14 氷の槍と出来たて料理
第二ドミトリー。
フレスベンの南にある、町で最も大きなドミトリーだ。
トーマスとフレンダと共に旅をしていたという冒険者パーティ、『森の精霊衆』の連中は、この建物の二階に宿を取っていた。
俺たちが訪ねたとき、時刻は夜八時。
ちなみに話がこじれないように、訪ねたのは俺とアリソンの二人だけだ。
「珍しい客があるものだと思ったら……引き抜きだと?」
『精霊衆』のリーダー格だという長身の女戦士、ブリュンヒルド=バーナーヒルズは、玄関先で心底嫌そうな顔をした。
黒縁眼鏡と束ねた黒髪が、知的な雰囲気を醸し出している。冒険者には珍しいタイプだな。
「厳密には、パーティの協力関係の解除のお願いになるな。まあ、本来はわざわざ話を通す必要もないことなんだが、義理は果たしておくべきだと思って、今日伺った次第だ」
「貴様の顔は知っているぞ、ヴィンセント=オーガスタ。不義理を働いてパーティを抜けた不届き者が、一体どういう風の吹き回しだ?」
へえ、そういう噂を流してるんだあいつら。
それに踊らされてる程度なら、こいつの知能も高がしれてるな。
……っと、そんなことはどうでもいい。
今日はこいつと喧嘩をしにきたわけじゃないんだ。
「噂のことは置いておくとして、引き抜きの件は問題ないのか? 承諾を得られたなら、トーマスとフレンダを正式にうちのパーティに引き込もうと思うんだが」
「いいや、問題有りだ。『精霊衆』は、『廃棄戦線』との協力関係を前提としてフレスベンまでやってきた」
『廃棄戦線』とはトーマスとフレンダのパーティの名前だ。
「明日からの冒険計画にも当然二人の戦力が勘定に入っている。それを突然引き抜きなどされては、プランが全て台無しだ」
ま、そうやってごねてくるよな。
ちゃんと話を通せば必ずそうなる。素直に人材を引き渡す奴はいない。
だが、それを分かった上で俺が接触を選んだというのは、要するに突破口があるということだ。
「戦力、ねえ」
俺はせせら笑うように肩をすくめた。
ブリュンヒルドはむっとしたように眉をひそめる。
「君らがあの二人に委託しているのは、本当にただの戦力としての役割か? 本当に欲しいのは、それ以外の側面なんじゃないのか?」
「どういうことだ?」
「立場の弱い『廃棄戦線』を雑用代わりに使い、不平等は報酬分配を強いる――――『精霊衆』が『廃棄戦線』を手放したくないのは、自分が強く出られる都合の良い戦力だからって面が大きいだろ?」
『精霊衆』は稀少才能の持ち主が多いと聞いた。回復術師も探索能力者も射手も揃っているらしい。こういうパーティは、他のパーティから常に引く手あまたで、パーティ自身に戦闘力が足りていなくてもフレスベンまで辿り着けてしまうものだ。
一方の『廃棄戦線』は、二人してただの戦闘員としての才能でしかない。
細々と戦っていくにはそれでも十分だが、なまじ替えが効く分パーティ同士の同盟関係ではどうしても立場が弱くなってしまうものだ。
『精霊衆』はその弱みにつけ込み、不平等な関係を結んでフレンダを使い倒そうとした。トーマスがパーティを抜けた遠因もそこにある。
「……何、うちが『廃棄戦線』を迫害していたとでも言いたいのか?」
「他ならぬ本人たちがそう言っていたんだ。それについては間違いないだろう」
俺がそう言うか言わないうちに、俺の鼻先に氷の槍が突きつけられた。
ブリュンヒルドの才能らしい。
「『森の精霊衆』を愚弄するつもりか、貴様! 我らはお前のような卑怯者とは違う!」
痛いところを突かれたら粋がるっていうのは、かえって弱みを露呈するだけだから辞めた方がいいと思うんだけどな。
だがまあ、同盟相手を酷使しているという自覚があったなら多少は交渉がしやすそうで助かった。
「取り消せ! 我がパーティを侮辱したことと、『廃棄戦線』を引き抜くという発言、その両方を!」
「……『氷の槍を作り出す才能』。ただし、敵意を抱かれている相手以外に接触すると、たちまち溶けてしまう」
「――――!」
「俺には敵意はないから、その才能は使えないぞ。脅しとしても役に立たない。手が冷えるだけだからしまっとけ」
「……噂には聞いたことがあったが……! これが『目』の力……! 気味の悪い力を使ってくれる!」
ブリュンヒルドは苦虫をかみつぶしたような顔をしてから、氷の槍を蒸発させた。
「才能を読み解かれるのは初めてか? だったら、運が良かったな」
「運が良かった、だと……?」
「誰しも、自分の才能を完全に理解することは難しい。経験則と試行錯誤には限界があるからだ。だが、俺の『目』は違う……」
俺はにやりと笑い、ブリュンヒルドの鼻先に指を突きつけた。
「あんたらから小間使いを奪う代わりに、俺はあんたらに代えがたい貴重な情報をくれてやるよ。あんたらの才能に隠された、あんたら自身が気付いていないさらなる能力! もし『廃棄戦線』の二人を解放するなら、無償でこの情報をくれてやる」
「……!」
ごくりと唾を飲み込むブリュンヒルド。
俺とアリソンの表情を交互に伺ってから、部屋の奥にいるらしい他の仲間のところへと下がっていった。
「どうかしら? あの女、話に乗ってくると思う?」
ブリュンヒルドが一旦いなくなってから、アリソンが耳打ち一言。
俺は肩をすくめて、頷くように首を振った。
「答えなんて端から見えてるよ」
比類なき戦力を誇る当代一の冒険者パーティ、『暁の殲滅団』。
このパーティが最強たりえる理由は、ひとえに俺が全員の才能を極限まで引き出したからに他ならない。
勿論、引き出される側の才能が優れていたからこそ成り立つことだが――――まあ。
仮に半端な才能しか持っていなかったとしても、100%使えるならば十分な武器へと成長するだろう。
いくらでも替えが効く雑用代わりの戦闘要員を確保しておくのと、どっちが有益か。
馬鹿じゃなきゃ、誰にだって分かることだ。
それから一時間後、第三ドミトリーに戻ってきた俺たちを、トーマスとフレンダが出迎えてくれた。
「お帰りなさいー! ありがとうございましたー!」
「えっ、えっと……その、どうなり、ましたか……?」
探るように聞くフレンダに、黙って笑顔でVサインを突きつける。
「万事滞りなく。あいつらの秘められた才能を教えてやったら、『廃棄戦線』なんてもう要らないってお墨付きをもらったよ」
「! そっ、それは、良かったです……」
おいフレンダ。なんか今一瞬複雑そうな表情浮かべなかったか?
ひょっとして甲斐甲斐しく働くことにちょっとした楽しみを見出すタイプだったんだろうか。
「それでは、改めて歓迎パーティを開きましょうか! 夜遅くなっちゃったけど、どうせ明日冒険に出たりはしないだろうし、今はドミトリーに人も少ないから気兼ねなく騒げるわよ!」
「騒ぐ必要はないが……そうだな。折角二人も仲間が増えたんだから、祝える時に祝っておこ……」
俺はおもむろにテーブルに視線を向ける。
テーブルの上には、昼から夕方にかけて買ってきた鳥の丸焼きやケーキ、サラダなんかが置いてあって……その殆どが、乾燥してカピカピになっていた。
「……これ、食べるのか?」
「べ、別にまずくはなってないわよ! ちゃんと食べられるわ!」
「大丈夫です! これまで食べてたものに比べたらよっぽど上等ですから!」
「いや……食べられるのは分かるけど、こんなの食べてお祝いだーってのも中々……あっ」
そうだ。思い出した。
この場に一人、料理に対してアプローチできる才能の持ち主がいたじゃないか。
「なあ、トーマス。お前の才能が活躍する時が来たかもしれんぞ」
「才能? 僕のパワーが必要ですかー? 何を運べばいいんでしょうー?」
こいつあくまで自分の筋肉は才能の効果だと信じて疑わないつもりか。もう取り消すのも面倒なので一々訂正するつもりはないが。
「……じゃなくて。お前にはもう一つ、こういうときに役立つ才能が眠ってるんだ」
「えー? 僕に、他の才能がー……?」
本当はさらにもう一つ、微風を起こす才能も持ってるが……これは本当に誤差レベルのものだから見なかったことにしていい。
だが、もう一つの才能については、局所的ながら使えるタイミングでは非常に役立つものだったのだ。
「トーマスが持つ才能は、『祈りを捧げ、料理名を唱えることで、料理を作りたての状態に復元する』才能! これがお前が持っている本来の才能なんだ!」
「――――!」
「さあ、というわけでこの料理をお前の力で美味しくしてくれ! そしてできたてほやほやの状態の料理を、四人で楽しもうじゃないか!」
「……」
――――んー?
トーマスがいまいち元気がないな?
「……トーマス? 大丈夫か?」
「料理を美味しくする才能って……それって、僕っぽくなくないですかー?」
こいつ! この期に及んで面倒なことを言い出しやがった。
「僕っぽいとか気にするだけ無駄だ。あるものは使えばいいんだよ。さあ、早く才能を使うところを見せてくれ!」
「でもー、男子厨房に入らずって言いますしー……」
「これを厨房に入った扱いするんじゃねえよ!」
この野郎、意外と面倒な拘り持ってやがるんだな。
しばしの沈黙の後、フレンダの手がおもむろに上がる。
「あ、あの、私が調理し直しましょうか? これでも冒険中、ずっと料理を作ってきたので基礎的なことは分かってますから」
頼もしい言葉だが俺の感情としては才能を最大限に活かしたい。
「んー……折角トーマスがそれ専用の才能を持ってるから、活用しておきたいんだが……」
「それとも、私の炎の出番だったりする?」
「お前は座ってろ! 消し炭にしかならねえだろうが!」
その後、色々あってなんだかんだでトーマスに才能を使わせることに成功し、無事に出来たて料理で歓迎会を執り行うことができたのだが――――無駄に長くなるので、また機会を改めて語ることとしよう。




