15 未明の才能開発
歓迎会から一夜明けて、早朝。
俺はフレンダを連れて、近くの公園にやってきていた。
第四ドミトリー近くのこの公園は、人が多い住宅地や繁華街からは距離があるため、隠れて何かをするにはうってつけの場所である。
「こんな朝早くに……一体何を始めるんですか? 先輩」
公園は開けた芝生になっていて、周囲にあるものといえばちょっとした木々くらいだ。
朝が早いから人の気配も全くない。
「単刀直入に言うと、フレンダが使っている武器について話をしたいんだ」
「武器……あっ」
「フレンダが鎖付き鉄球を使ってるのは昨日の一件で分かった。恐らく『精霊衆』と組んでた頃は、近接戦闘員の一人として戦ってたんだろ?」
「え……あ、はい! そうですね……」
フレンダは少し気まずそうに頬を掻きながら答えた。
俺を昨日鉄球で殴ったのを今も気にしているのだろう。
ほぼ無傷みたいなもんだしそんなに気にすることないのに。
「その節はその、改めてごめんなさい……えっと、でも、ちゃんと修理してお役に立てるよう頑張りますから!」
「いや。あの鉄球を直す必要はない」
「え?」
フレンダは、数回まばたきを繰り返した。
「そ、それは一体どういう……」
「フレンダにはこれから武器を変えてもらおうと思っているんだ」
戦々恐々としているフレンダを前に、俺は淡々と話を進める。
「武器を、変える、ですか……?」
「ああ。今うちのパーティには近接担当が三人もいる。これは明らかに供給過多だ。だからフレンダには、別の役割を担ってもらおうと思う」
「えっと……」
フレンダは困った顔をする。そんなことを言われるなんて、想定もしていなかったと言いたげだ。
「……鉄球使いに拘りがあったりするのか?」
「いっ、いえ。それは別にいいんですけど……私に、他の役割がこなせる気がしなくって……。私の才能、先輩は全部ご存じなんですよね?」
「ああ。多分フレンダが知ってるよりもよく理解してるぞ」
「……だったら、私に戦闘要員以外の才能がないことはおわかりのことと思います。戦う以外能がなかったからこそ、前の寄り合い所帯で雑用を担当することになっていたわけですし……」
そう言うと、フレンダは少し期待を寄せるような目で俺の方を見た。
「……それとも、私の中に私も知らない秘められた才能が眠っていたりするんでしょうか!?」
「いや、残念ながらそういうことはないと思う。昨日俺との戦いで使った才能が、概ねフレンダの才能の全てだ」
「ですよねー……」
がくりと肩を落とすフレンダ。
「ではやっぱり、私が戦闘以外を担当するのは無理だと思います。ひょっとして、昨晩料理なら自信があると言ったのを拡大解釈されてたりします? あれはあくまで人並み程度にはできるという意味で、専門の料理人としてはとてもとても……」
「違う違う。専属料理人なんて雇うほどうちのパーティは余裕ないし」
というかそんなもん雇ってる冒険者パーティ見たことねえよ。
「俺がお前に期待しているのは、狙撃手としての役割だ」
狙撃手。遠距離攻撃を担当する冒険者のことを、一般にこう呼ぶ。
異界に生息するモンスターの中には、近づくことが危険極まりないモンスターや、そもそも近づくことが極めて難しいモンスターなどが一定数いる。そういう手合いのモンスターに対しては、近接戦闘専門の一般的な前衛は無力だ。
だから一定レベル以上の冒険者パーティは、必ず狙撃手を一人以上パーティに入れている。
『殲滅団』では、レイチェルがその役割を担っていたな。というか、今も担っているだろう。
「狙撃手……まさか」
フレンダはしばし考えこんでから、信じられないものを見るかのような目でこちらを凝視してきた。
「……『感動したときに目からビームを放つ』才能を戦略に組み込むおつもりですか!?」
そういえばあったなそんなもの。
「言っておきますけど、この才能は私には全く制御できません! そもそも一日一発しか撃てませんし、大体戦闘中に強い感動を覚えるのは難しいですし、威力の調整も利きませんし! とても冒険に使える代物では――――」
「ああいや、そっちじゃなくてな。俺が期待しているのは、『触れたものを二つまで登録し、それぞれを自分の体を中心として磁石のように引き寄せたり離したりする』才能の方だ」
「ああ、あっち……」
フレンダは合点がいったように頷いてから、再び首を捻った。
「……でも、先輩。私のあの才能……私は『人磁石』と呼んでるんですが……」
「うん」
「あれは遠距離攻撃には使えませんよ。何故って、あれの射程範囲は精々十メートル前後しかないからです」
フレンダは足下に転がっている石を一つ拾い上げると、指で軽くこすった。
すると石の表面に小さな虹色の紋様が浮かび上がる。
なるほど。そうやって『登録』するのか。
「見ててくださいよ、先輩」
フレンダが石を左の手のひらに乗せて掲げる。
そして彼女が右手を一度握りしめてから親指を残して開くと、石は何かに弾かれたように遠くへとまっすぐ飛んでいった。
「おお」
「今は小さな石ですが、およそあの鉄球と同じくらいまでの重さのものであれば、こうやって強弓につがえた矢のような高速で射出することができます。ですが――――」
先にフレンダが言っていた通り、フレンダから十メートルほどの距離に至ると……石は突然勢いを失い、ぽとりと地面に転がった。
明らかに物理的に不自然な動きだった。
「――――この通り。私から十メートル以上離れたところに飛ばそうとしても、勝手に落ちてしまうんです。これはどんなに軽いものであっても小さいものであっても変わりません。『人磁石』が有効に働くのは、十メートルという限られた射程でのみの話……」
フレンダが右手を閉じ、親指だけを立てると、石は左手の手のひらの上に綺麗に戻ってきた。
「十メートル程度では、狙撃手としての仕事を果たすには不十分だと思います。多分、アクエリアスさんの炎の方が、よっぽど遠くまで攻撃できると思いますよ」
『不要刃金』の最大射程は十三メートルだったか……そこまで伸ばすと制御も威力も曖昧になるらしいが、まあ、『人磁石』の単純な射程よりは広いのは確かだ。
「まあ、言わんとしていることは分かるよ。十メートルくらいなら、なんならトーマスやアリソンに投石させた方が威力ありそうだしな」
「だったら……」
「だがそれは、才能を表面的に捉えた場合の話だ」
俺はそう言って、
「俺の『人を見る目』を十全に使えば、才能の可能性を最大限に掘り下げられる。今俺の中には一つ仮説があってな。もしその仮説が成り立つなら、フレンダ……お前はアリソンやトーマスよりよっぽど素晴らしい狙撃手になれる才能を持っている」
「……仮説?」
「ああ。今のところはまだ仮説だ。何故なら俺も、フレンダの才能を完全に理解したわけではないのだから」
俺はフレンダの顔を両手で挟むように押さえた。
「ひゃっ!?」
「お前の才能、奥深くまで見せてもらうぞ」
「ちょっ、ちょっと!? 一体何をするつもりですか、せんぱ……」
「いいからこっちを向け!」
「へえ!?」
しどろもどろのフレンダを無視して、俺は『完全看破』の才能を発動させる。
程なくして、フレンダの全身を膨大な文字列の壁が包み込んだ。
俺は明らかになった彼女の才能の全容を確認し――――
「……よし」
――――俺の仮説が、実用に足ることを確認した。




