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10 一人前になるために

 トーマスとフレンダのパーティに、他のメンバーがいるかどうかはまだ分からない。

 だが少なくとも、フレンダのトーマスに対する意識は、対等な仲間とは少し違うようだ。


「仲間には敬意を払うもんだぜ。ちょっとはトーマスが何を考えてそう動いたのかくらい考えたっていいんじゃねえの?」

「先輩の立ち入ることではありません。これは全て、トーマスと私だけの問題です」


 そしてフレンダは、どうやらその後ろめたさを自覚しているようだ。

 ……の割に、トーマスの方には大して思い詰めた雰囲気はなかったが……はてさて、どういうことなんだろうな。


「あいつとの関係で、そんなに後ろめたいことがあるのか?」

「!」


 再び飛来する鉄球。狙いは――――真っ正面。


「うおおおおっっっとぉおおおお!!」


 悲鳴を上げながら、右にダイブ。俺がいた座標に、鉄球が大きな窪みを作る。

 避けなかったら激突してたぞ……おいおい、こいつマジか。


「何しやがるんだ! 死んじゃうだろ!」

「足が潰されたくらいで死にはしないでしょう。そして足くらいなら、容赦なく潰すだけの覚悟が私にはあります」


 気付けば、鉄球はいつの間にかフレンダの手元に戻っていた。

 俺は『目』の力でフレンダを一瞥し、その才能スキルを確認する。

 なるほど……『目からビームを出す』才能スキルの他に……えーと……『触れたものを二つまで登録し、それぞれを自分の体を中心として磁石のように引き寄せたり離したりする』才能スキルも持っているのか。鉄球がビュンビュン飛び舞っていたのはこの才能スキルのおかげだな。

 あと、ついでにいつもの身体強化才能(スキル)。倍率はそんなに高くない。


「面白い才能スキルを持ってるじゃないか。どうせなら人殺し以外のことに活かそうぜ」


 怖い思いをしたのを誤魔化すように軽口を叩くと、フレンダの表情が一層険しくなった。


「……! 私の才能スキルを見たんですか。いつの間に……」


 流石に俺の才能スキルの発動条件まではゴーグリアには伝わってないのか。


「俺のファンなら、才能スキルの手軽さも覚えておけよ」


 そう言って、軽く何度かまばたきをした。


「俺の『人を見る目』は、まばたき一つの間に才能スキルを見通す。こと俺に対して、才能スキルを隠しておくことはできないぞ」

「……忘れろ!」


 フレンダの叫びと共に、再び鉄球が投じられる。

 だが、もうその才能スキルの弱点は見抜いた。

 俺は最小限の動きで、鉄球を躱す。

 ほんの半身、体を横に反らしただけで、鉄球は俺を掠めて見当違いのところに突き刺さった。


「くっ……!」

「斥力を利用して鉄球を飛ばすフレンダの才能スキルは、直線的な軌道を描かせることしかできない。投げているように見せているが、実際は大砲の弾のように飛ばしているだけだ。そして、大砲ほど早くもないから……こんな俺にも避けられる」


 魔物相手なら使いやすい才能スキルだが、人間相手……特に戦闘に長けた相手に使うにはいささか不安が残るタイプの才能スキルだな。

 アリソンやラウレンツのような達人なら、『人を見る目』がなくても鉄球の軌道の習性をあっさり見抜いてしまうだろう。


「そして、俺はもう一つ弱点があるのも知っている!」

「……?」


 俺はフレンダに背を向け――――そのまま全力疾走で逃げ出した。


「『引き離す力』には射程距離があるから、一定距離を取れば当たらないってことだ!」


 幸いフレンダの足はあまり高くないと思われる。あいつが鉄球を担いでいることを思えば、十分に引き離せる走力差だ。

 そもそも公園さえ出てしまえば、向こうは荒っぽい手段に出られなくなるだろうしな。


「! こ、この――――」

「とりあえず今日の所は退散させてもらう! いくら粘ったところで俺は戦闘要員じゃないんでね!」


 あ、そういえばベンチのところにアヒージョ置きっ放しだな。

 勿体ないが取りに戻っている時間がない。


「待ちなさい! まだ話は終わって――――」

「ベンチのところにあるアヒージョは、そっちで持ち帰ってくれ! 自由に食べていいからな!」

「なっ……!」


 するとフレンダは、何故か憑き物が落ちたように立ち止まり、ひたすらまばたきを繰り返した。

 足を止めて、追いかけてくる様子もなく、ただベンチの方に視線を送っている。


「な、なんで、なんで……」


 おっと。もしかするとアヒージョは苦手だったかな。

 脂っ気の多い料理だし、若い女性には忌避する人がいてもおかしくはな――――


「なんで私の好物がアヒージョだって知ってるんですか!?」


 あ、そっちか。

 悪いがそれはただの偶然だ。





「おっかえり~! ヴィンセント! 遅かったわね!」

「待ってましたよー!」


 フレンダを上手く撒いてドミトリーに戻ってきた俺を待っていたのは、二人からのクラッカーによる歓迎だった。

 殺風景だった部屋の中には、急間に合わせな飾り付けが広がっている。

 そして中央テーブルの上には、どこから引っ張ってきたのか知らんが丸焼きチキンとケーキまであるときたもんだ。


「おい。一応聞いておくがこれはどういうことだ……」

「何って、トーマス君の歓迎パーティでしょ?」

「こんな素敵なパーティを開いてくれて、ありがとうございますー!」

「俺はそのパーティに一ミリも関与してねえよ!」


 というかそんなパーティがあること自体今知ったわ。


「パーティはちょっと気が早いだろ」

「何言ってるの。こういうものは早い方がいいでしょ?」

「そうでもねえよ。俺はまだ、トーマスからうちに来た理由を聞いてない。蠕虫ワームの出現で一旦うやむやになったけど、忘れてないからな」

「まさかヴィンセント、それを聞くまで仲間として認めないって言うつもり?」


 アリソンは呆れたようにため息をついた。


「そんなに狭量にならなくてもいいじゃない。折角私たちの仲間になってくれるって言うんだから……」

「さっき、トーマスの仲間だって女の子に会ったよ」

「!」


 アリソンの表情が固まる。それ以上にトーマスの顔が強張ったのを俺は見逃さなかった。


「彼女、トーマスを探しているようだった。というか力尽くで連れ戻そうとしてきた。正直、冷静とは言えない状態だったぞ」


 トーマスとフレンダの間には、何かしらのっぴきならない事情があるようだ。

 才能スキルだけからは、理由を推測できなかったが――――


「元のパーティときちんと別れられていないのなら、トーマス。お前を仲間に入れるわけにはいかない。それじゃ他のパーティから、人材を引き抜いたような形になってしまうからな」


 ――――放置しておけない事情なのは明白だ。


「……ヴィンセント氏ー……」

「お前とフレンダ=トロイメライの間に何があったのか話せ。全てはそれからだ」


 うつむくトーマス。所在なさげにソファに座るアリソン。

 俺も少し気まずくなって、近くにあった椅子の上に腰掛けた。

 しばしの沈黙が続いた後、トーマスが静かに口を開いた。


「ええと、その――――別に、何があった、というわけじゃないんですー」

「じゃあなんで、フレンダは必死でお前を探してたんだ」

「そ、そうなんですね……フレン、僕のことそんなに探してくれたんだー……」


 照れくさそうに頬を掻いてから、トーマスの顔が持ち上がる。


「……ヴィンセント氏、フレンに会ったんですよねー?」

「フレン? ああ、フレンダのことか。そうだな、会ったよ」

「だったら、フレンがとても優しくて思いやりのある良い女の子だって分かったと思いますー」


 うーん? いやあどうだろう。

 ファン絡みでちょっとした語らいはあったけど、鉄球投げつけて殺されそうになったイメージの方で大体塗りつぶされちゃったかなあ。


「……ああ、そうだな」


 でも今そんな話しても腰を折るだけなので、適当に合わせる。


「フレンはとっても良い奴なんですー。僕なんかに声をかけてくれて、一緒に冒険に出ようって誘ってくれて……僕の中に眠る才能スキルを教えてくれたのも、フレンでしたー」


 ああ、前に話に出ていた恩人っていうのはフレンダと同一人物だったのか。

 ん?

 それだと何かがおかしいような……。


「……フレンはいつも、僕のことを心配して、世話を焼いてくれますー。フレンがいなかったら、僕はとてもこの町まで冒険を続けるなんて、できませんでしたー」


 気が抜けたような語調で、それでも神妙に。

 トーマスは淡々と、フレンダへの思いを打ち明ける。


「でも、僕の世話を焼くせいで、フレンはいつも大変な思いをしているんですー。僕は複雑な手続きとかもよく分かりませんし、裏方仕事とかも苦手ですー。やらなくちゃならないことは、大体全部フレンがやってくれていましたー……」


 ああ、確かにこいつはそういうの苦手そうだし、フレンダは几帳面な裏方仕事が得意そうなきびきびとした性格をしていたな。


「フレンは気にしなくていいよと言ってくれましたが、僕は彼女にばかり負担をかけているのが気がかりで仕方なかったんですー。だから思いましたー。フレンから自立して、自分の足で立てるようにならないといけないってー!」


 トーマスは、脇を締めるように腕を引いて、拳を握りしめた。


「その自立の手段が、別のパーティに入るってやり方か……」

「はいー! ヴィンセント氏の話はフレンからずっと聞いてましたし、きっと力になってくれると思ったんですー……」


 そうなると、一応フレンダが俺のファンというのは間違いじゃないのか。

 まあ、だとしてもだ。


「……自分の足で立てるようにならないと駄目というのは、まあ良い心がけだ。冒険者たるもの、常にそういう意識を持って行動すべきだと思う」


 自分ができていなかったことなので、多少の自虐を込めて言う。

 トーマスの表情が少し和らいだ。


「じゃ、じゃあ……」

「だがしかし!」

「もごっ!?」


 ほころんだトーマスの頬を右手で掴んで、俺は静かに語りかける。


「今までお世話になった相手に筋を通さないというのは、一人前の冒険者のやり方とは言えないな……」

「ふ、ふごご……」


 辞め方ってのは大事だ。

 長く共に旅を続けてきた仲間と距離をおくにあたって、相手との思い出を良い形で締めくくれるかどうか。

 これまでの旅を台無しにしないためにも、終わりの選び方にだけは手を抜いちゃならない。


 俺自身がそれで嫌な思いをしたばかりだから、尚更そう思うんだ。


「別れるなら、ちゃんとそのことを正面切って伝えるべきだ。それができて初めて、お前は一人前のスタートラインに立てるんだぞ」

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