11 話し合いをしよう
パーティを抜けてくるにしても、ちゃんと義理は果たすべき。
そうトーマスに指摘した俺だったが、当のトーマスはおもむろに首を横に振った。
「ご、ごめんなさいー……! だけど、それは無理なんですー……」
「無理? どういうことだよ」
「伝えたいのは山々だったんですけど……その。フレンは、僕についてちょっと過保護なところがあってー……」
「過保護だと?」
「多分、伝えても許してくれないと思いますし、それからしばらくは僕が逃げ出さないよう警戒すると思うんですー。だから、黙って出てくることしかできませんでしたー……」
ああ……束縛するタイプだったのね。
気配は感じていたが、やっぱりそうだったのか。
「一応聞くけど、お前らどういうパーティでここまで来た? 流石に二人だけじゃここまでは来られないだろ」
フレンダもトーマスも、決して弱いわけじゃない。だが、取り立てて強くもない。
この二人だけでフレスベンにたどり着くには、相応の強運がないと無理だ。
「途中までは、僕とフレンの二人旅でした。ですが、途中の町で別の冒険者さんたちと合流してー……」
「合同パーティになったってわけか」
単独では踏破が難しい異界を突破するために、小規模パーティ同士が寄り合い所帯を作って実力を底上げするというのは、冒険者界隈では珍しい話じゃない。
あまり大きなパーティになりすぎると人間関係の面で難が出てくるから、通常は五人から七人、多くとも十人前後くらいに収まるものだがな。
実際問題、そういう寄り合い所帯で形成されたパーティというのは、連携の面では純正のパーティに一枚劣る。
どこまで行ってもあくまで別々のパーティだという意識が、絆を育む邪魔になるのだ。
「つまり、ゴーグリアからの付き合いなのはトーマスとフレンダだけだったんだな?」
「そ、そうですー……」
「それなら彼女の束縛の強さは、そのままトーマスへの思いの強さと同じだな」
「……!」
「トーマスにとっては余計なお世話だったかもしれないが、フレンダだってお前のことを思ってやったことなんだ。一切話を通さず黙って逃げ出すのは、流石にちょっと、彼女が可哀想だと思うぞ」
「……! ヴィンセント氏……」
「だから、ちゃんと話をつけてくるべきだ。寄り合い所帯の全員に話を通す必要はない。だが、最低限フレンダにくらいは……お前の思いの丈をきちんとぶつけてこい」
「で、でも……」
「大丈夫だ。それでフレンダが暴れるようなら、その時は俺たちがちゃんと間に入って取り持ってやる」
俺はそう言って、トーマスの胸板を小突いた。
うわっなんだこれ。巨大な土嚢を殴ったみたいにびくともしねえ。これ本当に筋肉か? ……いやこれ鎧の感触か。
Tシャツ感覚で着てるからうっかり勘違いしてしまった。
「……ヴィンセント氏……」
「勿論、向こうが暴れるなら主に頑張ってもらうのはアリソンになるがな」
「任せておいて。そんじょそこらの冒険者に負けるつもりはないわ。こてんぱんにしてあげる」
「それが目的ではないからな!?」
アリソンに任せておくと率先してボコボコにしにいきそうで心労が絶えない。
「さて、出かけるから準備してくれ」
「今から行くんですかー!?」
「勿論だ。こういうのは早い方がいい」
今なら撒いたばかりだから、フレンダが街中をうろうろしている可能性もあるしな。
「パーティの料理が冷めちゃうのはちと問題だが……」
「冷めた料理は温め直せるけど、心が冷えてるのはどうしようもないわ。だから、問題があるならそれを片付けてからにしましょう」
「アリソンがいいこと言った。その通りだ。心配事を抱えたままだと、折角の料理も美味しくない」
「……」
だが、トーマスはあくまで気乗りしない様子だった。
「え、えっと。明日に回すことってできませんかねー?」
「なんでそんなに先延ばしにしたいんだ」
「い、いえそのー……心の準備をしておきたいというかー……今思うと、フレンにかなーり失礼なことをしたなーって……」
「今気付くのはかなり遅いが、気付けただけマシと考えるべきかな」
俺はトーマスの肩に手を当て、困惑する彼をまっすぐに見つめた。
「それに、心配するな。俺の見立てが正しければ――――トーマスが抱えているのと同じように、フレンダにも後ろめたい気持ちがあるはずだから」
「……え?」
「それが何かは言えないが、ともかくお前は別に大人しくぺこぺこする必要はないんだ。どっしり構えて、まっすぐに気持ちを伝えればいい」
釈然としない表情で首をかしげるトーマスの手を引いて、俺たちはドミトリーの外へ――――……
外へ――――……
……
「くそっ! びくともしねえ!」
「もう少しだけ、もう少しだけ時間をくださいー!」
「そう言ってズルズル明日にするつもりか!?」
土壇場でだだをこねやがって! 子供か!
まだ子供だったわ。
少なくとも十八歳は超えてなさそうだしな。
「ヴィンセントには無理よ。私がやるわ!」
「そうだな。よろしく頼む!」
アリソンにバトンタッチすると、トーマスが露骨に焦り出す。
焦るというか……なんだろうあの顔は。
もしかして照れてる?
「えっ、ちょっ、アリソン氏ー!?」
アリソンが後ろから抱きついた瞬間、トーマスの顔が真っ赤になってだらんと弛緩した。
俺の時もああなってくれたなら楽だったのにな。
「は、離してくださいー! 駄目です、力が抜けてしまいますー!」
結局、抵抗するトーマスをアリソンが羽交い締めにして、俺たちは無理やり街中に繰り出した。
そして――――
「連れてきてくれるつもりがあるなら、最初からそうしてくれても良かったんですけど」
「悪い悪い。作戦会議が必要だったんだよ」
案の定街中を練り歩いていたフレンダとは、ドミトリーを出てから十五分ほど歩いた後に出会うことができた。
殺意を周囲にまき散らすように歩いているから、探すのは全然難しくなんてなかった。
町外れに彼女を誘導して、俺たちは再び人目の少ない道ばたで向かい合う。
「作戦会議?」
「こっちの話だ。で、お前が会いたがってる奴を連れてきてやったけど……」
アリソンの腕の中で煮込んだ青菜のようにぐったりとしているトーマスを見て、フレンダは見下すようなため息をつく。
「……トーマスを掴んでいるのは、先輩の彼女さんですか?」
すると、俺でなくアリソンの方が何故か唐突に照れだした。
「か、彼女なんて! 私は、別にそんな……」
「随分と女の趣味が悪いんですね」
「……あ゛? 随分と舐めた口を利くわねこの小娘は」
おいおい。話がこじれるから別軸の争いはまた今度にしてくれよ。
「下品な格好をして、冒険者らしからぬでかい乳をぶら下げて……一体今までどれだけの男を食べてきたんですか?」
「小娘がずいぶんな言いようね。言っておくけど私、貴方の五倍は強いわよ?」
その反論は大分軸がズレてないか?
「それにね。下品っていうけど私は好きでこのファッションやってるの。私が下品なファッションをしてるんじゃなくて、私の好きなファッションを周りが勝手に下品って――――」
「あー、やめろやめろ! そんな話しにきたわけじゃないんだよ! 今はアリソンのことはどうでもいいの! あと別に彼女じゃねえし! 今大事なのはトーマスのことだ!」
ぐったりしたトーマスをアリソンから引っぺがして一人で立たせる。
トーマスはしばらくぐったりと目を反らしていたが、やがて観念したようにフレンダの方を見た。
「ふ、フレン……」
「トーマスが私の前に出てきてくれて安心したよ。二度と会えないかと心配してたもの。さ、私と帰ろう」
手を差し伸べるフレンダ。
トーマスはうつむいて、ゆっくりと首を振る。
「……トーマス?」
「だ、駄目だよー……。僕は、帰れないー」
「なんで? その人たちに何か吹き込まれた?」
「……違う。これは、僕自身の意志ー……」
フレンダの表情が、じわじわと険しくなっていくのを俺は見逃さなかった。
恐らくトーマスは、長らくフレンダに対して従順だったのだろう。
そんな彼が、初めて真っ向から自分に反抗した。
彼女にはそれが、許せないことだったに違いない。
「いつまでも、フレンにおんぶにだっこじゃいられない。いつも僕が、フレンに迷惑かけてるの、分かってるんだからー。だから僕は、一人で立てるようにならなくっちゃってー……」
「私のことなら気にしなくていいんだよ?」
フレンダは張りついたような微笑みを浮かべて、手元の鎖をガチャガチャ弄りながらトーマスに歩み寄る。
「トーマスと一緒に旅をするためなら、あれくらいの苦労なんてことないんだから」
恐らくそれは本心なんだろう。
だが本心であることと、それが健全であることはイコールじゃない。
「これからも二人で、ずっと旅を続けよう? その方が、私にとっても、トーマスにとってもいいことだと思うよ」
「いいこと、なんかじゃない。だってフレン、いつも……寝る暇もないくらい雑用させられてる……」
「……!」
「あれって、あのパーティにいるためなんでしょー? そしてあのパーティにいなきゃいけないのは、僕と一緒に旅をするため……! フレンダ一人なら、あんなことしなくてもいいはずなのに……!」
フレンダの表情がぐらりと歪んだ。
ああ、そうだったのか。
寄り合い所帯と言っても、所帯同士の力関係が常に均等であるとは限らない。
恐らくフレンダとトーマスは、フレスベンまでたどり着くために自分たちより上の実力のパーティと手を組んだんだ。
その結果、立場が弱いフレンダたちのパーティは六人分の雑用を押しつけられることになって……不器用そうなトーマスに変わって、フレンダが全ての面倒を引き受けていた、と。
そりゃトーマスも、今を変えるために何かしなきゃって思うよな。
無断で出て行くのは最悪レベルに逆効果だと思うけど。
「そんなことは、トーマスが気にすることじゃないよ。トーマスは気にしないで、私と一緒についてくればいいの」
「駄目だよ。このままじゃフレン、次の冒険で倒れちゃう。だから僕は――――」
「ああもう! 黙って私についてきなさいってのが分からないの!」
フレンダの手元の鉄球が、足下に叩きつけられる。
地面に刻まれる、人の頭ほどの大きさの窪み。
至近距離だと威力が特に高まるようだ。
「あんたは私の言う通りにしていればいいの! 私の才能は知っているでしょ! あんたが冒険者になれたのだって、私がやり方を教えてあげたからで――――」
「……その点について、俺から一つ物言いがあるんだが、言っていいか?」
一言。俺がぼそりと挟み込むと、フレンダの血走った目線が俺を射貫いた。
「……まさか、先輩……!」
「フレンダ。俺の才能は知っているよな?」
フレンダの額から流れ落ちる汗は、今までのものとは明らかに違う粘っこい脂汗だった。
緊迫と焦りが、汗をじっとりと濁らせたのだろう。
「俺はお前がついた嘘を一つ知っている。その気になればその嘘をこの場で暴くこともできるわけなんだが――――」
まばたき一瞬。
フレンダの手元から鉄球が離れて――――
「死ねッッッ!!」
「――――ごふっ!?」
棘付き鉄球が、俺の腹部に勢いよくめり込んだ。




