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9 ファンガールには人の気持ちが分からない

 俺とフレンダは公園にやってきた。

 近くのジューススタンドでレモネードとカフェオレを買ってきて、レモネードの方をフレンダに渡す。


「ほら」

「わわっ、ありがとうございます! まさか先輩にジュースをいただけるなんて、光栄です!」

「俺はそんな大した存在じゃねえよ」

「勿体なくてとても飲めません! 保存して持ち帰ります!」

「そっちの方がよっぽど勿体ないわ! 頼むから腐る前にちゃんと飲んでくれ」

「摂取して、先輩の一部を体内に取り込めということですね!」

「俺の金で買っただけのレモネードは俺の一部でもなんでもねえよ……」


 俺はフレンダの、今まで出会ったファンの中で一番の押しの強さに、正直少し戸惑っていた。

 しかし、実際に俺が手を貸したアリソンや、冒険者というもの全体に対してのファンっぽかったシャーロットと違って、俺個人のファンってのは妙な気分だ。

 他にいくらでも華々しく活躍している冒険者がいるのに、なんでよりにもよって俺なんだろうか。


「俺なんかの何が面白くてファンになったんだ? 俺には輝かしい逸話なんて何もないだろ?」


 だから、正面から聞いてみた。


「どうせなら、例えば『殲滅団』の他の……」

「それはですね、先輩が先輩だからですよ」

「は?」

「私、ゴーグリア出身なんです! うちの村から出た有名人として、先輩方の名前は常々伺っていましたよ!」

「……!」


 ゴーグリア。俺が生まれ育った村――――いや、村と呼ぶのも憚られるような廃墟の上の寄り合い所帯。

 そうか。先輩というのは同郷だったの(そういうこと)か。

 もしかしてトーマスが俺を慕っているというのも同じ理由か?


「しかし、先輩『方』ということは……」

「はい! ラウレンツ=デステルシア先輩とヴィンセント=オーガスタ先輩は、私たちの村の誇りです!」


 そうだよな。ラウレンツも、だよな。


「……あいつにはもう会ったのか?」

「いえ! 私たちがフレスベンに到着したとき、ちょうど『凪』が到来して……」


 じゃあ来たのは最近か。


「『暁の殲滅団』は、もう探索に出た後だと聞きました。それも噂によると、あの『千蟲洞窟アタゴニア』に!」

「ああ、そうだろうな」


 詳しくは知らなかったが、あいつらなら自分たちの歩みを止めるはずがない。

 たとえメンバーを欠いたとしても、予定通り最難関の未踏破ダンジョン、『千蟲洞窟アタゴニア』に向かうだろう。

 だが、本当に大丈夫なのだろうか?

 俺はともかく、ロドヴィーゴを欠いている状態であのダンジョンに向かったりしたら、余計なトラップを踏んだり奇襲を受けたりして酷い目に遭いそうだが。


「その様子だと、俺とあいつらとの確執も知ってそうだな」


 だが、俺にとってはもはやどうでもいいことだ。あいつらとはもう縁が切れている。

 俺に味方してくれる『誰か』はともかくとして、他の奴は……いや、『千蟲洞窟アタゴニア』で死ぬってことは不気味な虫に全身食われてむごく死ぬってことだから、流石にその末路は可哀想だよな……そう思うとあいつらのことが心配になってきた。

 大丈夫かな。深入りしすぎて怪我とかしていないだろうか。

 多少の怪我ならリーゼロッテがついてるから大丈夫だろうけど、もし二手に分断されたりしたら……。


「う、ううん……」

「気分悪そうですが、大丈夫ですか?」

「あ、ああ。いや、なんでもないんだ。大丈夫」

「レモネード飲みますか?」

「いや、大丈夫だ。心配掛けて悪かったな」


 俺が深々と息を吐くと、フレンダは何かを察したように目を瞬かせた。


「……やっぱり、ラウレンツ先輩たちのこと、ですか……?」


 心を見抜かれたのかと思い、一瞬どきりと心臓が冷める。

 だが、どうやらそういうわけではないようだ。


「それなら、早く解決した方がいいと思います! ちゃんと話して仲直りすれば、また元のパーティに戻れますよ!」


 何故なら続く彼女の言葉は、とても俺の事情を理解した上での言葉とは思えなかったから。


「仲、直り……?」

「聞きましたよ! 確か報酬のことでラウレンツ先輩と揉めて、喧嘩別れのような形で『殲滅団』を離れたんですよね!」


 根も葉もないデマだ。そうか、事情を知らない周りには俺の離反はそういう形で認識されているのか。

 リーゼロッテあたりが適当に耳障りの良い嘘を並べたんだろうな。


「確かにお金は大事ですけど……もっと大事なものもあると思うんです! そう、絆とか!」

「……絆」

「今の先輩は、一時の欲に駆られてそれを失ってしまうかもしれないんですよ!」


 フレスベンに来たばかりのフレンダに、本来の事情を察するすべなどない。

 だから事情を知らない彼女を責めるのも酷な話なのだけれど、どうしても苛立ちが先に来てしまう。

 まるで見当違いの方向を向いた、きれい事で取り繕われた理想論に。


「だから先輩、どうかラウレンツ先輩と――――」

「それができるなら、最初からそうしてるさ」


 我慢ならなくなって、俺は立ち上がった。

 これ以上この場にいるのも嫌だった。


「え? あの……先輩?」

「誰から聞いた話か知らないが……冒険者が小耳に挟んだだけのことを鵜呑みにするな。信じられるのは情報で生計を立ててる人間か、気の置けない仲間の言葉だけにしろ。嘘つきは、そこら中に隠れて潜んでいる」

「な、何の話ですか?」

「察しが悪いな。全て出鱈目の話だって言ってるんだよ」


 俺は捨て台詞を吐きながら、その場を後にしようとした。

 が――――


「待って下さい。まだ、私が本当にしたかった話が終わっていません」


 流石に向こうも、勢いで流されるほど馬鹿ではなかったらしい。

 ひりつくような殺気が、俺の方へ向けられているのを感じた。

 振り向くといつの間にか立ち上がっていたフレンダの手には、先端に大きな棘付き鉄球のついた鎖が握られていた。


「そりゃまた、物騒なものを持ち出したな」

「先輩、なんだかはぐらかそうとしていませんか? 私のトーマスを返して下さい」


 私のトーマス、と来たか。

 元から何か妙な気配は感じていたが、この子とトーマスの関係もまともとは到底言えないものらしい。


「返すも何も、あいつは向こうからこっちに寄ってきて、そして自分の意志でここにいる。俺たちのパーティに入りたいんだとさ。そうなった理由に、何か心当たりはないのかよ」

「どうでもいいです。どうせ下らないことを考えているに決まってるんだから」


 仮にも仲間の発想を下らないことではねつけるか。

 こうなってくると、いよいよ素直に渡すわけにはいかなくなるな。


「そこんところをフレンダ、お前が理解するつもりがないのなら……ここでお前にトーマスを返してもいずれまた同じ事が起こるだけだ」

「起こりません。彼は私がしっかり躾けておきますから」

「仲間は飼い慣らすべき家畜じゃないぜ」


 俺がそう言うと、フレンダは俺目がけて鉄球を投げた。

 それは目にも止まらぬ速度で俺の真横を飛来し、地面に大きな穴を残す。


「冒険者同士の争いは御法度って、ギルドに入ったらまず学ぶことだろ? ちゃんと勉強してるのかよ」

「今、この町には人が少ない。ましてやこの大きな公園の人気の少ない一角であれば、一瞬の出来事に気付かれない可能性も高いでしょう」


 フレンダが軽く鎖を引くと、鉄球はバネでもついているかのように彼女の手元まで戻っていった。

 どうやらあの鉄球、普通の武器ではないようだ。


「知っているんですよ、ヴィンセント先輩。貴方が何の戦闘能力も持たないということも。他人の才能を見抜く『目』以外、目立った才能スキルを何も持っていないことも」

「……そりゃ、随分と調べたな」

「大ファンですからね。その上で尊敬もしています。ですが――――」


 フレンダから放たれる歪んだ殺気を前に、俺は思う。

 喧嘩を売る相手を間違えたかもしれない、と。


「――――私の邪魔をするのであれば、少々痛い目に遭ってもらうことも辞しません」

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