16 鍛冶師を探せ
昨日は更新を忘れていました。失礼いたしました。
「射程が限られるフレンダの才能を、狙撃用能力として成立させるための秘密兵器。それがこれだ」
俺が懐から取り出したるは、竹を削って作った筒。
指先と同じくらいの太さの穴が空いている。
フレンダはそれを、奇異なものを見るかのように怪訝に眺めた。
「それはなんですか?」
「竹で作った筒だよ。昨日皆が寝てから、夜なべして作ったんだ。そしてここに、筒の太さと同じくらいの金属球を入れる。そして……」
俺は二つ目の金属球を、最初の金属球が入った竹筒ごとフレンダに手渡した。
「え、えっと……?」
「まずは外に出てる方の球を、フレンダの才能で登録してくれ」
フレンダは困惑しながらも、金属球を指でこすって虹色に染めた。
「それを竹筒の中に詰めて、筒の先端が向こうを指すようにして……そう、いいぞ。その状態で、『人磁石』の能力を使ってみてくれ」
「……? えっと……こうですか?」
首をかしげながら、フレンダは才能の力で金属球をはじき飛ばす。
すると筒の中で金属球がぶつかって、その衝撃で中に入っていた方の金属球が高速で飛び出し、遙か彼方――――十メートルなんてもんじゃない遠くへと飛んでいった。
「……これは……!」
「『人磁石』の能力で飛ばしたものそれ自体は、十メートルを超えて飛ぶことはない。だがその衝撃で間接的に飛ばしたものならどうだろうか?」
ただぶつけるだけなら指向性を持たせられないが、こうやって筒の中に入れることで決まった角度に飛ばすことができる。
即席だが、立派な狙撃手の完成だ。
フレンダはしばらく目をぱちくりさせた後、愛おしそうに竹筒に頬ずりを始めた。
喜んでくれたのはいいんだけど、そこまでありがたがるものではないぞ。
「凄い……私には思いつきませんでした! 先輩は天才ですね!」
「これは単なるアイデアだから、思いつけるかどうかは運次第だとは思うが……だがまあ、フレンダの新たな可能性について一助となれたなら良かったよ。で、どうだ? 狙撃手への転向、考えてくれる気になったか?」
俺がそう聞くと、フレンダの表情が神妙に険しくなる。
そして竹筒から顔を離して、そっと俺に筒を返した。
筒に罅が入っていたことに、俺はその時気付いた。
「……いえ、それは……厳しいと思います。確かに私の才能の使い方として、これは大きな可能性の鍵になります。ですが、指先ほどの金属の玉を当てたくらいでは、異界に生息しているモンスターに有効打を与えることはできません」
流石に気付くか。
そうだよな。フレンダは地頭が悪いわけじゃない。
こんな玩具を見せられただけで、スタンスを簡単に変えるほど単純でもなければ凡愚でもない。
彼女ならきっと――――。
「……だから威力を出すためには、より『重い』ものを射出する必要がある。そうですよね?」
その先にある答えにまで辿り着ける。
「ビンゴだ、フレンダ。その通り、この才能開発計画にはもう一段先がある。フレンダの才能の強みは、鉄球ほどの大きさまでならどれだけ重たいものを飛ばしても速度が変わらないということだ。つまり重ければ重いものを飛ばしただけ、玉突き式に放たれる弾丸の威力も高まることになる」
俺は竹筒を懐に仕舞った。
これの役割はもう終わっている。後で捨てておこう。
「だから、より直径の大きな押し出し用の鉄球と、より威力を出せる弾丸。そしてそれらに見合った太さの筒が必要になるというわけだ」
「もしかして、先輩はそれも用意してあったりするんですか?」
「いや……流石に俺はそこまで用意周到じゃないよ」
キラキラした目を向けてくるフレンダの視線が眩しい。
先日トーマスからも似たような視線を向けられた記憶があるが、幼馴染みというのは似るものなんだろうか。
「さっき『人磁石』の能力を『人を見る目』で完全看破した時、フレンダの才能で飛ばせる物体の大きさは大体俺の肩幅くらいの直径の円に収まる程度だと分かった」
俺は咳払いし、誤魔化すように解説へと移る。
「流石にこの太さの筒は取り回しが悪すぎるからもう少し縮めるとしても……こんなサイズの鉄球が高速で内部を駆け巡ったら、竹程度の材質ではすぐに砕けてしまうに違いない」
「……つまり?」
「冒険で使うための筒は、金属で作らなきゃならない。それも、普通の金属より更に丈夫なものであった方がいい。となると、一介の門外漢である俺たちにはとても用意できるものじゃない……だから」
太陽が空に上がってきて、段々と周囲にまばらな人影がちらつくようになってきた。
さっさと話を終わらせてしまおう。
「鍛冶師の力が必要だ。鍛冶師を引っ張ってきて、フレンダのための特注品を作ってもらう必要がある」
鍛冶師。
金属を変形させて武器や防具を作ったり、金属に特殊な能力を付与させる才能の持ち主を一般にこう呼ぶ。
「鍛冶師って、でも……フレスベンには殆どいないんじゃないですか? だとすると、都に戻ったりしないといけないわけで……でも、そんなことしている余裕はありませんよね?」
フレンダの心配ももっともだ。
鍛冶師はただでさえ戦闘用の才能持ちよりレアな上に、冒険者よりも裏方や市井の一般人に多い傾向があり、当然最前線であるフレスベンには殆どいない。わざわざ危険な場所に赴かなくても、引く手あまたな鍛冶師には悠々自適の生活が約束されているのだから。
「物好きってものはどこにでもいるからな。この町にもたまに現れるんだよ、法外な価格を要求する守銭奴鍛冶師がな。そういう奴に頼むなら、この町の中にいても問題ない」
だが稀に上級冒険者をターゲットにして、法外な価格で自分が作ったアイテムを売りつける、そんな物好きな守銭奴鍛冶師もいないことはない。
狙うとしたら、そういう奴だ。
「それはそれで、法外なお金を取られたりするんじゃないですか!? 私、今まで殆どの稼ぎを『精霊衆』の人たちに取られていたので、貧乏で……」
「心配するな。金なら俺が出す」
「ええっ!?」
フレンダは、焦ったように顔を激しく横に振った。
「だ、駄目ですよ先輩! 先輩も、前のパーティをはした金で追い出されたんですよね!? そんな先輩に、買ってもらおうなんてそんな……」
「手切れ金としてもらった金ははした金だが、俺自身がはした金しか持ってないわけじゃない。ちゃんと貯蓄してたんだよ。他に使うこともないからな」
だから本当はハイデン亭にも謝礼として相応の金を渡したかったんだが、頑として受け取ってくれなかった。
宙に浮いたポケットマネーは、使えるタイミングをずっと待っていたのだ。
「……だからって、そんな、私のためだけに……」
「フレンダのためだけじゃない。これは言わばパーティ全体のためだ。フレンダが狙撃手として活躍できるようになれば、俺は勿論トーマスもアリソンも助かるだろ?」
それに、と。
少し照れくさいのを誤魔化すために、俺は軽く咳払いをして。
「……仮にもフレンダとトーマスは、同郷出身の後輩だ。可愛い後輩が新たな方向性を開拓して成長してくれるなら、先輩としてこれほど嬉しいことはないのさ」
「先輩……先輩! 先輩は本当に素敵な人ですね! ありがとうございます!」
目を潤ませるフレンダ。
まだ買ったわけでもないのに、ここまで喜ばれると面映ゆいな。
「ま、まあ落ち着けよ。鍛冶師が掴まるかもまだ分かってないんだからさ。とりあえずは一旦戻って二人とも話を――――」
「その前に、ちょっと僕の用事に付き合ってくれるか?」
「!」
「!? だ、誰……」
聞き覚えのある独特の方言。
はっとして振り返ると、そこにディエゴが立っていた。
「……いつから見てたんだよ、お前」
「ついさっき来たところや」
ふと隣を見ると、フレンダは突然現れたディエゴに怯えていた。
……まあ、こいつの才能も大概なレアスキルだし、初めて出会うと面食らうよな。
「こいつはディエゴ=エスクレスティブ。透明人間みたいな才能を持ってるんだよ。クソほど胡散臭いが別に危険人物じゃないから恐れなくてもいいぞ」
「……は、はあ……」
フレンダが落ち着いたのを見て、再びディエゴの方を向く。
ディエゴは相変わらずにやにや笑っていた。
「可愛い後輩連れてるね。両手に花で羨ましいわあ。僕らの治安課はむさ苦しい男ばっかりやで」
「一応男の仲間も増えてるよ。大体そういうよこしまな感情は持ち込んでねえし」
「ふぅ~ん? 本当かねえ?」
相変わらずこいつの笑い方は癪に障る。
「それより気配消して近づいてくるのやめろよ。心臓が飛び上がるかと思ったぞ」
「まあ、そんなことはどうでもええんやけど」
「どうでもよくねえよ! 勝手に人の話をどうでもいい扱いするな」
「ちょっと面倒ごとが起きたんで、君の力を借りたいんやけど」
「仕事の問題なら同僚に頼めよ。お前と違って俺はフリーランス! 無償で仕事を請け負ってやる義理はないんだ」
「そう言いなや。なんせこれは、君が持ち込んだ問題や」
「俺が……?」
そう言われて、俺の脳裏に嫌な予感が走る。
俺の感情を見透かすように、ディエゴは微笑を浮かべながら静かに言った。
「君の予想通りや。君らが蠕虫から助け出した冒険者たちが目を覚ました」
やはりか。
蠕虫の催眠毒が、そろそろ切れる頃だとは思っていたが。
「君の方が連絡して欲しいと言ったんやから、最後まで関わってもらわんとな。実はもう既に面倒は起こってるんや。この足でそのまま、治安課に来て様子を見て欲しい」
ディエゴのいつもになく神妙な面持ちに、俺は事情の深刻さをなんとなく察した。
俺はフレンダに他の二人への言伝を頼んだ上で、ディエゴと共に治安課の医務室へと直接向かうこととなった。




