かに肩をすくめてから、店を軽く見渡した。
「今日はお客さんも少ないし、後はモーリスさんだけでなんとか……なると、思う」
そして彼女はそそくさと厨房の方に戻っていくと、およそ数分くらいで簡素なくたくたの薄着に着替えて戻ってきた。
荒みっぷりを見るに、冒険者時代に着ていた服だろうか?
「それは一体?」
「他人の怪我を、受け止めると……どうしても、自分の体から色々出ちゃう、から。汚れてもいい服に、着替えてきた、んだ」
なるほど、ちゃんと考えられてるんだな。
「じゃ……行こ。一刻を争うなら、急がないと」
「そうだな。ついてきてくれ! 走るけどついてこれるか?」
「大丈夫…ボクも昔は冒険者、やってたから」
くすりと笑むゼルシア。俺は安心したように頷いてから、彼女と一緒に門を目指すことになった。
言うだけあって、特にそれ用の才能を持っていないにもかかわらず、彼女の身のこなしは軽快だった。
このペースなら十分に間に合う!
手遅れになる前に、リーゼロッテの傷を無事に――――
無事に――――
「なあ、ゼルシア」
「……なに?」
――――黙って連れて行くのは、やっぱりフェアじゃないよな。
「行く前に一つ話しておかないといけないことがある」
「行く前に……って、もう向かってるけど……」
「助けようとしているのはリーゼロッテだ」
俺がそれを伝えたとき、ゼルシアの瞳孔が僅かに縮まったのが分かった。