6 野宿は嫌だ!(1)
その後、あくまで『殲滅団』に喧嘩を売りに行こうとするアリソンをなんとかなだめすかして、俺たちは次の行動に移る。
まずやるべきことは宿の確保だ。
俺はパーティを追い出され、アリソンは自分からパーティを出た。
つまり二人とも、今日泊まる場所が決まっていないということだ。
とはいえ、心配はしていなかった。
フレスベンには冒険者専用の宿泊施設、『ドミトリー』がある。
ギルドに登録している冒険者は、誰でもこのドミトリーを利用することができる。
冒険者カードを出して照合するだけで、どの『町』でも自由に部屋を借りることができるのだ。
ちなみに、冒険者ギルドの人事面を一括管理するこの『冒険者カード』なるハイテクアイテムは、全て一人の才能によって構築されたものらしい。
世の中にはすごい才能の持ち主もいるもんだ。
しかし、ここで問題が発生した。
ドミトリー窓口のお姉さんは、俺とアリソンの冒険者カードを交互に見比べながら深々とため息をついた。
「新しい部屋……あー、ええと。今のままでは借りられませんよ」
「は?」「へ?」
「お二人とも、登録が前のパーティのままになっています」
突き返される冒険者カード。お姉さんは冷めた目のまま続けた。
「まだそれぞれのパーティに在籍されていることになっていますので、別途部屋をお貸しすると二重登録になってしまいます」
そういえば、パーティを組む場合はその団体単位でドミトリーに登録するんだったな。
『殲滅団』でドミトリーの手続きをするのももっぱら俺の役割だったから、その時のことはよく覚えている。
「ええと、つまり……」
「ギルドの方で、パーティ脱退と再加入の手続きをしていただく必要がありますね」
なるほど……パーティを抜けるなんて初めてのことだから勝手が分からなかったが、そういう手続きが必要になるのか。
七面倒なお役所仕事だが、無法者だらけの冒険者をまとめるにはそういう面倒な処理も必要になるのだろう。
というわけで俺たちはまず、ギルドの詰め所で諸々の手続きを済ませてしまうことにした。
書類をさらさらとまとめて、詰め所受付のお姉さんに提出……これにて一件落着。そう思っていた。
だが、ここで第二の問題が発生。
「はい、承りました。こちらの用紙は本部の方に送信しますので、およそ一週間くらいしたら、正式なパーティとして認可が下りることになると思いますよ」
書類を受け取ったお姉さんは、にこやかな笑顔のままさらりと告げた。
「なるほど分かりました一週間ですね………………一週間?」
うっかり流しそうになった。
冷や汗がたらりと流れる。お姉さんは表情を崩さずに頷いた
「はい。一週間です」
「ちょっと待って下さい。じゃあ一週間待たないと正式なパーティとして認めてもらえないってことですか」
「そういうことになりますね」
「じゃあその間、俺たち二人はどこで寝泊まりすればいいんですか!?」
「残り一週間は所属が前のパーティのままになっていますので……以前と同じ部屋で寝泊まりしていただくこともできますよ」
ふざけんなよと俺が言う前に、アリソンが受付のお姉さんに噛みついた。
「できますよ、じゃないわよ!? それができなくなったからパーティを抜けてきてるんでしょうが!」
「ひっ……!」
優男に見られる俺に比べて、豪奢な格好をしたアリソンの怒気は圧がある。
才能に裏打ちされる迫力もあって、詰め寄られたお姉さんは生きた心地がしないだろう。可哀想に。
だが俺たちの現状を思うと可哀想がってばかりもいられない。
俺たちの状況だって可哀想なんだ。
「……一週間の間、仮のパーティとしてドミトリーの空き部屋を借りることってできないんですかね」
「すみません、規則ですので」
こんなところでもお役所仕事か。柔軟な対応ってものができないのか。
とまあ、ここでこのお姉さんをなじったところで状況は変わりはしないだろう。
「私はいいわ! 最悪元のパーティに間借りできなくもないから! でもヴィンセントはどうなるのよ! この人はねえ、理不尽にパーティを追い出されて――――」
「わー! ストップストップ。アリソン、落ち着け」
再び暴走に踏み込みかけるアリソンをなんとかセーブしながら、俺たちは詰め所を後にした。
さて。正式な認可が下りるまであと一週間。
それまでの間、ドミトリーは使えない。
じゃあ一般向けの宿を使えばいいのかという話になるが、困ったことにこの『町』は冒険者稼業の最前線。
冒険者関連以外にはろくな働き口がなく、周囲には危険なモンスターが蔓延っている。
当然旅人なんかが訪れることなど滅多にないわけで、この『町』にドミトリー以外の宿泊施設はほぼないと言っていい。
つまりどういうことかって? 泊まる場所がないってことだよ!
「……あー、参った。一体どうしたもんだろうか」
『町』の外れにある公園の石段に座って黄昏れながら、俺は頭を抱える。
いつの間にか夕暮れになっていた。
残された時間は少ないが、解決策も思いつかない。
「本当、どうしたものかしらね。このままだと二人で野宿する羽目になるわよ」
隣ではアリソンが遠い目をしている。
その気になれば帰る場所がある彼女をこんな下らないことに付き合わせるのもしのびないな。
「アリソン、お前は自分とこのパーティに帰ってていいんだぞ」
「そんな薄情なことはしないわよ。一度パーティに加わると決めた以上、手を引くまでは一緒にいるわ。だって仲間なんだもの」
なんて良い奴なんだろう。本当に俺なんかには勿体ない仲間だ。
しかしそれだけに、あまりの思い切りの良さが引っかかる。
「なあ、元々の仲間の方は良かったのか?」
「え?」
「俺は『弥終の行進曲』の内部のことはよく知らないが、昨日の今日まで上手くやっていけてたんだろう。なのに急にお前が抜けたら……」
「ええ。上手くやっていけてたわ。私が過去の冷遇を水に流すことでね」
そうだった。アリソンは最初仲間から冷遇されていたんだった。
あっけらかんとしていそうな彼女だが、実際は昔のことをよく覚えておくタイプなのだろう。
してもらったことも、されたことも。
「別に、悪い人たちじゃないと思うわよ? 私のことを冷遇したのだって悪意あってのことじゃなくて、能力に合わせた区別のつもりだっただろうし。でも、私の気持ちは別」
吐き捨てるようなため息は、彼女が前の仲間に抱いていた感情を端的に表していた。
「あんな扱いを受けていた以上、あの人たちとは本物の仲間にはなれない。そんな確信があったから、いつかパーティは抜けるつもりでいた。貴方が一人になったって話を聞いたのは、抜ける準備を着々と進めていた最中のことだったわ」
アリソンは立ち上がり、前に回り込んでまっすぐに俺を見下ろした。
夕陽が彼女の後ろから穏やかに輝き、表情が陰で分からなくなる。
「今度こそ私は本物の仲間が欲しい。そして誰かにとって本物の仲間になりたい。苦労も面倒も、パーティ全体で分け合いたいの。そのためには、ちょっとの妥協だってするつもりはないわ」
きっと彼女は笑ったのだろう。そして俺に手を伸ばした。
俺は黙ってその手を取り、立ち上がった。
「さて、とはいうもののどうしましょうか。最悪野宿も辞さないとはいえ、できることなら避けたいのは確かだし……」
「実はさっき話してるうちに、一つだけアイディアが思い浮かんだんだ」
「本当? 流石はヴィンセント=オーガスタね」
「流石の意味が分からないんだが」
参謀として名を馳せた記憶はない。
「まあ、いいじゃない。それで、どんな素敵な作戦? 聞かせてよ」
「なんで言う前からハードルを上げるんだ? 大して素敵な作戦ではないぞ」
感心したように俺を見るアリソンに、俺は小声で作戦を伝えた。




