17 失われた才能
道中、目覚めたパーティについての簡単な説明をディエゴから受けた。
「調べたところ、君が拾ってきた冒険者パーティは、ギルドに登録された正式な冒険者やった。名を『サネカズラ哀歌』。ついこの間までケセンドリで数年にわたって活動していた、典型的なC級パーティやな」
ケセンドリはアルタイラスよりさらに一つ前の町。
町と言っても、近隣では最も規模が大きく人通りも激しい交通の要衝である。
実力のない冒険者の多くは、ケセンドリで足を止めてその町を軸に活動を続ける。
ケセンドリに長期滞在していたのなら、『サネカズラ哀歌』もそういった途中脱落者の一つだったのだろう。
「そういう意味では、君の仮説は外れていたわけやな」
ディエゴはからかうようににやにやと笑った。
好きだねえそういうの。俺は別に? なんとも思っていないけど。
「だったらだったで、なんで才能を持ってなかったかって方が問題だろ。仮にもケセンドリまで辿り着ける冒険者なら、何かしら才能を持ってたはずだ。じゃないと――――」
「そう。そこが今回の問題の要や」
いつの間にか、俺の鼻先にディエゴの指が突きつけられていた。
俺は立ち止まり、ディエゴは舐め回すようにこちらをじっと見る。
「『サネカズラ哀歌』の連中は才能を持っていた。今はともかく、持っていた時期があるのは間違いないんや。せやけど、どうやら現段階では君の言う通り、彼らは才能を使えない状態になっている……」
これが意味することはなにか。ディエゴは一拍間を置いてから、作ったような声音で囁いた。
「……才能が後天的に失われたーいうことや」
才能そのものを喪失させる力。聞いたこともない話だが、ないと断定することはできない。
何故なら才能とは無限の可能性を秘めるもの。
あらゆる才能に存在の可能性がある以上、あり得ない才能などというものは一つとして存在し得ないのだから。
そしてディエゴが語った仮説が、冗談やまやかしの類でないということを――――俺は治安課の医務室で、酷く思い知らされることとなる。
「返してくだされぇぇ!! 小生の才能を、返してくださいよぉおおお!!」
医務室のベッドの上でのたうち回りながら、悲哀なうめき声を上げる男の姿があった。
深々と刻み込まれた全身の傷、磨き上げられた分厚い筋肉。
それなりに年季が入っているであろうベテラン冒険者としての風格は、男からは微塵も感じ取れなかった。
だがそれが逆に、彼の偽らざる本心を自ずからこちらに理解させる。
俺の才能がたまたま透視できなかったとか、元々持っていなかったとか、そういうなまっちょろい現実では決してない。
本当に彼は、才能を失うという悲劇に直面してしまったのだなと……理由は分からないものの、見ているだけで胸が痛む凄惨な光景が広がっていた。
「彼は……確か」
「『サネカズラ哀歌』のリーダーやっとるドラコ=ビスタンクス。石つぶてを召喚して操る才能を持ってたらしいんやけど、目覚めてからちっとも使えなくなってたんやって」
俺には持っていた才能を失うという経験がないものだから、正確には想像できないが、さぞ辛いであろうことは理解できる。
冒険者にとって――――否、人にとって、才能とはアイデンティティーと同じ。
だからこそ、才能を見つけられていない者は自分の存在意義に苦しみ喘ぐし、有用な才能を持つ者もまた、時として才能に翻弄され、自らの破滅を招くことになるのだから。
「なんで、なんで使えないのですか! なんで! 昨日までは確かに使えたでないですか! 小生の声に応えて、自由に空を踊ってくれたじゃないですか! なんでぴくりとも動かないのですか! なんで! なんで!」
どうやら彼は、俺たちが来たのにも気付いていない様子だ。
それだけ取り乱しているというのは分かるのだがこのままでは話も満足にできやしない。
「鎮静剤とか持ってねえの? こう、猛獣とかを仕留める用的な」
「善良な役人であるところの僕がそんな危険物持ってるわけないやろ。君こそ冒険者の端くれなら猛毒の一つや二つ常備してるんと違うん?」
「冒険者をなんだと思ってるんだ。他の奴らならいざ知らず、俺はそんな殺意高い戦闘スタイルしてねえよ」
というか、先日あんなことがあったばかりなのに毒なんて持ち歩く気になるわけねえだろ。
「とにかく落ち着くまで待って……それから話を聞いてみるしかないか」
「今朝からずっとこんな調子やから、いつ落ち着くかはさっぱり分かったもんやあらへんけどな」
「……マジで一回帰っていいか?」
結局それからビスタンクスが落ち着くまで、四時間ほどの時を要した。
その頃にはもう太陽が空に昇って、昼食時になっていた。
「……申し訳ない。見苦しいところをお見せしてしまって……」
時間が経って、少し冷静さを取り戻したビスタンクス氏は、居心地悪そうにベッドの上に縮こまっていた。
「治安課の救助に感謝いたします。そちらは第一発見者の方ですよね? 危ないところを報告していただきありがとうございます……」
ディエゴの野郎、少し事実を歪曲して伝えてないか? とも思ったが、一々訂正するのも面倒だから今日の所は見逃してやることにした。
「いえいえ、僕なんかは本当に発見しただけですので。貴方たちを助け出したのは、僕の仲間ですから」
「あ、そうでしたか……」
社交辞令を終えた後、本題に入ることとなる。
薄情なことを言うと、今回彼らが何らかの事情によって才能を失うという悲劇に出会った、そのこと自体はどうでもいい。
問題は、同じ厄災に次自分たちが見舞われる可能性がゼロではないとうことだ。
モンスターなのか、異界のシステムなのか、それとも別の要因か――――事情をはっきりさせないことには、うかうか冒険にも出られない。
「疲弊しているところ申し訳ないのですが、いくつか話をお聞かせくださいますか? ビスタンクスさん」
「え、ええ……私にできることがあるなら……もうどうせこんなことしかできませんし……」
一々反応が重たい!
いやまあ、彼の今の精神状況を思えばそれくらい仕方がないんだけどさ。
「『貪肉緑地帯』で僕らが貴方方を発見したとき、貴方方は既に巨大蠕虫に捕食されていました。才能が使えなくなったのは、捕食される前ですか? 後ですか?」
「後です」
ビスタンクスは重々しい口調で呟くと、陰気な雰囲気を隠しもせずに、気が滅入るようなため息をついた。
「小生らは……元はケセンドリで活動を続けていた地域冒険者の一つでした」
「聞いています」
「それ以上先に進む実力がないことは理解していましたし、この町で活動を続けるスタンスも、それはそれで悪くないものだと思っていました。ですが、最近小生らのパーティに、強い仲間が加わりまして……」
「仲間」
途中の町で燻っているような冒険者パーティに入りたがるような物好きがいたのか。
ま、それに関しては俺たちのパーティだって大概だから、とやかく言えることじゃないけど。
「……彼女はうちのパーティに来てくれたのが勿体ないくらいの万能型の天才で……彼女を加えることにより、パーティの総力は飛躍的に向上しました。こうなってくると、諦めていた『雹結晶山脈』の突破も夢ではないなと思えるようになって……」
『雹結晶山脈』とは、ケセンドリとアルタイラスの間にある異界だ。
低温と万年雪と高低差が冒険者の行く手を阻む難所で、獰猛な雪男も多数生息している。
ここを超えられるかどうかが、B級パーティとC級パーティの分岐点だと言えよう。
「……それで、挑戦して。今まで全く突破できなかった雪山を、驚くほどあっさりと突破することができました。それで調子に乗って、この調子なら『貪肉緑地帯』もいけるのではないかと……そんな自惚れを、心に抱いてしまったのです」
「それで、『凪』の機会を見はからって突破を試みたと」
「はい。ですが冒険の最中、肝心の追加メンバーとはぐれてしまって……そんな最中に、あの巨大蠕虫と出会ったんです。小生らは抵抗しようとしました。しかし、今まで使えていたはずの才能がめっきり使えなくなってしまって、それから一人、また一人と飲み込まれて……」
なるほど。ただでさえ身の丈に遭わない異界に放り出されているというのに、そこで才能が使えなくなったならまともな対応もできなくなるわな。
「……それで全滅した次第です。小生は最後まで抗おうとしましたが、才能が失われてしまってはどうすることもできず……救助してくださった皆様には、本当に感謝の念が尽きません」
「いーやーいーやー。気にすることはあらへんよー。僕らはただ、自分の仕事をしただけやからー」
ディエゴこの野郎。
その仕事をしてねえくせによくもいけしゃあしゃあとそんな口がきけたもんだな。
どこかでこいつにも痛い目に遭わせておかねばなるまい。
だが、今はその時ではないから保留にしておこう。
俺はため息の後に、ビスタンクスの目を見て言った。
「そうなると……明らかに怪しいのは、最近現れたとかいうその追加メンバーですね。何か怪しい素振りとかしてませんでした?」
「そんな! 彼女は……ヤニーナちゃんは、そんな怪しい人ではありませんよ! 小生らの気持ちに親身になって、一緒に戦おうと言ってくれた優しい少女で……」
「ヤニーナ=エリオット。それがそいつのフルネームやったっけ?」
遮るように割り込んできたのは、ディエゴだった。
それを聞くと、ビスタンクスはしきりに頷く。
「はい! そうです! ヤニーナ=エリオットちゃんです! そうだ、彼女は今どうしているのでしょうか? あの子ならあの森でも無事に帰還できそうな気がしますが――――」
「冒険者ギルドに、そんな名前の冒険者は存在せえへん」
「……え?」
顔を強張らせるビスタンクスに、ディエゴは淡々と続ける。
「君ら自身の所在を調べるついでに、そっちについても文献を漁ってみた。ヤニーナ=エリオットというのは恐らく偽名や」
「ぎ、偽名……? だったら、そんな……」
「ああ。恐らく君らははめられたんやろな。目的は知らんけど、そいつは最初っから君らを罠にかけるつもりで近づいたに違いないわ」
「……う、嘘だ……!」
「嘘やと思うのは勝手やけど……少なくともまともな女でないのは確実やな。そうやないと、わざわざ偽名なんて使って近づいたりせえへん」
「嘘だ……!」
そして、その女が持っていた才能か何かの効果で才能を失わされた……ということか。
目的が全然見えないが、もし本当ならそいつはとんでもなく酷いことをする奴だ。
そして才能を失わせる才能の持ち主なんてものが本当に存在するなら、それは町の治安を大いに脅かす緊急事態に他ならない。
何故ってヤニーナ=エリオット|(仮)は恐らく今、ここフレスベンにやってきていて――――次の獲物を見定めるべく、潜伏しているに違いないのだから。
「そんな……あんな良い子が……あんな素敵な少女が……! にせっ、偽物っ、だった、なんてっ……!」
……それはそれとして。
ビスタンクス氏をこのまま放っておくと、また数時間くらい嘆き悲しみ続けそうなんですけど、そっちのケアは大丈夫なんですかね。




