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12&EX4 少女の懊悩と秘密について

 手が、滑った。

 当てるつもりはなかった。正確には避けられるように撃つつもりだった。

 この才能スキルと出会って十年余り。これだけ使い続けていれば、多少なりとも使いこなしてくるもので、相手が避けられる程度に鉄球を放るくらいのことはできるようになっていた。

 そう――――精神が安定していれば、の話だが。


「ヴィン、セント……?」


 先輩の横にいた褐色の女――――アリソン=アクエリアスは、放物線を描いて生け垣に突っ込んでいく先輩を、ぽかんとした目で見つめていた。

 先輩は、低木の生け垣にかんざしのように刺さったまま、それっきり微動だにしない。


「フレンダ=トロイメライと言ったかしら……?」

「……っ!」


 アクエリアスがこちらを向いた。

 鬼のように血走った目を、私に向けて迸らせる。

 その殺気を前にすると、思わず足が竦んでしまった。


「踏み越えてはならない一線を越えたわ。貴方、覚悟はできているんでしょうね……?」


 アクエリアスは怒っていた。当然だ。先輩は彼女にとって大事な人。

 それを安易に傷つけた私のことを、彼女は決して許さない。

 私は知っている。

 私が、本当に強い人に勝てるほど強くもなんともないということを。


「……せ、先輩が、悪いんですよ。私の秘密を、暴く、なんて、言うから……!」


 絞り出せたのは、情けない言い訳のような呟きだけだ。

 当然、そんな言葉がアクエリアスに対してブレーキとして働くわけがない。

 さっきからの僅かな会話からも十分に推測できる。

 彼女が、私の何倍も先輩に対して尊敬の念を抱き、また執着しているということが。


「……遺言はそれだけかしら?」


 腰に二本差しているうちの一本を抜き、アクエリアスがこちらに迫ってくる。

 私は鉄球をアクエリアス目がけて放った――――が、それはあっさりと目の前で両断されてしまう。

 真っ二つになった鉄球が地面に横たわったとき、私は手の打ちようがないことを悟った。


「……」

「もう二度と冒険者ができなくなるくらいまで痛めつけてあげる。覚悟しなさい」


 駄目だ。どうしようもない。

 そう思って私が目を閉じたとき――――


「ちょっ、ちょっとストップ! 今何が起きてるんだ!? なんだかとんでもなく不穏な気配を感じたんだけど!」


 ――――聞こえるはずのない声が、耳に飛び込んできた。

 はっとして目を見開く私。目の前には、困惑してきょろきょろ周囲を見渡すアクエリアスの姿。

 声の出所は、生け垣の奥――――突き刺さったままの先輩からだった。


「せん、ぱい……?」

「ちくしょう思いっきりやりやがって……生け垣に突っ込んだときに額を切っちゃったじゃねえかよ……」


 そう言いながら、先輩は生け垣の中でもぞもぞ動いた。

 頭から突っ込んだせいで、どうやら抜け出せないでいるようだ。


「ヴィンセント……ぶ、無事だったの?」

「あー、アリソン? とりあえず生け垣から出るの手伝ってもらってもいいか? この姿勢だとどうにも力を入れにくくて……」


 数分後、アクエリアスに引っこ抜かれた先輩が飄々とした顔で私の前に現れた。






「……先輩……どうやって……」

「異界にはこんな便利なものがあるって紹介だよ。五年くらい前に拾った防具だけど、凄いだろこれ」


 備えあれば憂いなしというが、まさかここまで綺麗に準備が役立つとは思わなかった。

 ドミトリーを出る直前、俺は下着を普通の綿シャツから、昔異界で拾った素材で作った特殊なものに着替えておいた。

 これは衝撃を分散・拡散して致命傷を回避できる特殊な繊維で、派手に吹き飛ぶことになったものの内蔵や骨はノーダメージ。

 額をちょっと切ったのと、腕に擦り傷ができるくらいで済んだ。


「さて、さっきの話に戻ろうか」


 俺が平気な顔で戻ってきたのを見て、フレンダは複雑そうに顔を歪める。

 俺が死ななかったことに対する安堵と、俺がこれから話そうとしていることに対しての恐れが、ない交ぜになっているように見えた。


「俺が何に気付いているか、そして俺を放っておけばどうなるか。流石にもう理解しただろう。フレンダが口を閉ざしていたところで、いずれは知られてしまうことだ」


 唇を噛み締めるフレンダを、トーマスは不安そうに見つめている。

 俺が何を言っているのか、さっぱり想像出来ていなさそうな顔だ。

 そうだろうな。トーマスは出会ってから今に至るまで、俺が言ったことに対してはどこ吹く風だったもんな。


「それでもまだ俺は、当人にはっきり本当のことを告げてない。それは何故か? フレンダ自身の口で伝えるべきだと思うからだよ。本人のためにも、そしてフレンダのためにも。これはフレンダ自身が伝えなくちゃいけないことだ」

「……」

「トーマスは勇気を出して言うべきことを言ったぞ。だったら次は、フレンダがやるべきことをやるときなんじゃないのか」


 フレンダの手は小刻みに震えていた。

 ずっとついてきた嘘を、こんな形で表沙汰にする羽目になるとは思いもしていなかったのだろう。


「わ、私は別に……嘘なんて……」

「じゃあ、俺の口から言ってもいいのか?」

「……! それはっ……!」


 フレンダは酷くしどろもどろになっている。

 もうそれ、嘘を自白しているようなものだな。


「……」

「なあ、どうせこんな嘘、永遠にはついてられないぜ。どこかで必ず暴かれる時が来る。むしろ今まで騙し通せていたのが奇跡なくらいだ」

「……でも……」

「後々自然にばれたりしたら、それこそ取り返しのつかないことになるかもしれないぞ」


 フレンダにもその自覚はあったはずだ。だからこそ、他の誰かによってトーマスが気付いてしまわないよう、過保護に彼を囲って周囲から孤立させていた。

 他人の才能スキルを見抜く俺とトーマスが出会ってしまったのは、彼女にとっては想定外の誤算だったことだろう



「だけど今なら、俺がお前の味方になってやれる」

「……味方……?」

「ああ。気持ちも分かるし、フォローもしてやれるからな。だから今をピンチだと思うな。むしろ軟着陸するためには、これ以上ない好機なんだぜ」


 続けて詰め寄ると、フレンダは観念したように顔を覆った。


「……先輩の前に、姿を現したのが間違いでした。先輩が『目』を持っていることは知っていたのに。まさか顔を合わせるだけで使える才能スキルだなんて思わなかったから……」


 普通はもっと面倒な手順が必要なものなんだろうか?

 俺以外に才能スキル看破能力を持ってる人には今のところ一人しか出会ったことがないから、俺には分からないけど。


「……トーマス」

「な、なにー……? フレン、どうしたのー……?」


 不安そうなトーマスに、伺うように視線を送るフレンダ。

 やがてフレンダは、覚悟を決めるように唾を飲んで、トーマスにまっすぐ向き合った。


「私……他人の才能スキルを調べる力があるって、昔トーマスに言ったよね」

「うん」

「それで調べたトーマスに才能スキルがあるって。トーマスの才能スキルは冒険者に向いていて、私と一緒に冒険したらきっとラウレンツ先輩やヴィンセント先輩のような立派な冒険者になれるって。だから、一緒に冒険しようって」

「う、うんー。僕、嬉しかったよー? フレンにそう言ってもらえてー……」

「あれ……嘘なんだ」


 トーマスの表情が固まった。

 フレンダもトーマスの硬直を前にして、少し言葉を詰まらせた。

 だが力を振り絞って、掠れるような声で勢い任せに吐き出した。


「私、他人の才能スキルを見る力なんて持ってない! ヴィンセント先輩の噂を聞いて、それを真似して言っただけ! だからトーマスにそんな力があるなんて、全然知らないまま、トーマスのことを巻き込んじゃったんだ……!」

「フレン……どうして、そんな嘘を……?」


 首をかしげるトーマス。フレンダは、涙目になっていた。


「……トーマスに、私と一緒にいて欲しかったから」


 嗚咽混じりになりながら、フレンダは必死に言葉を繋ぐ。


「ゴーグリアで同い年だったのは、私とトーマスだけだった。子供の頃からずっと一緒にいたし、今更離ればなれにもなりたくなかった。でもゴーグリアでずっと暮らしていくのも私には耐えられなかった」


 その気持ちは分かる。

 俺がラウレンツを誘って旅に出たのも、同じような動機だったから。

 都の周りを取り巻くゴミ置き場の上の村の中でも、ゴーグリアは特に下層の方。

 まともな感性の持ち主なら、あの村に居続けたいとは思わない。


「だからトーマスについてきてもらうために、私は! 嘘をついて、トーマスを……トーマスを束縛していたのも、離ればなれになりたくなかったからなの! ごめん。ごめんなさい。本当にごめんなさい……」


 泣き崩れるフレンダ。

 トーマスはしばし黙ってその場に立ち止まっていたが、やがてフレンダの側に歩み寄ると、彼女を包み込むように抱きしめた。


「……トーマス……?」

「泣かないで、フレンダ。僕、気にしてないよー。フレンダが、僕のことをそんな風に思ってくれていたなんて……全然、知らなかったー」

「私は、私のわがままのために、トーマスを付き合わせて……」

「それで楽しい旅ができたんだから、僕に怒る理由なんて何にもないよー」


 そう言って朗らかに笑うトーマスは、まるで春の日の木漏れ日のように暖かな空気を纏っていた。

 涙目のフレンダが顔を上げ、何度かまばたきをしてトーマスを見つめる。

 トーマスは彼女をまっすぐ見据えてにこやかに微笑んだ。


「それに、結局僕はフレンに並び立てるほど強くなれたんだからー、実は僕にはちゃんと才能スキルがあったってことなんじゃないかな?」

「トーマス……!」


 それは違う。

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