18 才能溢れる町、フレスベン
その後、俺たちは残りの三人についても一応聞き込みを行った。
「まずはスティーナ=トンテリ。『哀歌』では回復術師をやっていたんやと」
「ひぅん……。傷が治らないんです……今までは、イライラした時に手首を切っても、すぐにキラキラした粉を振りかけて元通りになってたんですぅ……なのに今は!」
「うん……まずは手首を切る癖を直すべきだと思うな?」
「続いてはデイモン=ヒューズ。斥候を担当していた男や」
「ぼくちんの! ぼくちんの妖精ちゃんが出てこないの! ぼくちんが怖いって思ったときは、いつも駆けつけてくれたのに!」
「この人なんか別の意味で見えちゃいけないものが見えてね?」
「召喚系の才能持ってたんやって」
「ああ~……中々のレアスキルなのに、勿体ないな」
「最後はヴィクトーリア=ヒレンブラント。前衛を担当していた一番年下の女の子や」
「……」
「ねえあの子、めっちゃこっちを睨んでくるんだけど。ちゃんと俺が何者なのか正しく伝えた? 誤解されてない?」
「いいや、君たちが助けに入ってくれたことも伝えたで。さっきのことで、君から散々文句言われたからな」
「じゃあなんで……」
「多分君が何かあの子らのパーティに悪さをしたと思ってるんと違う?」
心なしか心に問題を抱えている人が多かった気もしたが、まあそれはそれだ。
四人とも一様に、元々持っていた才能を綺麗さっぱり失っている。
まあ、ヒレンブラントに限っては、前にも言った通り一つだけ才能を残していたが……これ、今言ったら色々こじれるよな? だから、とりあえず本人に告げるのは保留にしておくことにした。
「さて、才能を失わせる能力者がこの町に潜んでるとしたら……面倒なことや。放置してはおけへん」
医務室から治安課の事務所へと戻る廊下の途中、ディエゴが呟くように言う。
「フレスベンにいる冒険者は、人類全体の中でも特に優れた才能の持ち主が多いやろ?」
「そうだな……」
フレスベンに来てから、強大な才能の持ち主をよく見かけるようになった。
前半の町に比べると、その才能の粒ぞろいぶりには舌を巻くばかりだ。
「その優れた才能は、異界を探索して荒野を切り開き、人類の新たな生息域を発見するための最大の希望や。それが失われることがあったら、人類の進歩が大きく阻まれることは間違いない。それは……僕としては、許せへん」
ディエゴの神妙な面持ちに、俺は思わずぎょっとさせられる。
こいつ……適当に定年まで警察の真似事して飯食えたらいいってタイプじゃなかったんだな。
「……なんだか思ったよりも深刻に捉えてたんだな。俺は精々、俺の仲間が才能を奪われて苦しむ顔を見たくないくらいにしか思ってなかったよ。いや、勿論俺にとっては深刻なことなんだけどな」
「それも大事なことや。せやけど、僕は国家の犬やからな」
冗談めかして、ディエゴは小気味よさそうに目を細めた。
「給料分の働きは、きちんとせんとあかんやろ」
「姑息な奴だと思っていたが、少し見直したよ」
ディエゴも悪い奴ではないんだよな。
ハイデン亭の件でも、一日中張って逮捕に手を貸してくれたわけだし。
普段の態度は、決して良いとは言えないが。
「でもまあ、そうだよな。俺としても、折角の優秀な才能が失われていくっていうのは看過しがたいことではある」
他の連中にとって、才能は漠然とした見えざるものだが、俺の目にははっきり映るのだ。
その分、失われたということもよく分かる。
才能を奪われて絶望に駆られている人を、これ以上見るのは御免だ。
「幸いビスタンクスから、ヤニーナ=エリオットの見た目と特徴、そして持っていた才能も聞いている。それに俺には『人を見る目』があるから、それらしい奴を見かけたらすぐに対応できるしな」
そのためにも、しばらく能力は常にオンにしておくから。俺がそう言って頷くと、ディエゴは怪訝そうに眉をひそめた。
「気をつけえや。まだそいつが、どんな才能で他人の才能を破壊してるのかもわからないんやで」
「俺の才能が壊される分には、大して傷は深くないだろ」
「んなわけあるか。君の才能だって、貴重なうちの一つなんやから」
「俺の才能が貴重? ないない。確かにフレスベンくんだりまでやってきて才能鑑定やってるのは俺一人かもしれないが、都には俺と同じ才能の持ち主が一杯いるらしいからな。俺の需要なんて、所詮は地域を限ったローカルなものでしかない」
「僕は都になんて行ったことないから知らへんけど、そういうもんなんや」
「俺も言ったことないから見たわけじゃないけど」
「なんやねん!」
「けど、恩人から聞いた話だから確かだぞ。何せ俺の生きる指針を定めてくれた人生最大の恩人だ」
わざわざ冒険者なんて道を選んだ理由は、勿論冒険者を前線でサポートできるように……っていうのが一番だ。
だが、冒険に出るくらいしないと役割を見いだせないとその人に教えられたのも大きい。
都で人に才能を教えて暮らそうにも、似たようなことを考えている能力者が多すぎるから、と。
「ともかく、俺くらいの才能はありがたがるもんじゃないぜ。もっと貴重な才能を守るために俺が才能を賭ける必要があるなら、俺は躊躇したりしない」
「……それで失った後はどうするつもりなんや」
「その時は治安課に雇ってもらって事務仕事でも手伝わせてくれよ」
ディエゴは呆れたように首を振った。
「うちにそんな余裕はない。くれぐれも無駄に才能を失ったりしないように注意せんとあかんよ」
「俺だってわざわざ失うように行動したりしないって」
治安課についた頃には午後一時。
昼飯時だからということで、ディエゴとはそこで別れた。
とりあえずさっさと帰って、パーティ仲間に今日知ったことを伝えないといけないな。
帰り道、西門の近くを通ったとき、門の周りに人だかりができているのに気がついた。
フレスベンにある四方の門は全て別々の異界に繋がっている。
そのうち西の門の先に広がるのは、現在未踏破にして最大難度のダンジョン、『千蟲洞窟』に続く道だ。
あまりの難易度に、挑む冒険者パーティの数は極めて少ない。
『暁の殲滅団』はそんなごく少ないパーティのうちの一つであり、最も深い階層までたどり着いたパーティでもあった。
俺とロドヴィーゴ、二人のメンバーを欠いた今も、あいつらは変わらず探索へ向かっている。
あいつらのことだから、なんだかんだ上手くやって今も探索を続けていることだろう。
ロドヴィーゴを失ったのは痛いだろうが、俺という足手まといもいなくなった分、総戦力ではイーブンくらいかもしれないからな。
「にしてもあの人だかりはなんだろう……随分と騒々しいが、誰か怪我して戻ってきたとかかな」
興味は惹かれたが、野次馬するのも品がないのでさっさと帰ることにする。お腹もすいたし。
おっと、その前に一応『人を見る目』でこの場にいる人間の才能をざっと確認しておこう。
えーと、確か身体強化才能と爆弾を作る才能と植物を操る才能、そして対生物用の治癒才能を最低でも持ってるって言ってたか……。
改めて整理すると、とんでもない盛りっぷりだな。才能の塊かよ。
どうして天は、地上に俺のようなしょーもない才能持ちを産み落としつつ、こうもなんでもかんでも持ってるような完璧超人を産み落としたのか。
「……んー……」
平凡な才能しか持たない一般市民から優れた才能を持つ冒険者まで、俺の目に映る文字列は様々だったが、条件に合致するような才能の持ち主は見当たらない。
まあ、そりゃそうだよな。
仮にも自分の仲間を罠に掛けて殺そうとした奴が、昨日の今日で市井を彷徨いているはずがない。
無駄な時間を使ったな。さっさと帰ろう。
そうやって、俺がきびすを返したとき、人だかりの奥の方から――――
「回復術師の人はまだですか!」
「……!」
「早く……早く、リーゼロッテ様を助けて下さいませ!」
……耳馴染みある声と、名前が呼ばれたような気がした。
だがおかしい。そんな声、聞こえてくるはずがない。
そんな弱々しい台詞が、その声音から紡がれるはずがない。
それじゃまるで、まるで――――『殲滅団』が負けて帰ってきたみたいじゃないか。




