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8 『ない』んじゃなくて、『読めない』?

 昏睡状態の四人の冒険者は、フレスベンの治安課へと無事届けられた。

 魚市場のマグロのように無造作に並べられた四人を見下ろして、その時窓口にいたディエゴは心底気怠そうな息をまき散らしていた。


「えー? なんや面倒くさそうな仕事持ってきたなあ。異界での事故は自己責任なんやから、自分らの実力を見誤った馬鹿の末路ってことで放っておけばええのに」

「そうはいかねえよ。命の危機に瀕した冒険者どうぎょうしゃを助けるのは、冒険者おれたちの義務だ」

「あんな形だけのルール守ってる純真無垢な冒険者って今時いたんやね」

「仮にもルール作ってる体制側の人間がそれを言うのかよ」

「あんなものは僕が現役時代から無用の長物やと思ってたわ」


 少なくとも俺たちが異界で事故に遭ったとき公権力の助けは期待できなさそうだ。

 無理せず安全を確保した上で冒険しようと固く誓った。


「それはそれとして、ディエゴに一つお願いがあるんだが」

「なんや?」

「この四人が本当に冒険者なのか。もし冒険者でないとしたら、その素性は何者なのか……調べて欲しいんだ」

「冒険者かどうかぁ~?」


 俺がそう言うと、ディエゴの表情が一段と嫌そうになった。


「この子らの素性が、そんなに気になるんか」

「ああ。なんせそいつら、普通じゃないからな」


 俺は『目』の力を使っても、そいつらの才能スキルを一切見通せなかったことをディエゴに説明した。

 四人の内は明らかに冒険者とは思えない才能スキル構成。そして残りの三人は、見ようとしても『空欄ブランク』の二文字が浮かび上がるだけだった。


「……才能スキルを持たない冒険者、ねえ」

「ああ。ただ使えない才能スキルしか持ってないってだけならともかく、何一つ持ってないというのはどう考えてもおかしいだろ。だから――――」

「いや、別におかしいとも思わへんけどな。冒険者じゃなかったら結構おるやろ。自分の才能スキルを見つけられないまま凡人として腐っていくような連中」

「……」

「その中に何人か、ホンマに何の才能スキルも持ってない奴がいても、おかしくないやろ?」


 ああ、そうか。ディエゴは『目』を持っていないから、ほぼ全ての人間が何かしらの才能スキルを持っていることを知らないんだ。


「だとしても、四人中三人が揃って無能力者ってのもおかしいだろ!? 残る一人も、冒険者をやるには明らかに不十分な才能スキルしか持ってない! そんな有様で、アルタイラスまでの旅路を探索してこれたとはとても思えないぞ!」


 言いながら、俺の脳裏をよぎるのはトーマスの存在。

 あいつも恐らく才能スキル一切なしで生き抜いてきたイレギュラーだ。

 もしこの四人もトーマスのようなものだったとしたら……いやいや。

 あんな別方向の天才、早々そこらに転がっていてたまるもんか。


「アルタイラス出身で、最近冒険者始めたばっかりなのかもしれないやろ」

「こんないい歳した連中がか?」


 昏睡しているパーティの内、男性二人はその容貌からして明らかに俺より年上だ。

 女性二人も、才能スキルがない方の女性はそれなりの年齢の様子。

 唯一役立たない才能スキルを抱えていた少女以外は、とてもここ数ヶ月の間に冒険者を始めたような出で立ちには見えない。


「ともかく、俺の『目』で見て何も表示されないってのはどう考えてもおかしいんだ。落ち着かないから、詳しく調べておいてくれ。いいな?」

「別にかまわへんけど……でも、ヴィンセント……」

「ん?」

「君の見間違い、って可能性はないんか?」

「見間違い? いや俺は何度か――――」

「別の言い方をするで。君の才能スキルが、何か誤作動を起こしたって可能性はないんか?」

「……」


 嫌な冷や汗が、俺の額をつうと流れた。

 そう、それは俺が今朝から見て見ぬ振りを続けてきた嫌な予感。


「……君は他人の才能スキルを見通すとかいう超レアな才能スキルを持っている。せやけど……自分の才能スキルそのものは見れへんのやろ?」


 ディエゴは気怠げに椅子に寄りかかると、机の上に置いてあった薄いコーヒーを静かに啜った。


「君が知らん何らかの条件を満たして、君の才能スキルが機能してないだけかもしれへんよ」


 ディエゴは軽い気持ちで言ったのだろう。

 だがそれは――――俺にとっては笑い事では済まされない可能性の提示に他ならなかった。




 治安課からドミトリーへの帰り道。

 途中でハイデン亭を寄って買ったお持ち帰りのアヒージョ片手に、俺は夕暮れの街路をとぼとぼ歩いていた。


「俺の才能スキルが……通用しない相手がいる可能性か……」


 ただの筋トレの結果だろうと決めつけたトーマスの身体能力だが、あれだって本当のところはどうか分かったもんじゃない。

 もし俺の『人を見る目』に反応しない例外があるのだとしたら、あいつだってその例外かもしれないんだ。


 俺の才能スキルは一つだけ。

 それも、他人の才能スキルを見るという、ただ情報を得るだけで現実には一切干渉しないか弱い力。

 だがその情報が正確かつ得がたいものだから、今までは何かしらの役割を見出すことができていた。

 だがもし、通用しない相手がごく稀にでもいるとしたら。

 俺の才能スキルは、途端に価値の多くを失ってしまう。

 アリソンが褒めてくれた、『憂いを吹き飛ばす力』だって、もし例外があるならなくなってしまう。

 だとしたら冒険者としての俺の価値って一体なんだ。

 身体能力も人並み、頭が良いわけでもない。技術的に優れているわけでもない。

 しかも役立つ才能スキルもないと来たら、俺はもうどんな顔して冒険者を名乗ったらいいか分からなくなりそうだ。


「あれだけ偉そうに言った手前、トーマスに合わせる顔もねえし……」

「――――待って。今、トーマスって言ったかな?」


 突然背後から、女の声。

 慌てて振り向くと、小柄な青髪ツインテールの少女が俺の後ろに立っていた。

 ぴっちりしたワンピース型の皮鎧を着ているので、恐らく冒険者なのだろう。

 そして、トーマスの名前を知っている、か……。

 さては彼女、トーマスの元仲間だな。

 さしずめ、無断でパーティを抜けたトーマスを探しに来たとか、喧嘩別れした彼を連れ戻しに来たとかだろうか。

 いいじゃん青春。

 俺の元仲間は誰一人迎えには来なかったから、眩しく見えるぜ。


「ああ、言ったが……それがどうしたんだ?」

「私、今そういう名前の仲間を探していて……って、あれ?」


 しかし、彼女は振り向いた俺の顔を見ると、何度も目をぱちくりさせた。


「どうした。俺の顔に何かついてるか?」

「あ、あの……」


 少女は目の後に口をぱくぱくさせてから、さっきより随分と覇気のない声で、呟くように囁いた。


「……も、もしかして、ヴィンセント=オーガスタ先輩ですか……?」

「先輩? ……ああ、そうだが――――」

「やっぱり!」


 次の瞬間、少女の目がキラキラ輝いて――――目の奥から指先ほどの太さの光線が飛び出してきた。


「う、うわっ!?」

「あっ!」


 咄嗟に飛び退いて避ける俺。

 光線は、弾丸のような速度で空の彼方へと飛んでいった。


「あっ、あっ。ごめんなさい! 私、感動すると目からビーム出しちゃう体質で……怪我はありませんか!?」

「あ、ああ。大丈夫だが……」


 どんな体質だよと思いつつ、『目』の力で才能スキルを確認。

 参ったな。言ってる通りの才能スキルがある。どうやら嘘はついていないらしい。

 さぞや日常生活を送る上で困ったことだろう。


「……ところでよく俺の名前なんて知ってたな」

「そりゃあもう! 私、先輩の大ファンですから!」


 驚いたことに、トーマスの仲間らしいこの少女もまた、俺の大ファンだったらしい。

 『殲滅団』抜けてから頻繁に俺のファンと出くわすけど、一体どういう現象なんだろうか。

 前のパーティにいた頃は、ずっと日陰者だったのに。


「初めまして、オーガスタ先輩! 私はフレンダ=トロイメライ、冒険者です!」


 彼女はスカートを上品に持ち上げて、朗らかに笑った。


「どうやらそちらでうちの仲間がお世話になっているようですね。会わせていただくことはできるでしょうか?」

「……立ち話もなんだし、どこかに座って話そうか」


 今この子をうちのドミトリーまで案内して、トーマスに引き合わせることは簡単だ。

 だが、居場所があるのに俺たちのパーティに入ろうとしたトーマスの真意が分からない今、安易に会わせることが得策とも思えない。

 フレンダの話を聞いてみて、そこからどう動くか決めることにしよう。

 にしても先輩って一体なんなんだ。

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